ARIA The PIACERE 2 そのシンデレラの行く先は・・・ 作:neo venetiatti
翌日の新聞各紙は、当然のごとくネオ・ヴェネチア国際映画祭で一色だった。
中でも話題をさらったのが、最高賞の金獅子賞ではなく、新人賞のアレッサンドラ・テスタロッサだった。
新人賞が話題の中心になるなんて、前代未聞だった。
今最も注目を集めている女優アレッサンドラだからではあったが、当然そこには別のエピソードが加わっていたからだった。
映画祭の舞台に初めてウンディーネが登場したこと。その記念すべき大役を果たしたのが、飛び級昇格で注目されていたアリスであったこと。そして、アレッサンドラがそのアリスの大ファンだったこと。その上、アレッサンドラがウンディーネを目指していたことのおまけまで付いていた。
それでも十分世間を騒がせていたが、違う角度からこの映画祭を伝えている記事があった。
月刊ウンディーネが、映画祭を取り上げた特別号を出していた。
当然そこは、最初から最後まで、アリスにまつわるエピソードのオンパレードだった。
もちろんその記事を書いたのは、アローナ以外、他になかった。
アリスのこれまでのサクセス・ストーリーから始まって、映画祭当日の一日のドキュメント、アテナのブローチにまつわるエピソード、アテナの楽屋でアリスに再びブローチが渡された時のツーショット写真、そして、アレッサンドラ・テスタロッサの特別インタビューと、アリスの楽屋での二人っきりの特別ビハインドショット等々。
どう考えても、他の記者には書けない記事ばかりだった。
「ちょっと、これっておかしくない?」
「何が?」
「何がって、どう考えてもおかしいでしょう?」
藍華は腕を組んで、納得いかない様子だった。
「だってそうでしょう?ここまで詳しく書けるなんて、ただの取材とは思えないじゃない?」
「そうかなぁ」
藍華の横で灯里は、紙面を食い入るように見ていた。
「このツーショットなんて素敵だよねぇ」
アテナとアリスがブローチを手に写っている写真にうっとりしていた。
「この時、アテナさんがステージで着けていたブローチを、今度はアリスちゃんが授賞式で着けていたんだよね」
「まあ、そういうことね。って、そうじゃなくてっ!」
「どうしたの、藍華ちゃん?」
藍華は額に手を当てて、ため息をもらした。
「だからね、こんだけ中に入り込んで、ここまでしっかりと写真まで撮って、もう最初っから予定を組んでたみたいな、そんな感じしない?」
「はぁ~、そうだねぇ~。言われてみれば、そうなのかなぁ」
「そうでしょう?灯里、あんただって、ちょっと話がうますぎるって思うでしょ?」
「う~ん、わかった!」
「何がわかったの?」
「つまりそれって、アリシアさんの粋な計らいってやつじゃないの?きっとそうだよ!」
「まぁ確かに、そうなんでしょうけどね。当たらずも遠からずってことね」
藍華はARIAカンパニーの海に面したカウンターに背中を預けるように肘をついてもたれながら、ぼんやりと海を眺めた。
「これで後輩ちゃんも、押しも押されぬ人気スターの仲間入りってことかしらね」
「アリスちゃんがスター?」
「そうじゃないの?とういうか、それが目的でしょ?」
「えっ、それってどういうこと?」
「灯里、前にも話したでしょ?ウンディーネという存在をもっと世の中にアピールしようという話。これまでとは違う観光の在り方を模索しているとういうか。あんたにはちょっと難しい話かもしれないけど」
「アリスちゃんがスターになることが観光につながるということ?」
「そういうこと。分かりやすく言うと、水の三大妖精よ。アリシアさん、アテナさん、そして晃さん。この三人が、このネオ・ヴェネチアに、いやアクアにもたらした影響は計り知れないものだったと思うわ」
「そう言われてみればそうだねぇ」
「そうだねぇって、のんびり構えてるけど。灯里、あんたはアリシアさんのあとを継いでARIAカンパニーを任された訳でしょ?」
「確かにそうなんだよね。エヘヘヘ」
「あんたねぇ」
「アリスさん!」
「あ、どうもお久し振りです、アローナさん」
「お久し振りっていっても、ついこないだ会いましたけど」
「そうですね」
アリスのほほえみに、アローナも笑顔になっていた。
「それにしても奇遇ですね。こんなところで会うなんて」
「確かに」
二人は、ちょうどARIAカンパニーの前にいた。
「アリスさんは、何か用だったんですか?」
「ええ、灯里先輩にはお世話になってますので、ちょっとご挨拶に」
そういうアリスの手には紙袋が下げられていた。
「ふ~ん。そうなんですか」
アローナの視線はその紙袋に向けられていた。
「アローナさんもご用ですか?」
「ええ、まあちょっと」
そう答えたアローナの、肩から下げた大きめのバッグがアリスは気になっていた。
「何かこう、縁ですかね?」
「そうですね。ハハハハ」
「それならアリスさんからどうぞ」
「あっ、いえ、アローナさんからどうぞ」
「そう言わず、アリスさんから」
「何を言ってるんですか?ここは年上のアローナさんの方からお先に」
「いったいそこで何の譲り合いをやってるわけ?」
藍華が二人の会話に割って入った。
「もうじれったい!一緒に入ればいいじゃない!」
アリスとアローナは二人して苦笑いで、中に入っていった。
「それで、なんなの?入るのに躊躇してた理由は?」
「あの、改めて灯里先輩にご挨拶をと思いまして」
「えぇ~、私に挨拶なの?それはご丁寧にどうも」
アリスは座った椅子の横に置いていた紙袋を灯里に手渡した。
「つまらない物ですが、お納め下さい」
「えぇ~、なんだろう?」
紙袋から中身を取りだそうとしたとき、アローナが言った。
「あ、灯里さん、私の方からもあるんです」
「えっ、何?どういうこと~?」
言葉とは裏腹に灯里は嬉しそうに、笑顔が溢れていた。
「二人は、示し合わせて来たの?」
「違います、藍華先輩!」
「外で偶然出くわしたんですよ」
「ほんと?」
藍華は疑うような眼差しで二人を見た。
「でも、二人ともどうしたの?」
「この度の映画祭に際して、いろいろとご迷惑並びにご協力いただきましたので、そのお礼にと」
「アリスちゃん、そんな気を使わなくていいのに」
「いえ、そこは私も考えるところがありまして」
「そうなんだ」
灯里がうれしそうにしているのとは反対に、藍華は腑に落ちない様子だった。
「それで、アローナさんはどうして灯里に贈り物なわけですか?」
「私の方は、取材やらなんやらでご協力いただきましたし、それにゴンドラを勝手に使用した件でもご迷惑をおかけしましたので」
「そんなあ、迷惑だなんて思ってません、アローナさん」
「それに・・・」
「それにって、やっぱり何かあるんですね?」
藍華はアローナの言葉にすぐに反応した。
「そういえば、先ほどアリシアさんに会いにゴンドラ協会へ行ったとき、アローナさんがやって来て、高そうなベネチアン・グラスを渡しに来たと言ってました」
「何それ?というか、その話だと後輩ちゃんもアリシアさんに会いに行ったということよね?」
「ええ、もちのろんです」
「そ、そんな真顔で、よくそんなこというわね」
不機嫌な顔の藍華の横で灯里がクスクス笑っていた。
「何よ灯里!そんなに面白くもないでしょ?」
「だって、アリスちゃん、そんな真顔で言うんだもん」
「藍華先輩、どうしたんですか?先程からなんかやたらと突っかかってきますよね?」
「べ、別に、突っかかってなんてないわよ」
「ああ、分かりました、藍華先輩。灯里先輩やアリシアさんには贈り物があるのに、自分にはないので、焼きもちを焼いてるんですね?」
藍華は一瞬にして顔が真っ赤になった。
「あ、あんた、何を言ってるの?なんで私がやきもちなんか焼くのよ!」
「大丈夫ですよ。実はこのあと、カンナレージョ支店に行こうと思ってましたから」
「よかったね、藍華ちゃん」
「あ、あんたたち、ちょっとおかしくない?大丈夫だとか、よかったねとか、なんか扱いがおかしいでしょ?」
「まあまあ、藍華ちゃん」
「なんで慰められなくちゃいけない・・・」
「あの~」
「何?!」
恐る恐る言いかけたアローナに、藍華は思わず勢いに任せて言い返した。
「お邪魔しては悪いので、私はこの辺でそろそろ」
「ちょっと待った!」
藍華の不満の矛先がアローナに移ろうとしていた。
「アローナさん、さっきの後輩ちゃんの話だと、アリシアさんにヴェネチアン・グラスを渡しに行ったということだけど、それっていいの?」
「と言いますと・・・」
「仕事を融通してもらったお礼に高価な贈り物をするって、それってつまり、賄賂でしょ?」
「そんな人聞きの悪いこと」
「でもそういうことじゃない?なんかちょっとショックだわ。アリシアさんに限ってそんなことないと思ってたのに」
藍華は肩を落として、誰がみてもわかるくらい、うなだれてしまった。
「それは、違うんです」
アローナは真面目な表情になっていた。
「アリシアさん、受け取ってくれませんでした。私も後になって、なんて浅はかなことをしてしまったんだろうと後悔しました。アリシアさんに、本当に申し訳ないことをしたと思っています」
「そうだと思ったわ。考えられないもん。私のアリシアさんはそんな人ではないって、わかっていたからね」
「でも藍華先輩、先ほどは誰が見てもわかるくらいガックリとうなだれてましたよ」
「そ、それは、見間違いよ!」
「すみません、藍華さん」
アローナは神妙な顔で頭を下げた。
「アローナさん、別に私にそこまでしなくても」
「いえ、そんなことないんです。今考えて見てもアリシアさんの判断は、私をどれだけ救ってくれて、そしてどれだけのチャンスをいただいたか。このお礼は、これからの仕事で返すべきなんです」
「アローナさんがそう思ってるんなら、それでいいんじゃない?ねぇ、灯里?」
「そうだね。私もそれでいいと思う」
「でもまたなんで、ヴェネチアン・グラスだったんですか?」
「実は、あることでヴェネチアン・グラスを探していて、その時にアリシアさんに何かお礼をするならと思ったんですけど」
「何か探す用件があったって訳ですね?」
「そうなんです。そうそう、そのことでアリスさんに伝えなきゃいけないことがあったんですよ」
「私にですか?」
急に自分の話になって、アリスはキョトンとしていた。
「実は私もうっかりしていたんですけど、ヴェネチアン・グラスといえばムラーノ島じゃないですか?」
「まあ、確かにあそこには工房がいくつもあるしね」
「現場を離れると勘が鈍るっていうけど、あれ、本当ですね。そんなこともすぐに思いつかないなんて、どうかしてました」
「それが私とどういう関係なんですか?」
「嫌だな、アリスさん。ヴェネチアン・グラスのこと、わかったらお伝えするって、言ってませんでした?」
「ヴェネチアン・グラスのこと、わかったら、私に、伝える・・・」
「アリスちゃん、なんか電報みたい」
灯里はアリスの反応に笑ってしまった。
「何なの、それ?」
「私にも何のことか・・・はっ!」
何かに気づいた様子のアリスの顔から血の気が引いてゆくのがわかった。
「どうしたの、アリスちゃん?顔色が良くないよ」
「あぁ、あのぉ、いえ、そのぉ」
額に汗がたらーっと流れ出した。
「そうだ!私、実はこのあと、とても大事な用事があるのを思い出しました!だからこれで失礼します」
「なんかいかにも動揺してる感じだけど。大丈夫なの、後輩ちゃん?」
「大丈夫ですよ。ハハハハ」
「ほんとに大丈夫なの?アリスちゃん」
「はい。それではこれで失礼します」
アリスはそう言うと、ぎこちない動きで出ていった。
外では、小走りに走り出していた。
「アリスちゃん、いったいどうしたんだろう?」
「さっきのヴェネチアン・グラスの話を聞いて動揺してたわよねぇ。何なんですか、その話?」
「アリスさんが乗せたお客様が、思い出のあるヴェネチアン・グラスと同じものを探していたんですけど、なかなか見つからなくて。アリスさんも一緒になって探してるときに、偶然私と出くわして、それで何軒かお店を伝えたんですが、情報が古すぎて、結局その時は見つけられなかったんです」
「それで、見つかったら伝えると?」
「そういうことです」
「なるほど。そういうことね」
藍華は腕を組んで、フムフムとうなずいた。
「どういうこと?藍華ちゃん」
「つまりあの娘、忘れてたのよ」
「えぇ、忘れてたの?アリスちゃんが?」
「あの動揺は、どう見てもそうでしょう」
「そういうことか。でも、いらなくなったんだけどなぁ」
「えっ、どういうこと?」
「実はあの後、そのお客様ともう一度お会いして、詳しいことを聞いたんです。もし見つかったらお孫さんにプレゼントしようと思っていたらしいんですね。でも探していたものが、そんな高価なものとは知らなかったようで、結局おみやげ店の安いのを買って帰られたんです。キラキラしてるからこれで十分だって」
「その話、後輩ちゃんは?」
「まだ知らないと思います」
「ええ~、どうするのぉ~?」
「別にいいんじゃない?たまにはこんなことがあっても」
「そんなぁ~」
「でも結局どうだったんですか?見つかったんですか?そのヴェネチアン・グラス」
「はい、見つかりました」
「そうなんだ。なにか特別なんですか?」
「ある工房に代々伝わるものらしくて、私も初めて知りました」
「へえ~、素敵なものなんでしょうね」
「そうね。ちょっと見てみたかった気がするわね」
「ありますよ」
「えっ、どこに?」
「そこ」
アローナは灯里の前に置いてある箱を指差した。
「これって、アローナさんから灯里へのお礼の品、ですよね?」
「ええ」
「わぁ、ホントに?うれしい~」
「いや、ちょ、ちょっと待って。なんで灯里だけそんなものをもらえるの?おかしいわよ」
「ほんと言うと、アリシアさんに渡すはずだったものです」
「えっ?!アリシアさんに?なおさらおかしいじゃない!」
「だって藍華ちゃん、賄賂は嫌いなんでしょ?」
「ちょっと、灯里!よくもまぁ、そんなことを!こうなったら、グランマに言いつけてやるんだから!」