ARIA The PIACERE 2 そのシンデレラの行く先は・・・ 作:neo venetiatti
アリスは朝からネオ・ヴェネツィア国際映画祭の関係者との打ち合わせだった。
この日のために、人気ウンディーネであるはずのアリスのスケジュールはすべてオフとなっていた。
もちろんすべては映画祭のためであり、この件に関してオレンジぷらねっとが、いかに力を入れているか、その意思が表れていた。
打ち合わせだと聞いていたアリスは、会議室に集合していた映画祭の関係者の多さに驚いていた。
アメリア部長と一緒に会議室に入ると、待ち構えていた関係者たちは一同に、にこやかな表情になった。
今一番の人気のウンディーネであり、先日の記者発表の時の初々しい印象が、アリス人気に拍車をかけていた。
「アリスさん、本日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
少しうつむき加減のアリスは、笑顔の一団にキョロキョロ視線が定まらなくなっていた。
あまり時間の取れないアリスのために、オレンジぷらねっとでの打ち合わせとなっていたが、この日一日である程度の打ち合わせを終わらせようという目的でもあった。
〈だから、こんなに人が多いんだ〉
アリスは心の中でつぶやいていた。
もちろんこれは、アリス見たさに関係者が集まった結果に他ならなかったのだが・・・。
「それでは、アリスさんお忙しいということなので、早速話を始めたいと思います」
今回の映画祭の演出を担当しているという男性が、映画祭の全体の流れを説明した。
「そしてこの賞のプレゼンターとして登場して頂きます。その際、少し挨拶と何かひとこと言っていただいて、受賞者の名前の発表となります」
「はあ・・・」
アリスはわかったのかどうなのか曖昧な相づちをうった。
「当日は朝からリハーサルを行いますので、心配はいらないと思います。アリスさんは、当日までにコメントを考えていただければ問題ありません」
「コメントですか・・・」
正直いって、何を言えばいいのか全く思い浮かばない。アリスは、やっぱり断ろうかと、今さら考えてもしょうがないことを、どうしても考えてしまう。
「アリスさん、他に聞いておくことがあったら今のうち聞いておいて。当日まであまり時間がないから」
同席していたアメリア部長が少し心配した表情で言った。
確かにアリスは、どこか虚ろな表情だった。
「はい。と言われましても、何を聞けばいいのか見当がつかないのですが・・・」
大きなテーブルを挟んで座っている映画祭関係者一同は、笑顔の中に少々不安の色が浮かんでいた。
一通り打ち合わせを終えると、午後からは一度会場を見学することになった。
当日の関係者入口や待っている間の楽屋等々、本番で迷わないよう色々と確認して回った。
本番では案内するスタッフがいるということだったが、アリスはもうすでに、自分がどこにいるのか全くわからない状態になっていた。
「やっぱり断れないのかなぁ・・・」
「えっ、何?今何か言った?」
アメリア部長の問いかけに、アリスは咄嗟に両手で口を覆った。
〈漏れてたんだ、口から直接・・・〉
「あまり見かけない顔よね」
藍華は、ちょっといぶかしげな表情で、訪ねてきたアローナの全身を眺めた。
「ライターとしての経験は、まだ浅い方なので・・・」
「そうなの?」
両腕を胸の前で組んで、眉間にシワを寄せて聞き返した。
「そんな怪しい者じゃありませんよ」
「そりゃあそうかもしれないけどね。でもまだ良くは知らないわけだし・・・」
「藍華さんが私を知らないのも無理もありません。あくまでも契約のライターですから」
「なるほど」
アローナは、どうしたもんかと頭をかいた。
「それで、そのライターさんが何の用なの?」
「藍華さんは、先日ネオ・ヴェネツィア国際映画祭のプレゼンターを務めることが発表されたオレンジぷらねっとのアリスさんと親しい仲だと聞いたので、是非感想をお聞きしたくて来た次第です」
「ああ、その件ね」
藍華は少し表情を和らげた。が、次の瞬間また表情が険しくなった。
「まさか、あんたなの?発表前にすっぱ抜いたのは!」
「ち、違いますよ。私じゃありません。まあ、その場にはいましたが・・・」
「それどういうこと?」
「カフェの店先で、三人で話されてましたよね。そのプレゼンターの件を」
「あんた、やっぱりそうじゃないの?」
「違いますよ。あまりにも大きな声で話されてたので、どうしたって聞こえてきましたから」
「お、大きな声で・・・?」
「ええ」
「ちなみに誰の声が大きかったとか・・・ある?」
「アリスさん・・・以外のお二人ですが」
「はあ・・・」
藍華は大きくため息をついた。
「おそらくあの場には、私以外に誰か聞いていた者がいたんだと思いますよ」
「あんたの言うことが本当なら、そういうことになるんでしょうけど。また後輩ちゃんになんて言われるのやら」
「アリスさんなら、もうご存知ですよ」
「なんで?」
「先日お会いしましたから」
「ぬな?もう会ってるの?」
「ええ」
「なんだ、そうなんだ。それじゃあ忙しいのでこれで」
「ちょ、ちょっと待ってください。感想をまだ聞いてないです」
「感想?そうだったわね。で、どんなことが聞きたいわけ?」
「いや、ですから、アリスさんがプレゼンターになったことについて、どんなふうに感じてるのかということですけど・・・」
「そうね。後輩ちゃんは、自分では荷が重いと思ってるようだけど、大丈夫だと思ってるわ。ただ、緊張しいのところは、どうしようもないわね。後は出たとこ勝負ってところじゃない?」
「出たとこ勝負ですか」
「そうね。結局のところ、後輩ちゃんがやることになったこの役は、私たち他のウンディーネにとっても大事な役どころなんじゃないかと思ってるわけ」
「それはどういう意味で?」
「ウンディーネという存在に改めてスポットライトが当たるということでしょ?注目のされかたはすごいと思うのよね。だから、緊張するのはどうしようもない。おそらくだけど、オレンジぷらねっとは今回、相当がんばったということもチラホラ噂は聞くしね」
「会社としてアリスさんを押しているということですか?」
「それは当然だと思うけど。ただ、それだけでこんなことになるかどうか・・・」
「そこんところをもう少し詳しくお願いします」
「だからつまりね・・・ちょっと待って。なんでそこまであんたに話さなきゃいけないのよ」
「そこまで聞いてしまうと、どうしても知りたくなります。それにウンディーネとしてとういうところも気になりますし」
「なんであんたが気にするの?」
「いや、まぁ、あれですよ。ネオ・ヴェネツィア宣伝部長としては・・・ハハハハ」
「はぁ?なに、その宣伝部長って?」
「そういう気持ちでやっていこうという意思の表れ、というんでしょうか」
「なんだかよくわかんないけど」
藍華は横目でジロッとアローナを見た。アローナは頭を掻きながら苦笑した。
「まあとにかくあれよ。水先案内業界もこれでまたひとつ、盛り上がればいいなってことよ。多分だけどね」
藍華は、忙しいからと言ってその場をあとにした。
アローナはその背中を見送りながら、ポツリと呟いた。
「あとを継ぐことを約束されている、オーナーの一人娘」
クルリと向きを変えると、アローナはカンナレージョ支店を出た。
明るい陽射しにに目を細めると、チラッと振り返った。
「面白そうな人ね」
サンマルコ広場近くの船着き場で、アリスは先程まで観光案内をしていた客をゴンドラから下ろし、その背中が見えなくなるまで見送っていた。
女性客のひとりがゴンドラを降りる際、「プレゼンターがんばってください」と声をかけてきた。
「あ、はい、がんばります」
とアリスは反射的に応えた。
〈がんばるって、何をがんばるんだろう・・・〉
再びゴンドラに乗ると、岸を蹴ってゆっくりと進み始めた。
「今日の予定はもう終わりだし、このまま戻ってもいいけど。でも少しだけよってみようかな」
アリスはオレンジぷらねっととは違う方向に舵をきった。
最近お気に入りのスイーツの店に寄って、何か買って帰ろうと考えていた。
影がさして、少し暗くなり始めていた運河を進み、ここもよく以前は立ち寄っていたカフェ近くの船着き場にゴンドラを係留した。
「あのぉ、アリスさんですか?」
ゴンドラから降りて歩き始めた時、背後から男性が声をかけてきた。
「はい、そうですけど・・・」
咄嗟に返事をしたが、その男の顔を見てアリスは身体に緊張が走った。
〈ちょっと苦手な人かも・・・〉
その男は口元だけ笑ってみせた。そして、首からさげたカメラを手に持ち、アリスとの距離を縮めて来た。
「何か用ですか?」
アリスは少し強めの口調で言った。
「そんな言い方しなくても大丈夫ですよ。不審な者ではありませんから」
と言って、男はニヤリとした。
「用がないなら、私行きますので」
アリスはそう言って歩き出そうとした。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。僕としては、ちゃんと聞かないと完結しないんですよ」
アリスは振り返り、眉を潜めた。
「いったい何を言ってるんですか?私にはさっぱり理解できません」
「だから僕の記事が完成しないということです」
「記事?」
「アリスさんも読んでいただいたはずですよ、僕の記事。だからすぐに会見を開いたんでしょ?」
「えっ、それって・・・」
「後はアリスさんに直接インタビューして、笑顔の写真を撮ること。そうでないと高値で買ってくれないんですよ」
アリスがネオ・ヴェネツィア国際映画祭のプレゼンターに抜擢されたことを発表前にすっぱぬいた記事。
〈この人があの記事を書いたんだ〉
アリスは確信した。
「あのカフェでアリスさんたちに出くわしたのは、天のお導きだと思いました。僕にもチャンスというものがやってきたんだとね」
男はその時のことを思い出すように、空を見上げながら言った。
「私、先を急ぎますので」
アリスは急いでその場から離れようとした。
「そんなことを言わないでくださいよ。僕とアリスさんの仲じゃないですか?」
「仲って何ですか?そんな仲知りません」
「アリスさんが映画祭のプレゼンターとしてエンターテイメントの世界に華々しいデビューを飾るお手伝いをさせていただいた、ということです」
「私、そんな話知りません」
「そんなこと言わずにお願いしますよ」
男はそう言ってアリスの腕を掴んだ。