セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
ネイシングルは僕が病状を伝えた翌日から医療院に入院し、彼女と仕事中に会う機会も今までより多くなってきた。
医療院での奉仕活動と修行は、ネイシングルの要望で、いつも通りに行なっている。その合間を縫って、ネイシングルの部屋を訪れるのが僕の息抜きになっていた。
見舞いを兼ねてネイシングルの部屋を訪れる。
「や、来たよ」
「……遅い」
待ちくたびれたという口調のネイシングル。
「ごめん。……来る前に君の家門の当主に会っていたから」
先程の光景が脳裏を過ぎった。
昼課の休憩が終わった直後、神官長に呼ばれ、医療長執務室を兼ねる神官長執務室へ向かった。
彫刻を施された銀色に輝く扉の前に見慣れた人影が二つあった。
「あれ? キャスバルさんにアルティシアさん? 何しているんですか? 此処で」
「おっ! 来たな。……俺達がいた家門の当主殿が中でお待ちかねだ」
あっさりとした口調で扉を背中越しに指差すキャスバルさん。
「えっ!」
思わず声をあげた僕に、アルティシアさんが追い討ちを掛けてきた。
「ネイシングルちゃんとの一件もしっかりと話しておいたから。……今まで言わなかったけど、あの人って昔からネイシングルちゃんを妹みたいに猫っ可愛がりしていたのよね……」
冷や汗が背筋を伝わった。
「……ピッコニード君、覚悟を決めておいたほうがいいわね」
……アルティシアさんは沈痛な面持ちをしているけど……絶対に面白がっている。目が笑っている……。
恐る恐る扉を叩くと、中から神官長の入室を促す声が聞こえた。
二人と共に、部屋に入る。
そこに、神官長と共に、30代と見られる恰幅の良い男性と、青い髪の年齢を感じさせない女性がいた。
……女性はドールかな? でも、どこかで見た事があるような……。
その女性に対してキャスバルさんが気軽に声を掛ける。
「よっ! 久しぶりだな、サイレントアイ」
親しげなキャスバルさんの声に記憶が呼び起こされる。
サイレントアイって、あの『ルーンナイト』の!?
神聖魔術を修行する者にとって憧れの存在だったドール……。
それが目の前にいた……。
「あ、キャスバルさん、アルティシアさん。お久しぶりです。聞きましたよ、キャスバルさん。食中り――」
「あ、あれ? 今日はしのぶさん、来てないの?」
誤魔化すように話題を変えるキャスバルさん。苦笑を漏らしながらサイレントアイさんが応える。
「露骨に話題変えますね。……キャスバルさんらしいです。しのぶさんですね。ええ、閣下の代理で入家してくる子供たちの選考をしています」
「相変わらずなの? あの人。前に――」
和気藹々とした雰囲気に暫し呆然としていた僕に、サイレントアイさんが気付き、声を掛けてきた。
「あなたが……ピッコニード君?」
心音が一拍子跳んだように思えた。
金色の瞳が僕を見つめる。
声も出ずに無言で首を振る。
「あら? ……君、喋れないの?」
片眉をあげるサイレントアイさん。
「は、はい。ピッコニードです」
「そう、あなたが噂のピッコニード君なの。……失礼だけど、とてもネイシングルちゃんの心を解かしたようには見えないわね」
沈黙が周囲を支配する。
と、その沈黙を打ち破るかのように、ころころと笑い声をあげるサイレントアイさん。
「嘘嘘。そうね……あなたならできるかもね。纏っている気オーラがとても良い気オーラだわ」
そう言うと傍らの男性を振り返る。
「閣下。彼が噂のピッコニード君だそうです。……煮るなり焼くなりご随意に」
笑いを含んだサイレントアイさんのその言葉に、傍らの男性はその相貌に苦笑を貼り付け、
「君が噂の、か。私がステンキル家門の当主ステンキル・ラーデュロースだ。しがない辺境伯だよ。ああ、過度の敬語は無用だ。自分の育成者だと思って気楽に話してくれ」
そう名乗ると、値踏みをするように此方を見つめてくる。
「ピッコニード君だったね。この二人から話は聞いている。君とネイシングルが恋仲のつき合いをしているとな。それは事実かね? ……ああ、別にとって食べようなどとは思っておらん、緊張するな」
「………はい、閣下」
「なるほど…………少し聞いておきたい事がある。良いかね?」
「はい」
「不躾だが、君はネイシングルと付き合っていく覚悟があるのか?」
「覚悟……? 覚悟ってどういう……?」
「どういう意味でもいいんだがな……。例えば、だ。万が一摘出手術に失敗した場合……、ネイシングルは選手としてやっていけなくなる。そうなれば引退させざるを得ん。そうなるとネイシングルは目標を失う。目標を失った彼女がどういう状態に陥るかは君も解かるだろうが……そういう状態のネイシングルを支えられる覚悟があるか、君の口から聞いておきたい」
「覚悟……」
もちろん、ある。
僕はネイシングルの事を強く想っている。
「どうだ? 君はあの子の事をどう想っている?」
「……僕、いえ私のネイシングルに対する想いは……」
「どうかね?」
「ネイシングルは今後も大きな壁にぶつかるでしょう。様々な挫折を経験するかもしれない……」
ステンキル辺境伯閣下は黙って耳を傾けている。
「だから、傍に居てあげたいのです。仲間として、そして……それ以外の時でも……彼女を守りたい。自分を鎧う事のないように……ずっと……」
ステンキル辺境伯閣下が、ゆっくりと頷いた。
「……そうか。君の覚悟は聞かせてもらった。その覚悟であれば……手術するか否か、ピッコニード君、君に決めて欲しい」
「え? そ、それは……」
「ネイシングルの顔を一目見てわかったよ。当主たる私がこんな事を言うのも情けない話だがな……。ネイシングルが悩んでいるのを知りながら、みすみす手を拱いていた。今更ノコノコと、当主面してもな」
「ステンキル辺境伯閣下……。……いえ、そのような事はないと……」
僕が口篭もっていると、
「みすみす手を拱いていた、ですか? 態々試合を別の者に回して長期の空き時間を作ったり、引退した門家と連絡を取ってみたり……。ネイシングルちゃんが、一番気分転換を図れるこの地を訪れやすいような環境を作り出したのは、どなたでしたかしら?」
サイレントアイさんが言った。
「……それだけの事だ。彼女の凍てついた心は解かせなかった。解かしたのは私ではない。彼だ」
肩をすくめる、ステンキル辺境伯閣下。僕に目を向けたまま、
「ピッコニード君、君には本当に感謝している」
「え?」
「あの娘は変わった……無理して自分を鎧ったところが無くなっている。……いつの間にか、人を愛し、愛されるようになっていたんだな。まだまだだと思っていたんだが……。ありがとう、ピッコニード君」
「あ……い、いえ、僕…私は……」
育成者が頭を下げるなんて……。
どうしたらいいのか、頭の中が真っ白になった。
「家門の当主としてお願いする。……あの娘が一番大切に想っている君が決断して欲しい。……君なら、ネイシングルの事をそこまで愛してくれている君なら、最善の方法を選択してくれると信じる。だから……頼む!」
そう言って、ステンキル辺境伯閣下は僕の瞳を見つめた。
僅かに躊躇した後、僕ははっきりと答えた。
「はい……承知しました」
ふと我に返ると、ネイシングルが僕の顔を見つめていた。
思考の底に沈んでしまっていたらしい。
「何、何か考え事?」
「……少しね」
「そう……」
少しの間、僕の顔を見つめていたネイシングルが、身体の前で両手を伸ばしながら言った。
「……ラーデュロース様がいらしてたわね」
「うん」
「……それで」
何か言いかけたネイシングルを遮るように、
「……治療の件、話し合ってきた」
ハッとしたように顔を上げるネイシングル。
「それで……」
「……僕が決定を委ねられた。ネイシングルの事をあそこまで愛してくれている君なら、最善の方法を選択してくれると信じるって……」
「そう、なんだ……それで、ピッコニードはどう思うの?」
「前に話した通り、摘出手術を受けるべきだと思う」
心を決めて答える。
その言葉を聞き、ネイシングルは少しの間、俯いていた。
次に顔を上げ僕を見つめたその瞳には、これまでにないほど強い光が宿っていた。
「ありがとう……。あの時の言葉、信じて良いのよね」
「当然だよ……ずっと一緒に居たいから」
自分の覚悟は既に伝えた。僕はネイシングルを支える力になる。
ネイシングルの身体を抱きしめ、僕はそう心に誓っていた。