ARIA The PIACERE 2 そのシンデレラの行く先は・・・ 作:neo venetiatti
お昼を過ぎて休憩の時間になっていたが、アリスは会社へは戻らなかった。
行きつけのお店ではなかったが、通りがかったパン屋でサンドイッチを買い、人目につかないカフェのテーブルで、少し遅めの昼食を取っていた。
〈会社に戻っても落ち着かないだろうし、アマンダ部長に会ったら気まずいし・・・〉
アリスは時折、キョロキョロと辺りを見回していた。
今回の一件以来、誰かに見られてるんじゃないかと気になって仕方がなかった。
サンドイッチをパクりと口に入れてはキョロキョロ。またパクりと食べてはキョロキョロ。
かえって不審な人に見えていた。
話し掛けようとしたカフェの主人が、ギクッとして、そのままそろ~っと店の中に入っていった。そして店の奥からアリスの様子を伺っていた。
「お茶のおかわり・・・いらないかなぁ」
するとアリスは、紅茶の入ったカップを手に取って、ゴクリと飲んだ。そして、ふぅ~と一息ついた。
その時だった。
「アリスさん、お久し振り」
アリスは一瞬驚いて、カップを受け皿の上でガチャンと響かせた。
「ア、アローナさん」
テーブルの向かい側に、肩からバッグとカメラを担いだアローナが立っていた。
「お昼ですか?」
「え、あ、はい、そうです。お昼を取っていました」
「でも、こんなところでお目にかかれるなんて」
「私もお腹ぐらい空きますので、栄養補給をしないと」
「確かに」
アローナはニコッとほほえんでそのままアリスの目の前に立っていた。何か言おうかどうしようか迷っているような感じだった。
「えーと、何か・・・」
アリスは、そのアローナの態度の真意を計りかねていた。
「あ、ごめんなさい。ここ、座っていいかしら?」
「どうぞ」
アローナは、椅子を引き、座りながらバッグとカメラを肩からおろして、テーブルの上に置いた。
「何を注文されたんですか?」
「あ、これは別の店で買ったサンドイッチで、注文は紅茶だけです」
「そうなんだ」
アローナの様子を見て、店内から店主が出てきた。
「ごめんなさい。すぐに行きますので」
店主が中に入るのを見届けて、アローナは改めてアリスに話し始めた。
「忙しい?アリスさん」
「ええ、まあ、それなりに」
本当はここ最近、しっかり休みが取れてないと言いたいところだった。
だが、正直に今の心境を語る気分にはなれなかった。
「そりゃそうよね。なんといっても一番人気のウンディーネだもんね」
「そんなところです」
「でもこんな人気のないところまで来るなんて」
と言いながらアローナは、何かに気がついたような顔になった。
「もしかしてアリスさん、あの記事のことが原因なの?」
「あの記事?さて、なんのことでしょう」
アローナはアリスの表情を見て、ぷっと吹き出した。
「アリスさん、嘘のつけない人ね」
「えっ」
アリスはとぼけたつもりだったが、かえってバレてしまっていた。
「アリスさん、実はわたし、ライターを始めることにしたの」
「ライター、ですか?」
「そう。このネオ・ヴェネツィアの良さを記事にして伝えようと思ったの。ウンディーネとは方法は違えど、同じだと思ってね」
「それは素晴らしいことですね」
アリスは表情を和らげていた。
「そこで今度インタビューをお願いしたいんだけど、いいかしら?」
「えっ、私ですか?」
「もちろん。今一番人気のウンディーネさんですから当然です。それに、あの新聞記事の一件も、是非伺いたいわ」
「いや、それはまだ・・・」
「わかってる。本当はサプライズだったんでしょ?」
「いや、ですから」
「大丈夫大丈夫。正式に発表される前に発表したりしないわ。そのかわり・・・」
「そのかわり?」
「実はね、あの話、本当は知ってたの」
「それはどういう・・・」
「そうか。やっぱり気づいてなかったんだ。カフェのど真ん中で三人さん、話してたでしょ?」
「えっ?」
「あの時、隣のテーブルに座っていたんだけど、気づかなかった?」
「えっ、ええ~~!」
アリスは大きく目を見開いた。
「あまりにも大きな声で話してたから、よっぽど話し掛けようかと思ったんだけど。内容が内容だったし、タイミングを逃しちゃったもんだから」
「それじゃあの記事は、アローナさんが書いたものですか?」
「違う違う。あれは私が書いた記事じゃないわ」
アリスは一瞬驚いた顔になったが、元の表情に戻った。そして、下をうつむいた。
アローナはその表情を見て軽く笑みを浮かべた。
「なるほど。そういうことか。アリスさんの浮かない表情の意味がやっとわかった」
「えっ、私、そんなに浮かない顔してました?」
「結構ね」
アリスは思わずため息ををついた。
「でも本当は、私だってため息をつきたいところなのよ」
「アローナさんがですか?」
「だって本当はあのカフェでの三人の話を知ってたわけじゃない?でも記事にできなかった」
「はぁ・・・」
「要は誰かに持っていかれたってこと。情けないよね。まあ、どっちにしても、駆け出しのライターに与えられる機会なんてそうはないんだけどね」
「そういうもんなんですか?」
「そういうもんよね。でも気をつけた方がいいかもね。あの時、私の他に誰かが聞いていたということよ」
「確かに言われてみれば、そういうことですね」
「それと、あともうひとつ」
「なんですか?」
「声をもうちょっと小さくした方がいいかもね。特にああいう場所ではね」
アローナはいつもの調子でウィンクした。
アリスはとっさに両手で口を押さえていた。
オレンジぷらねっとは早速行動に出た。
プレゼンターの件について会見を開くと、マスコミ各社にメールを送った。
アリスはそうとは知らず、会社に戻ってくるとアメリア部長より呼び出され、会見を開くことをその場で知らされた。
「大体のことは、私と社の人間で話すので心配しないで。大丈夫だから。あなたは率直に感想を言ってもらえればいいわ」
とは言え、十分な心構えができないまま、会社内に設けた会場へアメリアとともに向かうことになった。
アメリアが扉を開けると、先程までざわめいていたであろう会場が一瞬の静寂のあと、カメラのフラッシュの嵐となった。
アメリアに続いて広報担当者、そのあとにアリスが登場となった。
アリスは目がテンになった。
考えていた以上の記者の多さとフラッシュのすごさに圧倒されていた。
促されるまま、テーブルの中央の席に座った。
横に座っていた広報担当者がマイクを手に立ち上がった。そのタイミングでフラッシュが止まった。
「この度は、お忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」
広報担当者の挨拶のあと、まずはアメリアがオレンジぷらねっとを代表する形でこれまでの経緯を説明した。
そしていよいよアリスの番となった。
再びフラッシュの嵐となった。
「アリスさん、今回プレゼンターに抜擢されたことについて、まずは率直な感想をお聞かせください」
記者からの質問に、意を決したかのように顔を上げた。
「ネオ・ヴェネツィア国際映画祭のプレゼンターに選んで頂いて光栄に思います!」
「こ、後輩ちゃん・・・カタい」
夜のニュースに記者会見の様子が写し出されていた。
ARIAカンパニーに集合していた灯里と藍華、そしてアイも一緒になってテレビの前に釘付けになっていた。
「アリスちゃん、ちょっと綺麗になったんじゃない?」
「灯里、あんたどこ見てんの?」
「だってこんな風にアリスちゃんを見ることないもん」
「そうじゃなくて。あのカチコチぶりは後輩ちゃんらしいといえばそうなのかもしれないけど、あのすっとんきょうな顔はどうにかならないの?」
「アリスさん、すごいです」
「すごいの?」
「はい、尊敬します」
アイは目を輝かせて観ていた。
「それはいいんだけど、なんでお子ちゃまのあんたがここにいるわけ?」
「ダメですか?」
「別にダメって言う訳じゃないけど」
「灯里さん」
「別に大丈夫だよ」
灯里はテレビから目線を離さずに答えた。
「だそうです」
アイは訴えるような眼差しで藍華にそう言った。
「灯里がいいんなら、別にそれでいいけど・・・」
「アイちゃんは今晩ここにお泊まりするんだよ」
「そうなんです」
アイはちょっと得意気になって言った。
「はいはい、そうなんですか。それは良かったですな」
「もしかして、嫉妬ですか?」
「な、なんで今さら嫉妬なんてするのよ」
「なんか、そんなふうに聞こえますけど」
「ふたりとも、アリスちゃんの晴れ姿ちゃんと見ようよ」
「はい」
「いつも見慣れてる顔を見たところで・・・ぬな?」
テレビに写し出されたアリスは、その場で無言の状態で固まっていた。
「後輩ちゃんどうしたの?」
「わからない。話してたら急に黙っちゃって」
カメラのフラッシュが一層激しくなっていた。
司会役のアナウンサーが心配そうにアリスに話しかける。が、アリスは微動だにしない。
「アリスちゃんどうしたんだろう?」
「なんか固まっちゃってる」
「頭が真っ白になったってことですか?」
アリスの横にいるアメリアが、アリスの肩に触れながら話しかけてた。
それに気がついたように、アリスは我に帰った様子だった。
「す、すみません」
か細い声だった。
「最初の勢いはどうしちゃったのよ」
「アリスちゃん」
アリスは何かぼそぼそ話し始めたように見えたが、アメリアが会見を締めくくった。
そして間もなく会場をあとにした。