ARIA The PIACERE 2 そのシンデレラの行く先は・・・ 作:neo venetiatti
アリスは、仕事終わりに事務所に寄るよう伝えられていた。
普段なら仕事を終えたプリマや、プリマが同乗して営業に出ていたシングルたちが、館内にちらほら姿を見せていたが、遅くまで時間がかかったアリスが戻ってきた頃には、人影は見当たらなかった。
そのためか、事務所へ向かう廊下が、いつも以上に静まりかえっているようにアリスには感じられた。
〈なんで呼ばれたんだろう・・・〉
何も聞かされてなかっただけに、不安感がつのるばかりだった。
事務所の前で立ち止まり、少し呼吸を整え、ドアをノックした。
「アリス・キャロルです」
中から返事が聞こえ、アリスはドアを開けた。
部屋には、以前何度か顔を見たことのある役員と、オレンジぷらねっとの全ウンディーネを統括するアメリア統括部長がソファに座っていた。
「お仕事ご苦労様。どうぞ中に入って」
アメリアは女性らしいやさしい口調でアリスに声を掛けた。
「どうもお久し振りです」
アリスはアメリアに向かって、チョコンとお辞儀をした。
アメリアはアリスのスカウトに尽力した人物だった。オレンジぷらねっとに引き込むため、すぐには納得しなかったアリスをなんとか口説きおとした。
今となっては、アリスがかなりの特別待遇で入社できたのは、彼女のお陰だった。
「どうぞ座って」
アリスは促されるまま、その役員とアメリアが並ぶ前に座った。
「お会いするの初めてかしら?」
「あ、いえ」
アリスは、少し日焼けした色黒の、年配の男性の顔をじっと見た。
「アレックス・フェルナンデスさん。オレンジぷらねっとの社外取締役であり、役員を務めて頂いています」
アメリアの紹介でアリスは、はっきりと思い出した。
「マンホームの賓客一行のレセプションパーティーでご一緒しましたね?」
見た目の印象と違い、太い声ながら、とてもやさしい口調だった。
「はい、たくさんの方々とご挨拶させていただきました」
「そうだったね。あの時はご苦労様でした」
「あ、ありがとうございます」
アリスは状況がよく理解できていないこともあって、いつも以上に緊張していた。
「仕事終わりに呼び出したりしてごめんなさいね。少し早めに伝えておこうかと思ったことがあって」
ようやく真相にたどり着きそうな探偵の、助手になったつもりでメモを取りたい気分だった。
「何かありましたでしょうか?」
「いえ、特に問題があったとかではないのよ。これからのことで相談があるの」
「これからのこと・・・」
ますます疑問がアリスの頭の中で湧いて出てくるようだった。
「あまり遅くなっても明日に影響あると困るので、今日のところは簡単に伝えておくわね」
そう言ってアメリアは、横に座っているアレックスをちらっと見た。
アレックスは軽く頷いた。
「実はあなたにある大事なお仕事を頼みたいの」
「お仕事、ですか」
「そう。つまり普段のウンディーネとしてのお仕事とは少し違う内容なんだけど」
アリスは早く話を終わらせて、帰りたい気持ちになっていた。
「あなたも知っていると思うんだけど、毎年ここネオ・ヴェネツィアで国際映画祭が開催されているでしょ?その映画祭のプレゼンターをつとめてもらおうというお仕事なの」
「はあ?」
一瞬どういうことを言ってるのか、理解できずにいた。
「このネオ・ヴェネツィアで行われる映画祭でしょ?ウンディーネがその映画祭のプレゼンターを務めることは何も不自然なことではないと思うの。それにこういったことを通して、改めて世間にウンディーネの存在をアピールできるいい機会だと考えたからなの」
〈そう言われても・・・〉とアリスは心のなかで呟いていた。
「なぜ私なんですか?それなら他にも適任の方々がいらっしゃると思いますが」
「それはね、最近のあなたの人気や知名度は、それに十分相応しいのではないかと考えたから。それに話題性も大きく期待できるだろうし、会社としてもこれから先、あなたを推したいと考えているからなんです」
「私を推す・・・」
「あなたは自分のことを自分でどれだけ認識できているかわからないけど、ミドルスクールを卒業して、すぐにペアからプリマに昇格したことは、この水先案内業界に相当なインパクトをもたらした。あなたはそれだけで、このネオ・ヴェネツィアを代表するウンディーネになったの」
それが大きな話題となることは、アリスも当時はなんとなく想像はついていた。しかしその後は、忙しさに追われる日々が続き、プリマの仕事のレベルに追いつくことに精一杯なのが現実だった。
そんな自分が、いつのまにかネオ・ヴェネツィアを代表するウンディーネになったという。
全く信じられない話だった。
アリスは頭の中で同じフレーズがぐるぐる回ることを止められずにいた。
〈ネオ・ヴェネツィア国際映画祭のプレゼンター〉
自分の部屋に戻り、窓を少し開けて外の空気を入れ、窓際の椅子に腰掛けるとため息をついた。
映画祭のプレゼンターのオファーはとても光栄なことで、そんな華やかな舞台に立てることは、誰しもが経験できることではない。
しかし、アリスはどうしても前向きな気持ちになれないところがあった。
自分は本当にプリマ・ウンディーネとして期待されているのか。本来とは違う役割で、プリマになったのではないか。
プリマ飛び級昇格の真意が、何か別のところにあるんじゃないだろうか。
憧れだったプリマ・ウンディーネとしての日々を送ることとは別に、オレンジぷらねっとが世間にアピールするための存在。
アリスは、自分を取り巻く環境が、自分が描いていた本来のウンディーネの世界とは違うものに変わってゆくような、そんな不安に駆り立てられていた。