ARIA The PIACERE 2 そのシンデレラの行く先は・・・ 作:neo venetiatti
「プレゼンター?」
灯里と藍華は声を揃えて反応した。
「だから声が大きいです!」
アリスは眉間にシワを寄せて頬を膨らませ、口をとんがらせた。
灯里は咄嗟に口を押さえた。
藍華はそのまま口を開けていた。
「まだ誰にも言っちゃだめですから」
「後輩ちゃんが、あの映画祭の舞台に立つってこと?」
「そういう事になります」
「あ、あんた、そんなあっさりと」
「すごいじゃない、アリスちゃん!」
「はぁ~」
アリスはあからさまにため息をついた。
「で、どういう理由でため息をついてるわけ?」
「だって、やりたくてやるわけじゃありませんから」
「ええ~、やりたくないのぉ~、なんで~?」
「灯里、あんたねぇ、まるで自分が候補から落選した人みたいに悔しがってるけど」
「だってぇ、プレゼンターだよ?」
「何?誰か会いたい有名人でもいるの?」
「エヘヘヘ」
「あんた、時々気持ち悪い笑い方するわよね」
「ちょっと、真面目に聞いて下さい!」
アリスはまたもや口をとんがらせた。
「真面目に聞くって言ったって、そもそもなんでそんなに嫌なわけ?」
「だって私そんな柄じゃないし、他にも適任の人がいると思うんです」
「アリスちゃんが適任だよ。あのネオ・ヴェネツィア国際映画祭の舞台に立ったら、とても輝いて素敵だと思うよ」
「だからあんたは、さっきから自分がその舞台に立ってるところ想像してんでしょ?」
「エヘヘヘ」
「だからなんなの、その笑い」
「もう、先輩方!」
「アリスちゃん、ごめん」
藍華はカップに残ったカフェラテを飲むと、目を閉じた。
「後輩ちゃんは、確かにそういうとこ、あるわね」
「うん、そうだね」
「え、二人してなんなんですか?」
「そういう消極的なとこよ」
「まあ、確かに・・・」
「自覚があんなら、思いきってやってみれば?なんか、パアッて視界が開けるかもよ」
「それも理解できないわけではないのですが・・・」
「何か他に心配な事でもあるの、アリスちゃん?」
「私、別に有名になりたいとか、アイドルになりたいとか、そんな考えないんです」
「自分からアイドルとか言うのね」
「藍華先輩!」
「ごめんごめん。それで?」
「でも最近、感じるんです。会社が私にウンディーネとは違う何かを期待してるんじゃないかって」
「まあ、そうね」
藍華はあっさりと返答した。
「藍華ちゃん、そんなあっさりと・・・」
「だってそりゃそうでしょ?考えてみてよ。ミドルスクールを卒業してすぐにプリマ飛び級昇格よ。確かに後輩ちゃんは、操舵の技術は文句なしだし、観光案内も頑張ってきた。けど、それっていかに期待しているかってことでしょ?」
「確かにそうだねぇ」
「わかってます。私もわかっているつもりです。でもなんか違う気がするんです」
「何が?何が違うの?」
「上手く言えないんですが、なんか会社の宣伝に利用されているというか・・・」
「あのね、後輩ちゃん。あんた、考えすぎなのよ」
「だって・・・」
アリスは黙ってしまった。
灯里は心配そうに藍華を見た。
藍華はどう言ったらいいかと思案顔でアリスを見た。
「後輩ちゃん。あんたに期待していることは、そういうことじゃないの」
「どういうこと、藍華ちゃん?」
「あんたに期待しているのは、これから先の未来なのよ」
「未来?」
「たぶんね」
アリスは藍華が何を言おうとしているか飲み込めなかった。
「ちょっと大げさかもしれないけど、たぶんそういうことだと思う。これから先も、今の水先案内業界、ウンディーネが活躍する世界が続いていって欲しいって、たくさんの人がそう思ってるんじゃない?そのためには未来への明るい希望が必要だってことなのよ」
「アリスちゃんがその希望ってことなの?」
「まあね。実際、後輩ちゃんを見てウンディーネを目指したいという人が増えたって聞いてるわよ」
「私を見てですか?」
「そうよ。後輩ちゃんが頑張ってる姿に励まされたり、刺激を受けたりする人がどこかにいるはず。そんな人が大きな舞台に立って輝いてる姿を見せたら、みんなどんな風に思う?」
「素敵なことだねぇ。私なら憧れちゃう」
「そういうこと。わかった?」
「はい。なんとなく」
「いきなりアイドルだのなんなのって、考えすぎなのよ。これから先の話だっていうのに」
「もう、藍華先輩~!」
「でも、後輩ちゃんがそんなに心配するなら、あんたには適任のアドバイザーがいるじゃない?」
「私にですか?」
「わかった!アテナさんだぁ!」
「そうじゃない?水の三大妖精として名を馳せ、今やその実力を買われて本当の歌手になってしまった。これまでいろんな輝かしい舞台を経験してきた訳だし」
アリスは、これまで見てきたアテナの活躍振りを思い返してみた。アリスが経験しようとしていることの何倍もの出来事を経験してきたはずだった。
「確かに。アテナ先輩は、とても私が真似できるような人ではありません」
「えらく殊勝なことを言うのね」
「あの、勘違いされているようなので言っておきますが、私、別にプレゼンターをすることに自信がないと言っているわけではありませんので」
「はぁ?どういうこと?」
「今後このような、変に目立つようなことばかりさせられるのかと、それを心配していただけです」
「変に目立つ?」
「はい。ぞれを考えると気が重いなぁと」
「わかったわ。もう後輩ちゃんの思うようにすれば?」
藍華はまたもやため息をつくはめになった。
「何はともあれ、プレゼンターはやるのよね、アリスちゃん?」
「それはもう決定事項ですから仕方ありません」
とりあえず話が落ち着いたことで、三人はそれぞれの仕事へと戻っていった。
その三人がいたテーブルの近くの、別のテーブルに座っている人物が、広げていた新聞をパタッと閉じた。
その女性はサングラスを外し、頭の上に上げた。
「なるほど。そういうことだったのね」
その人懐っこそうな笑顔がニヤリとした。
まだネオ・ヴェネツィア国際映画祭まで数週間あるというのに、すでにいくつかの話題で街は賑やかになりつつあった。しかし、その話題のほとんどは、決定的なものではなく、憶測に過ぎないものが多かった。
だが、ひとつだけかなり信憑性の高いものがあった。
オレンジぷらねっとのアメリア統括部長は、新聞に目を走らせていたかと思うと、大きなため息をついた。
「これじゃサプライズの意味がなくなってしまったわね」
ウンディーネが映画祭のプレゼンターとして登場する。
アレックス社外取締役が映画界に顔が利くと知って、アメリアが筋書きを考え、なんとかアレックスに頼み込んで、映画祭にこのアイデアをねじ込んだ。
映画祭の方でもユニークなアイデアだということで、今回の目玉のひとつとなるだろうと、とても好評価を得ていた。
だが、新聞にすっぱぬかれてしまった。
〈オレンジぷらねっと所属のウンディーネ、アリス・キャロルがネオ・ヴェネツィア国際映画祭のプレゼンターに抜擢!〉
しかも、かなり具体的に書かれていた。
関係者A:何か重要な出来事があるようね?
アリス:はい。ネオ・ヴェネツィア国際映画祭のプレゼンターをやることになりました。
関係者B:とても素敵なことだね。
アリス:会社命令のようなものです。
関係者A:それってオレンジぷらねっととして出演するよう指示があったってこと?
アリス:そうです。わたしには選択権はありませんから。
関係者B:あまり乗り気ではないの?
アリス:会社の宣伝に利用されてるようで。
関係者A:ぞれは考えすぎじゃない?
関係者B:とても光栄なことだよ。
アリス:そうですね。がんばりたいと思います。
アリスはいつも以上に大きなため息をついて、アメリア部長の部屋の、閉じたドアの前に立っていた。
アメリア部長からは、しっかりお小言と、うかつに話さないことの注意がなされた。
アリスはこれをきっかけにして、もしやと期待をしてみたが、勿論そんなことにはならず、予定通りプレゼンターを行うということだった。
「ただね、少し気になったのは、会社の宣伝だとか、選択権はないとか、そんなふうに思っていたのかしら?」
アリスは心の中で〈あっ、これはヤバいやつなのでは・・・〉と危険を知らせるアラームが鳴り出していた。
「い、いえ、決してそんな考えは、私自身ありません、まったく。第一、それは新聞が勝手に書いていることで。そう、おもしろおかしく書いている。そういうことに違いありません」
「それならそれでいいんだけど」
アリスは、冷や汗をかくとは、まさにこういうことなんだなと痛感していた。
「とにかく、この度のことでいやが上にも関心が高まったのは事実。アリスさん、あなたも本番まで気を引き締めて下さい」
アリスは自分の部屋には戻らず、そのまま船着き場へ向かっていた。
予約と予約の合間の、少しだけ空いた時間での呼び出しだったため、改めて頭の整理をする余裕もなく、次のお客様が待っている船着き場へと急いでいた。
社内では、途中すれ違うウンディーネたちや職員たちが、アリスの姿を見つけると、ひそひそと話し始める状態だった。
アリスは、少しでも早くゴンドラに乗って、ここから離れたいという衝動に駆られていた。
「この〈関係者A〉って誰のこと?」
「あのね、灯里。三人で話していて、そのうちのひとりは後輩ちゃんなわけでしょ?」
「そうだね」
「でしょ?じゃあ、後の二人は分かりきったことじゃない?」
藍華は、いつものようにARIAカンパニーのカウンター越しに灯里に話しかけていた。
「でも関係者って書いてある。わたし、いつからオレンジぷらねっとの関係者になったの?」
「あのねぇ。あんたがオレンジぷらねっとの関係者なわけないでしょ?ARIAカンパニーのひとでしょ?違うの?」
「藍華ちゃん、そこまで言わなくてもARIAカンパニーの人に間違いないよ」
「わかってるのなら聞かなくていいじゃないの」
「そうなんだけど・・・」
「具体的に名前を書けない時なんかに使う方法でしょ?こう言うのって」
「なるほど」
「そんなところに感心してる場合なの?」
藍華は心配な表情で腕を組んだ。
どこでどうバレてしまったのか。考えられるのは、三人でその話をしたカフェしかなかった。
「やっぱりあの時よね。三人でお茶した時しか考えられない」
「藍華ちゃん、声大きいもんね」
「ちょ、ちょっと待って。灯里がそれを言う?」
「ごめん。私もそういうとこあるの、認める。アリスちゃんによく叱られるし」
「年下の後輩に叱られるって、どうなのやら・・・」
「エヘヘヘ」
「とにかく、私たちの近くに新聞記者か誰かがいて、話を聞かれていたことは間違いないわね」
「そうだね」
「これから映画祭が終わるまでは、私たちも気をつけないといけないということよ。誰に聞かれてるかわからないからね。灯里、わかった?」
「うん、わかった」
そう言うと、灯里は店内をぐるりと見回し始めた。
「灯里、何やってんの?」
「あ~あ~、何にも知りませんよ~。わたし水無灯里、アリスちゃんのことは何も知らないですよ~」
「な、何それ?もしかして盗聴器とかを気にしてる・・・とか?」
藍華は目が点になっていた。
「そんなことやってる場合なの?」
「そうだった」
灯里は、ちょっと真剣な顔で遠くをみるような表情になった。
「アリスちゃん、どうしてるかなぁ」
「そこが心配よね。私たちにも責任の一端はあるしね」