ARIA The PIACERE 2 そのシンデレラの行く先は・・・ 作:neo venetiatti
「アイちゃん遅いなぁ。どこまで行ったんだろう」
灯里は心配そうにARIAカンパニーのデッキに出て、海岸沿いを眺めていた。
夕陽にきらめいている波に目を細めていた灯里は、その先に何かを見つけてじっと見つめた。
「あれって、ゴンドラ?」
夕陽を背にしてゆっくりと近づいてくるが、それがなんなのか、まだはっきりとは見えない。
でも、少しずつ近づくにつれ、こちらに向かって誰かが手を振っているように見えた。
そして声が聞こえた。
「灯里さーん」
「アイちゃん?」
段々とその様子が見えるようになってくると、灯里は驚きを隠せないでいた。
「どういうこと?」
手を大きく振ってこちらに呼び掛けているアイの横にはアリスが座っていて、オールを手にしているのはアローナだった。
ゴンドラの上の様子がはっきりとわかるぐらい近づいたところで、灯里は大きな声で呼び掛けた。
「ねぇ、どういうことー?どうしてこんなことになってるのー?」
「アリスさんがケガをしたんですー」
「ええ!アリスちゃんがケガ?!」
灯里は正面に回ると、ゴンドラをつけるところまで降りて来た。
「すみません、灯里先輩。こんなことになってしまって」
「アリスさんは何も悪くありません」
アイは、すまなさそうにしているアリスをかばうように言った。
「とにかくあがろう」
灯里はアリスとアイを促した。
アイと一緒にアリスをゴンドラからおろすと、灯里はアローナの方を見た。
「アローナさん、もしかして・・・」
「灯里さん、とにかくアリスさんの治療を」
アイに促されて灯里はアリスに寄り添って階段を上がった。
アローナも係留ロープを結ぶと、三人のあとに続いた。
「はい、わかりました。それではお待ちしています」
灯里は受話器を戻した。
「オレンジぷらねっとから迎えが来るって」
「なんか大げさになってしまって申し訳ありません」
「だからアリスさんは悪くありません!」
「わかったよ、アイちゃん。事情は聞いたし」
アリスは手首に包帯を巻いて、そこに氷の入った保冷用の袋を乗せていた。
「ひどくならなければいいけども」
アローナは心配そうに包帯の巻かれた手首を見て言った。
「皆さん、お気遣い頂いて恐縮ですが、ちょっと大げさかと・・・」
「そんなことないよ。アリスちゃんに何かあったらどうするの?」
「そうですよ」
灯里の後からアイも続いた。
「でもまさか、あんなところであの記事を書いた人と出会うなんて。いや、待てよ。もしかしたら、つけて来たんじゃないか?」
アローナは怪訝な表情で言った。
「それってストーカーですよ!」
「アイちゃん、滅多なことでそんなこと言うもんじゃないよ」
「だって・・・」
「でもアリスさん、怖かったんじゃない?大丈夫なの?」
「実はしばらく手の震えが止まらなかったんです」
「そうです。アリスさん、少し震えてた」
「アイちゃん」
「でもARIAカンパニーに到着したら止まりました」
アリスは迎えに来たオレンジぷらねっとの救護班とウンディーネの数名と共に帰っていった。アリスのゴンドラは代わりのウンディーネが、アリスは救護班と救命ボートに乗って行った。
「確かに、ちょっと大げさだったかな」
これには、オレンジぷらねっとへ連絡を入れた灯里の声が原因でもあった。
「だってアリスちゃんがケガしたって聞いたから、どうしようと思って・・・」
灯里のあたふた振りが、電話の向こうでは大変な事態になっていると聞こえたに違いなかった。
「じゃあそろそろ帰ろうかな」
アローナがそう言って席を立とうとした。
アリスを送り出したあと、三人でテーブルを囲むように座っていた。
お茶を入れようと席を立った灯里だったが、アローナの一言でくるっと振り返った。
「アローナさん、お茶でもどうですか?少しお聞きしたいこともあるし」
「うん、そうですね」
アローナは再び席につき、灯里はキッチンへと向かった。
「灯里さん、手伝います」
アイも席を立って、キッチンへ向かった。
アローナはくるりと部屋の中を見渡した。
「ARIAカンパニーか・・・」
トレイに紅茶のポットと3つのカップのセット、そしてクッキーを並べた皿を乗せて二人は戻ってきた。
「アイちゃんもご苦労様。もう座って」
「ありがとうございます」
灯里は二人のカップに紅茶を注ぎ、自分のカップにも注いで椅子に座った。
「すみません。クッキーしかないですけど」
「ありがとう。わざわざ悪いね」
アローナは紅茶を一口飲んで話を切り出した。
「どこから話せばいいのかなぁ」
「全部お願いします」
「アイちゃん、いきなりそんな・・・」
アローナは二人の様子に笑みが漏れた。
「今さら隠し事をしてもしょうがないよね」
カップを皿の上に戻すと、少し視線を落とした。
「アイさんにはアリスさんから話があったけど、昔、私はウンディーネをやってました」
「やっぱりそうだったんですか」
「やっぱりって、どういうこと?灯里さん」
灯里の反応にアイは不思議そうにたずねた。
「さっき、ゴンドラが近づいてくる様子を見てて、誰だろうって思った。私以外でARIA カンパニーにゴンドラでやってくる人なんて限られてるはずだけど、誰か思い付かなかった。見たことないウンディーネだなぁって」
「つまり灯里さんには、ゴンドラを漕いでる姿が、どこかのウンディーネに見えたということ?」
「そうだよ。それがアローナさんとわかって、もう一度びっくりした!」
アローナは照れ臭そうに笑った。
「時間は経っているけど身体は覚えてた、ということかな」
「きっとそうに違いないです。てっきりそうだと思いましたから」
「あのARIAカンパニーのウンディーネさんに言われると、ちょっとうれしいなぁ」
「そんなぁ、私なんてまだまだです」
「またまたぁ。あのアリシアさんの後をついだ人じゃない、灯里さんて」
お互い顔を見合わせて笑った。
「二人して何をほめあってるんですか?」
アイが冷静に突っ込んだ。
「エヘヘヘ」
「それでアローナさんはどこの水先案内店にいたんですか?」
「オレンジぷらねっと」
「そうか。だからアリスさんが知ってたんですね?」
「いや。アリスさんとは一度も面識はないんです。だってウンディーネを辞めたのは、もう何年も前のことだから。会ったのもごく最近だし。第一アリスさんのこと、知らなかったもん」
「じゃあどういうことで知り合いになったんですか?」
「別に知り合いという訳でもないよ。客としてアリスさんのゴンドラに乗ったのがきっかけだった。というか、元々はアテナさんに指導してもらってたんだ、オレンジぷらねっとに在籍してた頃は」
「アテナさんですか?」
「まあ一応ね」
「じゃあ、将来を期待されていたわけですね?」
「そこはちょっと違ってた」
「違ってたってどういう・・・」
「自分の限界を思い知らされた。それがウンディーネとしてのあの頃の私」
アローナはウンディーネ時代の話やここ最近のことについて二人に話した。
「だから、まさか今の自分が再びオールを持つことになるとは夢にも思わなかった」
少し嬉しそうにアローナは言った。
「まだ未練があるんですね」
灯里は神妙な面持ちでたずねた。
「心のどこかにあったと思う。でも吹っ切れた。アリスさんに会ってしまったからね」
「それって、お客様としてアリスちゃんのゴンドラに乗ったって言ってた、そのことですか?」
「そうだね。あの時はほんとに思い知った。とても自然で押し付けがましいところがなく、それでいてネオ・ヴェネツィアの良さを改めて感じさせてくれた。それになんと言っても、あのオールさばき!ホントに驚いた!」
「アリスさんはウンディーネの中でも、トップクラスの実力を持っています」
アイは誇らしげに語った。
「確かにそうだね。間違いない」
そう言ってアローナはアイに微笑んでみせた。
それからアローナは、しばらくアリスやアテナとの思い出を話したあと、再び腰を上げようとした。
「そうだ。あと心配なのが、今回の私の取った行動がどうなるのか。このままおとがめなしとは、いかないと思うんだよね」
「確かに、ウンディーネの資格を持っていない人がゴンドラを操作して人を運んだとなると・・・」
「どうなるんですか、灯里さん?捕まるんですか?」
「そこまでにはならないとは思うんだけど」
「何らかのペナルティはあるかもしれない」
アローナは硬い表情で言った。
「迷惑をかけることになったら、本当に申し訳ない。後先考えずに行動した私の責任です」
「でもアローナさんはアリスさんを助けようとしたことでしょ?」
アイは答えを求めるように灯里の方を見た。
「確かにそうなんでけど、ゴンドラ協会や水先案内業界は、信頼性を重要視しているからゴンドラを扱うことを大切に考えているの。だから資格を持っていないアローナさんがゴンドラを漕ぐこと自体認めないと思う」
「そんなぁ」
「私もそこは仕方ないと考えてる。だが、アリスさんや他の人たちに迷惑がかからないかと思って・・・」
「私、大丈夫だと思います」
灯里は真剣な表情で言った。
「ちゃんと話せば理解してくれる人もいるはずです。私はそう思います」
「ありがとう灯里さん。灯里さんにそう言ってもらえると頼もしいよ」
「あ、いえ、その、私がなんとかできるとか、そんな立場でもなんでもないんです。エヘヘヘ・・・すみません」
灯里は恐縮してうつ向いた。