セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
「ねぇ、……キスしようか」
2人の最初のキスはそんな言葉がきっかけだった。
2度目のキスは大会の決勝戦で心身ともに傷つき、故障した彼女がすごした療養中の部屋だった。気まずい空気の中で佇む2人。
その大会の決勝の相手はお互いの目の前。
気まずい空気の中、しばらくしてからの一言がきっかけだった。
「ねぇ。……キスして」
頬を微かに赤く染めながら女が相手のことを見つめずにそう呟いた。
直視すると一層赤くなりそうであったから……。
尤も、その台詞を口にした時点で無駄な努力であるとは気が付かない。そんな、恋には未だ未熟な年頃であった。
「えっ? ……いや、しかし……何を突然……」
困惑する男。
「私とのキスは、イヤ?」
前も同じ事言われたな。そんな事を考える男。
だが、顔を向けた女の瞳が心なしか潤んでいた。男の唇を欲している。なぜかは判らぬが男はそう感じた。
「……いいのか?」
返事のわかっている質問をしながら、男は寝台の傍らにある椅子から立ち上がった。
返事の代わりに瞼を下ろす女。
男の顔が、寝台に横たわる彼女の肉付きの悪い顔に近付き、2人の唇が重なり合う。
生活感の感じられぬ部屋の中、互いの鼓動だけが確かに聞こえた。
「ねっ、キス……しよう」
3回目のキスは、それから半年後の表彰式の後。主からの馬車での帰宅の誘いを断り、二人でのんびり帰った道の暗がりで。
普段は強気な女の顔が愛しく思えた。
少し警戒しながらもその唇の怪しい輝きに魅せられ、返事もなしに唇を奪った。
その強引さに多少驚き、目を見開く女。だが目を閉じその甘い一時を楽しむ。
どちらからともなく終わった長いキス。2人をつなぐ銀の掛け橋に少し頬を染めるも、いつも通りの微笑み。
「帰ろっか」
いつもの調子だった。
その口調は普段より若干早かったが。
「ねぇ、……」
続く言葉の前に、唇は既に塞がっていた。
突然唇を塞がれた事に当惑する女。抱きしめる男の力強い腕を振り払おうとする。しかし……。
まぁ、いいか。言うか言わないかの違いだものね。
そんな言い訳で自分をごまかす。
男のキスはいつのまにか上達していた。
「……もう。私、何も言ってないよ?」
「……そうして欲しかったんだろう?」
最近少し強引になった男。
幼齢の頃出会った時からの性格が少しだけ変わったような気がした。
いつのまにか逞しくなったんだ。
男の強い腕に抱かれながら、女は思う。
まぁ、この方が男らしいし、頼りがいがあるからいいかな。
決して口に出さない感想。
「頼りがいなかったらどう思う?」
唐突に出る男の台詞。
何で判ったんだろう?
「長い間一緒に居れば、考えている事くらいわかるよ。何時までも、ひ弱だった昔のままじゃないさ」
誰かさんの為に変わったのさ。と口に出さずに付け足す男。
面食らった女の表情が愛しく思え、再度素早く唇を塞ぐ。
***
最後にもう一度だけ、キスしたかった。
抱かれたら決意は揺らぐ。だから……。
悟られないように、昔の口調で。
「ねぇ、……キスしようか」
戸惑う男とやり取りを流暢に交わす。
昔の様に胸をときめかせる訳ではない。それでもいつも新鮮な気分を味わえるキス。
でも、それも今日が最後。
現役の頃も引退してからも、傍らに寄り添う男に頼ってきた。
いつしか男の支えも傍らに寄り添う女になりつつあった。
それに気づき愕然となる。
私がいたら2人ともだめになる。だから……私は逃げ出す。この屋敷からも、男からも。
お互いに自分自身の力で生きていきたいから。
だから……。
唇を離し、
「さ~てっと。今日の夕食は何かなっと」
立ち去る男。
男の背中に掛けられた、女の「さよなら」の言葉は届かなかった。