眠たい目を必死に擦りながら俺は授業を受けていた。
中間試験が近い今、俺もそれなりの勉強を夜行っている。
普段の授業なら今頃夢の世界へパーリナイトな俺であるが今回はそうにいかない。
なぜなら、ただいま行われている科目は現国、つまり平塚先生の授業である。寝たらどういう結末になるかは考えずとも分かるであろう。
そんなこんなで授業は進み、残り時間15分を切った。
ここまで来たら楽勝である。
俺は最後の力を振り絞ってペンをノートに走らせていると、いきなり教室の扉が開いた。
クラスの皆が一斉に開けた人物に顔を向ける。
立っていたのは死神、いや、ゾンビ谷くんであった。違った、比企谷くんだ。
あれ? というか学校に来てなかったんかい。てっきりいると思ってました。
比企谷くんの席を見て、来ていなかったこのを再確認する。
「比企谷。授業が終わったら私のもとへ来るように」
ため息をついた後、拳で教卓を叩きながら平塚先生がそう言った。
比企谷くんは小さく返事をすると、授業が開始された。
取りあえず、ドンマイ比企谷くん。
その後、授業は何事もなく進んで行き、先生の「では、本日はここまで」と言う言葉で終わった。
比企谷くんは素直に平塚先生の前に立って理由、もとい言い訳を言っており、しばらくしてからストレートを頂戴していた。
俺は聞いているのも楽しかったが、やはり睡魔が襲ってきたため寝る体制に入る。
うずくまっている比企谷くんを横目に俺は前の方の席が空いていることを知る。
あそこは確か……川崎さんの席だったような……。
そこで意識が途絶え、俺は眠りについたようだ。
「黒のレース」という気になる言葉を最後にして。
放課後、みんなでお勉強会である。
面子は奉仕部関係のメンバーである。比企谷くんの変わりに戸塚が一緒来ている。
比企谷くんは……多分平塚先生に怒られているのであろう。いや、知らないけどね。
ジャージ姿の戸塚が一生懸命ケースとにらめっこしてケーキを選んでいる。ちなみちうちの学校は登校は制服かジャージのどちらかならOKなのである。
結衣と雪ノ下さんはレジの方で問題の出し合いをしていた。結衣の方が正答率が低いのは言わずもがな。
その光景を見ていると近づく謎の影。
危ない。俺はそう思って二人に近づく男を掴む。
「おい、お前誰だよ。……悪い比企谷くんか」
「痛った! おい、信楽。何で気付かないんだよ」
「ごめん。どす黒いオーラで見えんかった」
「謝罪とともにディすんな」
「うわぁ! ヒ、ヒッキーか……驚かさないでよ!」
結衣が気付き、雪ノ下さんも教科書から顔を上げる。
俺達の話声につられて、戸塚も比企谷の存在に気付き、満面の笑みでこっちに来る。
「八幡っ! 八幡も勉強会に呼ばれていたんだね!」
いや、呼ばれてませんよ。ほら、結衣も気まずそうな顔してるもん。
「比企谷くんは勉強会に呼んではいないのだけれど、何か用?」
「雪ノ下、人を傷つけることだけを目的とした事実確認はやめろ」
「まぁ、比企谷くん呼び出しくらってからさ」
「気にしてねぇよ……」
「ならよかった。で、比企谷くんもここでテスト勉強?」
「ああ、まぁな。お前らもか?」
「そうそう。もう二週間切ったしねー」
結衣がそう言い。その後も適当に話していると俺たちの番が来た。
すると結衣がニヤリと笑う。
「ヒッキーおごってー♪」
「ああ? 別にいいけどよ……何飲む? ガムシロ?」
それ飲み物じゃないから。
「あたしはカブトムシかっ! おごりたくないなら素直に言ってよ!」
二人のやり取りを見て、雪ノ下さんがふぅとため息をつく。
「……みっともないからやめなさい。そういうの、あまり好きではないわ。すぐたかろうとする人は屑よ」
おお。手厳しいお言葉で。
「そうだな。俺も嫌いなタイプだ」
「ええーっ!? じゃ、じゃあもう言わない!」
「いや別に仲良い奴ら同士の冗談ならいいんじゃねぇの。お前は内輪で好きなだけやれば? ほら、信楽もいることだし」
「ええ、そうね。私の内輪のことではないし、構わないわ」
「あたし、二人の内輪扱いじゃないの!?」
「ちなみに俺も入ってないんだ。じゃあ……なんでもない」
じゃあ、二人は内輪なんだねって言ったら雪ノ下さんに殺されてただろうなー。
雪ノ下さんに泣きつく結衣を放置して比企谷くんがレジに進む。
注文はブレンドコーヒーのみ、390円。
比企谷くんはポッケに手を入れて、そこで止まる。
「すまん。今日、金持ってなかったわ。悪いけど、おごってくれん?」
「……この屑」
雪ノ下さんは間髪入れずにそう言い切った。
「はぁ、仕方ないな」
お、あれだけ言われて結衣がおごってあげるのか。成長したもんだな。
「そのコーヒー、あたしが注文するから、ヒッキーガムシロでいい?」
うわ。そんなことなかったわ。普通にやり返した。
「は、八幡、ぼくが出すから!」
戸塚が気にしないでいいよとフォローに入った。
そうして戸塚が立て替え、二人は席を探しに行った。
「えーっと。わたしも同じので。あっ……」
結衣が財布の中身を確認して固まる。
あ、こいつも忘れたんかよ。
「結衣。先、席行っておいて」
「え? でも……」
「いいって。一個なのに別々で払ったら迷惑っしょ。一緒の客なのに」
「え、あぁ……うん。あ、ありがとう!」
そう言って結衣は笑顔でお礼を言って元気よく走って行った。こら、店内で走るんじゃありません。
「あ、すいません。俺も同じくブレンドお願いします」
店員は営業スマイルをした後、俺の分を作りに行った。
「あなた。由比ヶ浜さんに甘いのね」
「そうかな? 困ってたし、俺からおごるって言ったんだからたかってはいないしょ」
「少しは厳しさも必要だと思うのだけれど」
「それは雪ノ下さんに任せるよ。俺には勤まりそうにない」
「そう。あなたは少しは『やってみないと分からない』という言葉を知りなさい」
「でも、俺が出さなかったら雪ノ下さん出してあげたでしょ?」
「そ、それはそうだけれど」
「さすがゆきのん。結衣が懐いてるのも納得だ」
「その口を閉じなさい」
「すいませんね」
雪ノ下さんは少し恥ずかしそうに髪をいじっていたが、俺の会計が終わるとすぐさまいつもの表情に戻った。
そういえば雪ノ下さんと二人きりって今までなかったよなー。
ふとそんなことを思っていると雪ノ下さんもレジを済ませたようで、俺は歩き出す。
少し歩いてから、比企谷くんを見つける。
ていうか、なんであんなに集まってるんだ?
「どーして、立ってるの?」
「あ、あにきだ」
「お? なんで彩華がここにいんの?」
「あまねさーん! お久しぶりです!」
「おー、ポイントちゃんまで。で、そっちの君は誰だね? にしても堂々と二股とはやるねー」
「あにき、口調変わってるし。それに大志くん怖がっちゃうから」
「と、取りあえず席にすわりましょー!」
ポイントちゃんの一声で一同が席に座る。
これから自己紹介タイムである。
「やー、どうもー。比企谷小町です。兄がいつもお世話になってます」
さすがポイントちゃんだ。笑顔が無邪気で素敵である。
「どうも。信楽い、ろ、は、です。あにきがお世話になってます」
マネするように頭を下げながら自己紹介をする妹。
「どうして、名前を一文字ずつ区切ったかが謎なのだけれど……」
「えっとね、雪ノ下さん」
俺は説明するように、適当な紙に「彩華」と書いて見えるようにテーブルに置く。
「これでいろはって読むの?」
「あ、はいそうです」
戸塚が首を傾げながら妹に聞き、彩華はすぐさま肯定する。
ポイントちゃんが戸塚に対して「可愛いですねー」とか「まつ毛長いですねー」とか言って褒めている。どうやら女だと思っているらしい。
それを比企谷くんにネタバレされて、半信半疑のまま納得した。
「は、初めまして……。ヒッキーのクラスメイトの由比ヶ浜結衣です」
「あ、どうもー、うん……? ん……」
ポイントちゃんと結衣が見つめ合い、結衣はすぐさま目を逸らす。え? 蛇とカエル?
「……もういいかしら?」
雪ノ下さんの言葉で二人が雪ノ下さんの方を見る。
さすがだ。一言で黙らせるとわ。
「初めまして。雪ノ下雪乃です。比企谷くんの……。何かしら? 信楽くんは元同じ小学校の人として。比企谷くんは……クラスメイトでもないし、友達でもないし……誠に遺憾ながら、知り合い?」
「何その遺憾の意と疑問形……」
俺なんて、元同じ小だよ……。それで終わりって説明手抜きすぎでしょ。
というか俺の番か。戸塚はさっきので大体大丈夫だろう。
「どーも彩華の兄の信楽周です。総武校でーす」
よろしくと付け加えて次は大志くんとやらの番だ。
「あの、川崎大志っす。姉ちゃんが総武校の二年で……、あ、姉ちゃんの名前、川崎沙希っていうんすけど。姉ちゃんが不良っていうか、悪くなったっていうか……」
「あー。川崎さんでしょ? ちょっと不良ぽいっていうか少し怖い系っていうか」
「お前友達じゃないの?」
「まぁ話したことくらいはあるけど……。友達ではないかなぁ……。ていうか、女子にそういうこと聞かないでよ」
比企谷くんは女の子事情が分かっていないらしい。
「でも、川崎さんが誰かと仲良くしているところって見たことないなぁ……」
「だな。いつも眠そうで外見てるし」
「……ああ、そんな感じだ」
でも、なんか不良とは違う感じなんだよなー。
「お姉さんが不良化したのはいつぐらいからかしら?」
「は、はいっ!」
そりゃ、いきなり年上美人に話しかけられたらびっくりするよな。
わかるぞ、わかる。
話を聞く限り、元々優しい性格で家事もこなしていたようだ。
それが二年生になっていきなり変わったと、そういうことらしい。
「二年生になってから変わったことで何か思い当たるのは?」
「クラス替えじゃない。F組になってからとか?」
「つまり、比企谷くんと同じクラスになってからということね」
「ねぇ、なんで俺が原因であるかのような言い方してんの? 俺は病原菌なの?」
「そんなことは言ってないわ。被害妄想は良くないわよ、比企谷菌」
「言ってるから、菌って超いってるから」
「噛んだだけよ」
いや、あなたのキャラ的にツインテじゃなくてツンドラの方でしょ。
「そういえば、帰り遅いって言ってたけどどんくらいなの? 俺とか結衣も遊びで遅くなる時とかあるし」
結衣もうんうんと頷いて肯定した。
「でも、五時過ぎとかなんすよ」
「むしろ朝じゃねぇかそれ……」
「そ、そんな時間に帰ってきて、ご両親は何も言わないの?」
「そっすね。両親共働きだし、兄妹も多いんであんまり姉ちゃんには言わないんす。それに時間も時間でめったに顔合わせないし……。暮らし的にもいっぱいいっぱいなんすよね」
「それでも会う時もあるんでしょ? その時は?」
「えっと、なんか顔会うたびに喧嘩してるんすよ。俺が言っても『あんたには関係ない』の一点張りで……」
「家庭の事情、ね……。どこの家にでもあるものよね」
そう言う雪ノ下さんの顔は今まで見たこともない顔であった。
少し俯いていてよく見えないが、その顔は今にも泣きそうな、悩みを抱えている顔だった。
「雪ノ下……」
比企谷くんが声をかけると雲が太陽を隠し、より一層影を作った。
「何かしら?」
小さなため息をした雪ノ下さんは顔を上げてそう答えた。
その顔はいつもと変わらない冷たい表情であった。
「それに、それだけじゃないんす……。変なところから姉ちゃん宛に電話がかかってきてたりするんすよ」
「変なところー?」
「そっす。エンジェルなんとかっていう、お店だと思うんですけど……店長って奴から」
「それの何が変なの、かな?」
戸塚が問うと、大志は机をバンっと叩いた。
「だ、だって、エンジェルっすよ!? もう絶対やばいっすよ!」
「え、全然そんな感じしないけど……」
若干引き気味に結衣はそう言った。
不良化、朝方帰宅、バイト? エンジェル……。
なるほど。大志が思っていることが解った。
健全な中学生なら思ってしまうのも仕方がない。俺だってすぐさま理解したもんだ。多分比企谷くんも解っているであろう。
なぜなら……俺達男の子だからな!
「まぁ、待て大志。俺はお前の言いたいことが解る。しかし、口に出してはいけない」
「そうだぞ大志。俺も全てを理解している」
俺の後に続いて比企谷くんも付け足す。
大志は理解してくれたのが嬉しかったのか、熱くなった目頭を拭った。
俺達はその後、無言で抱擁した。
「お、お兄さんっ!」
「ははは、お兄さんって呼ぶな? ぶっ殺すぞ」
「順序を踏んでからね」
比企谷くんはガチトーンでそう言い。俺も続いた。
男三人の抱擁である。見てて暑苦しいことこの上ない。しかも絆はエロスである。
「とにかく、どこかで働いてるというのならまずはそこの特定が必要ね。あの阿呆どもが言うように危険なお店でないとしても、朝方まで働いてるのはまずいわ。突き止めてやめさせないと」
「んー、でもやめさせるだけだと、今度は違う店で働き始めるかもよ?」
結衣がそう言い、妹ズもうんうんと頷く。
「ハブとマングースですね」
「違うよ。犬と尻尾だよ」
「……いたちごっこと言いたいのかしら」
どっちも違うし……。というかそれはお隣のお家の犬がよくやってる自分の尻尾を追いかけてグルグルから持って来ただろ……。
「つまり、対症療法と根本療法を行う必要があるわね」
雪ノ下さんが結論を出すと、比企谷くんは俺達から外れて叫ぶ。
「おい、俺達も動くのかよ」
「いいじゃない。川崎さんの弟さん。つまり、学校の関係者からの依頼よ? ましてや内容は彼女自身のこと。奉仕部の仕事の範疇だと私は思うわ」
「いや、でも部活停止期間だし」
「お兄ちゃん」
ポイントちゃんが比企谷くんを呼び、兄妹会議が始まった。
しばらくして比企谷くんがしぶしぶ言葉を返した。
「わ、わかったよ……」
比企谷くんの賛同が取れ、大志が歓喜の声を上げて高速でお辞儀した。
「は、はい! すんません、よろしくお願いします!」
翌日から川崎沙希更生プログラム(比企谷くん命名)が開始された。
放課後、比企谷くんが部室に来て全員がそろい会議が始まる。
「少し考えたのだけれど。一番いいのは川崎さん自身が自分の問題を解決することだと思うの。誰かが強制的に何かをするより、自分の力で立ち直ったほうがリスクも少ないし、リバウンドもほとんどないわ」
「まぁそりゃそうだろうな」
「で、具体的にはどうするの?」
俺の質問に雪ノ下さんはすぐさま答えた。
「アニマルセラピーって知ってる?」
「あれでしょー? 動物と触れ合ってリラックスするってやつ」
おお、結衣でもこれぐらいは知ってるのか。普段なんかあったら質問していたのにな。
でも問題もあるぞ。
「動物はどっから調達するんだ? 俺んちは動物飼ってないぞ」
「それなのだけれど……、誰か猫を飼っていないかしら?」
雪ノ下さんの問いに戸塚はふるふると首を振って答える。
それにしても猫限定?
「うち、犬ならいるけどダメ?」
おずおずと手を挙げながら結衣が聞く。
「猫のほうが好ましいわ」
「違いがよくわからんのだが……あれか、何か芸術的な理由でもあるのか?」
「特にないけれど、……とにかく犬はダメなのよ」
「雪ノ下さん、犬苦手なの……?」
「そんなこと一言も言っていないでしょう? 短絡的に決めつけるのはやめて頂戴」
むっとした表情で雪ノ下さんが言うと、結衣がそれに食いついた。
「うっそ、ゆきのん、犬嫌いなの? なんでなんで!? あんなに可愛いのに!?」
「……それは由比ヶ浜さんが犬好きだからそう感じるのよ」
「うちは猫飼ってる。うちのでいいか?」
「ええ」
比企谷くんが仲裁に入り、雪ノ下さんがそれに頷く。
了解が取れたところで比企谷くんが電話し始めた。
「ああ、小町。今お前家にいる?」
どうやら相手はポイントちゃんのようだ。
少し話してから、俺たちに向かって言葉を話した。
「すぐ来るってよ。外で待ってていいか?」
そう言うなり部室を出て行った。
「それでは、私たちも行くとしましょう」
雪ノ下さんの言葉に続いて、俺達も部室を出て行く。
比企谷くんと一緒に出て行かないあたり、さすがと言うべきだ。
校門で20分ぐらい待つとポイントちゃんがキャリーケースを片手に颯爽と現れた。
「ごめんなさいね、わざわざ来てもらっちゃって」
「いえいえー、雪乃さんの頼みですから!」
にこにこ笑顔で答えながらキャリーバックを開けて見せる。
そこにはどでんとした猫が鎮座していた。
「わー可愛いねー!」
戸塚はそう言って猫を撫でまわす。実に楽しそうである。
「で、こいつどうすんの?」
「段ボール箱に入れて、川崎さんの前に置いておくわ。川崎さんの心が動かされればきっと拾うはず」
「そんなマンガみたいな……」
俺の呟きに比企谷くんがうんうんと頷く。
「それじゃあ俺が段ボールもらってくるね」
そう言って俺は事務室に向けて歩き出す。
本当にこんなんで上手くいくのかね?
中途半端ですがこの辺で。