セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
「ネイシングルは、本当はあんなに強気ではない……。君も知っているだろう、本当のあの娘は泣き虫で……甘えん坊で……。あの娘が心を鎧ってしまったのは私の所為だ……」
ポツリポツリと淡々とした口調。
「昔は、あの子も泣き虫でな……入家した時はよく泣いていたもんだ。そして甘えん坊だったよ……。当時は私も家門の当主とはいえ、まだまだ14の子供でな……ネイシングルには『お兄ちゃん』なんて呼ばれていたものさ。ただ、あの娘はやはり一線引いていたようだったがな。……キャスバルとアルティシアはその頃、門家として後進の指導に当たっていたんだが、剣術と共に格闘を学んでいたネイシングルにとって『闘神』の二人は憧れだったんだろうな……。私よりもむしろ二人によく懐いていたよ。あの二人もそれが満更でもなかったようでな、よく面倒を見ていたもんだ……。ただ、あの二人はライカンスロープだ……ネイシングルが入家した翌年の年末には門家を引退する事になったんだ……」
深く溜息をつき、遠い目をするステンキル辺境伯閣下。
「仕方がないことだと思ってはいたんだが、一番の問題はネイシングルだった……。よく懐いているあの娘にどう話すか、随分と話し合ったものさ。……ネイシングルに話したのは一週間前だったかな。話した直後は随分と泣かれてな……その後2,3日の間は、こう、目に涙を溜めながら蹴飛ばしてきたり、廊下の曲がり角で待ち伏せして切り付けて来たりしたこともあったな……。落ち着いたのは別れる前日だった――」
「……ネイシングル?」
部屋を訪ねると、早速枕や本などが投げつけられてきた。
「ラーデュロースお兄ちゃんなんて大っ嫌い!」
泣きながら手当たり次第に物を投げつけてくるネイシングルの声が俺の耳を打つ。
……手がつけられないな。落ち着かせない事には話も出来ない。
投げ付けられる物を払いながらネイシングルのもとに近付く。
泣き喚くネイシングルの目の前で両手を打ち合わせる。
目の前で起こった甲高い音に一瞬ネイシングルの動きが止まる。
「ネイシングル!」
すかさず気を乗せ、強い口調の声を放つ。
その口調に、びくっと身体を震わせ……それでも目に涙を湛えて俺を睨むネイシングル。
「……嫌いか、お兄ちゃんの事」
ネイシングルの頭に手を載せる。
「……嫌い、なんだから。……私を独りにしちゃうお兄ちゃんなんて大っ嫌い」
顔を俯かせるネイシングル。その頭をかい抱き、
「独りになんかさせないよ、ネイシングル。しのぶお姉ちゃんだって、他の皆だっているんだから。それに……いい子にしていれば、キャスバルさん達にはいつでも会えるよ」
「え……ほんと?」
「お兄ちゃんがネイシングルに嘘ついたことあった?」
「………なかった」
まだ、しゃくりあげるが次第に落ち着いてくるネイシングル。
「そんな風にいつまでも泣いていると、キャスバルさん達に嫌われちゃうぞ。キャスバルさん達だっていつも言ってただろ? 泣き虫は嫌いって」
俺がそう言うと、ネイシングルは頭を俺の腕から抜き両目を擦った。
「うん。もう泣かない。私、泣かないよ」
泣き腫らした目で俺を見上げ、にっこりと微笑むネイシングル。
「そっか……いい子だな、ネイシングルは。じゃあ、良いもの飲ませてやる」
「……飲み物?」
内ポケットに忍ばせている火酒を見せる。
「あ……これ……」
「そ。キャスバルさんやアルティシアさん達が飲んでいる大人の飲み物だ」
「飲んでも……いいの?」
「……ネイシングルは大人になるの嫌か?」
少し考え込むネイシングル。
「………嫌じゃないよ」
「じゃあ一口だけ」
「……だって」
「……これ飲まないと二人みたいな大人になれないぞ」
悩むネイシングル。
「……お兄ちゃんは……もう大人なの?」
「まぁな」
「……私、私も大人になりたい」
「じゃあ決まりだな」
火酒を一口だけネイシングルに飲ませる。
「熱いし……変な味だよ」
確かにこれを美味いと思うことは出来なかった。でも、これが大人の味なんだという気がしていた。
「大人の味だ」
瓶を内ポケットに戻すと、ネイシングルに話し掛けた。
「ネイシングル……ネイシングルは大人の飲み物飲んで、もう大人になったんだからな」
「うん」
「だからネイシングル、どんなに辛い事があっても、頑張らないといけないんだぞ。大人になったネイシングルは頑張らないといけないんだ」
「う、うん。大人だから頑張るんだよね」
そして、俺はそうだと言って頷いた。
「それからな、何があっても泣いちゃダメなんだぞ」
「え……泣いちゃダメなの?」
「そうだ。大人になったネイシングルは、何があっても泣いちゃダメなんだ。それが大人なんだぞ」
「う、うん……私、泣かないよ」
そうやって二人で大人になった約束をした。
その翌日、キャスバルとアルティシアは去っていった。
別れの朝、ネイシングルは一人俯いて涙を必死に堪えていた。
俺と、大人の約束していたから……。
それでもネイシングルの瞳からは我慢しているのに涙が零れ落ちて……。
それでもネイシングルは必死で堪えて……。
哀しそうで……。
それでも涙を堪える、それがとても辛そうで……。
ネイシングルは、我慢に我慢を重ねていた……。
そして、俺は何もしてやれなかった。
二人が去った後、誰もいない裏庭にネイシングルを連れ出した。
「ネイシングル、よく頑張ったな」
「うん、私、頑張ったよ……」
「辛かったか、ネイシングル……」
「うん……」
俺との約束を守って、涙を必死で堪えるネイシングル。
見ているほうも辛くて……。
「今日だけは泣いて良いぞ」
「え……。でも……」
「今日だけは思いっきり泣いて、でも後は泣いちゃダメだからな」
そう言うと、ネイシングルは、
「うん……」
そうして溜めていた涙を零し始めた。
「ネイシングル……」
「……お兄ちゃん……」
そう言ってネイシングルが抱きついてきた……。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……お兄ちゃん!! 二人とも居なくなっちゃったよぉ。……私……わたし……またお母さんもお父さんも……いなくなっちゃったよぉ……」
涙混じりの嗚咽が耳を打った。
「二人とも、笑っていたよ……。でも、私、悲しくて……我慢したのに、涙が零れて…………一生懸命我慢したのに……でも涙が落ちて……」
ネイシングルの声が……痛い。
「でも、笑ってたんだよ、二人とも………変だよ……私は…私はこんなに哀しくて………こんなに泣いているのに……でも、笑ってるんだよ」
そこまで言うと、ネイシングルは一層声を詰まらせ泣き続けた。
「……なんで笑ってるの? もうお別れなのに……遠くに行っちゃうのに………何で…何で笑ってるの……」
泣き濡れた瞳が俺を見つめる。
「私…私……笑って見送れなかったよぉ……だって、涙が出ちゃうんだよ………我慢したのに、出ちゃうんだよぉ………わたし、わらって…みおくれなかったよぉ………」
そこまで言うと、ネイシングルはただ泣くだけだった……。
ネイシングルの哀しみは止まらなかった……。
涙は次から流れてきて、そして止まらずに流れ続けた………。
……俺も泣いていた……ネイシングルの悲しみが伝わって……そして、泣いていた……。