ARIA The PIACERE 2 そのシンデレラの行く先は・・・ 作:neo venetiatti
ネオ・ヴェネツィア国際映画祭に合わせて作ったオレンジぷらねっとの巨大ブースは、すでに巷の噂になっていた。
その噂を耳にした藍華は、
「なんでうちもやらなかったの?!」
と激怒していた。
アリスを映画祭のプレゼンターにねじ込んだのは、オレンジぷらねっとの独自のパイプによるものだったが、それについては、ゴンドラ協会も協力していた。
ウンディーネの存在を世界にアピール出来るまたとないチャンスでもあったからだった。
しかし、藍華にとっては、またひとつオレンジぷらねっとに出し抜かれたような気分だった。
オレンジぷらねっとのブース内には、ゴンドラ協会のエリアも用意されていて、ウンディーネの歴史やネオ・ヴェネツィアの観光の歴史についての解説が行われていた。
このブースがネオ・ヴェネツィアと密接な関係があることを印象ずけることに一役かっているともいえた。
アリスは明日の本番を控え、最終の打ち合わせと衣装あわせのために、このブースへと来ていた。
映画祭のスタッフと最終の確認を行った後、オレンジぷらねっとが用意したドレスと衣装スタッフとで、ドレスのチェックを行った。
ドレスはオレンジ色のワンピースで、スカート部分の、前は膝付近まで脚が見えていて、後ろはかかとくらいまでの長さになっていた。
もちろん、胸にはアテネから預かったブローチが輝いていた。
「アリスさん、かわいい」
「とても綺麗です、アリスさん」
衣装スタッフから思わず声が漏れた。
「そうですか?ありがとうございます」
「そのブローチも素敵ですね」
「はい。これはアテネ先輩からお借りしたものなんです」
アリスは、とてもいとおしそうにそのブローチに触れた。
「そういえばアテネさん、急遽、映画祭本番でステージが決まったらしいですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「アリスさん、知らなかったんですか?アテナさんのことをアリスさんが知らないなんて珍しいですね」
「いくら私でも知らないことのひとつくらい・・・」
アリスは少し腹立たしい気持ちと同時にちょっぴり寂しい気分にもなっていた。
ネオ・ヴェネツィア国際映画祭の本番初日の朝は、昨日とは違い、晴れ渡った空が広がっていた。
今日から10日間に渡って、リド島をメイン会場として、様々な映画作品が上映される。
出席者たちの、それぞれチャーターした船がリド島へ向かって行く光景が、いよいよこれから映画祭が始まることを告げていた。
アリスが登場する映画祭の授賞式は、最終日にリド島のメイン会場で行われる。それまではアリスに出番はなかった。
そのためアリスは朝からウンディーネの仕事をこなしていた。
本来ならプレゼンターは、授賞式本番にサプライズで登場するはずなのだが、アリスに関しては事前に漏れたことで隠す必要がなくなっていた。
そこで、アリスがウンディーネとして姿を表すことで、映画祭の雰囲気を盛り上げることに一役買うとオレンジぷらねっとの上層部は考えた。
だが、アメリア部長は慎重だった。
世間には知られることはなかったが、取材と称して近づいた男性にけがをさせられたことがあっただけに、今度こそアリスに何かをあってはと、慎重にならざるを得なかった。
だが、人前にいた方が安全だという考えで落ち着き、いつものように仕事にでるに至ったのだった。
「アリスさん、大丈夫です。オレンジぷらねっとの全ウンディーネに通達が出ています。アリスさんを見かけたら、必ず周辺を警戒するようにと。アリスさんのことは、みんなが見守っています。安心してください!」
後輩のシングルが、アリスの姿を見るなり駆け寄ってきて、そう告げた。
これはアリスの身を心配したアメリアの判断だった。
「あ、ありがとうございます。でも皆さん、それぞれの仕事に集中してくださいね」
すれ違うゴンドラから熱い視線が向けられていることに気付いて振り替えると、そこには必ずオレンジぷらねっとのウンディーネがいた。
「ちゃんと前を見て下さい!」
オレンジぷらねっとのゴンドラ同士で、危うくぶつかりそうになる場面にも遭遇していた。
「もう!これでは安心して仕事に集中できません!」
アリスは怒って頬を膨らませ、後輩ウンディーネたちの様子に苛立ちを隠せないでいた。
「それにしても、うちの会社のゴンドラが、今朝からやたらと目につきます」
アリスが懸念していた通り、シングルばかりでなく、ペアのウンディーネまでいろんな理由をつけてはゴンドラを出していた。
実はオレンジぷらねっとのウンディーネたちには、アリスがけがをした一件が知れ渡っていた。だが、正式に発表された訳ではなかったことから、様々な憶測を生んでしまう結果となっていた。
そのためアリスの身に何かあってはと神経質になっているわけだった。
「こんな調子だと先が思いやられます」
映画祭は始まったばかり。アリスがプレゼンターとしてその大きな舞台に登場するまで、あと10日。
アリスにはプレゼンターの件以外にも気掛かりなことがあった。
それは、授賞式のためにオレンジぷらねっとがアリスに用意したドレスの衣装合わせの時だった。
忙しい中、その場に駆けつけたアメリア部長がアリスの衣装を見ながら言ったひと言がきっかけだった。
「アリスさん、ご苦労様。どんな具合かしら?」
「お疲れ様です、アメリア部長。どうでしょうか?」
アリスはその場でくるりと回って見せた。
「いいんじゃない?綺麗に仕上がってるし、アリスさんに似合ってる」
「ありがとうございます」
アリスは照れ臭そうに少しうつむいた。
そんなアリスを見ながら、アメリアは不思議そうな表情になっていた。
「アリスさん、そのブローチはどうしたの?」
「これですか?」
アリスはそのブローチにそっと手で触れた。
「これは、アテナ先輩からお借りしたものです。私が映画祭のプレゼンターをすると知ったアテナ先輩がわざわざ届けてくれたんです」
「アテナが・・・」
アメリアは何か腑に落ちないような表情だった。
「何かありますでしょうか?」
「私の勘違いなら、ごめんなさいね」
と前置きして、アメリアは話を続けた。
「そのブローチ、もしかしたらアテナが歌手活動に専念すると決まった時、創業者一族の方から送られたものじゃないかと思って」
「これが、ですか?」
アリスは驚いて自分の胸元にあるブローチを見下ろした。
「その方はアテナのことをとても気に入っていて、プリマに昇格した時からずっと目をかけていたの。本当は特定のウンディーネを重宝するのはよくないこととされていたけど、その方は気にされてなかった。それくらいアテナのことが気にいっていたのね」
「そんなことが・・・」
「アテナも変に目立ってしまうことを気にしていたから、一部の人しかこの事は知らなかったはず。ただ、アテナがウンディーネを辞めるとなったときは、とても残念がっていらっしゃったと聞いてるわ。それでもアテナが歌手に専念すると決心したとき、そのブローチを贈られた」
「そうなんですか・・・」
「でもね、その後間もなくその方は亡くなられてしまったの。アテナはその当時、あまりにも忙しくて、その方にちゃんとお礼ができないままになってしまって、とても後悔していたのを覚えているわ」
「そんな大事なものなんですか・・・」
アリスは感慨深げにそのブローチに触れていた。
「でもアテナがそれをあなたに預けたということは、何か意味があるのかも知れないわね」
「アテナ先輩が私に預けた意味」
「でも確か、アテナも映画祭のスペシャルゲストとしてステージに立つことが決まったはずよね」
アリスはアメリアの言葉にハッとして目を見開いた。
〈アテナ先輩の出演が決まったのはごく最近のはず。だとしたら、このブローチを私に渡すために灯里先輩に預けたのは、それよりももう少し前だ〉
このブローチは、本当は誰が付けて映画祭の舞台に立つべきか。
アリスはその思いに駈られていた。