やはり普通の俺には普通の学校生活しか送れない。   作:佐羅田

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過去が明らかになります。


唐突に信楽周は過去を回想する

俺が彼女、佐島由里に出会ったのは小学校終盤になってからだ。

地元の千葉を離れ、転校した学校。俺が通うことになりクラス替えでなった新しいクラスにはいつも空席があった。

最初は気にも留めていなかったがさすがに3カ月も空いているとなると気になってくるものである。

俺はそれとなくクラスの奴にきいた。

そいつは笑いながら「気にすることはない」と答えた。

そんなことを言われたって気になるのだから仕方がない。

俺は再度そいつに聞くと、「保健室か病院に行けば分かる」と言った。

しかし、高校生ならまだしも当時小学生だった俺は保健室に行くことになにかしらの抵抗があり、結局行かずに終わった。

 

そして冬になり俺は風邪をひいた。

それも結構なやつだったらしく、俺は母親に連れられて近くの病院に足を運んだ。

何分か待ってから診察を受け会計を待つ間、俺は病院の中で迷子になっていた。

理由はたしかトイレか何かで母親の下を離れた俺はその後、風邪がひどくてぼーっとしてたら道に迷ったとかそんなんだ。

そのまま白い廊下を歩いていると一つの個室の扉が空いていた。

俺は引き寄せられるように個室に入った。

 

今まで見た所よりも真っ白な病室。

異空間にも思えたそこに彼女はいた。

 

「やあ、こんにちわ。君は誰かな?」

 

真っ白いベッドに上半身を起こして座っていた黒髪の女の子。

口調がおかしく、笑顔で俺に話しかける女の子。

 

これが、俺と佐島由里との出会いであった。

 

 

偶然の邂逅後、俺は看護士さんに見つかり母親に怒られながら病室から強引に出された。

彼女の質問に答える暇もなく俺は病院を後にした。

 

後日、何故だか俺は病院に来ていた。

自分でも分からないが俺は彼女にまた会いたくなったのだ。

手続きを終えて、病室に入る。

彼女は同じように笑って俺に同じ質問をした。

 

「やあ、こんにちわ。君は誰かな?」

 

「俺の名前は信楽周だよ」

 

「そうか、僕の名前は佐島由里というんだ。よろしく」

 

差し伸べられた手をしっかりと握り、同じように俺も笑った。

決して短くはないが長くもない時間の中で俺たちはいろんなことを話した。

同じ小学校の同じ学年、同じクラスに通っていることを知ったときはお互い驚きあった。

 

「なるほど、通りで見たことがないと思ったよ。転校生だったのか」

 

「由里が空席の当人だったんだね」

 

「体調がいい時は学校にも行っているのだが……。最近は少し良くなくてね」

 

「なるほど、なら良くなったら学校でも遊ぼうよ」

 

「いいのかい? 僕には走ったりといったことはできないが」

 

「いいのいいの」

 

「それならよろしく頼むよ転校生くん」

 

二人で顔を見合わせてもう一度笑う。

短く切りそろえられた髪が揺れて、綺麗だと思った。

 

それから俺は学校が終わるとそのまま病院に走り、何度も由里の病室を訪れた。

色々な話や折り紙を折って二人楽しく遊んだ。

 

そしてついに由里に学校に行く許可が下りた。

俺は次の学校の日を楽しみにして家に帰った。

 

月曜日、俺はいつもより早く目覚め、準備をするとすぐに学校に向かった。

早く着きすぎて一人机に座って待っていた。

時間が経つにつれ人が増え、始業の鐘が鳴るタイミングで由里が入って来た。

意外にも由里には友達が多いらしく、「大丈夫?」や「今回は早かったね」など言葉をかけていた。

鐘がなり教師が入ってくると話は終わり、各自自分の席に座った。

 

 

学校が終わり俺は由里と教室で話す。

俺たち以外にも残っている人はいるが大体は帰っていた。

 

「由里はどうして帰らないの?」

 

自分から色々話題を振っておいて今更だが。

 

「ん? 掃除当番の妹を待っていてね」

 

「妹いたんだ」

 

「ああ、双子の。といってもあっちは髪も長いしメガネをかけている。それに折り紙が下手くそだ。世間一般に言われている双子よりは見分けがつきやすい」

 

「へー、じゃあ俺はその子に今日初めて会う訳だ」

 

話をしていると扉が小さく開き、中から小柄な少女が入って来た。

 

「お、お姉ちゃん……!」

 

その子は人見知りなのか俺が見ているとどんどん声が小さきなっていった。

 

「こらこら、何人の妹もじろじろ見てるんだい?」

 

「あ、ごめん! この人がそうなんだ」

 

「そうだよ。さ、ゆかり挨拶」

 

由里は妹を自分の前に押し合って俺とむかえ合わせた。

男子が苦手なのか俺が嫌われているのか分からないが、なぜだが俺と視線を合わせてくれない。

 

「佐島ゆかりです……。姉がお世話になってます……」

 

「俺は信楽周。よろしく」

 

由里の真似をして握手をする。

挨拶が終わると、由里に下で待ってるからとってとっとと出て行ってしまった。

 

「やれやれ、ずいぶん気に入られたみたいじゃないか」

 

「嫌味かよ……」

 

鞄を手に取って教室を出る。

下駄箱にはゆかりが靴を履きかえて待っていて、俺たちは揃って校舎を出た。

何気ない会話をして、歩く。

交差点に差し掛かったところで由里が振り返った。

 

「さて、僕たちはここで」

 

「そう? じゃあバイバイ」

 

「ああ、さよなら転校生くん」

 

由里はそう言ってゆかりの手を引いて行ってしまった。

見送ってから俺も通学路を再び歩き始めた。

 

それからほぼ毎日と言っていいほど俺は由里と行動を共にし、ある日俺はふと気づいた。

 

――――ああ、俺は由里の事が好きなのだと。

 

小学生といえど恋愛感情はある。

俺は放課後、意を決して思いを伝えようと保健室を訪れた。

保健室には先生が居らず、ベッドは仕切られていた。

小さく開いて中を確認するとスヤスヤと寝ている由里がいた。

 

「起きろー」

 

指で頬突いて起こす。

由里は眠たそうに欠伸をしながらおはようと俺に言った。

 

近くにある椅子を取って座り、由里と向かい合う。

由里はまだ眠たそうにしていたが、ふと外を見て呟いた。

 

「もう小学校も終わりだね」

 

「だなー、あっという間だったわ。こっちに転校してクラス替えで由里と同じクラスになって」

 

「転校生くんが僕の病室に無断で入ってきて」

 

「いい加減、転校生くんでは有効期限きれるよ」

 

「いいじゃないか」

 

ケラケラと楽しそうに笑う。

 

 

「ねぇ、転校生くん」

 

「いい加減に転校生はやめろ」

 

「だって、慣れちゃったんだもん」

 

「はぁ……そうかい」

 

俺って強く言っても迫力ないのかな?

 

「僕たち来年から中学生だよ」

 

「そうだね」

 

「ねぇ、中学生になったら――――僕と付き合ってよ」

 

「へ?」

 

世界が止まった、いや、俺の世界だけが止まったように見えた。

由里は少し頬を赤く染めながら覗き込むように俺の顔を見る。

 

先を越された。

 

俺は少し悔しい気持ちになったが、笑顔で返答することにした。

 

「喜んで!」

 

俺達はそのままお互いの顔を皆なら笑った。

ここには俺達しかいないのだから大声で笑ってもいいだろう、今日ぐらい教師に怒られたって構わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学生になった。

なったのだが実感はない。

変わった事といえば人数が増えたこと、制服(ここは学ランのようだ)を着ていること。

 

「さて、新しいクラスメイトでも確認しに行こうか」

 

そして彼女が出来たこと。

このぐらいである。

ぶっちゃけ付き合ったからといって何かが変わったわけではない。

同じように室内遊びをして、話をして、たまに由里が入院してと変わらない。

 

「がんばれよ、新入生代表」

 

「やれやれ、選考基準は分からないがよりによってこの病弱を指名するとは……壇上で倒れてもしらんぞ」

 

「そうなってら運んであげるよ」

 

「頼んだ!」

 

マジになりそうで困る。

フラグじゃありませんように。

 

クラスに向かい、入学式が始まり見事倒れずにやり遂げた由里を褒めつつ今日の授業は終了した。

 

中学の授業というのは小学校とはガラッと変わり、今は大変ではないけれどいずれ難しくなりそうな気がした。

それでも俺たちは健全に付き合いを続けつつ、壱年目を無事にやり遂げた。

 

 

 

 

 

 

ここまでの俺は今の生活に満足し、充実感を覚えて由里の事も全てとは言わずも大体は知っていると思い込んでいたのだ。

 

あの日が来るまでは。

 

あの日、晩秋に差し掛かった11月の終わり、今まで安定していた由里が授業中に突然倒れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はつまらない授業をいつものように受けていた。

由里とは席が離れていて俺の後方であるため振りかえらないとよく分からない。

俺は重くなるまぶたに抵抗していると、ガシャンと何かが倒れる音がした。

続いて聞こえてくるのは女子生徒の悲鳴。

クラスがざわつき、誰もが振り返る。

例にもれず俺も振り向いた。

 

そこには、肩を上下に揺らして床に倒れる由里に姿があった。

 

俺は慌てて駆け出し、教師も職員室へと走って行った。

 

「おい由里! おい! 大丈夫か!?」

 

返事はなく、息をするのも苦しいといった感じだ。

俺は由里に必死に話しかける。

すぐさま他の教師がやってきて俺から由里を奪って様子を見ている。

そして「救急車を!」と叫びまたもや教師は職員室に走っていった。

 

俺はただただ震えて由里の様子を見ながら、これはゆかりも呼んだ方がいいと考えて教室を飛び出した。

 

二つとなりのクラスの扉を強引に開き、驚きの視線を一点に集めながらも、俺はゆかりの所めがけて走った。

 

「ゆかり!」

 

「え、え!?」

 

状況がつかめずおどおどしているゆかりの手を強引に引っ張り、俺は走り出した。

自分のクラスに着き、倒れる由里を見てゆかりは口を押えて驚いていた。

 

「お姉ちゃん……」

 

ゆかりが声をかけても返事をせず、浅い呼吸を続ける由里。

しばらくしてサイレンが聞こえてきて由里が運ばれていった。

俺はゆかりの手を取り、教師の止める声も聞かずに上履きのまま病院目がけて走り出していた。

 

「あ、あ、あまね、さん。い、痛いです……」

 

ゆかりの声が聞こえ、急停止した。

知らない間に強く握りすぎていたようだ。

俺は謝ってから冷静になった。

 

「これからどうしよう……」

 

「学校抜け出してきちゃいましたしね……」

 

今になって自分の行動の浅はかさに嫌気がさした。

俺一人ならまだしも真面目なゆかりも巻き込んでしまった。

 

「ごめんゆかり、連れてきちゃって」

 

「いえ……私もお姉ちゃんのこと心配でしたから……」

 

「とりあえずここまで来たし俺は行こうと思うけど、どうする?」

 

「私も行きます……。ただ……少し、少し歩いている間手を握ってもらいません……か?」

 

俯いてゆかりは言う。

姉があの状態なのだ、心配で心配で大変なんだろう。

俺は頷いて、手を握った。

その手は雪の降る日のように冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由里が再び入院した。

学校に行けるはずもなく絶対安静で病室にこもっている。

今は面会拒絶らしい。

ああ、早くあいたい。

 

そのまま一週間が経った。

俺は面会拒絶が解けたと聞き、学校を終わると脱兎のことく駆け付けた。

 

「やあ、転校生くん。お久しぶり」

 

力なく、手を挙げて由里は俺に話しかけてきた。

 

「久しぶりじゃないよ! どんだけ心配したか……」

 

「ごめんごめん、色々あってね」

 

この後俺は学校の様子やゆかりの事、様々なことを話した。

そうして病院に捉われたままの生活が続いた。

 

これでも俺は幸せであった。

いつも話が出来る。会える。

 

 

 

 

 

 

しかし悲劇とは悲劇を呼ぶものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある冬の日、俺は先日から気になっていたことをゆかりに質問した。

 

「最近元気ないけど大丈夫?」

 

由里の下に行き、ちょっとした世話をするようになってから俺とゆかりの会話も増え、今は敬語も取れている。

 

「大丈夫だよ……ちょっと疲れてて」

 

「ゆっくり寝た方がいいよ。荷物は俺が運ぶから家までついていく――」

 

「それはダメ!」

 

いきなり大声を上げ、すかさずしまったと口を閉じるゆかり。

これは……。

 

「ずうずうしいけど、家庭で何かあったの?」

 

「なにも、ない」

 

ゆかりは嘘が下手だ。

下を向いて言う時はなにかしら隠してると俺は知っている。

 

「本当の事、俺には話してほしい」

 

ゆかりはしばしば沈黙のままだったが、突然泣き出して俺も力強く見つめた。

 

「お、お姉ちゃんが」

 

泣いてろれつが回らず、区切り切りに話すゆかりの背中を優しく叩きたがら聞く。

 

「おねえ、ちゃん、が――――死ん、じゃう!!」

 

手が止まった。

思考も止まった。

俺の頭に浮かんでくるのは否定の言葉ばかりだ。

 

「そ、そんな。いくら冗談でも怒るよ……」

 

知っている、ゆかりの言っている言葉が冗談でないことを。

 

「だって、あいつは、由里はなにも言ってなかったじゃないか!」

 

察しがつく、あいつが俺に心配させないように黙っていることを。

 

「なぁ、冗談だよな。なぁ!」

 

見てわかる、涙でいっぱいになった顔を拭かずただただ涙を流しているゆかりの顔で。

 

「本当……なんだな」

 

ゆかりはこくりと小さくうなずいた。

 

「ウチのお父さんとお母さんが今仲が悪いの……」

 

小さくゆかりは話しだす。

 

「お母さんは私を連れて離婚しようとしているらしいの」

 

既にいっぱいいっぱいなのにさらに辛い事実がきた。

 

「由里は……?」

 

「もう長くないし、お金もかかるし連れてかないって……」

 

「なんだよ、それ」

 

ふざけている。子供は道具じゃないんだ。

いらないで俺の好きな人が見殺しになってるのかよ……。

 

「ゆかり、なにも言わず家まで連れてってくれ」

 

俺は怒りを必死で押さえながらゆかりに頼む。

困った表情も作りながらも小さくうなずいてくれた。

俺はシャーベット状になった雪も踏みつけて歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連れてこられたのは小さなアパートだった。

俺はゆかりの後に続いて階段を上がる。

ゆかりは歩みを止め、ドアノブを手に取り、俺を一瞥してから扉を開けた。

 

「ゆかりかー、こんな時間までどこ行ってたんだぁ!」

 

野太い怒声。

由里のお見舞いに決まっているのに。

俺は小さくお邪魔しますといってから入る。

 

部屋は空き缶がそこらに散らばり、椅子にはデカい、豚のような男が座ってテレビを見ていた。

 

「ああん? 何彼氏連れてきてんだよ!」

 

その男は空き缶をゆかりに投げつけた。

俺はとっさに自分を盾にしてゆかりもまもり、そいつも睨む。

 

「あんたが由里の親父か」

 

「あ? 由里の方の男だったか」

 

「なんで由里の手術代を払わない。少しでも延命できるのに」

 

「おめぇには関係ねえだろう!」

 

関係ない。いくら彼氏とはいえ俺はガキだ、中防だ。

だからなんだ。関係なくてもあいつの命に関わることなのに俺が黙っているわけにいかない。

 

「お前、親父なら少しでも子供に尽くしてやれよ!」

 

そこでキレたのかそいつはいきなり立ち上がり、俺はおもいっきり殴られな。

 

「きゃ!」

 

ゆかりの悲鳴が聞こえる。

頭が割れるように痛い。

豚らしく体重の乗ったパンチだ。

俺は無理やり体を起こして立つ。

 

「てめぇ、黙ってきいてりゃ何様だ? 俺はあいつに散々払ってきたんだよ。余命が宣告されてるのにこれ以上どうしろってんだ、あぁ?」

 

「なに偉そうに言ってんだよ。余命宣告ってのはこのままだとって意味なんだよ。少しずつ手術をしていけば治るかもしれねぇだろ!」

 

「俺の家にはもう金がねぇんだ。借金だってしてる。これ以上は無理だろ」

 

「このビールの山はなんだ!? てめえの服装! お前がまともに職に就いていればこんなことにならなかっただろ!?」

 

俺はさらに殴られた。

しかし今回はガードをすることができた。それでも体重の乗ったパンチに吹き飛ばされる。

 

「ならお前が稼いでこい」

 

「お父さん……その辺に……」

 

「てめぇは黙ってろ!」

 

ゆかりは完全に腰が抜けている。

 

「俺が借金代を持ってきたら、手術代を払ってくれるん、だな」

 

唇が切れたのか、血の味が口に広がる。

 

「ああ、そうしてやるよ」

 

そいつは気持ちの悪い笑みを浮かべ煙草を口にくわえた。

しかし、肝心の火がなんどやってもつかない。

苛立だちを見せ、俺は近くにあったジッポで火を付けてやった。

するとそいつは喜び、煙草に火がついた。

 

今はこいつの機嫌をとるしかない。

あいつがまだ生きる可能性がある限り俺は絶対あきらめない、なんだってしてみせる。

 

俺の決意をあざ笑うかのように、煙が視界を曇らせた。

 

 

 

 

 

 

聞いた話では余命は後2カ月あるかないからしい。

用意しろと言われた金額は100万円、それも一カ月でだ。

いち中学生が手に入る値段じゃない。

俺は意を決して犯罪に手を染めることにした。

つまり、カツアゲだ。

一度してしまえば俺もあいつと同じ屑の仲間入りだ。

しかし由里のためである。

いや、由里を言い訳に使うのはやめよう。すべては俺のため。

俺は自分のために屑になるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半月が経った。

始めは要領を得なかったが慣れと言うのは怖い。

今では学校をサボっては喧嘩をし、体を痛めて金を奪い取るゴミへとなっている。

しかし集まったのはまだたったの15万。

全くもって足りない。

毎日その日にとった金はその日にあの豚に届けている。

ジッポで煙草の火を付けるのもうまくなった。

 

ゆかりが前に泣きながら俺を止めたが、俺はそれを振りほどいてしまった。

そして一週間前、ゆかりは母親とともにこの地を去った。

 

こんなになっても俺は由里の見舞いには必ず行くようにしている。

せめてあいつの前だけでは綺麗でいたいのだ。

 

「やあ? 今日も随分……いやなんでもない」

 

「どう? 調子は?」

 

「最近は良くなる一方だよ。これなら来年には学校に行けそうだ」

 

「おお、それは良かった。修学旅行に間に合うといいね」

 

「全くだよ」

 

多分由里は俺は知っていることを知っている。

そして俺が由里が言わずにいることを言わずにいる。

 

それでも今この瞬間彼女と話が出来るだけで幸せなのだ。

諦めてはいけない。

 

 

――――――俺は絶対に諦めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論からいってお金が集まらなかった。

自分の小遣いと前借した小遣いを合わせても集まったのは21万前後だ。

 

「無理だったな」

 

気持ちの悪い声が響く。

 

「それで、それでどうかあいつに、由里の手術をしてあげれないでしょうかぁ!」

 

土下座である。

 

もっともしたくない相手に土下座をする。

悔しくて、虚しくて、自分が許せなくて。

 

「まあお前に免じて出してやることにする」

 

嘘かと思った。

 

絶対に叶わないと思った願いが届いた。

 

俺はそのままなんどもなんどのお礼を言って家に帰った。

 

――――――――諦めなければ、期待しても叶うんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰り、妹が深刻な表情をしていた。

多分こいつは俺が何をしているか知っている。

 

「あにき……さっき言われたんだけど……家族そろって千葉に戻るんだって」

 

「は?」

 

「いや、いきなり過ぎだって思ったよ! でも、仕事の関係で来月には……」

 

来月、ちょうど手術の日か、その前後だな。

悲しいが、あいつの余命が長くなるならすぐに来よう。

これから冬休みがある。

俺はそうかと頷いてから部屋に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから日にちは流れ、そろそろ言ってもいいんじゃないかと思えるようになってきた。

流石に俺がやったことは伏せておくが、手術の的確な日を知っておきたい。

しかも、由里は日に日に弱っていっている。

よしっと気合を入れて部屋に入った。

 

「お、今日も来てくれたのか。ほぼ毎日来てくれるね君は」

 

「彼氏だからな」

 

「ふふ。そうだった。本当に君にあえて良かった」

 

何故だかいつもより素直というか様子が変だ。

 

「いきなりどうしたんだよ。あ、そうそう――」

 

「僕は、君に話しておきたいことがある」

 

俺は聞こうとして遮られた。

 

「どう、したの?」

 

「君は……うん多分ゆかりから聞いていたのだろうが、僕はもう余命が少ない身でね。いやはや申し訳がない」

 

「ああ、うん。知ってたよ。俺も知ってること言わなくてごめん」

 

俺は謝って話題を変えようとあの話を持ち出した。

 

「でもさ、手術するんだろ?」

 

「え?」

 

え? ってなんだよ……。

なんで驚いた表情するんだよ。

俺は分からなかった。いや、解りたくなくて分からないふりをした。

次の言葉を聞きたくない。

 

 

 

「――――――――手術なんてしないよ」

 

 

 

はっきりと、きっぱりと、なに一つの冗談もない抑揚で由里は言った。

 

俺はなんでバカだったのか。

他にも聞く方法はいくらでもあった。

 

 

俺は願いは届くと思いたかったのだ。

 

 

俺は奇跡を信じ、期待したかったのだ。

 

それがこのザマである、なんとも滑稽だ。

俺は椅子から立ち、走り出そうとした。

しかし、腕を掴まれる。

 

「今日は、ここに居てくれない、かな。僕の――――最初で最後の我儘だと思って」

 

 

嫌だ。

 

 

ここに残ればそれは死を認めるということだ。

そんなのは嫌だ。嫌なのに。

 

 

「ああ、分かった。今日はここにずっといてお前の手を握ってるよ」

 

「全く、恥ずかしいことをさらっと言うんだね転校生くんは。でも、嬉しいなー」

 

由里の顔から涙が流れる。

小さな滴は大きな川となり、頬を伝う。

 

「漫画やドラマでよく自分の死期がわかるというのがあるが、実際に体験して嘘ではないと実感したよ。正確な時間までは分からないがね」

 

「そこまで解ったら凄いさ、今でも凄いというのに」

 

「それもそうだ」

 

今日はいつもより幼く、はかなげに笑う。

しかし、今までのどの笑顔より晴れている。

まるで月下美人が一日で枯れること知っていて最後誰よりも美しく花を咲き誇らせる様に。

綺麗で、白く透明な笑顔だ。

 

「ああー、もっと転校生くんと遊びたかったなー。海に行ったり、山に行ったり、修学旅行も行きたかったかったなー」

 

「大丈夫、きっと行けるよ」

 

「それでも、初めて着た浴衣は忘れないよ。転校生くんと見た花火、綺麗だったなー」

 

「来年も行こう、もう一度見に行こう」

 

「あーぁ、もっと、もっと生きたかったなー」

 

「明日も今日と同じように生きられるよ」

 

次第に握る手が強くなる。

知らないうちに、涙があふれ出で、床に水たまりを作る。

 

「もっと、転校生くんと世界を見たかったなー」

 

「退院したら、外国に行こう。お金を貯めて二人で」

 

由里の手が次第に冷たくなるのが分かる。

 

「あ、そうそう。僕たちはまだあれをしていなかったね」

 

そういうと無理やり上半身をあげて、俺と同じ高さになる。

 

「あれって?」

 

「それを僕に言わせるのかい? 転校生くんがどうかは知らないが、私は初めてなんだよ」

 

なるほど。

俺は瞬時に理解した。

 

「さて、こういう場合どうしたらいいのかな?」

 

「目を閉じてくれる?」

 

素直に由里は目を閉じ、顔の距離が近くなる。

 

「そうそう、実は俺も初めてなんだよ」

 

俺はそう言って唇を重ねた。

お互いにどのぐらいの時間しているのか分からず、そのままの体勢で秒を刻む。

 

「へへ、初めてのことはかってが分からないな。危うく窒息死するところだった」

 

「それは困るね」

 

恥ずかしそうに唇をはなした由里が笑いながら言う。

 

「よし、大方カップルがすることは達成したな。これで悔いはない」

 

「明日も明後日もいつでもしてあげるよ」

 

「ああ、全く。転校生くん……いや周は本当に僕のことが好きだな」

 

「大好きさ」

 

「ふふ、それは僕もだ」

 

上体を戻してベッドに横になる。

 

「それでだ、僕から離しておいてなんだが、もう一度、してくれないか?」

 

「お安い御用」

 

覗き込むようにしてキスをする。

こんどは俺から離した。

 

「さて、最後の死に際にこんないい思いをしている人なんで世界でも僕だけだろう」

 

「そうかもね。これで明日も良く起きられるよ」

 

「ああ、そうだね。さて、我儘その二だ。もう一度、最後に、もう一度お願いしてもいいかい?」

 

今度は無言で顔を近づける。

すると最後の力を振りしぼる様に俺の背中に腕が回された。

 

「ふふ、初めて私からキスをするな。緊張はある」

 

近くに広がる由里の顔をしっかりと見据えたまま俺は待つ。

 

「目を……閉じてくれないのかい?」

 

「閉じた方がいい?」

 

「いや、僕の最後を君に見ていて欲しい。そのままで」

 

恥ずかしいのか近づいては離えを繰り返した。

 

しかし、覚悟を決めたのかもう本当に数ミリの所で寄せる。

 

そして、二人は三度目の唇を合わせた。

 

由里は力が無くなったようにベッドに倒れていった。

 

「ああ、最後だ」

 

最後に握った手は先ほどよりさらき冷たくなっていた。

 

「僕はね、あまね。君に遭えて、君を好きになって、君と恋をして、本当に幸せだった。ありがとう、さようならだ。――――――――また会おう」

 

最後に掴んだ手も俺の手から滑り落ちた。

 

 

「ああ、おやすみ。また会おう。由里」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

良く雪の降る。

 

 

 

 

 

こうして佐島由里は恋人に看取られながらこの世を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




頭の中でエンディングが……。
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