やはり普通の俺には普通の学校生活しか送れない。   作:佐羅田

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平塚静は未婚女性である

 

 

 

比企谷家の猫――――カマクラを持ってきて段ボールに入れる。

おとなしく収まると、ごろごろ言い出してくれたので満足いただけたみたいだった。

後はこれを川崎さんの前に置くだけであるが、これがまた難題である。

川崎さんより前に誰かが見つけてしまえばそこに人が集まってしまうだろう。

それでは川崎さんが近づけない。一瞥して通り過ぎてしまうだろう。

 

「もしものために役割分担をしておきましょう」

 

雪ノ下さんを司令塔とし、配置が決まっていく。

戸塚が職員室の前で張り込み、結衣は駐輪場で待機。ポイントちゃんが連絡係を担当し、念のためと俺は屋上の監視になった。比企谷くんは箱を抱えてダッシュの役目になった。

ぶっちゃけ俺の役目は暇である。

川崎さんも平塚先生の『遅刻指導』を受けた後に屋上には寄らないだろう。

俺は双眼鏡を使って面々を見る。

比企谷くんも暇なのか欠伸を零している。

気になったのでカマクラのほうを見てみると、雪ノ下さんがいた。

何をしているんだろうと思ったが、もしかしてこれは覗きではないのかという思考にいたり、双眼鏡を引っ込めた。

裸眼なので詳しくは解らないが、比企谷くんが雪ノ下さんに近づき、なにか話しているようだった。

すると俺のところに電話がかかってきた。

 

「はい。信楽ですが」

 

『あ、周くん。なんかねー、川崎さんって猫アレルギーなんだってー。だからこの作戦は中止』

 

「まじか。なら俺もそっち行ったほうがいいよね」

 

『うん。ゆきのんが今すぐ来なさいだってー』

 

「了解」

 

そう言って電話を切る。

わざわざ屋上まで来たのになんて骨折り損だ。

俺は長い階段を下りる。

雪ノ下さんのことだから早く行かないと怒られるだろうなーと思い足を速めた。

俺が着いた時、もうすでに次の会議が始まっていた。

 

「さて、揃ったことだし改めていい案はあるかしら?」

 

「あ、あの……」

 

おずおずと手を上げたのは戸塚だった。協力をするといったものの奉仕部でないため、気が引けているようだった。

その様子を見て雪ノ下さんが声をかける。

 

「どうぞ。自由に言ってもらっても構わないわ。私たちも助かるし」

 

「じゃあ……、平塚先生に言ってもらうっていうのはどうかな? ご両親だと距離が近すぎるから言えないとこっていうのもあると思うんだ。でも、他の大人になら相談できるんじゃないかなぁ?」

 

戸塚らしい真っ当な意見だ。確かに、そういうのはあるかもしれない。恋愛関係の話なんて親にも聞かれたくないことである。

それに平塚先生は大人だ。そして教員でもある。俺達より人生経験豊富なのは言わずとも分かるであろう。

 

「でも平塚先生だしなぁ……」

 

比企谷くんは少し不安そうであった。というかあの人に任せて大丈夫なの? という感じの呟きであった。

 

「平塚先生は他の教師に比べて生徒への関心は非常に高いと思うわ。人選としてこれ以上はないんじゃないかしら」

 

「ああ、うん、まぁな」

 

平塚先生の生徒へ関心は確かに高い。それは生徒指導部だからという訳でなく、ただ単に人間性がいいのであろう。俺達奉仕部の依頼主も大方平塚先生経由だ。

 

「じゃあ、連絡はしてみる」

 

そう言った後比企谷くんは携帯を出してメールを作成する。

 

「以上、詳細は昇降口にて、と。OK、これで来てくれんだろ」

 

そうメールの最後の文面を読み上げ、送信したらしい。

待つこと五分。カツカツというヒールの音が響き来たことを知らせた。

真剣な表情で現れた平塚先生は「悪い」と俺に言って咥えていた煙草を携帯灰皿に揉み消す。

よく俺が煙草嫌いって覚えてくれいたもんだ。あのときはジッポで火を付けそうになってばれたんだっけ? ああ、懐かしい。

ちなみに今ジッポはカバンの中に入っている。

代表して比企谷くんが川崎さんについての知りうる情報と推測した事項を説明した。

平塚先生は黙って聞き、最後にふっと短い溜息をついた。

 

「我が校の生徒が深夜に働いているとするとゆゆしき事態だ。たしかに緊急性を要するな、私が解決するとしよう」

 

自信満々にくっくっくっと不敵に笑う。

 

「なあに、君たちは見ていたまえ先ほど話が終わり解放しておいた。ものの数分でここへ来るだろう」

 

なんというかザ・かませ犬のセリフのように聞こえた。

 

「まさか……殴る蹴るとかそういうのはダメですよ?」

 

「暴力の解決はなしの方向で」

 

「侵害だな。わ、私がそいうことをするのは君らだけ、だぞ?」

 

「いや、なんも可愛くねぇから」

 

ごめん。俺は少し可愛いと思っちゃったよ、比企谷くん。

そうこうしているうちに川崎さんがやってきた。気だるげな足取りで時折眠たそうに欠伸を漏らす。やる気のなさそうな肩に鞄を引っかけ、それがずり落ちている。

 

「川崎、待ちたまえ」

 

「……なんか用ですか?」

 

覇気のない声で答えた声は刺々しい。怖く見えるが、やっぱりヤンキーとかそういう系とは違う怖さだ。

 

「川崎、君は最近家に帰るのが遅いらしいな。朝方になるまで帰らないらしいじゃないか。いったい、どこで何をしているんだ?」

 

「誰から聞いたんですか?」

 

「クライアントの情報を明かすわけにはいかない。それより、質問に答えてもらおうか」

 

余裕の笑みを崩すことなく平塚先生はそのまま川崎さんの前に立つ。

 

「別に。誰にも迷惑かけてないんだから、どこでもいいじゃないですか」

 

「それは現時点での話だ。これからかけるかもしれないだろう。君は仮にも高校生だ。補導されればご両親にも警察にも学校にさへ迷惑がかかることぐらいわかるだろう」

 

川崎さんはぼんやりとした表情で平塚先生を睨みつける。その様子に堪えかねて、平塚先生が川崎さんの腕を掴んだ。

 

「君は親の気持ちを考えたことはないのかい?」

 

真剣な面差しで平塚先生が優しく問いかける。

 

 

「先生……」

 

そう呟いて川崎さんが平塚先生の手に触れ、まっすぐ見つめる。

これは解決かなと俺は思った。やればできるじゃん、平塚先生。

 

「親の気持ちなんて知らない。ていうか、先生も親になったことないからわかんないはずだし。そういうの、結婚して親になってから言えば?」

 

「ぐはぁっ!」

 

解決ならず! やっぱり平塚先生じゃダメだった!

川崎さんはその手をぽいっと振り払った。平塚先生はトラック跳ねられた様にショックを受けて沈んでいた。

 

「先生、あたしの将来の心配より自分の将来の心配したほうがいいって、結婚とか」

 

最後にそう言い残して川崎さんは帰って行った。

これは当分立ち直れないなと俺は思った。こう思ったのは俺だけではなく、その場にいた面々も平塚先生を見て「う、うわぁ……」と呟いている。

 

「……ぐっ……くぅ……」

 

先生の瞳は軽く潤んでいて、誰も声をかけれない。

 

「あ、あの……先生?」

 

雪ノ下さんに背中を押され、目でどうにかしなさいと言われた比企谷くんがおずおずと話しかけた。

 

「……ぐすぅ……今日は、もう帰る」

 

ぐしぐしと目尻に溜まった涙を拭うと、か細く震える声で言った。

そして、そのままふらふらとした足取りで駐輪場へよろよろと向かい始めた。

 

「「お、お疲れさまっす」」

 

俺と比企谷くんの声が重なり、夕日に溶けていった。

結衣は両手を合わせて目を閉じている。

いや、別に死んでないから。

というか、だれか貰ってあげてよ。マジで。

 

 

 

 

俺達はその場を後に、千葉駅に来ていた。

さて、時刻はもうじき夜の7時半。

 

「千葉市内で『エンジェル』という名前のつく飲食店で、かつ朝方まで営業している店は二店舗しかない、らしい」

 

「そのうちの一軒がここ、ということ?」

 

『メイドカフェ・えんじぇるている』と書かれた看板を胡散臭そうに見る雪ノ下さん。

確かにそれも納得だ。

普段、このようなところには訪れない。しかも、雪ノ下さんならなおさらだろう。

 

「千葉にメイドカフェなんてあるんだ……」

 

結衣が物珍しそうに眺めている。

 

「甘いな、千葉にないものなどない。どこかの流行を勘違いして取り入れてしまうのが千葉だ。見ろ、この結構どうしょうもない残念な感じ。これが千葉クオリティだ。新東京国際空港しかり、東京ゲームショーしかり、ドイツ村しかり、柏しかり、常に東京の煽りを受ける癖に、変なところで千葉らしさにこだわる。それから……」

 

「ねえ、比企谷くん。そろそろ千葉講義やめない?」

 

「あぁ? わかったよ」

 

渋々納得してくれたようだ。

 

「ぼく、あんまあり詳しくないんだけど……その、メイドカフェってどういうお店なの?」

 

「いや、俺たちそんな詳しくないから、適任を呼んどいた」

 

「うおんむ。呼んだか、八幡」

 

この初夏の暑い日にコートを羽織って現れたのは中二こと材木座くんだった。

 

「材木座、本当にこのみせなんだろうな」

 

「ああ、間違いない」

 

「市内にある候補は二つ。そして、川崎沙希なら間違いなく、こちらを選ぶと我のゴーストが囁いている」

 

スマートフォンを動かしながら自信満々に俺たちに言う。

 

「え、本当にここであってるの?」

 

「なんだ、信楽某。まぁだまって我についてこい……。メイドさんにちやほやしてもらえるぞ……」

 

え? それって自分がしてほしいからここを選んだってこと?

コートをはためかせる材木座くんに続いて比企谷くんもついていこうとする。

それを結衣が止めた。

 

「……」

 

「……なんだよ?」

 

「べっつにー。ヒッキーもそういうお店行くんだなって思って。……なーんかヤな感じ」

 

結衣は不機嫌そうにぐりぐりと指先でブレザーをこねくり回す。

んー。あれはもしかして……。いやいや、結衣に限ってそれは……。

 

「てかさ、これって男の人が行く店じゃないの? あたしたち、どーすればいいの?」

 

あー、そっちね。確かに女の子をここで待たせるのはちょっと辛いよね。

比企谷くんが材木座くんをちらっと見てなにか求めるような顔をする。

 

「案ずるな女朗」

 

「だれがメロンよ……」

 

メロン、です。一部分が。

 

「こんなこともあろうかと潜入用にメイド服を持ってきている」

 

そういって背中から出てきたのはクリーニング屋のビニール袋がついたメイド服。

おお、こういう点において奉仕部より行動力あるな。

 

「ボフンボフン。では戸塚氏、参ろうか……」

 

「あ、そっちなんだ」

 

「……グッジョブ」

 

比企谷くん的にはこれで正解らしい。

呆れた様子の雪ノ下さんをちらっと見ると後ろに見たことあるような奴がいた。

間違いない、あれはうちの妹だ。

なんでこんな時間にこんな場所で……。

 

「雪ノ下さん」

 

「ふぅ、何かしら?」

 

「いや、なんか妹がいるっぽいから注意してくる」

 

「そう。ここははずれでしょうし、行ってきてもいいわよ」

 

「ありがとう」

 

どんどん遠くなっていく妹らしき人物を目で追いかけながら、雪ノ下さんと話をつけ、俺は走り出した。

もう夜の八時近いというのにうちの妹はなにやってるんだか。

怒る内容を整理しつつ、俺は走る。

一人だと思ったら連れがいたようだ。

後ろ姿でパーカーを深く被っていて顔は見えない。多分同級生だろう。

すると向こうは俺に気付いたらしく、慌てて走り出した。

おいおい、なんで逃げてんだよ……。というか、意外と足早いな。

路地を曲がるのが見え、俺もそれに続いた。

しかし、通りに二人はおらず、ただただ夜の街があった。

 

「くっそ、あのやろう……。帰ったら詳しく聞いてやる」

 

捨て台詞をはいて、肩を揺らしながら元来た道に引き返す。

全く、どうやっていきなり姿消してんだよ。漫画かってーの。

メイド喫茶の前に戻ってきて中に入る。

 

「お帰りなさいませ! ご主人様!」

 

うわ、メイドだ。そしてお決まりのセリフ。

俺は先に来ている人たちの連れということを伝え、比企谷くんたちに近づいた。

 

「ごめん。どうだった?」

 

「あ? お前どこ行ってたんだよ?」

 

「ちょっと妹らしき人、というか妹がいたから追いかけたんだけど撒かれちゃった」

 

「そこに小町はいたか?」

 

「いや、多分いなかったと思う」

 

「そうか」

 

そう言ってカップチーノを飲む比企谷くん。

ポイントちゃんが関わっていないのならどうでもいいらしい。

 

「そういえば、結衣と雪ノ下さんは?」

 

「メイド体験だってよ」

 

「へー」

 

「ご、ご注文をお伺いします」

 

周りをボーっと見ていたら声を掛けられた。

頭を上げて、メイドに顔を向ける。

 

「え、結衣?」

 

黒と白を基準とした割とよく見るタイプのメイド服だった。

しかし、スカートが短く、胸元が強調されているタイプだった。

 

「に、似合うかな?」

 

「わぁ、由比ヶ浜さん可愛いね。ね、八幡」

 

「ん? あ、ああ。まぁ、な」

 

「確かに結衣は似合っている。しかし、メイド服はロングスカートでしょ! 絶対!」

 

「え!? ちょ、ちょっと周くんどうしちゃったの!?」

 

「ごめん。すこし動揺したというか、何者かの意志によって言わされたというか」

 

「と、とにかく。おちついた?」

 

「ああ。ごめんな結衣」

 

「いやいや、大丈夫だよ!」

 

俺たちが話している所に冷たい声が飛んでくる。

 

「何を遊んでいるの……」

 

振りかえって声の主を見る。そこにはロングスカートに長袖の大英帝国時代のメイドさんがいた。

 

「うわ、ゆきのん、やばっ! めっちゃ似合ってる。超きれい……」

 

「いや、でもメイドというよりはロッテンマイヤーさんって感じなんだけど……」

 

「俺は普通に似合ってると思うよ。服装のチョイスがいい」

 

「ありがとう。別にどうでもいいけれど」

 

雪ノ下さんはとことん興味がないように答えた。

 

「このお店に川崎さんはいないみたいね」

 

「ちゃんと調べてたのか……」

 

「もちろん。そのためにこの服を着ているのよ」

 

「今日は休みとかじゃなくて?」

 

「シフト表に名前がなかったわ。自宅に電話がかかってきていることから考えても。偽名の線はないと思う」

 

はずれと感づいていても調査は怠らない、さすが雪ノ下雪乃である。

 

「おかしい……、そんなことはありえぬのに……」

 

「何がだよ?」

 

「るふん。……ツンツンした女の子がメイドカフェで密かに働き、『にゃんにゃん♪ お帰りなさいませ、ご主人様……ってなんであんたがここにいんのよっ!?』となるのはもはや宿命であろうがっ!!」

 

さて、皆さん。これは俺の信条であり、俺の魂の言葉を言う時ではないか。

 

「なぁ、材木座くん。ひとつ教えてあげるよ」

 

俺は息をすってたっぷりと間をとって叫ぶ。

それでは皆さんご一緒に

 

「二次元で起きるほとんどの事は三次元では、起こらない!!」

 

夜もだいぶ更けている今現在。

さすがにいまからもう一軒というにはならないだろう。

一日無駄にしてしまった感はあるが結衣がメイド服を着られて喜んでいたのでとりあえず、よしとしておこう。

俺は妹へと説教の内容を頭で考えながら、帰路に着いた。




次辺りで川崎さん編終わると思います。
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