セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
「大げさだと思うけど……ピッコニード」
「うん。……でも、『念には念を』って言うから」
「それでピッコニードが納得するなら、いいけど……」
渋るネイシングルを説得して、僕は彼女を神殿の医療院に連れて来た。
彼女の脚を詳細に透身鏡で走査してみようと思ったのだ。
昨日、彼女の右足を揉みほぐした時に感じた僅かな気の乱れ。それが妙に気になっていた。
怪我した左足を庇った疲労が溜まっているのではないか。というのが神官長達、魔術医とネイシングルの意見だった。
僕もその意見に異存はない。
ただ、痛みはさほどでもないのに実際はひびが入っていた。ということは良くある事だし、詳しく透身鏡で走査すれば対策も考えやすいと思ったのだ。
ただ、問題が脚だけでなかったら……。
「ピッコニード君、準備が整ったわ。ネイシングルさんは着替えるから、こっちに来て」
別室の扉の向こうから、パラレナンバさんの声が聞こえる。
「え? 着替えるの?」
驚くネイシングル。
そうだよな……初めて走査される人は、大抵驚くんだよな……。
それに追い討ちをかけるように、
「ええ。……早く来て」
冷たい口調のパラレナンバさんの声。
……仕事の時はパラレナンバさん、会話に感情を込めないからなぁ。
「ピッコニード……」
頼りなげな目で僕を見つめるネイシングル。
「行ってらっしゃい。待っているから」
「……うん」
「さ、こっちよ」
頼りなげな動きでネイシングルが別室に消える。
「全身の走査とは念入りだな……」
背中から声が掛かる。
「神官長……。いえ、どうも不安があるもので。特に右足の気の乱れが」
「……君が感じたというやつか。……『枯死の因子』を疑っているのかね」
「まさかとは思うんですけど……」
「まぁ、いいだろう。骨折などがあれば、それも見つけられるしな」
「お願いします」
「神官長」
扉の向こうから、パラレナンバさんの声がする。
どうやらネイシングルが着替え終わったらしい。
「わかった」
彼女に呼ばれ、神官長がネイシングルのところへ向かった。
「……」
ネイシングルが息を呑む気配が伝わってくる。
「やぁ、こんにちは。神聖魔術を学んでいる者を恋人に持つと大変だろう?」
「な、何言ってるんですか、神官長」
扉の向こうの神官長に声をかける。
「あ、……はい」
神官長の言葉に素で返すネイシングル。
「ネイシングル……?」
扉の向こうのネイシングルに声をかける。
緊張して余裕がないらしい。
意外だ……。
「おやおや。……まあ寛いでくれたまえ」
神官長たちが準備の為、診療室を出ていき、その後にネイシングルが呆けたように此方に姿を見せる。
扉の向こうにネイシングルが姿を見せるのを見計らって、覗いてみる。
「きゃっ! な、何やってるのよ!」
薄絹の診療服を抱くようなネイシングル。
「……見えませんでした」
「な、何考えてるの!」
「……緊張してたみたいだったから、気分をほぐそうかと」
「ほぐれるわけないでしょ!」
「そうなの? ……無駄な事したな、見られなかったし」
「何がよ! ……全部脱がされているんだから、見られたら大変よ」
「……惜しかった」
「後で覚えてらっしゃい……。でも、何で何もつけちゃいけないの?」
「ああ、それね。邪魔になるんだ、装飾が。下着に金糸や銀糸で装飾施す人もいるしね。そうすると上手く投影されないんだよ」
「……金糸や銀糸なんて、下着になんかつけないのに」
溜息を吐くネイシングル。
「……ところで、結構小さいんだね、ネイシングル」
「いい加減にしないと怒るわよ!!」
意図的に言ってみたけど、引っかかってくれたようだ。
「え? 意外とネイシングルって気が小さいんだねって……何と勘違いしたの?」
ネイシングルが頬を染めて小突いてきた。
しかし、良かったと思う間もなく、すぐに、しんみりとなる。
「……こういうところって嫌いなの。家門で受ける年初めの検査だって嫌なのに」
「この匂い、結構好きなんだけどな」
「ホントに?」
「うん。こういう薬草の匂いって好きだよ。『この匂いを嗅いでいたい、だから魔術医目指している』って言ったら言い過ぎだけどね」
「それ、変よ絶対。私は……この雰囲気が好きになれないんだ」
そんな言い合いをしているうちに神官長の声が聞こえた。
「……なんか、ホントに緊張してきた……」
「横になって、鏡の大きい奴で走査するだけなんだからさ」
「……早く帰りたい」
「すぐ済むよ」
「……お手洗いに」
「我慢して」
「……のど渇いた」
「終わったら食堂で好きなもの飲ませてあげるから」
「ピッコニードぉ……」
ネイシングルが頼りなげな声をあげる。
「……胸、透けてるよ?」
「え!? 嘘!?」
「……緊張も解けたようだし、行こうか」
「解けないわよ!」
透身鏡での走査とその他の検査も終わり、結果がいつ出るかを神官長に聞いて診療室を出る。
ネイシングルが待合場所で待っていた。
「ネイシングル」
声をかけるなり、ネイシングルが不満げな声をあげる。
「まったく! 失礼しちゃうわ、あの女性魔術医。終わったら何て言ったと思う!?」
なんとなく想像は出来る……。
「はい、良く我慢したわね。とか言うのよ?」
「パラレナンバさん、子供には優しいからなぁ……」
笑いを必死にかみ殺しながらそう言うと、
「……子供? 冗談じゃないわよ、何処が子供なのよ」
胸を張り、意外と豊かなふくらみを強調するネイシングル。
……小さいって言った事を気にしているのか?
……気にしてるのかって訊いたら殺されるだろうな。
「検査ぐらいでビクビクしているから……」
「あ。そう言えば、検査が終わったら、好きなものなんでも奢ってくれるって言ったわよね?」
「飲み物だけだよ」
「ケチ……」
「検査が終わった途端、元気になってるよ……。親猫が迎えに来た迷子の仔猫そっくり」
「にゃ~ん」
猫の鳴きまねをし、腕を引っ張るネイシングル。だが……。
「……私、大丈夫かな?」
急に俯き、不安げな声を上げるネイシングル。
「……ネイシングル」
彼女の顔を見ていると、今まで押さえてきた物が溢れそうになる……。
『そんな不安な表情をしないで……。本当は、僕だって恐いんだ……』
そう言ってしまいそうになる。
『本当は、僕だって不安なんだ。今だって軽口叩いて気を紛らわそうとしているんだ』
そう言ってしまいそうに……。
そんな重い雰囲気を打ち破るような声が聞こえる。
「あら? ネイシングルちゃんに、ピッコニード君?」
アルティシアさんだ……。
となると、近くに……。
「キャスバル兄さん、今日はいないわよ」
考えを読んだかのようなアルティシアさんの声。
「あ、アルティシアさん」
ネイシングルがハッとしたような声をあげる。
「何? 二人お揃い? あ、ひょっとして……」
詰め寄るアルティシアさん。
「え? あ、そんなんじゃ……」
ネイシングルが焦った声をあげる。
……アルティシアさん、自分で嗾けておいて楽しんでるよな、これは。
「……ま、ご想像通りです」
「ちょ、ちょっと、ピッコニード!?」
「まぁ……!」
「ちょっと、ピッコニード。あ、あの、違うんです、アルティシアさん」
「……良かったわね、ネイシングルちゃん」
「え?」
「良かったじゃない。いい人よ、ピッコニード君は。今はこうだけど、神聖魔術の才能もあるし。こればかりは血筋だものね……。将来性は保証するわ」
「……アルティシアさん」
顔を赤らめるネイシングル。
「そ、そうですか? ……そう言われると照れますね。じゃ、行こう、ネイシングル」
「な! ちょっと、待って!」
無理やりネイシングルを連れて建物を後にする。
「まったく……何て事言うのよ」
「うん。咄嗟に出たんだけど……大成功だったかな」
「成功? あれを成功って言うわけ? それに、咄嗟にって……何考えてるのよ。アルティシアさん、真に受けてたわよ。……帰ったら何て言えばいいのよ?」
「……否定したって信じてくれないって」
「もう……」
「おかげで、あの人から逃げられたじゃない」
「……どうなっても知らないわよ」
溜息を吐くネイシングル。
「まぁ……とりあえず、今日はありがとう」
「お疲れ様でした。余計な時間、使わせたかな」
「ううん、構わないわ」
「……明日からまた訓練再開だね」
「うん。時間も無いし、お互いに頑張ろう」
昨日の予定だった休暇が今日に繰り越された事を、神殿に行って知らされた。
「え? 休暇ですか?」
「ああ。昨日の分の休暇だ」
偶々そこにいた神官長の言葉。
「でも、昨日は結局……」
「患者を連れて来ていたな。その患者の不安を取るという医療補助もしていた……休んでいたわけじゃない。従って、昨日の予定だった休暇が今日に繰り越されたわけだ」
「え? ですが……」
「………それに、まだ結果が出たわけじゃない。彼女の側にいて、何か変わった所がないか見ていなさい」
結局、ネイシングルといつも通りに過ごす事にした。
訓練が一段落し、二人で休憩がてら、だらだらと他愛も無いことを喋り続ける。
「……で、推理ものを二人で読んでいると言うのよ。やっぱりね。って。私は最初からそうじゃないかって言ってたでしょ。って」
「そういうの得意そうだもんな、アルティシアさん。じゃあキャスバルさんは?」
「キャスバルさんは、男と女の話かな。私は苦手なんだけどね、こういう話。でも面白い話もあるから。それに、こっちもよく当たるの、予想が。不倫、二股、離婚、純愛何でもござれって」
「……わかるような気がする……」
何となく光景が目に浮かぶ……。
「……でも、妙齢の女性が不倫だの離婚だのって言う話をしているのもなぁ……。推理ものならともかく……」
「だって、他にやること無かったから。来たばかりの頃って何も無くて暇だったんだから……」
ここに来たばかり……か。
ネイシングルが大会の怪我から立ち直れずに、逃げるように家門を出てきた頃の事だ。
話し相手もいない、一日中読書をする毎日。
「……そりゃ、あの二人も心配するわけか」
「え? 二人が?」
「……何度も、ネイシングルを宜しくってみたいな事を言われていたから」
「そう、なんだ……。迷惑かけちゃったな……」
「それほどの事でもないんじゃない?」
「でも、勝手に転がり込んできたんだし、悪かったかなって。でも、二人とも嫌な顔一つしないで……」
顔を歪め、鼻をすするネイシングル。
「ネイシングルって、結構よく泣くよね」
「泣いてないわよ! ……人の情けが身にしみたの」
汗が目に染みた。だろうに……。
ただ、その言葉は、何となくネイシングルに合っているような気もした。
「キャスバルさんもアルティシアさんも……」
「うん。気風きっぷがいいんだ、二人とも」
ネイシングルの両親は二人とも、ネイシングルが生まれた年に門家を引退している。
生まれた際、母親がどこの家門に属していない場合は、家門に入るまで国が世話をしてくれる。
だが、実際に親がいる子どもと比べると、どうしても行き届かない点も多い。
「じゃあ、入家した後……」
「うん。随分あの二人に、お世話になったんだ。子供の頃は身体弱かったから。だから『闘神』って呼ばれていたあの二人に頼んで身体鍛えて貰ったんだ」
無理だと思ったんだけどね。とネイシングルが明るい声をあげる。
「でも、無理じゃなかった。それからは、努力すれば何とかなるって思うようになったの。強くなろうとして冒険者を助けたり、技を磨く為にモンスター退治に行ったり……」
努力家にもなるわよね。と屈託無く笑うネイシングル。
「あ、内緒ね。この話……」
「ばらす相手がいないけどね。……でも、ばらしてもいいと思うよ、そういう話」
「え?」
訝しげな顔をするネイシングル。
彼女は意外と頑固だから、慎重に言葉を選ぶ。
「前にも言ったよね、一人で抱え込むなって。少しぐらい弱音吐いてもいいと思うよ」
「弱音……。でも、気持ちで負けたらそこで終わりだし、負けるの嫌いだから。私」
「何から何まで勝負でも無いんだから。どうでもいい所は手を抜かないと。弦楽器だって弦を張りっぱなしじゃ上手く鳴らないだろう? ……ネイシングルはネイシングルの舞台でだけ勝てばいいと思うな」
「そうかな……」
真剣に考え込むネイシングル。
「うん……でもいいわ」
「え?」
「だって、私……ピッコニードに弱音吐いてるから」
「そうは言っても……」
「いいのよ、最初はそれくらいで……。負けず嫌いは親譲りらしいから、そう簡単には直せないわよ」
「親譲り?」
「うん。両親を知っている門家からよく言われるの。負けず嫌いは親譲りだ、血は争えないなって」
親譲りの性格と、あの二人の影響が合わさると、こういう風になるのか……。
「……小さい頃から皆で一緒になってワイワイやって………。私は……二人に鍛えてもらってからかな」
そう言うとネイシングルは、入家してからの武勇伝を語り始めた。
「そう言えば、僕も……」
結局、その日は二人の腕白ぶりを開陳しあって日が暮れてしまった。
「な、何やっているのかしらね、私達」
笑いころげたままのネイシングル。
「まったく。とり憑かれたように、こんなに暮れるまで」
「それにしても……」
ネイシングルが笑いながら続ける。
「……ピッコニード、育成者に虫下し草を飲ませるなんて、悪戯しすぎ」
「それで薬草の正しい使い方を学んだから。それより……ネイシングルも、年上の子泣かすなんて、腕白過ぎ」
「おかげで弱い人を放っておけない、面倒見のよさが身についたのよ」
すまして言うネイシングル。
「……」
「……」
顔を見合わせ、同時に笑いあった。
「初めてね。小さい頃の事、こんなに誰かに話したの」
「意外と覚えているもんだね、昔の事なのに」
「私、忘れたままの方が良かったわ」
互いに笑いあう。
「まったく。よく罰があたらないもんだね」
「……罰、か……」
罰――その言葉に口をつぐみ、俯くネイシングル。
「私は……今、あたっているかもね」
今日一日忘れかけていた……否、思い出さないようにしていたその内容。
二人の周りを冷たい風が吹き抜けたような気がした。
「ネイシングル……」
「……結果が気になって、訓練にもあまり身が入らないの。……三力祭は待ってくれないのにね」
明日には検査の結果が出る。
「そんなに心配しなくても。何でもなければそれでいいし、何かあっても、そんなのすぐに治せばいいんだから」
「うん……」
「今までの大会でも随分怪我してきたんだから……足の痛みくらい何ともないって」
「それもそうね……うん。何とかすればいいのよね。何があっても……何があっても、絶対に三力祭・格闘に出る」
「何もないほうが良いに越したことはないけどね」
「もちろんよ」
笑みを浮かべるネイシングルを見ながら、真剣に願った。
この不安が杞憂に終わるようにと。