セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
「……暑い、な……」
数日振りに医療院の門をくぐる。
ネイシングルの手術の時はあんなに冷え込んだと言うのに、完全に暑さが戻っていた。
額の汗を拭い、僕は建物の中に入った。
中に入るなり、パラレナンバさんと出くわした。
「あら……ピッコニード君……」
「……ご心配をおかけしました……」
「……いいのよ。それより……具合はもういいの?」
気遣わしげなパラレナンバさんの視線に、少々ばつが悪くなる。
「………もう大丈夫です。いつまで寝ていても……仕方ないですから」
「そう……。無理しなくて良いのよ。ネイシングルちゃんだって、君のそんな姿を見たら……」
「………はい」
浴場に向かう通路でキャスバルさんに捉まった。
「おう。ピッコニード」
「あ、こんにちは」
「………もう大丈夫なのか? 随分やつれた様だが……」
「……ええ。いつまでも寝ていられませんから。少し暑いですけどね」
似たような事を聞かれ、同じように答える。
「そうだな……。あの時はあんなに寒かったのにな」
「はい……」
「……元気ないな。……気にしているのか? あれも運命だったんだよ………」
「………そうかも知れませんね。でも……」
キャスバルさんの暖かい視線が今の僕には痛い。
廊下の喧騒から逃れるように、入院患者用の部屋がある上階へ上がった。
通路の半ばに設けられた休憩所の長椅子に腰を下ろし、持ち込んだ『秘蹟印冥界巡り 極楽甘味』が入った水筒で喉を潤す。
「……やっぱり体力がなくなっているな……」
自室からここに来るまでで息が上がっていた。
神官長への挨拶は少し休憩してから行くことにする。
「……といっても、パラレナンバさんと会っているからな……」
あまりゆっくりしていても、さぼっているように思われるだろう……。
1:手術の後で……
その時、
「ピッコニード」
何処からか、聞きなれた声が聞こえたような気がした。
「………まさか、な………」
気を取り直して水筒を空ける。
「ピッコニード………。ピッコニード!」
「………まさか」
「ピッコニード…………って、無視するんじゃないわよ!」
後頭部に衝撃。
「……っ!」
振り返ると、
「やっほ~! ………久しぶりね!」
「ネ、ネイシングル!」
「きゃっ!?」
僕の声の大きさに、声をかけてきた彼女が驚きの声をあげた。
「な、ネイシングル! 何で………何でこんな所にいるんだよ!?」
「なんでって……人を妖か霊体みたいに言わないでよね」
「何でこんな所まで出歩いているんだよ! 寝てなきゃ駄目じゃないか!」
「え? いいのよ。杖も借りているんだから」
満面の笑みを浮かべ、二本の松葉杖を掲げて見せるネイシングル。
「……そんな問題じゃなくて……まだ傷が痛むだろう?」
「……まぁ、少しね。でも大丈夫よ、重い物持ったりしなければ痛まないから」
「……頼むから……安静にしていて。………精神的に悪いから」
悲鳴に近い声になってしまった。
「だって、パラレナンバさんも『もう大丈夫みたいね』って言っていたから」
パラレナンバさんも匙を投げたのか……。
「……ひょっとして……ネイシングル。……暴れなかったよね?」
「どうでしょう?」
……その顔で解った。
「だって退屈だったから。手足動かさないと鈍っちゃうし。それに……ピッコニード居ないし。……つまらないし、退屈だし……」
「ネイシングル……」
「大体、何で手術受けた私が大丈夫だったのに、そこで見学していただけのピッコニードが倒れるのよ」
「い、いや……キャスバルさんが言っていたように、そうなるのも運命だったんじゃないかなって……」
僕はネイシングルの手術の途中で精神力が力尽き、昨夜まで眠り込んでいたのだ。
「なにが運命よ! 目が覚めたら驚いたわよ。ピッコニードはいないし、皆はその事聞くと黙っているし」
「えっと……」
「後でラーデュロース様が笑っていたわよ。今頃は恋しいお前の夢見て魘されている頃だぞ……って」
頭をかいて誤魔化す。
「全く! 私、てっきりピッコニードが私の血見て気絶したのかって思ったわよ………恥かかせないでよね?」
「面目ない」
会えなかった時間を取り戻すかのように、二人で話し続けた。
出会って日も浅いけど、これほど長期間離れていたのは初めてだった。
「……私を想うあまり憔悴しきっちゃったと言う事だから、許してあげるわ。あんまり音沙汰ないから私から行こうって思っていたのよ」
ネイシングルには僕が倒れた詳しい理由を知らせていない。
昨夜目覚めた時に、ステンキル辺境伯閣下に『ネイシングルが君が来ない理由を知りたがっている。手術が成功した途端、気が抜けて倒れた。と言ってあるが、ネイシングルに君が倒れた本当の理由を話すか?』と訊ねられた。
僕は否と答えた。
彼女が本当の理由を知ればきっと……。
ステンキル辺境伯閣下もそれは理解されている筈。だから誤魔化してくれたのだろう。
「……ごめん。って、ネイシングル? ……だから松葉杖なんか借りているの? 冗談じゃないよ、早く戻って大人しく……」
「うん。ピッコニードにも会えたし、早く訓練再開したいからね」
「幾らなんでもそれは早いよ……」
「そうかな?」
「まずは筋力が衰えない程度の運動にするべきだね。傷が塞がった後、温泉療養しながら回復訓練だね。手伝うよ……ネイシングルがまた闘技場に戻れるまで。それまで無理な事は禁止」
「うん、解った」
素直に頷くネイシングル。
「基本は大切だもんね。それに早く戦いたいし」
「そうだね……」
「退院するまではピッコニードにお任せかな」
「……退院したら?」
「もちろん、ピッコニードと訓練! ピッコニードにも早くC級大会に来てもらわないとね」
胸を張って宣言するネイシングル。
2:幸福の光景
抜糸も済み、ネイシングルの回復訓練が始まり数日が経った。
回復訓練と言っても、傷に障らない程度に神殿の敷地内を歩いたり、傷の回復を早めるために温泉に浸かるだけだが……。
ネイシングルの回復の早さには目を見張るものがあった。
本人の努力と同時に生まれ持った回復力が高いのだろう、日常生活では何の支障もなかった。
その事を誉めると激怒されたが。
「発情期の雄スカイドラゴンも真っ青の回復力だね……」
言い方が拙かったのだろうか?
「その何処が誉め言葉なのよ! それに私は雌」
「じゃ、発情期の雌スカイドラゴンも真っ青の回復力」
「だから!」
「ま……そんな事はさておいて」
「おくな!」
「……いや、お腹減ったし……」
「……あのねぇ……。まぁ……私もお腹すいたから……」
「ならいいね。……頂きます」
「頂きます」
昼食を食堂で一緒に食べる。
「あ……。ピッコニード、またそれ? 好きよね、ルカダリア風の丼物。今日は……地獄鯨の赤身肉丼?」
言われてみれば確かにネイシングルとここで食べた献立は、全てルカダリア風の丼物だった。
「……食べ慣れているからかな?」
ここに来る前、支給されたマナを遣り繰りしながら自炊していた頃は手軽なルカダリア風の丼物にはお世話になっていた。
一口にルカダリア風と言っても種類は、煮込んだ牛骨髄、卵、生姜、葱、塩、お茶など豊富だった。
「失敗だったのは地獄鍋の残り汁だったかな。……味が濃すぎてね、後で考えれば薄めればよかったんだけどね」
目の前の地獄鯨の赤身肉丼を指差す。
「だから、こういうまともな丼物は僕にとって憧れや幸せの象徴なんだ」
ネイシングルは眉を顰め、目を伏せ、申し訳なさそうな表情になった。
「……何だか、聞いているだけで可哀想になったわ」
「そう?」
僕自身はそんなに苦にしているわけでもない。マナはあるにこした事はないが、おかげで食堂の丼物がおいしく味わえる。
「……栄養とか考えないと駄目よ。……一人にするのが不安だわ」
溜息をつくネイシングル。
ばつが悪くなり、切れていた水を汲みに席を立つ。
「あ……お水お代わり?」
「うん。ネイシングルもいる?」
「うん。お願い」
食堂隅に設置されている給水器から水を汲み、戻る途中で壁にかかった暦が目に入る。
「そうか……今日は」
席に戻るとネイシングルが出迎えてくれた。
「おかえり」
「ただいま!」
わざとらしいほど明るく振舞う。
「……元気ね」
呆れ顔のネイシングル。
「無理やりだけどね」
「何それ?」
「気にしないで」
そう言いながら汲んで来た水を音を立てて飲み干す。
そんな様子を楽しそうに見つめながらネイシングルが言った。
「いつも付き合ってくれて、ありがとう」
「どうしたの? 突然。……好きでやっていることだし、修行の一つだから」
「そうなの。……少しはピッコニードの修行の役に立っているかな」
「そんな事言わないでよ……僕が好きでやっていることだから」
「……好き……だから?」
「もちろん」
そう言うとネイシングルが頬を朱に染める。
「……あの、ネイシングル……」
「なに?」
暦を見て気づいたものの言いそびれていた事を話す。
「……今日って……」
頷くネイシングル。
「うん。今日が三力祭・格闘部門の試合日……」
「そう、か……」
ネイシングルの夢へ進める機会だった。
そのことを考えていると彼女が僕の顔を覗き込んでくる。
「ネイシングル……?」
「ピッコニード? 私、気にしていないよ?」
「……」
「ラーデュロース様にお訊ねしたら、武闘大賞典にも出させて貰える事になったからね。……まぁ、悔しい気持ちはあるから、パーティCは見てろって感じかな」
そういうネイシングルの表情は明るい。
この明るさが、これまで幾度となく彼女自身を救ってきたのだろう。彼女だけでなく僕を含めた周囲も……。
「やぁ、今帰りかね?」
食堂に入ってきた神官長が、ネイシングルを見つけたらしい。
「あ、神官長。こんにちは」
「こんにちは、ネイシングルちゃん。どうだね、回復訓練の調子は」
「良いですよ、すごく。だから、早く退院させてください」
「まぁ、後何日かは様子を見たほうが良いな。……それに、早く退院しても良いのかね? ピッコニード君と会う機会も少なくなるぞ?」
「あっ。……それもそうか……」
忘れていたと言う表情のネイシングル。
「そうだろう? ああ、午後は温泉療養だったね。……そうだ、ピッコニード君をネイシングルちゃんの担当につけようか? 二人で仲良く温泉療養というのはどうだ? ん?」
そう言うと神官長は高笑いをする。
頬を朱に染めたネイシングル。
「神官長!」
僕が上げた抗議の声を高笑いで黙殺しながら、神官長は配膳場所に向かって行った。
3:発覚
その晩、医療院を見回りながら、何とはなしにネイシングルの事を考えていた。
回復訓練も順調で、直に筋力訓練に移れるだろう。
手術直前に見せていた弱気さもなくなり、退屈しがちな入院生活も上手くこなしているようだ。
患者がいる階から下へ降り、温泉に通じる廊下を見回る。
「……?」
待合所に人影が見える。
「誰だ!?」
灯火を人影に向ける。
「……ネイシングル」
そこにネイシングルの姿があった。
「どうしたの? こんな夜遅くに」
近付いてくるネイシングルの表情に怒りと哀しみの感情が浮かんでいた。
「ピッコニード……聞きたい事があるの。少し良い?」
「なに?」
「……今日の夕方なんだけど、私の手術中の事を魔法医の人が話していたの聞いたの」
「何処で?」
「何処でもいいでしょ……入院患者が来ない所よ」
「ふ~ん」
気のない返事をしていたが、背筋に汗が滲み出るのを感じた。
「ピッコニード。あなたが倒れた本当の理由を教えて……。先に言っておくけど、嘘吐かれるのは嫌よ」
ネイシングルが顔を上げ、真っ直ぐに僕を見つめていた。
「……どういう意味?」
「……質問に質問で返さないで。私の背中に在った『枯死の因子』の摘出時に私の病状が急変したんでしょ?」
「それは……」
「私の目を見て。……私の事、本当に大切に想ってくれているなら、誤魔化さないで」
そう言って僕の顔を凝視するネイシングル。
……誤魔化す事はできそうにない。
「…………ああ。急変した。でも――」
言いかけた僕を遮る。
「完全に取り除けなかったら私はこんなに元気じゃない。それは解るわ」
「ならそれで」
いいじゃないか。と続けようとした僕に、
「……あなたが無茶をしたことも聞いたわ。だから私が持ち直して手術を続行できたって事も」
そこまで言うと、ネイシングルは縋りつくように僕の襟を掴んできた。
「無茶って何の事?」
最後の足掻きに過ぎない事は解っていたが、一応誤魔化してみる。
「……私だって、限界を超えて魔力を使い果たした魔術師は往々にして死に至る事すらあるって事くらいは知っているわよ! 何で……何でそんな無茶をしたの!?」
ネイシングルの目に光るものがあった。
足元に、ポツリポツリと水滴が落ちる。
「…………馬鹿……………馬鹿、馬鹿、馬鹿!」
「……ネイシングル」
「……馬鹿……どうして……どうして……そんな事を……」
後の言葉は嗚咽にしかならなかった。
その瞳から止めどもなく涙を流し続け、力なく僕を叩きつづけるネイシングルの姿があった。
「……自分の全てを賭しても君を助けたかった。……君は誰よりも大切な存在だから」
「…………何で……何でよ………私が助かっても……あなたが死んじゃったら、私どうなるかわからないよ。……もう独りでいるのは嫌なの。……もう無茶はしないでよ……私を独りにしないでよ…………」
「……ごめん」
恋人に心配をかけさせたことでなく、彼女の恋人である自分自身をないがしろにしたこと。その行為を黙っていた事を謝罪する。
「……元気になってくれたから、今回だけは許してあげる」
依然、嗚咽混じりの声のネイシングルだったが、確かにそう応えてくれた。
「ありがとう」
ネイシングルの背に手を回し軽く抱きしめる。
「……馬鹿」
微かにすすり泣く声が聞こえた。