ARIA The PIACERE 2 そのシンデレラの行く先は・・・ 作:neo venetiatti
プリマ・ウンディーネの朝は以外と早い。
ペアたちはお店の周辺や館内の清掃、シングルたちはゴンドラやオールの手入れや船着き場の準備、そしてプリマたちはその監督とスケジュールの確認や打合せ等々。
華々しい活動の影には、日々の地道な作業が必ず必要とされている。
オレンジぷらねっとのプリマ・ウンディーネ、アリス・キャロルは船着き場にやってくると、大きなあくびをした。
「はあ~」
口元を手で隠しつつ、目尻から涙が見えていた。
少し小柄で、そのうえ幼く見えるのは、ペアからプリマへと飛び級昇格したという、ウンディーネの世界で初めてのことを成し遂げたこともあり、他のウンディーネ、特にプリマの中においてもまだ下の方の年齢故のことだった。
「アリスさん、おはようございます」
アリスはハッと目を大きく見開いた。
「お、おはよう、ございます・・・」
そこにはアリスに憧れてオレンジぷらねっとに入社したというシングルの女の子が立っていた。
「アリスさん、とてもお疲れのようですね」
「あ、いえ、そんなことないです」
アリスは気まずい雰囲気をごまかそうと、とっさに何かを考えてるふりをした。
「そうなんですか?なんかちょっとお辛そうですが・・・」
「だ、大丈夫です」
「それは良かったです」
そう言ってにっこりほほえんだ。
調子を合わせるように、アリスも笑ってみせた。
「ハハハハ」
「ハハハハ」
「ところで」
「はい!」
「報告よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ!」
「第三班の本日の日直、アーリー・ハーベイです。第三班今朝の清掃無事終了です」
「わかりました。了解です!」
アリスは背筋をピンと伸ばして答えた。
アーリーはその様子をじっと見つめていた。
「あの~、もうよろしいでしょうか?」
「え、ああ、いいですよ」
「それではこれで失礼します」
アーリーはその場から立ち去ろうとした。が、すぐに振り返った。
アリスは、ふぅ~と力を抜こうとして、とっさに姿勢を戻した。
「あの~、やはりお疲れではないですか?」
「そ、そうですね。久しぶりにピクニックでも行ってみようかな~って思ってました。ハハハハ」
アーリーが館内へ立ち去ると、ため息とともに、一層の脱力感にみまわれていた。
「やっぱり慣れない。こういうの」
アリスは、誰もいなくなった船着き場で、虚ろな表情になっていた。
オレンジぷらねっとの中でも、まだ下の方の年齢であるアリスは、自分より年上のウンディーネから敬語で話されることに、未だ違和感を拭いきれないでいた。
「アリスさん、ミーティングです。会議室までお願いします」
「は、はい!」
アリスは足早に館内へと消えて行った。
プリマ・ウンディーネは、接客のプロ。しかもプロ中のプロと世間からは思われている。
「お手をどうぞ」
「えっ、ウンディーネさん、かわいい!」
アリスは、どうリアクションしていいかわからず、顔を赤らめていた。
「ほんとにかわいい!」
その仕草がなお一層客の関心を呼んでしまう。
「お客様、右に見えますのが、マルコ・ポーロの生家を復元した建物です」
「まあ、なんてかわいらしいの。うちの孫のお嫁さんに来てくれないかしら」
「はい、かわいいマルコが・・・」
「お母さんを訪ねるの?」
ゴンドラがどっと笑いに包まれた。
アリスは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「す、すみません。マルコ・ポーロでした」
アリスはお客様を見送るところまでは、なんとかプリマらしい威厳を保とうとしたが、お客様の姿が遠のいたところで、「ふぅ~」とため息をついた。
「なんでこんなドジっ子」
思わず口から漏れていた。
アリスは、今は空きになっているアテナが使っていたベッドの上で、ゴロゴロ寝転がるのが日課となっていた。
「まぁ~」
「まぁ社長、どうしたんですか?まぁ社長もゴロゴロしますか?」
まぁ社長は窓際のソファの上で、1本のバナナと格闘していた。
「ゴロゴロ、ゴロゴロ」
アリスはゴロゴロと口に出しながら、ベッドの上を行ったり来たり転がっていた。
「まぁ社長、付き合い悪いですねぇ。そんなんじゃあ今後は、このベッドの上で遊ぶの禁止ですよ」
「まぁ~」
まぁ社長はソファの上で、バナナにしがみついてゴロゴロ転がっていた。
アリスはゴロゴロ寝転がるのを止めると、どーんと大の字になって、天井を見上げた。
「明日の天気、どうだったっけ?」
仕事から戻ってから確認したスケジュールでは、明日もまた、朝から夕方まで予定が詰まっていた。
「雨、降らないかなぁ」
誰も返事する人のいない部屋でぽつりと呟いた。
その日のネオ・ヴェネチアは、いつにも増して観光客で賑わっていた。
運河や水路を行き交うゴンドラやボートの数が普段よりも多くなっていた。そのためか、全体的にゆったりとしたスピードで動いているようだった。
そんな時は、ゴンドラを漕ぐウンディーネたちにも、いつも以上に慎重さが求められる。
そんな中、なんの問題も感じさせない様子でスムーズに進むゴンドラがあった。
「すごいオール捌きね。微塵のブレもない」
「やっぱり飛び級は伊達じゃないわね」
アリスは集中力を切らすことなく進み続けた。
混雑している水路を早く抜けて、お目当ての観光スポットへお客様をつれて行こうとしていた。
制限速度を越えないように、巧みに速度をコントロールする様子は、誰が見ても舌を巻く腕前だった。
水路が交差するところに差し掛かった。
アリスはいつものように声をかけようとした。
「ゴンドラ・・・」
そこに突然、交差する水路からゴンドラが姿を現した。
「ゴンドラ、通りまーす」
交差する箇所に差し掛かかったら、その前に声を出して接近を知らせるルールになっているはずだったが、明らかにそのゴンドラのウンディーネは、声を掛けるタイミングが遅かった。
そのウンディーネが、アリスのゴンドラに気づいた時には、すでにアリスは回避行動を取っていた。
恐怖の余り声も出せず、ゴンドラの上で立ち尽くしていたウンディーネを横目に、するりとアリスのゴンドラは通り抜けて行った。
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
アリスのゴンドラに乗っていた客たちは、アリスからそう声を掛けられたが、その瞬間どうなったのか把握できず、呆気にとられていた。
しかし、次の瞬間、拍手と歓声が沸き起こった。
「あなたも大丈夫ですか?」
未だ信じられないといった表情で立ち尽くしているウンディーネに、アリスは声を掛けた。
両手にグローブを着けていた。だが、同乗者はいなかった。
「早めに声を出して下さい。今のタイミングでは、絶対事故になりますよ。練習なら尚更です」
「申し訳ありません」
そのウンディーネは、頭を大きく下げて謝った。
両肩が震えているのがアリスにはわかった。
「気をつけてがんばってください」
アリスの掛けた言葉に、驚いたように顔を上げた。目は涙でいっぱいだった。
少しだが時間ができたことで、アリスは久し振りに街へ出掛けていた。
商店の店先に、色とりどりの果物が鮮やか並んでいた。
「アリスちゃーん!」
行き交う人の中に、同じ黄色のラインが入ったユニホーム姿のウンディーネがアリスの方へ向かってきた。
「何してるの?」
夢野杏はいつものにこやかな、やわっこい表情で話しかけてきた。
アリスがいきなりプリマに飛び級昇格したことで、本来は年上である杏が後輩となってしまうところだが、仲のいいふたりは今まで通りの関係が続いていた。
「今日はちょっと時間ができたので、買い物でもしようと思いまして。杏さんは?」
「わたしもなの」
「いいタイミングですね」
「ほんとにね」
ふたりはニコニコ顔で偶然の出会いを喜びあった。
「ところでアリスちゃん。何を買うつもりなの?」
「これといって決めてないですけど」
「それじゃあまずは、あれにしない?」
杏が指差したのは、クレープの屋台だった。
「最近人気のクレープ屋さんらしいの。時間ができたら、絶対来ようと思ってたの」
「そうなんですか?それはさっそく行かないと」
アリスと杏は、小走りにかけていった。
店の前には少し列ができていた。
ふたりは屋台の上の方に並んだメニューを見て、あーでもないこーでもないと注文を何にするかで盛り上がっていた。
シェアして食べようとなり、それぞれ違う注文をすることに。
そして、ふたりして目を輝やかせて出来上がるのを待っていた。
出来上がったクレープを持って、何かこそこそ話していたかと思うと、急にクスクス笑いあっていた。
そして、人通りの少ないところまで移動し、木陰の下で食べ始めた。
ふたりは同時にあーんと口を開け、パクっと一口食べた。
その瞬間、大きく目を見開いてお互いの顔をみた。
「おいしいー!」
ふたり同時だった。
そして、またふたりでクスクス笑いあっていた。
「アリスちゃん、クレープだよ、クレープ!」
「私だってわかってますよ。クレープですよ」
そう言ってお互いのクレープを交換して食べた。
「ん、おいひー」
杏の鼻の下あたりに生クリームがついた。
それを見たアリスが笑いだした。
「何?アリスちゃん?」
「杏さん、鼻の下、クリームが」
「ちょっと、それって」
ふたりして笑いが止まらなくなってしまった。
ふたりはチラッと先程の屋台に目を向けた。
クレープを作るおじさんの、鼻の下の伸ばした髭が、なぜか右側だけ少し短かった。
「どうしてなの?クククク」
「おじさんに悪いですよ。ハハハハ」
おじさんは、笑顔でクレープを作り続けていた。
「何それ?」
藍華は思わず聞き返した。
その横で灯里は、口を押さえつつも、笑いながらおなかを押さえていた。
「今度そのクレープ屋さんに行こうよ。ね、藍華ちゃん?」
「何言ってんの、灯里?」
「だって見てみたいもん、そのおじさん」
「あのねぇ、いくらおじさんだって、いつまでもそのままってことはないでしょ?」
「でもこの前通りかかったら、まだそのままでした」
「ほらぁ~」
「何がほらぁ~よ。そういうことを言ってるんじゃないの。後輩ちゃんの最近あった話を聞いてるんでしょ?」
「何かおかしいところありましたか?」
アリスは藍華のことばにちょっと不満そうだった。
「朝が早いだの、ゴロゴロが日課だの、挙げ句のはてには、クレープの屋台のおじさんの髭がどうのと、なんか他に無いわけ?」
「でもゴンドラをとっさによけた話しなんて、さすがアリスちゃんて思ったけど」
「それはそうかもしれないけど」
「何が不満なんですか?」
「なんて言うかさぁ、もっとプリマらしいエピソードとかは無いのかっていってるの」
「プリマらしいエピソードってなんですか?」
「あくびだの、ゴロゴロだの、マルコがお母さんを訪ねたとか、そういことと違うことよ」
「マルコ・ポーロです」
「そ、そういうことを言ってるんじゃないでしょ?それに間違えたのは、後輩ちゃんなんだから」
アリスは少し眉間にしわを寄せて、う~んと考えてみた。
「例えばどういうのをプリマらしいというのですか?」
「そうねぇ。例えばネオ・ヴェネツィアに観光にやって来た人が、ゴンドラに乗る予約が取れなくて困っていたので、急遽予定を変更してゴンドラにお乗せしたら、その人にとって忘れられない思い出になった。そしたら十年後にその方の奥さまが訪ねてきて、そのウンディーネと再会する」
藍華は自分で語りながら、そのエピソードの世界に浸っていた。
「それってこの前マンホームからやって来たアマンダ婦人の話ですよねぇ?しかもアリシアさんのエピソードですし」
「そうよ。アリシアさんだからこそ生まれたエピソードだわ」
「そうだよねぇ~。時間を越えて、またこのネオ・ヴェネツィアで再び巡り会う。まるで海の女神様が、ウンディーネの出会いと未来を祝福しているかのようだね」
「そうねぇ~」
「突っ込まないんですか、藍華先輩?」
「はっ、恥ずかしいセリフ禁止~!!」
「でもその時、アリシアさん言ったんだよ」
「アリシアさんが何て?」
「本当のきっかけを作ったのは、その時ARIAカンパニーへその方を連れてきた、その女の子だって」
「なるほど。確かにアリシアさんのいう通りだわ」
「でも、なぜARIAカンパニーだったんでしょう?水先案内店といえば、老舗の姫屋とか普通思い浮かべると思いますが」
「そこはなんていったってアリシアさんだからよ。その子もきっとアリシアさんに魅了されていたんだわ」
「アリシアさんは、それについては何か言ってたんですか?」
「なんかね、引き受けるのが当然だと言いたげな態度だったんだって」
「アリシアさんにそんな態度をとるなんて生意気な子ねぇ」
藍華はけしからんといった風に腕を組んだ。