セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
「――ネイシングルの心を凍らせたのは私との約束だった。あの日以来、ネイシングルは涙を見せることなく、明るく元気に振舞っていた。だが、それは本当のネイシングルじゃない……。あいつはもっと泣き虫だった」
俯くステンキル辺境伯閣下。
「あいつは、寂しがり屋で、甘えん坊で……………私がネイシングルを変えてしまった……。大人は泣かない、と、辛くても頑張るんだ、と教えた私が…………。それをあいつはずっと守って………………」
そう言うと、ステンキル辺境伯閣下は顔を俯けたまま肩を震わせていた。
「その凍てついたネイシングルの心を解かしてくれたのが、ピッコニード君、君だ。君は何も出来ないといっていたが、そんな事はない。君は神聖魔術を使えるんだろう?」
振り向かずにステンキル辺境伯閣下が語りかけてきた。
「はい……まだまだヒーリアまでしか使えませんが」
正直に答える。
「……私の家門には神聖魔術を使える者が何人かいる。その中に、今は引退してしまったがアクアティーという女性ドールがいた。彼女がいつだったか、私の手を抱きながら話してくれた事がある。『神聖魔術を使える者は自らの想いを力に変えて相手に伝えることが出来るんです』とな……」
神聖魔術を使える者に特有の能力――それは相手に自分の想いを力に変えて伝えられる能力。これがない者は神聖魔術を覚える事は殆ど出来ない……。神聖魔術は適性者を選ぶという由来の能力だった。
「彼女は、『例えば、こうして身体と身体を触れ合わせる事によって安心感が伝わりますよね。……そして相手を想ってあげられれば相手の気持ちの伝わってきますし、自分の想いもきっと伝わるんです。それが気持ちなんです。相手を想ったり、自分を想ったり、周りを想ったり、見えないものを想ったり……。神聖魔術で治療する事を、昔は≪お手当て≫って言いました。神聖魔術を使う際、相手を想い身体を触れ合わせることで自分の気持ちを伝えると、それが強い治癒の力に変わります。それが≪お手当て≫なんです。本来は誰でも持っている力なんですけど、神聖魔術を使える者はそれが特に強いんです』……そう言っていたよ」
『手当て』
その言葉にハッとした。
そうだった……忘れていた……『手当て』の事を。
僕の手を取りネイシングルの手を握らせてくれたパラレナンバさん。
サイレントアイさんも『あなたにはあなたにしか出来ない事がある』と言ってくれた。
二人とも解っていた……解っていなかったのは僕だけだった……。
「……気が付いた様だな」
気が付けばステンキル辺境伯閣下が真剣な瞳で僕を凝視していた。
「ピッコニード君。……ネイシングルを、あの娘を………『妹』をよろしく頼む」
ステンキル辺境伯閣下の瞳に小さく光るものが映り、僕は目頭が熱くなった……。
「行きます。ネイシングルを手当てします」
そう決意を新たにし、
「ですが、閣下もお願いします。『兄』としてネイシングルを『手当て』してください、彼女を助けてください!」
「……神聖魔術は使えないがな。彼女の主として…………『兄』として、できる限りの事はするつもりだ。先程も君は気が付かなかったようだが、私は反対側にいたんだよ」
その声を背に、出てきた部屋に駆け戻る。
再びネイシングルの下に駆けつけると、サイレントアイさんがネイシングルの手を取り一心不乱に何事かを語りかけていた。否……祈念していた。
「代わります。サイレントアイさんはネイシングルの治療に」
サイレントアイさんは額を汗で滲ませながら微笑むと、今まで握っていた手を僕の手に重ねる。
「頼んだわよ」
反対側の手をステンキル辺境伯閣下が握り締めた。
ネイシングル……「超刃拳」になるんだろ? だったら、枯死の因子なんかに負けるなよ。こんなところで負けるなよ……。
目を開いてよ、ネイシングル……。もう一度君の笑顔が見たいよ……。
自分の想いの全てを力に変えてネイシングルに注ぎ込むように彼女の手を僕の額に重ねる。
どのくらい時間が経ったのだろう。
時間の感覚も次第に麻痺し、意識が朦朧としてくる。
そんな時だった。
ネイシングルの呼吸が……。
朦朧とした意識下でもそれが理解できた。
「神官長……ネイシングルが……」
遠くで自分の声を聞きながら僕の意識は暗転していった。