セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
不安な気持ちを抱えて午前の治療補助を終えた。
昼の休憩。
……僕は医療院の一室で立ち尽くしていた。
「………」
神官長が何か言っている。
よく聞き取れない。
「……ニード君」
鏡から映し出された、その映像の一角に当てた指を何度も動かした。
「………ピッコニード君」
幾ら擦っても、それは消えない。
「おい…………ピッコニード君!」
どうやってもそれが消えない。
どんなに力を入れて何度も擦った。
それでも、それは消えなかった。
「ピッコニード!!」
「……え、あ」
「しっかりせんか、馬鹿者! こんな時に君がうろたえてどうする!」
「……はい……」
神官長が僕の肩を掴んで揺さぶる。
「君は並みの男よりも、彼女にしてやれることが多い筈だ。そのことを幸運に思え!」
「はい……」
「そして彼女の為に、やれるだけの事をするんだ! ……いいな!」
窓から差し込む光が反射して、天井に光を投げ掛けている。
「……」
視界の端で、光が揺れている。
「……今日はもう帰っていい。よく考えて、結論を出しなさい」
「……はい」
居合わせた魔術医達が沈痛な面持ちで視線を投げかけてきた。
……やめてくれ、そんな表情を見せないでくれ……。
一礼して足早に部屋を出る。
「あら、ピッコニード君。こんにちは」
……アルテイシアさんか。
「ちょ、ちょっと? どうしたの」
……背中から声が聞こえる。
気がついた時には既に自分の部屋に戻っていた。
寝台に横になり、天井を見上げる。
「……」
仰向けのまま目を閉じ、またすぐに開ける。
何度も同じ事を繰り返した。
「……暑い、な……」
先程の事を振り返る。
「ここだ、第五腰椎。ここに発見された」
透身鏡から投影されたネイシングルの像。
その背骨の部分を辿り、神官長が指で指し示す。
そこに、ネイシングルの背骨に寄生しているモノが、影となって映っていた。
「……『枯死の因子』ですか……」
うわ言のように呟いた僕の言葉に、神官長達が頷いた。
枯死の因子――極めて再生能力が高く、一片でも残ればすぐに再生する、寄生生命体の核。活性因子の場合は、宿主の細胞を変化させ自らの身体とした後、宿主の『生命の気』を吸収し次第に衰弱させていく。
ネイシングルの背骨の下方、腰の辺りにそれがあった。
「……まさか、君の予感が当たるとはな」
背骨には中枢神経の一部である脊髄や多くの重要な神経が通っている。
背骨に発生した活性因子は、神経組織に近ければそれを圧迫する事で、痛みや痺れといった症状を引き起こす。
右足の気の乱れ、痛みはこれが原因だった。
「……畜生!」
『枯死の因子』は非活性のものと活性のものがある。
背骨に宿る『枯死の因子』は非活性のものより頻度が高く、その殆どが他の場所で出来た活性因子の分裂したものだ。
背骨に発生した活性因子は、宿主が末期に至った事を意味する。
「因子の元の発生個所は……」
神官長がゆっくりと首を振る。
「探さなくてもいい。彼女の因子は非活性のものだ。まだ生命の危険はない」
安堵のため息が漏れた。
非活性のものであれば、若干の気の乱れがあっても生命に別状はない。
無理に取り出さなくていい場合もある。
「まだ安心するな。確かに非活性因子の成長速度はきわめて遅い。生涯放置できる場合もある。……だが、彼女の因子は非活性とはいえ、大きさもかなりのものだ。そして既に神経を圧迫している。……意味は解るな?」
「……まさか」
神官長からの否定の言葉を期待する。しかし……。
「そうだ。彼女は遠からぬ将来……戦う事はおろか、歩行することもできなくなる」
「……戦う事も、歩くことも出来なくなる……」
ネイシングルが歩けなくなる。考えたくもなかった。
「……ネイシングル、戦えなくなるってさ……歩けなくなるってさ……」
目を閉じる。
それを避ける方法はあった。
一つだけ……。
けれど……それは……。
「……摘出手術?」
「うむ。今の段階で因子を摘出すれば、症状は完治する筈だ。将来に渡っての心配も当面はなくなる」
映像を見つめる神官長に代わって魔術医の一人が説明してくれた。
「……ですが」
「うむ」
僕の言いたい事を察したのだろう……。
魔術医の一人が深く頷く。
「……彼女は三力祭に出場するそうだな。もし手術となれば、出場は諦めてもらうほかない」
「……」
映像を見ていた神官長が僕の方に向き直った。
「摘出手術を勧める。私が言えるのはここまでだ。後は……」
神官長が僕の目を覗き込む。
「……わかるな」
手術に臨めば、彼女は試合を諦めなければならない。
あれほど、目標にしていた三力祭を……。
「神官長、何とかならないんですか! あなたなら何とかできるんじゃ」
次の瞬間、僕の口から言葉が迸っていた。
「無理を言うんじゃない。神聖魔術と言えども万能ではないのだ。そもそも神聖魔術と言っても、本当に奇蹟を起こせるわけではない。考えても見たまえ、それだけの奇蹟を起こせるなら死ぬ者はいなくなる筈ではないか。現実はどうかね? もともと治癒系の魔術というのは患者自身が持つ治癒力を短期間に最大限、引き出させるものなのだよ」
魔術医の一人が宥めるように僕に向かった。
「神聖魔法と言う名前は、その治癒の驚異的早さと、体力を極限まで搾り出して急速に回復に向かわせるにも関わらず、後々身体に疲労を与えないという点。そして限られた血統の者にしか使えないという点。そこから奇蹟の術として名づけられたに過ぎないんだ。結局、最後に頼れるのは患者の体力しかないんだ。わかったかい?」
「……」
そんな……。
「彼女の家門には此方から知らせる。彼女には、君が話しなさい」
神官長の言葉が室内に木霊した。
考えるまでもない。
ネイシングルの身体の事を考えれば、摘出をすべきだし、彼女の育成者もそれはわかるはずだ。
だが……引き換えに彼女は機会を失いかねない。
失いかけ、ようやく取り戻した、夢への架け橋を。
「……どう話せば良いんだ……」
結果を聞いたネイシングルは、何を考えるだろう。
その時、僕は何を彼女にできるのか。
夜になって、闇が深まっても僕は寝返りを打つばかりで、眠気は一向にやって来なかった。