セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
「そう、なんだ……」
翌日、僕はネイシングルに全てを話した。
痛みの原因が脊椎に発生した『因子』であること。
その『因子』を取り除かない限り、足の痛みは悪化する一方で、近い将来、歩けなくなること。
そして……摘出手術をすれば、三力祭には出られなくなること。
ネイシングルは最後まで取り乱すことなく、僕の話を聞き終えた。
「私の背中に……そんなものが出来ていたなんてね……」
手を伸ばし、自分の背中をさする。
その指先は小さく震えていた。
「……できる事なら代わりたいと思う」
「そんな決まり文句なんて聞きたくない。って……前の私なら言っていたところだけど」
ネイシングルが僕の顔を指差す。
「ピッコニード、いつだって私の事本当に心配してくれているのね……」
「ネイシングル……」
「ほら、目の下……隈ができているわよ」
気丈に振舞うネイシングルの微笑が痛々しかった。
「それで……?」
「うん……」
「それで……ピッコニードはどう思う? どうしたらいいと思う……?」
「それは、僕じゃ決められない。……もう直ぐネイシングルの育成者が来ると思うから、その方の判断に任せるしかない」
そう言うと、ネイシングルは少し悲しそうな顔をした。
「あなたはどう思うの? 育成者の意見に従うとか、建前はもう沢山。そうじゃなくて私は、あなたの考えを知りたいの」
僕は、彼女に対して言うべき事を言った。
「……摘出、すべきだ」
「あっ………」
その表情が曇る。
「……そっか……」
小さな溜息が、森を渡る風の音にかき消される。
「そう、ね。……ピッコニードがそう言うなら、その方がいいかな……」
「ネイシングル………」
「その方が…………良いんだよね……………」
目が悲しみを湛える。
「そうか……三力祭、出られないのか………」
もう一度、か細い溜息を吐く。
「あ~あ………何だか力が抜けちゃった。目標無くなって、張合いが無くなっちゃった」
「なくなった、なんて言うなよ。治ったらまた出ればいい。……いや、治して絶対に出るんだ」
「うん………。そう……摘出手術か。……恐いなぁ。………私、検査だって苦手なのに、我慢できるかな?」
「大丈夫、できるよ……」
「入院なんて初めて……。あそこで寝るの不安だなぁ………」
「毎日お見舞いに行くよ」
「魔術医の人って苦手だな……」
「皆優しい人たちだよ」
「…………ねぇ、ピッコニード」
ネイシングルが縋るような眼差しを投げかけてきた。
「何?」
「嘘。じゃ、ないの?」
「………」
「本当は、ピッコニードが、『冗談でした……』って言えば、嘘になるんじゃないの?」
僕は首を横に振った。
だが、ネイシングルはそれが見えないかのように言葉を続ける。
「ピッコニード……嘘って言って。お願い……嘘だよ、って」
「ネイシングル……」
ネイシングルに歩み寄る。
「言って……」
触れ合うくらい、近くへ。
「ピッコニード、言っ――」
「嘘じゃない。……嘘じゃないよ、ネイシングル」
ネイシングルの瞳が大きく見開かれる。
「あ……あ………い、や………嫌…………嫌だよ……………嫌だあっ!」
「ネイシングル……!」
「嫌っ! 嫌……いや、だ……やだよぉっ!」
「ネイシングル!」
「嫌……………いや……よ、絶対に嫌ぁぁっ!」
「また戦えるよ、絶対に戦えるようになる……!」
「何で……何で今になって、どうしてっ! もう一度やり直そうって、頑張ろうって、あなたのおかげで思えたのにっ……! ピッコニード、お願い……助けて、何とかして! 私、私……戦いたい、もう一度あの闘技場で戦いたいの!」
感情を爆発させ、泣き崩れるネイシングルを懸命に受け止め、言葉を掛け続ける。
「大丈夫だ、ネイシングル。今がだめでも、まだ、これから幾らでも機会はあるじゃないか」
「そんなの……! これが最後の機会かも知れない。後進のドールが育ってきている……私にとってこれが最後の好機かも知れない! 次の大会期に出られるかなんてわからない。仮に登録されても開催されるか、わからないわ! 私には今しかないのよ! ……やっと……やっと『烈風の戦鬼』にまでなれたのに……後少しだったのに……」
見開かれた瞳から涙が幾筋も溢れ出る。
ネイシングルの悔しさ、無念さに胸が苦しくなる。
「こんな……こんな風に終わりだなんて……! 嫌、そんなの嫌、何とかしてよ、ピッコニード!」
「ネイシングル……」
「私……三力祭に出たい。次の大会期で引退になっても構わない。たとえ……たとえ将来歩けなくなっても構わない……!」
「なっ!」
「構わないから……!」
ネイシングルの肩を掴んで力を込めた。
「あっ!」
息を呑むネイシングル。
「馬鹿な事を……馬鹿な事を言うな!!」
「ピッコニード?」
「歩けなくていい? ふざけるなっ! 今までやって来た事、自分の努力を投げ出すような事、言うな!」
「……ぁ」
「ネイシングル……。君の悔しさ、わかるよ……。君が感じている、その何分の一か知らないけど、それだけでも僕もこんなに悔しい」
「ピッコニード……」
「でも……そんな自分を捨てた気持ちで戦ってどうなる? そんな気持ちで戦って、本当に満足か?」
「えっ……」
「ネイシングル。君の家門の事は僕だって少しは知っている。家訓の一つに『ドールの責務は、生きて、生きて、闘いぬき、そして死ぬ事也。無駄に死ぬべからず』ってあるんだろ! ……僅かでも可能性があれば最後まで諦めない事、それが君の家門の家訓じゃないのか!?」
「あ……」
いつしか僕の目からも涙が零れていた……。
「その考えが、良いか悪いかは知らない。でも、それを家門にいる君が否定するのか!? キャスバルさんもアルティシアさんも、その家訓に従って生きてきたんだろ? 君がその生き方を、『両親』の生き方を否定するのか!?」
「…………」
「……ネイシングル、一緒にやろう。魔術医としてもドールとしても未熟だけど……僕は君の傍にいたい。傍で君の力になりたい。君がもう一度戦えるようになるまで……」
「ピッコニード……ピッコニード……」
ネイシングルの瞳から、新たな涙が溢れる。
「嫌……嫌だよ……ピッコニード」
ネイシングルは何度も首を振る。
「治るまでなんて、嫌。……戦えるまでなんて嫌だよ……。私もずっと、あなたといたい……。ピッコニード……約束して。……ずっと傍にいて……」
それは……自分の意志ではどうにもならない事。でも……。
「わかっている……ずっと一緒だ」
「ピッコニード……」
「ネイシングル……」
差し出されたネイシングルの唇に、口づけた。
「………」
接吻を終えても、焼けるような余韻が唇に残った。