ARIA The PIACERE 2 そのシンデレラの行く先は・・・ 作:neo venetiatti
アリスは、アテナの背中を見ながらゴンドラを進めていた。
夜のネオ・ヴェネツィアを、アテナが客でアリスがウンディーネとしてゴンドラに乗っている。
今となってはスクープものといえる光景だった。それくらい、ふたりを取り巻く環境は大きく変わっていた。
アリスはオールを漕ぎながら、改めてアテナの姿を見て気がついた。
「アテナ先輩、今日は何かお仕事でもあったんですか?フォーマルな格好できめてますけど」
「えっ、そう?格好良く決まってる?」
「そういうことじゃなくて。どこかお出かけでもしてたのかなと思いまして」
「今日はね、私がオレンジぷらねっとにいた頃から大変お世話になっている、ある実業家のご夫婦の銀婚式のお祝いがあって。そこへ行ってきたの」
「そうだったんですか。でもそれじゃあなんで、あんなところに突然現れたんですか?」
「あんなところ?」
「私とアローナさんが一緒にいたところです」
「ああ、あれね。あれはね、今話したご夫婦のゴンドラにご一緒させて頂いた時に、偶然アリスちゃんを見かけたの。お客様をおろした後だったんだと思うけど、なんかちょっとね、元気無さそうに見えたの。それで気になっちゃって」
「追っかけて来たんですか?」
「ハハハ、まさかそこまではしてないわよ」
「じゃあどうして」
「まあ、ちょっと聞きはしましたけど」
「聞いたって誰にですか?」
「それは昔のよしみで会社の知ってる人にですよ。アリスちゃんの今日のスケジュールってどんな感じなの?ってね」
「でっかいコネクションです」
「何、それ?」
アテナは楽しそうに笑った。
「私、そんなに元気なかったですか?」
「いや、そんな、アリスちゃんが思うほどじゃなかったと思うけど・・・」
「正直に言っていただいて構いません。私、元気なく見えました?」
「うん、少しね」
「そうですか。やっぱりまだまだですね、私って」
「そんなことないと思うけど・・・」
「いいんです。自分でもわかってるんです。もっとしっかりしなきゃいけないって」
アリスは思うようにうまくいかない時に、どうしても落ち込んでしまうクセを、どうにかしなきゃいけないと思っていた。
「そんなことより聞きたいことがあるんです」
「何?相談?なんでも言ってちょうだい」
「アローナさんのことです」
アテナはアリスの言葉を聞いて、少し間をおいて返事した。
「アローナのことね」
辺りの静けさがかえって耳に残るくらい間をおいて話し始めた。
「アローナは、彼女がシングルの時に私が指導していたの。明るくて前向きで、いつでも一生懸命だった。落ち込んだ顔なんて見たことなかったと思う。特にネオ・ヴェネツィアについての知識は特筆すべきものを持っていたわ。先輩ウンディーネ達が太刀打ちできないくらいだったもの」
「そんなに?」
「ええ。本人も自信をもっていたわね。でもね、彼女の場合、そこがウィークポイントにもなっていた」
「それってどういうことですか?」
「簡単に言うと、おっちょこちょいだったのよ」
「おっちょこ、ちょい?」
アテナはアリスの反応に笑ってしまった。
「おおざっぱといえばいいかしら。お客様への案内や説明に熱が入りすぎて、ゴンドラの扱い方にいい加減なところが多かった。でも彼女は早くプリマになりたがっていたの。観光案内には自信があったから」
「ダメだったんですか?」
「結論から言うとそういうことね。お客様に安心してゴンドラに乗っていただかないことには、ウンディーネとしては失格だと。何度も説得したけど、はやる気持ちを押さえられなかったのね」
「でもそれならなんでアテナ先輩を恨むだなんて」
「彼女の7回目のプリマ昇格試験を不合格にしたのが私だったの」
「アテナ先輩が?」
「そう。彼女の上達具合を判断した会社が、私に試験管を命じてきたの。最後の昇格試験として」
「それってどういう・・・」
「会社はアローナには期待していた。でも気持ちが先走って基本的なところがいつもおろそかになっていて、なかなか直らなかった。そういつまでも彼女に力を入れる訳にはいかないと判断した会社は、彼女に結論を求めた。このまま続けるかどうか」
「でも、続けるかどうかは本人の気持ち次第じゃないんですか?」
「でもねアリスちゃん、いつまでもひとりのために待ち続けるのにも限界があるのも事実だと思う」
「それでなんでアテナ先輩が?それまでは違う人がやっていたということですか?」
「これは後から聞いた話だけど。当時の私はプリマとして高い評価を受けていたという理由から、最後私からの評価だったら納得するだろうと会社が判断したって」
「それで先輩が・・・」
「アローナは試験の前に、その事を言われていたらしいの。だから、私が出した結論に彼女が恨みを覚えても仕方がなかった。今でも忘れられない、アローナのあんな悲しい顔。それまであんな顔を見たことがなかったから」
アリスはそれ以上何も言えなかった。
プリマ昇格が難関なハードルだということは、ウンディーネの世界に身を置いていれば、否応なしに理解できる話だった。
だからプリマになったウンディーネは、周囲から尊敬の眼差しを向けられる。
ぞの一方で挫折する者や、自分の実力を受け入れてトラゲットに落ち着く者もいる。
しかし、アローナの場合、その結論を会社から突きつけられたわけだった。
「当時の統括部長が知り合いの水先案内会社を紹介したらしくて、そこにアローナは行ったようだった。でも、もう気持ちが続かなかったようなのね。自分から辞表を出していなくなった」
アリスは改めてこの世界の光と影を見た思いだった。
自分は注目されることが多く、時にはそのことがうっとおしく思えてくるのも事実だった。
しかし一方でアローナのような存在がたくさんいるのもまた、この世界の事実でもあった。
「アリスちゃん」
「はい、なんですか?」
「よく耳にするのよ、アリスちゃんのこと」
「私のことですか?」
「そうよ。いつも優雅にゴンドラが進む姿はすばらしいって。一切の乱れがなくて、安心して乗ってられる。でも振り返ると、そこには信じられないくらい、かわいいウンディーネさんがオールを手に立っている。いったいどうしたらあんなウンディーネさんが生まれるのってね」
「ど、どうしたらそんなオーバーな話が」
「オーバーなんかじゃないわ。アリスちゃんのゴンドラに乗ったひとの本当の感想よ」
「そうなんですか・・・」
「そうなんです。そして私はそんなとき必ず言うんです。そのウンディーネは私の一番弟子で、私の一番かわいい後輩なんですって」
「アテナ先輩。そんな恥ずかしいセリフ・・・」
「恥ずかしくなんかないわ。大声で言いたいくらいよ」
「え、ちょっと、やめてくださいよ」
「オレンジぷらねっとの~~、アリス・キャロルは~~」
「ちょ、ちょっと!」
「私の~~、いちばん大切な~~」
「うるさい!」
アテナとアリスはふたり同時にビクッと固まった。
「いい歳して何をやってんだー!静かにしろ!」
「は、はい!」
運河に面した居酒屋のテーブルに座っていたおじさんだった。
「こっちは気分良く飲んでるのによぉ」
「こっちだって気分いいんですからね」
アテナは声を落として言った。
「ちょっと、聞こえますよ。アテナ先輩」
アリスも小さな声でアテナに言った。
「もう、アテナ先輩は時々突拍子もないことをやるんだから」
「でもね、アリスちゃん」
「なんですか、今度は?」
「ありがとう、アリスちゃん」
「どうしたんですか、いきなり」
「私のことを信じてついてきてくれて」
「え、そんな・・・」
「本当の気持ちよ。普段の私はドジなことが多くて、アリスちゃんに迷惑ばかりかけていて。だからウンディーネとして少しでも成長してほしくて、私の持ってるものを出来るだけ伝えようとした。でも、まだミドルスクールに通っていたアリスちゃんには、私の伝え方で間違った方向へ行ってしまうかもしれない。そんな不安もあった」
「アテナ先輩、そんなふうに思っていたんですか?」
「そうよ。会社から指導員としての指示があったとき、少し戸惑ったのを覚えているわ。今度入ってくる新人は、まだミドルスクールに通っている学生だって聞かされたから。とにかく不安だった。私でいいんですか?って」
「不安・・・」
「会社がアリスちゃんに大きく期待してスカウトしたことは知っていたから、その分心配だったの。でもやって来たその女の子はとっても優秀で、私が心配する必要なんてなかった」
「アテナ先輩」
「何?」
アリスはオールを止めた。
水面をゆくゴンドラのわずかな水音だけが聞こえてくる。
「わたし、アテナ先輩でよかった」
「えっ?」
アテナは思わず振り返った。
暗い中ではあったが、アリスはとてもやさしい笑顔だった。
アテナは前を向くと目を閉じた。
「ありがとう、アリスちゃん」
「そんな何回も感謝されると、なんか気持ち悪いですよ」
「ええ~なんで~アリスちゃ~ん」