おそくてすんません。
一週間の停学処分。
それが今回の事件に関する俺に与えられた処遇だった。
反省文も書かなければいけないし、この後学校の先生もやってくる。多分担任と平塚先生だ。
現在朝の9時半を回ったところだ。
俺は着替えもせず、ベッドの上に寝転がっていた。
「あー、やっちまったなー」
言葉にして、状況を再度確認する。いや、確認も何も今回は完全に俺に非がある。確認もなしに感情的になってしまっていたからだ。
目を閉じて考え事をやめると眠気に誘われ、俺は再び眠りにつくことにした。昨日の出来事を夢にみながら。
「比企谷あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺は真っ直ぐ彼の下に走り、顔面を殴った。
比企谷くんは殴られた勢いのまま地面に倒れこみ、無言で立ち上がろうとした。
それを見た俺は比企谷くんに馬乗りになり、叫びながら殴り続けた。
「どうして! どうして結衣を泣かせたんだあぁぁっ!!」
殴る。
「お前は結衣に笑顔を与えることが出来たんだろぉぉっ!」
殴る。殴る。
「あいつが変われたのだって、お前のおかげだろ! いつも人に合わせて笑ってた結衣が優美子に自分の気持ちを伝えようと思ったのだってお前が結衣を変えたからだろ!」
俺は自分の中にある物を出すように比企谷くんに叫ぶ。
「俺には出来なかった! お前よりも付き合いが長く、仲も良かった俺が出来なかったことをお前はやってのけたんだろっ!」
殴る。殴る。殴る。
比企谷くんは抵抗も何もせず、ただただ俺に殴られ続けた。
「そんなお前がなんで泣かせてんだよおぉぉっ!!」
俺は殴るのを止め、比企谷くんの胸ぐらを強く掴んで持ち上げる。
「なんとか言えよ……、言えっつってんだろぉぉぉっ!!」
比企谷くんは何も言わないまま、力なくさせるがままになっており、目線も俺に合わせようとしない。
俺はさらに殴ろうとしたところで後ろから声が飛んできた。
「信楽、比企谷……っ! 何をしてるんだ! やめろ、信楽!」
今までに聞いたことのない平塚先生の声。
それに反応した教師達が俺を比企谷くんから引き離した。
俺が抑えられたまま、比企谷くんを睨んだがまたもや視線を外された。
その後俺は平塚先生の車に乗せられ、我が家まで運んでもらった。
送ってもらう道筋、平塚先生は俺に質問を投げかけることもなく終始無言であったため、家に着くまでの決して長くない時間が、とてつもなく長く感じた。
長い時間の中で俺が感じたことは、人を殴る懐かしい感触と、拳の皮が切れた痛さだった。
家に着くことにはすっかり頭は冷えており、車を降りて平塚先生に礼をいった後すぐさま俺は眠りについた。
夜になり、学校から電話がかかってきた親が慌てて俺を起こし、俺はこっ酷く叱られたが詳しい事情までは詮索されなかった。
その後軽くシャワーを浴びた後、また眠りについたのであった。
俺は二度寝から目を覚まし、覚醒がてらシャワーを浴び再び自室に戻った。
ベッドに置いてある携帯のランプが点灯し、着信とメールが受信されていることを伝えている。
着信は隼人に優美子など、おなじみのメンバーを始め結衣や驚くことに雪ノ下さんからも来ていた。
さらに驚いたのは優美子の着信回数だ。なんと12回もかけてきている。
ああ見えて心配性の彼女だ、俺がサイゼから出た後何があったか気になっているのだろう。嬉しい限りである。
結衣からの着信回数も多かった。
俺は事を知った彼女が自分を責めて泣きながら電話をかけている姿を想像し、胸が締め付けられるように痛くなった。
俺は結衣に笑顔でいて欲しいというのに泣かせてしまったなと自分を皮肉る様に笑った。
そして、ボイスメッセージが来ていることを発見し、俺は聞くために再生ボタンを押した。
最初はやはりというか、結衣からのであった。
『あの……、平塚先生から聞いたんだけど、ヒッキーを殴ったのって私のため……だよね。えっと……えっと……。ヒッキーは悪くない……よ、全部悪いのは私、なんだ。……ごめんなさい』
泣くのを我慢しているのか、所々鼻をすする音が混ざっている。
「ごめんなさい……か」
全くなんてざまだ。俺がやってしまったことは結局結衣を泣かせてしまい、比企谷くんに怪我をさせただけだ。結衣は私のためと言っていたが、俺がやったことをただの自己満足でしかない。勝手にキレて、勝手に文句を言って、比企谷くんを傷つけて、結衣のためだと逃げ道の正当化した。
俺は最低だ。
いや、これの言葉も自分の慰めでしかないな。こんなこと比企谷くんに言ったら「お前は他人にそんなことないよって言ってもらいたいだけだ」と言われそうで怖い。
俺は次のメッセージを再生した。意外にもそれは雪ノ下さんからであった。
『大まかな事情は平塚先生から聞いたわ。最初聞いた時はとても驚いたわ、あなた意外と思いっきりがいいのね。私が言いたいことは一つよ、この前私が言ったとこ覚えてる? 覚えているのなら待っているわ。それじゃあ、停学が明けたらまた会いましょう』
雪ノ下さんらしい言葉。いつもよりは少し優しい口調で話す彼女に俺はただただ感謝した。
この前言われたことといえば「あなたは部員だけれど、依頼者になれるってことも覚えておいて」という言葉だ。
彼女のことだ、これは暗に『停学が明けたら何があったか包み隠さず話しなさい』と言っているに違いない。まぁ、もともと結衣と比企谷くんには謝らなければならないし、奉仕部に残るなら真実を伝える必要があるだろう。
ほんと、大変だなぁっと思いながら次に俺はメール画面を開いた。
一番最初に来ていたのはどこで知ったのか姉からであった。
差出人:姉
題名「わやうけ」
本文「いやー冗談かと思うぐらい面白いことしたね。それと、少しは自分を見つめなおすいい機会なんじゃないかな? まぁ頑張れよ青少年」
いつも通りのなんでもお見通しと言わんばかりにあねき。
しかし、自分を見つめなおすとは何を言っているのか?
俺が考えを始めると、ちょうどよくチャイムが鳴った。多分教師だろう。
俺は階段を下り、玄関を開けた。そこに居たのは平塚先生だけであり、担任はいなかった。
「よ、意外にも顔色は良いみたいだな。これ土産の品だ」
いつもと変わらない様子で平塚先生は笑みのまま俺に話しかけてくる。
俺は土産の品を手に取り、居間に先生を通した。
「ん? 君の部屋ではないのか?」
「えっと……どっちがいいですか?」
「せっかくだし見ておくとするよ」
「なか二階なのでついて来てください」
平塚先生を案内するように自室に戻る。
「おー、意外にも綺麗に片付いているものだな。まぁ、君の部屋なら当然か」
「あの、平塚先生。なんでそんなにもいつもと同じなんですか」
思わず俺は思ったことを口走っていた。
平塚先生は一瞬驚いたように口を開けたが、すぐさまそれは笑みに変わっていた。
「私は教師だぞ? たかが一回の暴力事件ぐらいで君を見捨てるわけがなかろう」
あたり前だと言わんばかりの良いようだ。しかし、実際に同じように思ってくれる先生が後どれぐらいいるか……。ほんとこの人はとても良い教師だ。
「それで、だ。私は今回の事を君から聞きたいと思っている。苦しいかもしれないが、話して貰えないだろうか。あやつ……比企谷に聞いても何も答えんのだ」
真面目に言いつつも、少しおどけた様子で俺に聞いてくる。
俺は隠しても無駄だと結論づけ、素直に話すことにした。
「今回は俺が比企谷くんに対して、勝手にキレて殴りかかっただけですよ。冷静な判断が出来ず感情に支配されたのが今回のオチです」
俺の話を聞いた先生は優しい笑みのまま、ほうと一言呟いた。
「しかし普段の君なら殴るという行為はしないだろう? それまでに深く怒った理由を聞いてもいいかな?」
「特に対したことではないんですよ。聞いても無駄ですよ……」
「無駄無意味はこの際どうでもいい。私はただ単に聞いてみたいのだ」
「なんで……そこまでこだわるんですか?」
俺の質問にも平塚先生は笑みを絶やさず、いやそれよりももっと優しい笑みで答えだ。
「実はな……比企谷には悪いが私は今回の一件嬉しいのだよ」
あまりにも、全く予想の出来なかった一言。
俺は返す言葉も忘れてただただ唖然としていた。
「なんだ? その理解できないといったような顔は……」
「え? いや、だって……」
俺が混乱して、上手く言えないでいると。平塚先生は「無理もないか」と前置きしてから話し始めた。
「信楽、君が今回行ったことは確かに褒められたことではない。しかし、先ほど君はキレてと言ったな? キレる、つまりは怒りだ。怒りという感情を君が出してくれたのが俺は嬉しいんだよ」
「訳がわかんないんですが……」
「まぁ、待て。そう急ぐな。君は諦め癖が酷いよな、比企谷の腐り具合並に」
「そう……ですね」
俺はそこまで酷くないと思ったが肯定しておいた。
「そもそも怒りというのは現状に不満がある者がそれを脱却しようとするときに用いるもっとも原始的かつ人間的な感情なんだよ」
授業のように、俺に教えるように言葉を紡ぐ。
「普段の君なら怒らず諦めて、『仕方がない』と割り切っていたはずだ。しかし、君は怒り、比企谷に殴りかかった。これは私が君に与えた改善内容に一致する。しっかり奉仕部で改善されているではないか」
「ですが、俺は自分の不満をぶつけるために比企谷を殴ってしまった。これはどういう理由であれ俺が悪い」
「実はな、私は君たち以外からも話を聴いていたんだ」
いきなりの発言に意図が解んなかったがそれはすぐさま解答された。
「由比ヶ浜結衣。私は彼女から少しばかりの事情を聴いているんだ」
「それは結衣が思っていることであって真実ではないかもしれませんよ」
「かもな、しかし由比ヶ浜は泣きながら私に話してくれたのだ。周くんの行為は私のためにしてくれたことであり、自分がちゃんとしていれば二人に迷惑はかけなかったと」
「結衣は何も関係ありません、さっきから言ってるように俺がかってにやったことなんですよ……」
呆れたように肩すかしをした平塚先生はため息をついた後口を開いた。
「全く……、君は優しいな」
「だから、言ってるじゃないですか! 俺は結衣のためにやったんじゃない! 俺は比企谷くんに不満があったから、劣等感があったから殴った、そこに結衣は一切関係ない!」
「分かりやすいな、君は。そこまで言うのだから逆に関係あるに決まっているだろう」
「俺は……」
「劣等感と言ったか? 君が彼の何に劣等感を感じるのだ? 私は生徒を対等に見るが、他の生徒からの評価だと君が負けるのは想像つかないが?」
意外とこの人は酷いことを言うなと思いながら俺は正直な気持ちを伝えることにした。
「先生は、奉仕部前の結衣を知っていますか?」
「知っているよ、奉仕部にいざなったのは私だからな」
「なら分かるでしょう? 結衣は空気を読んで周囲に合わせるタイプの人間なんですよ。自というものを出さず、人に流されて本音を言わない子だったんですよ」
平塚先生はだなとうなずぎ、俺の話の続きを待った。
「俺はそんな結衣を変えたかったんです。周囲に合わせる笑みではなく、本当の笑顔にしたかったんです」
俺は一回そこで区切り、息継ぎしてから言葉を繋いだ。
「ですが、俺には無理だった。どう頑張っても俺には出来なかったんですよ。それがですよ、奉仕部、主に比企谷くんのおかげで結衣は変わることが出来だ」
平塚先生は真っ直ぐに、俺の目を見て話を聴いてくれている。
「先生は知らないと思いますが、前に結衣が優美子……同じクラスの三浦と喧嘩というか言い争いに
なったんですよ。その後どうなったと思います?」
「怒る三浦に由比ヶ浜が合わせた。といつもなら私は思うが……実際は違うようだな」
「ええ、色々あって俺はその場を後にしたんで直接ではないんですが、雪ノ下さんに聞いた限り、結衣は三浦に自分の気持ちを素直に、直接本人に伝えたんですよ。あの結衣がですよ? その時からでしょうかね。俺は比企谷くんに劣等感を感じ出したのは」
「なるほど、それが君の言う劣等感の正体か」
「はい。結衣はまだ俺に距離を置いているのか、たまにあの笑みがでるんですよ。比企谷くんには出していないのに。これはもはや嫉妬と同じですかね……」
俺は自分を皮肉る様に力なく笑う。
そんな俺を見て、平塚先生は同じく優しい笑みで言葉を投げかける。
「信楽、君はその気持ちと直に向き合う必要があるよ。こればっかりは私は手を貸すことはできない。自分を見つめなおして自分で答えをだすことだ」
「はい」
それで、と前置きして平塚先生は俺に質問する。
「今回の事についての詳細も聴いてもいいのかな?」
「分かりました。といってもこれはホントにさっきから言ってることですよ?」
「いいから、続けたまえ」
俺は返事をしてから話し始めた。
「結衣が、泣いていたんです。何があって泣いたのかは俺は知りません。しかし、その時近くにいたのは比企谷くんでした。なので俺は考えなしに彼に殴りかかったんですよ」
「つまり、由比ヶ浜から信頼されて、変化すつきっかけになったお前がなんで泣かせているんだって所か?」
「恥ずかしいことに全くその通りです」
俺の答えを聞いた平塚先生はいきなり笑だした。
「はっはっは! いいじゃないか青春してて! やはり今日は私だけ来て正解だったな。教え子の成長が見れて私は嬉しいよ」
今思えばなかなか恥ずかしいことを口に出していた気がする。それにしても一気に雰囲気を明るくすることが出来る人だな。
「それでだ信楽。私は今回の君の成長を見て、もうあの場所にいなくていいと感じたが君はどうしたい?」
あの場所というと奉仕部に他ならない。最初はいやいや、諦めて入った俺だが今抜けると思うとなかなか考えることが多い。
「それは、もう必要ないということですか?」
「そういうことだな。君は諦める以外の選択肢を出来るようになった。君が望むなら君を退部、いや引退にしてもいい」
先ほどの笑みから変わり、今回はニヤニヤとした笑みを浮かべながら俺の答えを待つ平塚先生。
平塚先生のこの笑みは君の選択はすでに分かっていると言わんばかりだ。
確かに決まっているのだが。
「望ってことはその逆も叶うってことでよね?」
「そういうことだな」
「俺は……奉仕部に残ります。まだ、色々とやり残したことがありますから」
「よっし! ならば私からはもう何もない。来週君の帰りを待っているよ」
「はい」
「ああ、それと土日のどちらか、一日だけ君に外出許可を与える」
「え? なんでですか?」
「その答えは自分で探したまえ、では私はこれで失礼する」
そういうなり先生は部屋を出て行ってしまった。
さて。俺は先生の真意を確かめるため考える。
土日に外出許可……それはなぜか?
カレンダーを見て、はたと気付く。全く、あの人にはかなわない。
来週の月曜日、つまり6月18日。各人間一人一人に与えられた祝いの日、つまり――――結衣の誕生日だ。
その買い物に行かせてやるということであろう、本当ありがたい。
俺は平塚先生に心の中で感謝しながらメール画面を開く。
そこには知らない人からのメールが来ていた。
しかし、またもやタイミング良く部屋の扉がキィっと音を立てて開いた。
俺は彩華が帰って来たのだと思い、メールを開きながら声をかける。
「彩華、色々迷惑かけてごめんな、もう大丈夫だから」
返事がなかったので、俺は顔を上げて扉の方を確認した。
しかし、そこにいたのは彩華ではなかった。そもそも信楽ファミリーのだれでもなかった。
俺はそいつの顔を見て、思わず携帯を落とす、そして、その拍子にメールの本文が開いた。そこには一言書かれてあった。
扉の前に佇むそいつは昔のような、変わらない笑顔のまま俺に言葉を投げかけてきた。
「やぁ、転校生くんお久しぶり」
メールと全く同じことを俺に向かってそいつは言った。
そいつ、すでにこの世にいないはずの人物――――佐島由里が満面の笑みでそう言った。
そろそろ終盤ですね。
色々考えてますがはてさて。