セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
翌日、ネイシングルの動きはいつもと比べると精彩を欠いていた。
それとなく聞いた所、キャスバルさんの入院が原因らしい。
……そう言えば、あの二人はネイシングルにとって親代わりのようなものだ。
育成者は『幼齢ドールの親代わり』と言われるが、実際は様々な業務があってとても親のように事細かに面倒を見られる訳じゃない。実際には門家が『親』として、幼いドールたちの面倒を見ている。ネイシングルのように実親と離れてしまったドールにとっては正に『育ての親』だ。
そう考えれば、キャスバルさんの入院は彼女にとっても不安だろう。アルティシアさんも何処となく元気がないし……。
そう考えると、いつものように森で訓練とは行かず、キャスバルさんの退院までは僕も治療補助に専念する事にした。
「キャスバルさん! そっちは女性用の浴場です! 入らないで下さい!」
先が思いやられる……。
「ピッコニード、随分逞しくなったわね。自分でも判るんじゃない?」
そう言われたのはキャスバルさんも無事退院して、久しぶりに訓練を再開した日だった。
「そ、そんなこともないけど」
謙遜して見せたが、実際自分でもかなり体力はついてきているように思える。
「まだまだ駆け引きが甘いけど、一応、技の組み立ても出来てきているし。だいぶ成長して来ているんじゃない?」
「そ、そうかな……」
「ま、D級大会は必ず優勝できるんじゃないかって所だけどね。でもこの何日か、凄い集中力だったわ」
「指導者の腕が良いからね」
お世辞でもなんでもなくそう言うと、ネイシングルは爽やかな笑顔を見せた。
「私、他人に教えるのって初めてだったから、本当は少し不安だったんだ……」
「へぇ……初めてには見えなかったよ」
「家門じゃ自分の事で必死だったから」
「そうなんだ……」
「でも、いいものね。こうして勝敗に拘らず、のんびり他人を教えるって」
「僕は全然のんびり出来なかったよ……」
「でしょうね……」
ネイシングルが、笑いながら頬の汗を拭う。
「でも、おかげで、久しぶりに思い出せたわ、入家したときの気持ち。今みたいに勝敗に追われていなかった頃の気持ち……」
「……」
「ピッコニードのおかげね。……ここに来て良かったな」
その彼女の言葉に僅かに寂しさを感じるのは何故だろう……。
「ちょっと、帰りたくなくなっちゃった」
僕は闘技場での彼女をあまり知らない。まして、家門でどんな風にネイシングルが頑張っているかなんて全く解からない。
だけど……。
「足……」
「え?」
「足は、大丈夫なの?」
ネイシングルは昨年末の聖母神伝決勝で怪我を負っていた。その事は決勝を見に行っていた僕も知っている。
けど、その怪我の事をネイシングルは僕に話そうとはしていなかった。
「足? う、うん……大丈夫よ? 言ったでしょ……ただ捻っただけだって」
「……でも、その怪我、本当はここでしたんじゃないだろ?」
微かにネイシングルの顔が曇る。
「え……」
「年末の聖母神伝で……」
「何で……ピッコニードが知っているの?」
ネイシングルの態度がよそよそしくなる。
「何でって、僕だってドールの端くれだから見に行っているし。それに、神官長達に聞いたんだよ。……左足はもう完治しているって事も」
「……」
「初耳だったよ。それに……」
これ以上話すのは怖い。でも……。
「戦えないって、思うように足が動かせないってどういうことなんだよ?」
「……!」
ネイシングルが身を竦めるのがわかった。
「怪我は治っているのに、戦えないって……」
「いいじゃない、そんなこと……なんでもないから……」
俯くネイシングルに、僕は言葉を続けた。
「ねぇ……ネイシングル。僕にできる事が有ったら言ってよ」
俯く彼女。
「ネイシングル。何があって、ここに来たのかは……」
言いかける僕をネイシングルの言葉が遮る。
「そんなの、あなたに関係ない!」
「え…………?」
「……必要なかったから言わなかっただけ!」
拳を握り締め、ネイシングルが激昂する。
その豹変ぶりに戸惑うしかなかった。
「関係ないって……ネイシングル……」
「実際、関係ないでしょ!? 余計な詮索はしないで!」
呆然とする僕にネイシングルがハッとした表情で顔を上げた。
「……ゴメン」
後悔の色を見せ、俯く彼女。
「……ネイシングル、関係ないなんて言うなよ。せっかく仲良くなれたんだから……僕にできることだったら何でも……」
何も言わないネイシングル。
「だから……ネイシングル」
「……ないよ」
絞り出すようなネイシングルの声だった。
「え?」
「出来る事なんてない。わからない……あなたには私の事なんてわからない……」
「ネイシングル……」
「私の事、何も知らないくせに……!」
「ああ! 知らないさ! わかる訳ないだろ! そっちが隠してたんだからな!」
僕も思わず声を荒げてしまう。
「そんな風に言われたら僕にできることなんてないよ! したくったってね!」
だめだ……熱くなると歯止めがきかなくなる……。
「して欲しい事なんてない! 放っといて!」
ネイシングルの声は震え、目に微かに滲むものが見えた…気がした。
「私はっ、……誰にも何にも欲しいなんて思っていない! お節介は迷惑なだけ!」
「ネイシングル……」
「……かえって」
「え?」
「帰って。……………帰って…………帰ってよ………帰ってよ!」
ネイシングルが両手で僕の胸を突く。
「……」
「帰れぇぇ……!!」
何度も小突かれ、追い立てられるようにその場を後にした。
…………どうしてなんだよ、何故なんだよ。……ネイシングル!