ARIA The PIACERE 2 そのシンデレラの行く先は・・・ 作:neo venetiatti
「アリア社長、せっかくだから今晩は私が何か作ろうと思うんです。灯里さんに甘えてばかりじゃ悪いですからね」
アイはアリア社長と歩いていた。
買い物をした袋を胸のところで抱えていたアイは、そこからはみ出したセロリの横から前を覗き込んでいた。
「アリア社長は何か食べたいものありますか?」
「ばいちゃ、ばいちゃ」
アリア社長は、立ち止まって思い浮かべられるだけのもの全てをアイに説明し始めた。
「アリア社長、私が言うのもなんですけど。だからですよ、そのもちもちポンポンは」
アリア社長はギクッとして自分のお腹をゆっくりと見下ろした。
「大丈夫ですよ。アリア社長はいつもかわいいですよ」
アリア社長はボディビルダーのようにポーズをきめようとしていたが、アイの〈かわいい〉の言葉に一気に力が抜けて、いつものもちもちポンポンに戻っていた。
「あれ?今日はお使いなの?」
アローナが脇道から姿を現した。
「偉いねぇ。さすが実習生だ」
「なんかその言い方、バカにされてるようで嫌な感じです」
「ハハハハ。バカになんかしてないよ。がんばってるなぁって思っただけだよ」
「ほんとですか?」
アイは疑うような眼差しををアローナに向けた。
「本当だよ」
アローナがそう言った瞬間、遠くから何やらもめているような声が聞こえていた。
「なんだろう?何かあったのかなぁ」
すると、アローナの言葉が終わる前に、その声に弾かれたようにアリア社長が走り出した。
「彼、走れるんだ」
アローナは呆気に取られていたが、アイはアリア社長の様子に異変を感じていた。
「アリア社長!どうしたんですか?!」
アイはアリア社長の後を追って走り出した。
「どうしたの?ちょ、ちょっと待って!」
アローナは、アイが袋からおとしてゆくセロリやトマトを拾いながら、その後を追った。
アリア社長は川岸に面した通りに出るとすぐに右へターンした。
コーナーで滑りながら曲がって行くと、その直後、男性のうめき声が鳴り響いた。
「うわぁ、やめてくれ~」
息を弾ませ後からやって来たアイとアローナは、思わずその場で立ち止まった。
アリア社長は、見知らぬ男性の顔にベッタリへばりついていた。というか、顔は見えてないのだが・・・
「どうしたんですか?アリア社長?」
顔にぴったりとくっついて離れないアリア社長と格闘している男性の横で、アリスが立っていた。
「アリスさん、何かあったんですか?」
駆け寄ってきたアイがアリスのそばまでやって来た。
「アイちゃんに、アローナさん!」
ようやく顔からアリア社長をひっぺがえした男が、ぜぇぜぇと呼吸を繰り返しながら、その場に尻餅をついた。
「あんた、アリスさんに何をしたんだ!」
アローナはその男の前に立ちふさがった。
「ぼ、僕は、ただ、取材を申し込みたかっただけで・・・」
「取材?」
「この人、発表前に映画祭のプレゼンターの記事を書いた人なんです」
アイと手を握っていたアリスが言った。
「こいつかぁ・・・」
「アリスさんは大丈夫だったんですか?何か言い争うような声がしましたけど」
アイが心配そうにアリスの顔を見上げた。
「腕を掴まれました」
そう言ったアリスの腕に少し赤い跡が残っていた。
それを見たアローナが男の前で仁王立ちになって言い放った。
「あんた、これは取材とは言えないよ。明らかに行き過ぎた行為だ!」
間もなく近所のカフェのマスターや床屋の店主などが、騒ぎを聞いて集まりだした。
その様子を見た男が、その場から立ち去ろうとした。
だがひと際大柄の男がその前に立ちはだかった。
「おい、何してるんだ」
その声に、男はまたもや尻餅をついた。今度は腰が抜けたように座り込んでしまった。
辺りは人だかりができていた。
取材と言ってアリスに付きまとっていた男は、詳しい事情を聞くため、駆けつけた警察官とその場から立ち去った。
アリスも後日、詳しい事情を聞きたいということで、警察へ出頭することになった。
「アリスさん、とにかく一旦落ち着いた方がいいんじゃない?」
アローナが心配そうに声を掛けた。
「でも私、仕事の途中なんです。これから会社に戻らないと・・・」
そう言ったアリスの目線の先には、船着き場に係留されているゴンドラがあった。
「そうか。でもその状態だと無理なんじゃない?」
アリスは、赤い跡が残っている腕の手首を、もう片方の手で支えていた。
「アリスさん、手首を痛めたんですか?」
アイは軽くアリスの手に触れるようにして、心配そうにアリスの顔を見た。
「少しですけど、大丈夫です。これくらいは」
アリスは苦笑した。
「でもアリスさん、明日も仕事でしょ?少しでも早く体を休めた方がいい」
「いえいえ、これくらいは」
と言ってアリスは両手をぶらぶら振ってみせた。
「あっ」
小さく声を漏らした。痛そうな表情は、誰が見ても明らかだった。
「無理はしない方がいい。ひどくなったら大変だし」
「どうしよう・・・」
アリスは改めて自分の置かれている状況を理解し、暗い表情になった。
「ここから一番近いところで、手当てができそうなところと言えば・・・」
アローナは周辺の地理を思い出すように頭をめぐらした。
「ARIAカンパニーです!」
アイがアローナの言葉にすぐに反応した。
「そうだ。それだ!」
「私、灯里さんを呼んできます!」
そう言ってアイとアリア社長が走り出した。
「ちょっと待って!」
前につんのめりかけてアイとアリア社長が立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「アイさん、悪いけいど今からじゃあ陽が暮れてしまう」
辺りはすっかり陽が傾いて、お店や街灯の灯りが点き始めていた。
「じゃあ、どうすれば・・・」
アイの言葉に、少しうつ向いていたアローナが顔を上げた。
「アリスさん、いいかなぁ」
「何がですか?私ならなんとか戻れると思います」
「いや、そうじゃないんだ。アリスさんには迷惑をかけたこともあるし、恩返しをしたいというか・・・」
「え、どういうこと・・・」
「私に送らせてもらえないかなぁ」
「えっ、アローナさんが?」
アリスは驚いて思わず声をあげた。
「それって、アローナさんがゴンドラを漕ぐということですか?」
アイも驚いて聞き返した。
「まあ、そういうことなんだけど」
「それだったら、わたしがアリスさんのために漕ぎます」
「なんでアイさんが?」
「だって私はARIAカンパニーの見習いですから。まだ私の方が勝手がわかると思います」
「いや、そういうことじゃなくて・・・」
「どういうことなんですか?」
「アローナさんは以前ウンディーネだったんです」
アリスが間に入って説明した。
「えっ、アローナさんが?聞いてないです」
「ごめん。まだ話してなかった?」
「私、聞いてません」
「いやぁ~」
アローナはばつが悪そうに頭をかいた。
「それじゃあ行きましょう」
アイはアリスの手をとって、ゴンドラに乗り込んでいた。
「はやっ!」
アローナが躊躇する暇もなかった。
「それではお願いします」
「そう言われても・・・」
「言い出した本人が今さらどうしたんですか?」
「アイさん、私はもうウンディーネじゃないし、こんなことしていいのかどうか・・・」
「すべてはアリスさんのためです!」
「わ、わたしのためですか?」
アリスは今になって、事の重大さに気付き始めた。
「う~ん・・・わかった!やるしかないか!」
アローナも決心がついたように声をあげた。
「これでよかってんでしょうか・・・」
アリスは思わず呟いていた。
「出発進行!」
「ばいちゃばーい!」
アイは人差し指をまっすぐ伸ばした右手を前方に突きだし、アリア社長がその声に続いた。
先程までの騒ぎはなくなり、すっかり静けさを取り戻していた船着き場から、ゴンドラがゆっくりと水面をすべり出していた。