ARIA The PIACERE 2 そのシンデレラの行く先は・・・ 作:neo venetiatti
「つまり、こういうこと?」
藍華は胸の前で腕を組んで言った。
「アローナさんは、もうウンディーネじゃないんだから、ウンディーネとしてペナルティがあるわけじゃない。でもゴンドラ協会としては、勝手に人を乗せてゴンドラを使用したことは、無罪放免というわけにはいかない」
「そういうことですね。オレンジぷらねっとに対しても、今回のことは協会預かりとしたわけですし」
アリスは難しい顔で答えた。
「なんだかややこしい話ね」
藍華も眉間にシワを寄せていた。
「でも良かった。大変なことにならなくて」
灯里はその横で安堵の表情を浮かべていた。
「灯里、あんたねぇ、そうやってすぐに楽観的に物事を終わらせようとするけど、違うんでしょ?」
「そうだった」
「もう。それでなんだって?」
「奉仕活動です」
アリスは冷静な口調で言った。
「その奉仕活動って、一体何するの?」
「これから3ヶ月間、無償でゴンドラ協会の広報活動に協力する、ということです」
「なんだかそれって、アローナさんがやりたかったことじゃないの?」
「そういうことになりますね」
「ふ~ん」
藍華がなんだか腑に落ちないといった顔をしている横で、灯里が口をポカーンと開けていた。
「そういうこと、なの?」
「何が?」
「私、てっきり割烹着つけて、おにぎり握ったり、豚汁作ったり、時々サンタさんの格好したりするのかと思ってた」
「あ、あのねぇ。それも確かに奉仕活動といえるでしょうけど・・・」
「私、思うんです」
アリスが割って入った。
「何よ、急に」
「これってきっと、アリシアさんの‘’粋な計らい‘’というやつじゃないでしょうか?」
「粋な計らい、かぁ。アリシアさんならあり得ることね」
「アリシアさんの・・・やっぱり皿洗いなの?」
「そう、粋な皿洗いって、灯里、あんたわざとでしょ?」
藍華がジロッと灯里を見た。
「ばれちゃった」
「わざとらしいボケ禁止!」
「はひっ!」
「ところで、後輩ちゃん。手首の方はどうなの?」
藍華が心配そうにたずねた。
「ご心配をおかけしましたが、順調に回復しています。明日か明後日には復帰できると思います」
「そうなの。それはよかったわ。一時はどうなるのかと思ったけど、復帰できるのならまずまずね」
「アリスちゃん、無理しちゃダメだよ。大事なお仕事を控えているんだし」
「ああ~」
「何?どうしたの?後輩ちゃん」
「束の間の時が終わろうとしている」
「束の間ってなんのことなの?」
「アリスちゃんは、ほんとはやりたくないんだよね?プレゼンター」
「あんた、まだそんなこと言ってんの?」
「イヤなものはイヤなんです」
「わかんないわねぇ、あんたの考えてること」
「どうしてもイヤなら、代わってあげようか?」
「灯里、アンタはアンタで、まだその変な夢を捨てきれないでいるわけ?」
「エヘヘヘ」
「だから気持ち悪いんだって!」
アリスは大きなため息をついた。
「今さらやめるつもりはありません。もう決まったことですから。ただ、ちゃんと伝わるかどうかが心配なんです」
「それ、どういうこと?」
「私、昔から人前に出ると何を言ってるのかわからないって言われてきたんです。緊張しいで、それで声が小さくなってしまって・・・」
「後輩ちゃん、心配ってそこなの?」
「藍華先輩、そうおっしゃいますけど、私、先輩みたいにどこでも大きい声で話せるタイプではないんです」
「ど、どこでもって」
灯里がクスクス笑い出した。
「灯里、何よ!アンタだって同じようなもんでしょ?」
快晴と呼べるほどではないが、さわやかな空気の中で、ネオ・ヴェネツィアはいつも以上に賑やかさを増していた。
観光客とは明らかに違う装いの人たちの姿があちらこちらで目立ち始めていた。
中でも仮面舞踏会を思わせるコスチューム姿は、いかにもネオ・ヴェネツィアらしいお祭りムードにふさわしい光景だった。
ネオ・ヴェネツィア国際映画祭の本番を明日に控えて、今日はプレ・イベントがあちこちで行われていた。
また、招待作品の上映会もすでに朝からいくつかの会場で始まっていた。
アリア社長と街を歩いていたアイは、これで何度目だろうと思うくらい、道をたずねられていた。
それもそのはず、アイの頭にはARIAカンパニーの帽子が乗っていたからだった。
「やっぱりこれのせいなのかなぁ」
最初、ARIAカンパニーを出た頃は、なんだか嬉しそうにしていたアイだったが、こうも道行く人にたずねられてばかりだと、どうしたもんかと困り果てていた。
「アリア社長、早く用事を済ませて帰りましょう」
「ぷいにゅーい!」
そう言ったアイだったが、急にその場に立ち止まった。
「ここ、どこでしたっけ?」
辺りを見回していたが、目が点になってしまった。
「アリア社長?」
「ばい?」
「私、道に迷いました」
「ば、ばいちゃ!」
アリア社長はうろたえて、汗をかきまくっていた。
アイはアイで棒立ちになってしまった。
「ウンディーネさん!」
アイは背後から声をかけられて、ギクッとした。
「かわいいウンディーネさん!」
「いえ、私はウンディーネではないんです」
振り返りながらアイは声のする方へ返事をした。
そこに立っていたのは、ウンディーネ姿の女性だった。金色の長い髪がお尻が隠れるくらいまで伸びていて、その美しい姿はとても印象的だった。
「でもそれ、ARIAカンパニーの帽子よね?」
「まだ見習いです」
「見習い?」
「今日は忙しいので、お手伝いなんです」
「そうなの」
その女性はクスッと小さく笑った。
「それでどうしたの?なんか困ってるように見えたけど」
「あっ、いえ、そのぉ、実は・・・」
「実は?」
「実は・・・道に迷いました」
アイはばつが悪そうな表情で答えた。
「そうなんだ」
「これのせいなんです」
そう言ってアイは帽子を手に取った。
「帽子のせい?」
「これのせいで、道を聞かれるんです。それで一緒になって探してる間にどこをどう来たのかわからなくなってしまって」
「なるほど、そういうこと」
そのウンディーネは、ふむふむとうなずいてみせた。
「確かにそうね。映画祭のために、いつも以上に観光客も多いだろうし、その帽子を被っていると、ウンディーネだと思って道をたずねてくるでしょうね」
「そうなんです」
アイは疲れも手伝って、途方に暮れたような顔になっていた。
「あの~、道を教えて頂けるかしら、ウンディーネさん?」
「あ、いえ、私は・・・」
アイはまたもや道をたずねられていた。しかし今度は正直に断ろうと思った。
だが、何気なくそばにいるその金色の髪のウンディーネの方に目を向けた。
後ろで手を組んで立っているそのウンディーネは首を少しかしげて、何も言わずニッコリと微笑んだ。金色の長い髪が風に揺れていた。
アイはその姿を見ると、自分でも信じられないくらいに当たり前のように答えていた。
「行き先はどちらですか?」
「ドゥカーレ宮殿なんです。有名なところらしいんですけど」
「そこなら確か・・・」
アイはそう言いながら、自分が道に迷っていることを思い出した。
何も言えなくなってしまったアイに向かって、金色の髪のウンディーネは、こちらへどうぞと手招きをしてみせた。
「ウンディーネさん、案内してくれるんですか?」
アイは思わず声をかけていた。
「何を言ってるの?あなたがウンディーネさんでしょ?」
アイに道をたずねてきた女性が不思議そうに言った。
「あ、いえ、こちらの方が・・・」
「はい?」
アイは咄嗟に思った。
〈もしかしたら、この人には、この金色の髪のウンディーネさんが見えてないのかも・・・〉
アイは、手を後ろに組んだまま、楽しそうに歩くそのウンディーネのあとをついていった。
いつの間にかアリア社長は、そのウンディーネの足元で嬉しそうに頬を赤くしていた。
「アリア社長、調子いいんだから」
人混みの中を進むと、いっそうざわめきが大きくなってきた。
パッと大きく開けた広場にたどり着くと、大きくそびえ立つ大鐘楼が目に飛び込んできた。
「ここ、見たことあるわ」
その女性が思わず声に出すほど、四方を建物で囲まれたその有名な広場は、たくさんの人で賑わっていた。
ここまで来ると、さすがにアイもここがどこなのか理解できた。
「ここはサン・マルコ広場です」
「そう、それ。サン・マルコ広場!」
パッと表情が明るくなったその女性は、辺りを見回し、感動している様子だった。
「ありがとう、ウンディーネさん。ここまでくれば目的の場所はどこかわかるわ」
女性はサン・マルコ大聖堂からドゥカーレ宮殿へと続く景色を眩しそうに眺めていた。
「やはり来てよかったわ。これもウンディーネさんのお陰よ。どちらのウンディーネさんか教えて頂けるかしら?」
「あ、それは、その・・・」
「ん?何かしら?」
アイは少し躊躇していたが、はにかんだ笑顔でこたえた。
「ARIAカンパニーです」
「ARIAカンパニーね。今度は是非ゴンドラに乗せて頂くわ」
その女性は、優しくほほえんでアイに小さく手を振ると、ドゥカーレ宮殿の方へと向かって行った。
「ありがとうございま・・・」
アイは振り返りながら、誰もいない方向に向けて声を掛けていた。
「あれ?さっきの人は?」
そこには先程まで道案内をしてくれた金色の髪のウンディーネの姿はなかった。
「アリア社長、先程のウンディーネさんはどこに行ったんでしょうか?」
「ぷいにゅーい?」
アリア社長はキョロキョロ見回したが、その姿はどこにも見つからなかった。