ではお誕生日会です。
赤々と空を照らす太陽がゆっくりと沈んでいく頃、俺は一人校門を潜りぬけた。
部活動の終わりを告げる鐘が今にもなりそうになっている。
本来なら朝から学校へと赴き、真面目に授業を受けなければならないのだが、平塚先生の計らいにより俺はサボりを黙認してもらった。
本当に良い教師である。
俺はほぼ一週間ぶりに部室へと顔を出す。
色々な事を話、伝えなければならない。
靴を履きかえてリノリウムの床を音をたてながら一歩ずつ歩いて行く。
特別棟の四階、ほとんど人がいない教室に声が小さく声が響いているので部活はまだ終わっていないのであろう。
扉の前に立ち、手をかけた所で立ち止まる。
ふーっと大きく深呼吸してから俺はおもむろに扉を開けた。
「え……!?」
「……随分と遅い御登場ね」
結衣は驚きの表情を作り固まり、雪ノ下さんはそっと目を閉じて小さく笑い、比企谷くんは眉を動かしただけでそれ以上のリアクションは起こさなかった。
「結衣、雪ノ下さん、比企谷くん。部活遅れてごめん」
「大丈夫よ。由比ヶ浜さんもここ一週間は来ていなかったのだし」
「そっか」
俺は雪ノ下さんの優しさに素直に感謝してすっと結衣に視線を合わした。
すると結衣の目線は泳ぎに泳ぎ、合わせたと思えば直ぐにずらし、どうしたらいいのか分からないといったような顔つきになった。
そっと懐かしみ、笑った後椅子に座り、沈黙を貫く比企谷くんに向き合った。
俺が初めに行わなければならないこと、それは彼への謝罪だ。
「比企谷くん」
「おう。元気だったか? 三浦達が凄い心配してたぞ」
「知ってる。幾度にもメールと電話したから」
変わらない。
殴られたというのに彼は変わらず同じ態度だ。
「比企谷くん。この前は殴ってごめん、あの行為は八つ当たりにも近かった。考えなしに殴ってしまって、本当にごめんなさい」
俺は深々と頭を下げ、素直に謝罪の言葉を言う。
比企谷くんは少し驚いたような声を上げた後少し時間を空けてから話はじめた。
「……まぁ、そのなんだ。お前がどういうつもりで俺を殴ったのかは聞かねえよ。ただ一つ推測出来ることといったらお前は間違ってない」
今度は俺が驚き頭を上げて彼の表情を見る。
すっとした彼の表情は自分を責めるような少し歪な顔だった。
「由比ヶ浜を泣かせてしまったのは俺が招いたことだし、それにお前が怒ることも納得できることだ。だからお前は俺を恨んでれば良かったんだよ、俺は恨まれることには慣れてるからな」
本当に、彼はずるい。
なんでもかんでも自分が悪いように言い。自分だけが攻撃される方向に持って行こうする。
それは俺を庇ってなのか、それとも他の理由なのかは分からない。
けど、ここで「はい、そうですか」で言える屑には俺はならない。
「いや、あれは完全に俺が悪い。正直に告白するとだな、俺は比企谷くんに憧れてたんだよ」
「おまっ、それ本気で言ってんのか?」
「やっぱり不思議がるんだ、平塚先生にも同じリアクションされたよ。それでもさこれは事実なんだよ。解決方法はあれとして、結果だけ見るなら比企谷くんは依頼を完遂している。俺には到底マネできない方法でね」
あえて結衣の事は言わないでおく。
これはとっておきのシークレットだから。
「俺は勝手に理想を重ねて勝手に失望してただけなんだよ。だからさ比企谷くん、許しを願おうとは思わない。だけどもう一度、本当にごめんなさい」
俺は言い終えて再び比企谷くんを真剣に見つめる。
比企谷くんが困ったような表情を浮かべていると、今まで黙っていてくれた雪ノ下さんがため息をついた。
「一度に二回も纏める羽目に合うとはね……」
雪ノ下さんの言葉に俺は彼女をまじまじと見つめる。
それは比企谷くんも同じだったようで、首だけが雪ノ下さんを向いていた。
「つまり比企谷くんには殴られてもおかしくない理由があって、信楽くんには殴ってしまった自分勝手な理由があったって事だけでしょう? 信楽くんが罪悪感を感じていたように比企谷くんも感じていたのよ。それに比企谷くんの場合許す許さないの前に元々怒っていないみたいだし、後は当人たちの気持ちの問題ってこと」
「まぁ、そういうことだ。直ぐに今まで通りって訳にはならないかもしれんが、俺はお前に怒りを覚えたことはないし、お前もそんなに謝んなくていい」
「……ありがとう」
「おう」
笑みが零れてしまった。
ホント、比企谷くんは格好いいよ。
「周くん……。あの……」
「結衣、謝るってのはやめてくれよ? 今ここで謝られたら俺は結衣に声をかけられなくなってしまう」
「うぅ……。それじゃあ……ありがとうね!」
「さて、お話が終わった事だし次の準備をいたしましょうか」
「そうだな」
「え? 何、何の話?」
俺が居ない間に何かが決まっていたようだ。
「これから由比ヶ浜さんの誕生日パーティをするのよ」
「雪ノ下さん主催……だと」
「何か文句があるのかしら?」
「い、いえ……」
意外にも雪ノ下さんは結衣の事を大事に思っているようだ。
微笑ましい光景である。
ならば……俺の話はそれが終わった後の方がいいのかもしれないな。
「場所って結局決まってんの?」
「さっきカラオケ予約しておいたよー」
「はいよ」
比企谷くんは了解したと言わんばかりに返事をして部室を出て行こうとした。
「どこ行くの?」
「ん? ちょっとトイレにな」
「そうだった。私は部員補充完了の報告をしてこなければならないわ」
比企谷くんの後に続いて雪ノ下さんもそうそうに出て行ってしまった。
と、いうことで俺は今結衣と二人っきりである。
「えっと……」
結衣はやはりまだ話しかけ辛いのか微妙な声をだしていた。
ついつい俺は噴出して笑ってしまう。
「あー! 人が真剣に悩んでいるのに笑ったー!」
「ごめんごめん。いやーなんか面白くてね」
「ほんと真剣だったんだからね! 色々悩んだし……」
「結衣、心配かけてごめんね。それと、ありがとう」
「なーんか。周くん変わった?」
「え? どんな風に?」
「なんか吹っ切れたみたいなかんじ!」
確かにそうかもしれないな。
それのきっかけをくれのは結衣、君なんだけどね。
「どーだろうね」
「あー誤魔化したー」
「それよりさ。ぶっちゃけ優美子どんな感じ……?」
「うん。一言で言うと結構怒ってる」
「やっぱりかー」
大体予想はついていたんだけどね。
電話でもメールでも散々怒られたし。
「家まで押しかけようとしてたよー。隼人くんに止められてたけど」
「おー怖い怖い。明日大変になりそうだ」
「そうだね」
結衣は想像したのか引きつった笑みを浮かべて同情のような視線を向けてきた。
その後二人であれやこれや色々と話していると、二人が同時に帰って来たので荷物を纏めて部室を出る準備を開始する。
まずは結衣の誕生日を盛大に祝う。
全てはそこからだ。
夕暮れの駅前は人や車が所せましと行き交い、喧噪に満ちている。その雑踏を俺達六人は歩いていた。
もう一度言おう。
俺達六人は歩いていた。
「むっふん。やはりカラオケといえばアニソン故に我あり……」
「由比ヶ浜さんの誕生日パーティに呼ばれるなんで嬉しいなー」
材木座くんこと中二と戸塚が旅の仲間になっていた。
戸塚はいても問題はない。むしろ花が増す……だが男だ。
しかし、なぜ中二までが一緒にいるのか、それは校門を出る辺りまで遡る。
極めてどうでもいい比企谷くんの『フリーなことにはいいことばかりではない』を熱弁していた頃、昇降口から中二が小説のプロットを読んでほしいとやってきた。
当然俺たちはこれから用事があると伝えると中二はおもむろに行きたそうな行動を取り出し、結衣の許可が下りた所で比企谷くんがいやいや誘った。
そのまま歩いていると戸塚を発見、誰かが何かを言う前に比企谷くんがマッハで駆け出し、気持ち悪い誘い方をして戸塚も加わったのだ。
「材木座くん、材木座くん」
「なんだぁ、信楽某」
「いちよ言っておくけど今日は結衣の誕生日パーティだからね」
「分かっておるわ」
「それならいいけど……暴走したり、結衣を困らしたら、ただじゃおかねえから」
「う、気を付けます……」
釘を刺しておく。
こうでもしないと何かがあってからでは遅いのだ。
目的地に着き、自動ドアが開くと店内はざわついたカラオケ独特の空気を醸していた。
「あ、お兄ちゃん」
比企谷くんがメールして呼んだらしく、ポイントちゃんがソファから立ち上がって俺達の所に駆け寄ってきた。
「おお、小町。先に着いてたのか」
「やほー小町ちゃん」
「どうもどうも、今日はお招きいただきましてありがとうございます」
「こちらこそ。来てくれてありがとうね」
「いえいえ、結衣さんの誕生日って聞いたら来るしかないですもん!」
お互い挨拶を交わして結衣と比企谷くんは受付に歩いて行った。
ついでに中二もついて行ったが俺は空気をよんで待機することにした。
「あまねさーん! 昨日ぶりですね!」
「そうだね。それと昨日の人は本当に彼女じゃないから、誤解しないでね」
「あーそれでしたら今日彩華に聞いたんで大丈夫です!」
「あ、そうなんだ」
グッジョブマイ妹!
俺達の会話がひと段落つくと、雪ノ下さんがポイントちゃんに話しかけた。
「小町さん、こないだは助かったわ。ありがとう」
「いえいえ。雪乃さんのお願いですから。いつも兄が迷惑をかけている分、小町でよければいくらでもお手伝いしますよ」
ニヤニヤとした何かをたくらんでいるような笑みでポイントちゃんは笑う。
「なんの話、かな?」
戸塚が興味津々といった表情で二人の会話に入ってくる。
この顔比企谷くんに見られなくてよかったね。多分大変なことになってたよ。
雪ノ下さんの戸塚に対する質問を聞いていると、昨日の謎が解けた。
つまりは昨日、あの場所に比企谷くんと雪ノ下さんが二人でいたのは俺同様、結衣の誕生日プレゼントを買うためだったらしい。
正確に言うのなら、比企谷くんを通してポイントちゃんにアドバイスを求めた結果、ポイントちゃんも一緒に行くことになり、途中ではぐれたのだとか。
「おーい行くぞー」
比企谷くんのかけ声に俺たちは会話を終わられ、荷物を持って部屋に入って行く。無論途中でドリンクを注いでおくのも忘れない。
席に座り全員がグラスを持つ。なぜだか中々誰も音頭を取ろうとしないので俺が務めることにした。
「それではこれから由比ヶ浜結衣さんの誕生日パーティーを始めます。結衣、お誕生日おめでとう!」
俺が言うと合わせるように乾杯し、グラスを合わせる。
「おめでとう」
「お誕生日、おめでとう」
「おめでとうございますー!」
「ふむ、賀正」
「いや、めでてぇけど賀正に誕生日的な意味ねぇから」
皆それぞれ祝辞を言いうと、結衣が手を挙げてそれに応えた。
「みんなありがとーっ! じゃ、ロウソク消すね。ふーっ!」
『イエーィ!』
結衣が可愛らしく火をけし、また乾杯。そしてまばらな拍手。
そして、沈黙が支配した。
「……え? 何この空気」
俺と結衣、それからポイントちゃんと戸塚は驚き、俺にいたっては疑問の声を上げてしまったが、他の三人は平然としていた。
「いえ、あまりこういうのに慣れていなくて」
「誕生日会とか打ち上げとか何していいかわからん。打ち上げたなら落下することしか俺には分からん」
「我も同意。もっとも我の場合は誘われないがな」
「俺も一回行ったきり声かけられなくなったな」
ダメだ。最近この人たちの調子に慣れてきている自分がいて、忘れていたがこの人たちはボッチや一人を好む人だった。
当然経験値が足りないに決まっている。
「モハハハハ! 甘い甘い! 一度呼ばれているだけ良いではないか! その程度でぼっちアピールなど片腹痛いわ!」
俺が色々と考えていると中二の高笑いが部屋に響き、比企谷くんが分かってないな言ってニヤッと笑った。
「甘いのはお前だ材木座。分かってないようだ河教えてやるがアレだぞ、俺が呼ばれたのはクラス強制参加のノリだぞ。それに、二度と呼ばれないってのは致命的に何かやらかしたってことだぞ? お前はまだ可能性があるからいいじゃねぇか。俺の方が一歩リードしてる!」
「な、なにぃ……!? ぬぅ、さすがはプロのぼっち……」
「醜い争いね……。私は毎回誘われるけれど一度たりとも行ったことがないわ。私の勝ち、ということでいいかしら?」
「違う! 誕生日会ってこんなんじゃない!」
俺はあまりにも酷いボッチ自慢の嵐にストップをかけた。
ねぇと同意を求めて結衣を見るが結衣はキョトンとした表情をしていた。
「え? あー、あたしはこれ結構楽しいよ? こういう経験あんまりないし」
「あ、まぁ確かにそうそうやる物でもないけど……」
実際に結衣は嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべている。
「意外だな。お前らは年がら年中、馬鹿騒ぎしてると思ってたけど」
「偏見だ偏見。そっちだって年がら年中、一人でいるわけじゃないしょ?」
「俺はこの部に入れられるまでそーだったけどな」
「お、おう……」
そしてまたお通夜みたいな空気になった。
ポイントちゃんは耐えられなくなったのかコーラを掲げて結衣と乾杯していた。
「雪ノ下さん、ケーキ持ってきてるって言ってたよね?」
話題を変えようと戸塚が切り出し、雪ノ下さんはケーキを取り出した。
「……俺と彩加の初めての共同作業だな」
比企谷くんはなぜか決め顔ですっとケーキナイフを手に持った。
戸塚は急に名前を呼ばれたことに恥ずかしがり、結衣は大声を出して反対した。
「あ・た・し・が、やるの!!」
しかし実際にやろうとしても、へにゃへにゃとした切り方になり、雪ノ下さんはため息をついた。
「私がやるわ……。由比ヶ浜さん皿を押さえて頂戴」
「あたしとゆきのんがやるんだ!? うう……共同作業がなんか複雑!?」
きっちりと本当、精密機械のように7等分されたケーキを口に運ぶ。
「うんま」
その一言で言い表せるほど、無意識に口に出していた。
「ほんと美味しい! これって桃が入ってるの?」
「ええ。いいのが出回り始めたから」
「それにしても雪乃さんって料理上手なんですねぇ」
「それほどでもないわ。小町さんだって家では料理しているのでしょう?」
ということはポイントちゃんの女子力は高いのかもしれない。
前に両親共働きと聞いたことがあるし、もしかしたら相当なものかも。
俺がふむふむと検討しているとポイントちゃんは信じられないことを口に出した。
「でも昔は兄が作ってたんですよ?」
「なん……だと?」
「ええー!? ヒッキーがぁ!?」
「お前らほんと酷いからね。あとその反応デジャヴだから携帯の時と同じだから」
「あれですよ。小町が高学年になるまでは刃物とか火とか危なかったから兄が心配してくれてたんです」
「おかげで小学生レベルでは全国有数の料理の腕前を誇るっていたぞ」
「微妙な自慢だな……」
俺の呟きに比企谷くんはお決まりのセリフをはいた。
「いつでも専業主夫としての準備ができてるんだ! 絶対働かない! 働いたら負けだ!」
「腐っておるぅ。さすが八幡……」
「八幡……頑張ろうよ」
心機一転。
無理やりプレゼント交換に移行する。
最初に手渡ししたのは雪ノ下さんだった。
「由比ヶ浜さんの趣味には合うかどうかは分からないのだけど……」
渡された袋をキラキラした目で見つめ、雪ノ下さんに許可を取るとラッピングを解いた。
「エプロン……。あ、あの、ありがと! 大事にするね!」
結衣の満面の笑みに雪ノ下さんは照れた表情を作る。
次にカバンを漁ったのは戸塚だった。
「はい髪留め。由比ヶ浜さんいつも髪を纏めてるでしょ? だから似合うかなって」
「さいちゃん、ありがとー! ってかこれ私のより可愛い……」
嬉しさと女の子趣味での敗北の気持ちを行ったり来たりして忙しそうだった。
と、つい俺思っていた事を比企谷くんに質問してしまう。
「比企谷くんはなんか買ってないの?」
「いんや。俺はもう渡してある」
「ちなみに何を?」
「犬用の首輪だよ」
なるほど。
実に比企谷くんらしいチョイスである。
「では、小町はこちらを」
急なのにきちんと用意してきたポイントちゃんのポイントが上昇。
「はい、写真立てですよ」
「小町ちゃんもありがとね!」
「では順番からいって我の番か……しかし準備ができておらんのだ」
でしょうね。
逆に戸塚が怖いわ。
「全然気にしないでいいよー?」
「そこでだ! 我の書き下ろし生原稿にサインをつけて――――」
「全然気にしなくていいよ……」
ほとんど同じ言葉なのに絶対零度の冷たさがあるのは俺の気のせいではないはず。
さて、次は俺の番だな。
俺はカバンから装飾された箱を取り出して結衣に渡した。
「周くん……ありがと! これ開けてもいい?」
「どーぞ」
「あなたいつの間に買ったのかしら?」
「内緒」
結衣はどう開けていいのか迷いに迷い丁寧に雪ノ下さんから教えてもらったように開いていく。
箱の中にはさらに箱があり、ぱかっと開いた結衣はうわぁー!と声を出して喜んだ。
「これネックレスだよね! しかも可愛い!」
俺がプレゼントしたのはピンクのハート形のネックレスであり、そこまで派手目ではない装飾がされたものにしておいた。
結衣はとても喜んでくれ、雪ノ下さんに付けてもらっていた。嬉しい限りである。
「どう? 似合う……かな?」
「似合ってるし可愛いよ。それとあんまり胸元開けない様に」
興奮により忘れていたのか恥ずかしがるようにバッとワイシャツを閉じた。
結衣は皆から貰ったプレゼントを一つずつまた手にとって楽しそうに眺めた後、思い出したように「ああ!」と声を出した。
「カラオケに来たのにまだ一曲も歌ってない!」
「別に不思議ではないでしょう? 元々の理由は由比ヶ浜さんの誕生会であったわけだし」
「え~来たんだから歌わないと損だよー」
結衣はリモコンをピコピコと操作し始め、マイクを二つポイントちゃんから受け取ると、察した雪ノ下さんがすかさず言葉を出した。
「言っておくけど。私は歌わないわよ」
「えー! 一人だと恥ずかしいし一緒に歌おうよ~」
「絶対に嫌」
即答だった。
すると比企谷くんが勝ち誇ったように憐みの視線を向けた。
「よせよせ由比ヶ浜。雪ノ下は歌に自信がねぇんだよ」
「そうなの? 雪ノ下さん」
ちょっと意外だった俺は雪ノ下さんに確認を取ると、つつましい胸を張りその胸に手を当てながら壮大なポーズを取った。
「ふっ、見くびってもらっては困るわね。ヴァイオリン、ピアノ、エレクトロン……その他にも音楽は多少たしなんでるわ」
「それって、嗜むってレベルなのかな? そうだとぼくはやってないってことになっちゃうけど……」
「安心しろ戸塚。ちょっとムキになって『当たり前です感』出してるだけだ」
またもや比企谷くんは決め顔をして戸塚をなぐさめた。
「私は歌うこと自体に抵抗がある訳ではないの。ただ、一曲歌いきるだけの体力があるか自信がないのよ」
それは生きていけるのか心配になるレベルだ。
そんなにないとわ。
「でも二人で歌えば疲労も半分ですよ?」
「どういう理屈か分からないのだけど……一曲だけなら付き合ってあげてもいいわ」
ポイントちゃんの意味不明計算式により、雪ノ下さんは承諾した。
許可が下りたことに大はしゃぎの結衣は早々に曲を入れると、リモコンをポイントちゃんに渡した。
「おりょ? では小町も歌わせていただきます。戸塚さん何がいいですー?」
二人でリモコンを見つめながら戸塚はそっと指した。
「ぼくこれが歌いたいな」
「それ、女性ボーカルですよ。いや、でも戸塚さんにその心配はいらないのかも……。不安なら小町もお手伝いします!」
戸塚は心細そうにしていたがポイントちゃんの言葉で笑顔になりなった。
「ありがとう。一人じゃちょっと恥ずかしかったんだぁ……」
「うっ、こ、これは……お兄ちゃんが血迷う理由もわかるなぁ……」
比企谷くん、良かったね理解者が増えて。
この流れはペアで歌う流れだけど……残ってるのは――――。
「ふむ、八幡。我は九十年代後半からせめようと思うのだが……どうする?」
「おい、なんで俺はこいつとアニソン歌うの決定なんだよ」
「いやー俺に材木座くんの相手は無理かなー」
と、いうわけで俺は一人残ったわけだ。
すると歌い終わった結衣が俺に話しかけてきた。
「周くん残っちゃったねー。いつもみたいに一緒に歌う?」
「それはありがたい」
俺は結衣の近くにいって曲を選ぶ。
今なら分かるが意外にも二人の距離は近く、心臓の速さが尋常ではない。
「いつものにしよう」
「そうだねー」
曲を入れると、少し距離が遠くなる。
うーん。ジレンマ。
「ゆきのん、次なに歌おうか!」
「一曲って約束ではなかったかしら……?」
「え、なにー? よしこれ歌おうー」
「ねぇ、話聞いてる? ちょっとその曲私知らないのだけれど、ちょ、聞いてる?」
結衣は雪ノ下さんの必死な抗議も聞き入れずさっそく曲を入れていた。
雪ノ下さんにここまで出来るのは結衣ぐらいなものだ。恐ろしい子!?
「あ、あーあー、ディバイディングドライバー! ふむ、喉の調子は良さそうだな……」
「ちょ、まじ? せめて女子と! いや、戸塚とぉー!!」
哀れ比企谷くん。
中二は全力で発声練習をしていてちょっと引いた。
お通夜テンションで始まり、不幸というかボッチ自慢、やっとプレゼント交換をし終えたと思えば、色々カオスなカラオケ大会。
なんやかんやで楽しい時間はあっという間に過ぎていくのだろう。
それでも今は、結衣とのカラオケを楽しもう。
俺はマイクを手取り、結衣と笑顔を合わせた。
自動ドアが開いて結衣が伸びをしながら一歩外に出た。
「んー! 歌った歌ったー! 久しぶりにカラオケ来ると楽しいなぁ。ゆきのんまた来ようね!」
「あなたと行くと何曲も歌わされそうだから嫌よ……。あれから五曲も歌わされるなんて……」
雪ノ下さんは疲労困憊な様子で、うんざりそうに言うと、結衣は懇願するような声を上げる。
「えー!? あんなに上手なんだからまた行こうよ!」
「あ、小町も小町も。小町も行きたいです」
二人に囲まれ、雪ノ下さんは少し頬を朱に染める。
「……まぁ、たまになわ付き合ってもいいわ」
「うん、ありがと。それと、今日の事も。いろんな人にお祝いしてもらえて、嬉しかった……」
俺達男子の方、正確には比企谷くんにくるりと向いた。
「あん?」
「あの、今日はありが、……あれ?」
結衣は何かを言いかけ、視線を俺たちの奥へと向ける。
つられて後ろを振り向くと、ちょうど自動ドアの所に人影があった。
「はぁ、一人で長い時間過ごしてしまった。まぁ、帰ってもひとりなんだけど……。ふふっ」
自嘲気味に笑う姿には心当たりがあった。というか100%間違いないだろう。
「平塚先生?」
「平塚先生婚活パーティーじゃなかったんですか?」
「信楽、由比ヶ浜!? 君たちまだいたのか!?」
どうやら向こうはこちらの事を知っていたらしい。
そういうえば比企谷君が飲み物から帰って来るとき複雑な表情してたな……。
「それより先生。パーティーって」
「……うまくいかなかったのかしら」
同情にも似た響きを滲ませて雪ノ下さんが言うと、結衣は慰めるように平塚先生に話しかけた。
「せ、せんせ? ほら、あのー。結婚がすべてじゃないですよ! 仕事とか、えっと……先生強いから一人でも大丈夫です!!」
慰めたつもりだろうが、平塚先生は瞳にじわっと涙を滲ませて全力ダッシュで走り去った。
「う、ううううぅううぅ……。昔と同じこと言われたー!」
「あ、逃げた」
遠くなっていく先生の背に俺たちはただただ同情の視線を向けるしか出来なかった。
「では小町たちこっちなんで!」
「じゃあまたな」
帰り道、ポイントちゃんが大通りにでると指をだして比企谷くんを連れて歩き出した。
それに続き、皆も別れの言葉を言っていく。
「我はこっちだぁ」
「ぼく同じ方角だ。途中まで一緒だね」
「ととと戸塚氏。では参ろう」
残されたのは俺と結衣、そして雪ノ下さん。
途中までは一緒なのだが、雪ノ下さんはふっと笑って立ち止まった。
「私は買いたい本があるから、ふたりとはここでお別れね」
「あたしもゆきのんと一緒に見る!」
「あなたは帰りなさい。もう遅いのだし親御さんが心配するわ」
「それはゆきのんもでしょ」
「私はここからすぐ近くにあるのだし大丈夫よ。それと、信楽くん。しっかり送って行きなさいね」
にっこりとした雪ノ下さんの笑顔に内心感謝しつつ、しぶる結衣に声をかけて歩き出す。
「ありがとう」
「なんのことかしら?」
すれ違う時に彼女にだけそう伝えたが、流されてしまった。
「ゆきのんじゃあまた明日ね!」
「ええ、お休みなさい」
「お疲れー」
大通りから抜け、二人で歩く。
「今日は一日楽しかったねー」
「だな。次はまた誰かんときにでもやろうか」
「うん!」
いつも利用している交差点に着き、結衣が尋ねてきた。
「周くん、こっちでしょ? 曲がらなくていいの?」
「ん? 送っていくって」
「そんな悪いよ!」
手をバタバタふって気にしないでと言ってくるがこれは俺自身でも大事な事なのだ。
「大丈夫だって」
「えっと、その、ありがと」
「どういたしまして」
街路樹の下を歩いて行き、結衣の家の近くの公園を見つけて覚悟を決める。
よっしと一呼吸入れて声をかける。
「あのさ。ちょっと寄ってかない?」
「え? 公園に?」
「うん、このまま帰るのもなんだし。ってかちょっと話しようよ」
「分かった。公園って久しぶりだなー」
最近安全面だとかで遊具が減りつつある公園だが、ここにはまだなにも撤去された跡がなく、メジャーな遊具は揃っていた。
椅子のような小さいベンチに腰を下ろし、ブランコで楽しむ結衣を眺める。
興奮が冷めたいのか、楽しそうに無邪気にこいでいた。
「あ、お話あるんだって!? ごめん遊んで」
結衣は思い出したように戻って来て横に感覚を開けて座った。
俺はなにから切り出そうか迷ったが、長考を止めて結衣に向き直った。
「結衣、俺はあんまりこういう経験ないからどうしたらいいか分かんないから素直にいうよ」
俺はすっとためを作ってから真面目な表情を作った。
「俺は結衣が好きだ」
暫くの沈黙。
時間にして2、3秒だがその間に結衣の顔は真っ赤になった。
「ええぇぇ!?」
「驚いた?」
「えぇ!? あ、うん。凄い驚いた」
俺は小さく笑ってから続ける。
「俺は結衣の事が好きだ。ひたむきに頑張り、自分の意思をちゃんと持ってる結衣の事が俺は大好きだ。だから、俺と付き合って下さい」
結衣はいきなりの事態にどうしたらいいのか分からないといった行動を取り、ベンチから立った。
「周くんの気持ちは嬉しいよ。本当に。私も周くんのとは好き。でも、私の好きと周くんの好きは多分、違うと、思う。だから、ごめんなさい! 付き合えません!」
バサッと頭を下げる結衣。
俺もベンチから立って結衣に顔を上げるように言う。
「うん。まぁ結果は分かってたけどね、結衣は比企谷くんにゾッコンだし」
「え!? なんでここでヒッキーの名前が出てくんの!?」
「うん? 気付いてないと思ってた?」
「う、うん……」
「残念。当人意外気付いてる可能性あり、少なくとも平塚先生はしってると思う」
「うぐぅ」
図星を言い当てられた犯人のような声を上げる結衣。
「振られちゃったわけだが、どうしようか」
「ご、ごめん……」
投げやりに呟いてみたが、結衣が謝ってしまったので俺はすかさず否定する。
「いやいや、結衣は悪くないよ。それと、俺はこれから結衣の友達以上恋人未満として、結衣の恋の応援をするよ」
「うっ、うぅぅ……」
恥ずかしいのか少し視線を下げる結衣の頭を俺は優しくなでる。
「頑張れ、頑張れ。あ、でも俺はあんまり表立っての事はするつもりないから、結衣の背を押すだけであって」
「あ、ありがとう……」
「うんうん」
俺はベンチからとった結衣の荷物を渡し、自分の荷物も手に取る。
「よし、じゃあ行くか」
結衣の家に着く間俺達に会話はなかった。
そして家が近くなると、結衣は一歩前に出てこちらを向いた。
「いきなりでびっくりしたけど、今日は本当に楽しかったし、周くんの選んでくれたネックレスも嬉しかった。ありがとう!」
「こちらこそ、いきなりでごめんなさい。それともう一度。結衣お誕生日おめでとう、これからもよろしくね」
「……こちらこそ!」
若干ためらいを見せた後、俺の手を結衣はしっかりと握った。
手をふって結衣が家の中に入って行くを見送る。
俺は元来た道を振り返って歩きはじめる。
「まぁ、応援しつつも諦めないんだけどね」
結衣に好きになってもらえるようにこれから努力はするが、結衣の恋の道も応援する。
一見矛盾にも見えるが俺が一番望むのは結衣が一番幸せになること。
その相手が比企谷くんなのか、俺なのか、はたまた別の誰かなのかは分からない。
全ては先の事なのだから。
それでも、手を繋ぐ代わりに、握手だったとしても、今日のこの一日は今後も強く俺の胸に刻ませるのだろう。
俺は来た道を歩く。
朝、実に一週間と一日ぶりの真面目な登校。
俺はすれ違う友人にあれやこれや質問攻めの嵐から逃れて下駄箱に向かう。
そこに彼女がいるのが見えたから。
「おはよう!」
俺が声をかけると、彼女はゆっくりとこちらに振り返った。
振りかえった彼女の胸元がちらりと揺れる。
ピンクのハートは光に照らされ、俺の思いと共に彼女の胸元で光る。
その思いが位置を変え、彼女の心で光るのかどうかは今は分からない。
ただ。
変な部に入れられ、部活動を行い、友達と喧嘩をし、昔の知り合いから告白され、一人の女の子を好きになり、告白して振られ、今日もまた一日を迎える。
こんな当たり前に、世の中の何処にでもありそうな、ありふれた『普通』の生活。
それでも、俺はこのありふれた『普通』が大好きだ。
結論
やはり普通の俺には普通の学園生活しか送れない。
これで(一章?)は終わりです。
これまで自分の拙い作品を読んで頂いた皆様に感謝を!
終わりとは言いましたが、番外編などなどアフターエピソードを書く予定です。
それとこんなのどう?というお話などなど要望がありましたら書かせていただくかもしれません。
それでは皆様この辺で。