セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー   作:御舘雅盛

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再会

「暑い……」

 夏の陽射がラインキュル広場の石畳をジリジリと焼いている。

 門家屋敷から抜け出し一夜の相手を探しにきたが……こんな暑さだったら屋敷で午睡でもしていればよかったと少し後悔した。

 屋敷なら暑さを凌ぐ為、涼水が滝のように壁面を伝わり、外の空気を遮ってくれるのだ。

 恨めしげに日の光を見上げる自分に些か滑稽さを覚えたが、これも自業自得と諦めるしかない。

 仕方無しに屋敷に戻ろうとした時だった。君の姿を捉えたのは。

 豊かに波打つ茶色の長髪と白を基調とした活動的な服。アクアマリンをあしらったミスリル銀の簪で後姿でも君と判った。

 思わず君の、優しくて美しい、それでいて儚げな響きを持つ名前を口にした。その名前を口にした途端、懐かしさがあふれた。

 君は気付いてくれなかった。君のか細い肩に僕の手が触れるまでは。

 新緑の若葉を思わせるような翡翠色の瞳を持つ凛々しい目許に、通った鼻筋。あの頃と同じように、化粧はほとんどしていないその肌。

 君の貌にも驚きの色が現れている。

 その紅唇が開かれ、僕を魅了した声が紡がれそうになった。

 だが……。

 君は苦しそうに顔を歪ませると身を翻し、走り去ってしまった。

 呆然とする僕を残して。

 それが君との再会だった。

 

 随分昔の事になる。

 どこの家門からも入家を断られ、帝国が設立する施設に入らざるを得なかった僕は、目的もなく酔生夢死の生活を送っていた。

 ただなんとなく魔術の道に進み、指定された大会に出るだけ。

 勝つ喜びも負ける悔しさも、あの時の僕には無縁の物だった。

 失って惜しい物など何もなく、何かを手に入れるためがむしゃらになる。という事もなかった。

 そんな時だった。

 僕が君に出会ったのは。

 僕がラインフェルドの洞窟でキュレイァの薬草を採っていた時、魔王に襲われた。

 そのときに助けてくれたのが君だった。

 当時の君は僕の憧れの存在だった。

 高名な魔導士を兄に持つ君は18歳で『恐怖の光』としてあの世界で輝いていた。

 その憧れの君が僕の傍にいた。

『大丈夫だった?』

 そんな風に声をかけてくれた君。

 その、銀の鈴が響きあうような声に僕は心を奪われた。

『血が出てるわ』

 そういって君は自分の服を裂いて僕の傷口を縛ると、

『これで良いわ』

 と微笑んでくれた。

 その微笑を僕は生涯忘れないだろう。

 即席の包帯からは仄かに甘い匂いがした。

『こんなところで薬草摘み?』

 その問いかけにあの時僕はなんて答えたのだろう。

 憧れの君を目の前にして答えにもなっていなかったかもしれない。

『ここで採っているんだからキュレイァかな? でも、この籠の中身、キュレイァじゃないわよ。これ、匂い苔よ』

 その言葉で、思わず籠を取り落としてしまった。

 そんな僕を尻目に君が中の薬草を選り分けはじめる。

 長すぎるほど長い茶色の髪が、君の顔を隠していた。

 僕も一緒になって見よう見まねで草を選り分けようと、籠の中に手を突っ込んだ。

 同時に同じ草をとろうとして、二人の指が重なった。

 白く細く滑らかな君の指が僕の指に触れている。

 僕は一瞬、固まってしまった。そんな僕に構うことなく、君は、

『日に当てると色がまったく違うのよ。ここでは同じ色に見えるけどね。だから、葉のつき方に注意して区別するの。ほら……』

 そう言って僕のほうに、2種類の薬草を広げて見せた。甘い薫りとともに。

 その後、一緒に薬草を摘み、籠を一杯にすると二人で山を下った。

 抑えきれない甘酸っぱい想いが心を満たし、僕の足は飛ぶように軽かった。

 何時までも騒がしい僕を同室の奴が五月蝿いと怒鳴りつけてきた。でもそんな事はお構い無しの僕に不気味さを感じたらしく最後は気味悪がられてしまった。

 彼女の微笑を手に入れたい――。

 僕に初めて欲しいものが見つかった。それを得るために必死で訓練を積み重ね、大会で優勝を重ねていった。

 そして、その年の表彰式の晴れ舞台に僕は立つ事が出来た。

 最高峰の女性魔導士として表彰された君と同じ舞台に。

 式が終わり、仲間達から手荒い祝福を受けているとき、君が声を掛けてくれた。

『おめでとう』

 微笑みと共に。

 そしてごく自然に僕等は付き合いだした。

  

 あの頃僕等は確かに愛し合っていた。

 身体が千切れそうな想いで、逢瀬を繰り返すたびに互いをきつく抱きしめあった。

 何時だったか、僕に彼女が尋ねたことがある。

 あなたの夢を教えて。と。

 僕は少し躊躇った。正直に話して君が僕から離れてしまう事を怖れた。

 君はそんな僕を見て、

『私から言わなきゃダメよね』

 そう言うと、

『私の夢は二つ在るの』

 僕が沈黙していると、君は悪戯そうな目で僕を見つめた。

『一つは門家を引退した後で、自分のお店を持つこと』

 小さな花屋を持つことが、小さい頃からの夢だったという。

 もう一つは? という僕の答えに、甘やかな視線を僕に向けて、

『あなたと暮らし、あなたの子供を育てる事』

 その言葉に照れてしまった僕は、あの時お茶を濁して誤魔化してしまった。

 大きな大会で優勝して、堂々と君を僕の物だという事。という夢を。

 

 君がとある家門の門家になり、僕のもとを離れていった後、僕はすっかり腑抜けになってしまった。

 君に出会う前の頃のように――。

 そして僕は君を守る力を失ってしまった。

 君が門家を引退したという風の便りを聞いた時、僕は現役を引退し、無所属の血祖としての人生を送っていた。

 君と過ごしていた間に獲った称号が、僕が血祖としてここに留まれた理由だった。

 

 君と再会したのはそんな時だった。

 親しくしている商人から、君が小さな花屋をこの都に開いた。と聞いたのは、君が僕のもとを走り去ったその日の夕暮れだった。

 悩みぬいた末、店の様子を見てもらおうと、屋敷のメイドの一人に頼み込んだのはその2日後。

 散々僕をからかって玩具にしてくれた彼女だったが、ケーキ3個で頼みを引き受けてくれた。

 翌日、待ち合わせた喫茶店で落ち合った彼女は意味深な含み笑いをし、紅の薔薇とカトレア、カランコエが混じった花束を渡してきた。

「…が愛しい人に告白するみたいですって言ったらカランコエとカトレアをおまけしてくれたわよ」

 そう言えば、彼女は花言葉が好きだった。

「どんな感じだった? 店は」

「お店の雰囲気はいい感じだった。……でも、店長の彼女、かわいそうだった」

 言いよどむ彼女。

「かわいそう?」

「うん。……あそこの彼女、知っているんでしょ? 有名なドールだったし、それに」

 いい雰囲気だったもんね。とからかうような視線を投げかける。

「上で喫茶店を開いている彼女のお兄さんから聞いた話だけど。彼女、去年の流行り病で耳が聞こえなくなったんだって」

 頭を殴られたような衝撃を受けた。

「……耳が聞こえない……?」

「魔導士って耳がやられたらお終いだから……それで、門家も引退して今は花屋をやっているんだって」

 僕の心に怒りが湧いてきた。

 門家の体調管理も育成者の仕事だろうに、何をやっていたのか。と。

 そんな僕の内心の感情などお構いなしに、彼女は話しつづけた。

「育成者も、神聖魔術医は派遣したみたいだけど、効果なかったらしいわ」

 神聖魔術でも効果ない流行り病……

 君を何故そんな病が襲ったのか。

「……それで、話すほうは……?」

 僕は声を絞り出し、その結果を尋ねた。

「話すほうは問題ないらしいけど、自分の声が聞こえないでしょ。だから滅多に喋らないんだって」

 溜息をつく彼女。

「ドールだったから、話す内容なんて読唇術で解かるんでしょ? ……それでも、彼女、静かに微笑んでいるだけなの」

 なんだか悲しくなっちゃった。という彼女に約束どおりケーキを奢り、喫茶店を後にした。

 

 通りの向こうに店が見える木陰に佇み、僕は店を見続けた。

 外見はあの頃と殆ど変わらない君が、打ち水をしたり、花の世話をしている。

 

 再会した時、君が無言で立ち去った理由が今ならわかる。

 君は今の状態を僕に知られたくなかったのだろう。

 もし僕が君の立場だったら……。

 安易な気持ちから同情されるのは耐えられない。同情されるくらいなら会いたくはない。思い出のままの、昔の自分を覚えていて欲しいと願うだろう。

 あの再会で傷付いたのは、僕ではなく、君のほうだった。

 

 都の周囲を取り囲む湖の向こうに、日が緩やかに落ち、辺りは淡い紫色に包まれていた。

 心は既に決まっている。目的も持たないまま門家でいるよりは、君と残りの人生を過ごしたい。

 湖からの涼風と夏の夕暮れ独特の空気が木陰から出た僕を包み込む。

 街路を横切り、君の店に近付いていく。

 君は僕に気付かず、小さな花の手入れをしている。

 白を基調とした活動的な服が眩しかった。豊かに波打つ茶色の長髪には、アクアマリンをあしらったミスリル銀の簪が輝いている。あの頃君に贈った簪が。

 僕が君を忘れられなかったように、君もまた僕を忘れてはいないのだろうか? あの頃の君のもう一つの夢はまだ……。

 君を驚かせないように静かに回り込む。

 君が気配に気付いて顔を上げた。

 唇に手を当て、君の作った花束を差し出す。

 僕が告白するみたいですと言われ、君自身が作った花束を。

 君の翡翠を思わせる双眸に見る間に薄い膜が張りつめる。

 ……気がつくと、君が僕の胸にしがみついていた。

 

「ずっとあなたの事を想っていたの」

 忘れられない、僕を魅了したあの声で君が小さく言葉を紡いだ。

 君の濡れる頬をそっと包み込み、僕は顔を近づけ……君が瞳を閉じる。

 

 永遠にも思える一瞬。

 僕を見つめる君にわかるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「ふ・た・り・いっ・しょ・に・ゆ・め・を・か・な・え・よ・う」

 頷き、君が再び瞳を閉じる。

 

 二階の喫茶店。

 その窓辺から静かにその様子を見つめる赤毛の兄。

 その目にも祝福の色が浮んでいた。

「幸せにな、チヒチョロ」

 

 

 

<FIN>




参考
 
【藍玉(アクアマリン)  Aquamarine】

 別名『夜の宝石の女王』とも呼ばれ、新約聖書にも登場するアクアマリンという宝石の名前は今からおよそ2000年前にローマ人によってつけられました。
 この石は意志力を高め、思考を明らかにするとされています。個人的には、スターサファイアと同様、ドルマス界でもキョバダやラー君等の魔導士に持たせると似合うかもとか考えていたり……。
 古代において、水は月のパワーを宿していると考えられていました(古来、月は知恵と慈愛と包容力の象徴です)
 この宝石は優しい波動があり、魂の乱れを整えて平安な海のように穏やかで優しい気持ちにさせてくれ、誰かのことを想うと、静かな波動となってその想いが届き平和をもたらすと言われています。
 愛し合う男女が持つと、愛を高めて強い絆で結びつけ、危機が訪れても和解させて困難を乗り切れ、結婚生活においては、子宝を授けてくれるとも言われてきました。
 当然作中ではこれを受けています(当初、簪にあしらう宝石はスターサファイアにしようと考えていたのは内緒(爆))

 尚、中世では、この石を身につけていると洞察力と予知能力が授かれると考えられ、アクアマリンを1つ口に含むと、地獄から悪魔を呼び出しどんな質問にも答えさせることができ、また、これを神に捧げると、悪魔に打ち勝つ力を授かるとも言われていました。

【花言葉】
カランコエ あなたを守る
カトレア 優雅な女性・魔力・あなたは美しい・純愛・成熟した魅力・優雅な女性
紅薔薇 愛情・熱烈な恋
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