大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島――   作:ぽんこっこ

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ドラえもんファンの懐古厨おじさんによるちょっと昔の子供たちの話です。
生誕50周年おめでとうございます。


プロローグ
日野青年とあの頃の友達


 

 

 

 

 

零年代(あのころ)、子供だった(きみ)たちへ。

 

 

 

 

 

202×年 8月

 

 

 

 夢を見ていた。内容は覚えていないが、ひどく個人的で、独りよがりな夢だったと思う。

 

 閉め切った窓の向こうで、わずかに蝉の声が聞こえる。

 理由もなく夜通し本を読み、寝たのは朝方だったので頭がひどく重い。ぼんやりとした視界に映るのは、見慣れない天井の継ぎ目。そこがコロナウイルス騒動でずっと帰れずにいた実家の客間だということを思い出したのは、三十秒ほどたってからだ。

 

 コンセントにつなぎっぱなしで枕元に置いていたスマホの画面は、午後1時半を示している。同じく近くに放置していた眼鏡をかけると視界はクリアになったが、気怠さが抜けない。しばらく何も考えられず、布団で横になろうとする。

 

 その時、客間の窓から差し込む光に目を射られた。ガラスを通した外の世界からは、快晴の空と伸びていく入道雲が見えた。夏らしい青と白で構成された風景と部屋の畳を照らす光線。それはまるで無為に時間を過ごす自分を責め立てているようで。なんとなくばつが悪くなり、ゆっくりと上半身を起こす。

 

「あんたまだ寝てたの? 小学生じゃないんだから」

 

 襖を開ける音と共に横合いから声が響いた。声の主は、わかりきっている。両親と共に実家に住んでいる姉のものだ。

 

「……年を取ると、睡眠時間が短くなるって聞いたからね。本当にそうか実験してみた」

 

 まあ、結果としては、きっちり7時間ほど眠りこけていたわけだが。寝起きの戯言を聞いた姉は心底呆れたように「昼ご飯はもうないから」と言い放つ。

 

「あっ、そうそう。あんたに頼みたいことあったんだけど」

 

 ぼさぼさの後ろ頭をかきながらリビングに向かう途中、そう言って差し出されのは書類の束。表紙には『201× 古野(この)町こども会 夏休みイベント企画書・会計報告書』と銘打たれていた。

 

「コロナでここ最近やってなかったんだけど、今年はやることになったのよ。めんどくさいから復活しなくてよかったのに」

 

 と、姉は不機嫌そうにため息をつく。話を聞くにどうも言い出しっぺではないにも関わらず、町内会の仕事を押し付けられたようだった。

 

「それ何年か前のだから、今年のやつ作っといて。こういうの得意でしょ? サラリーマンやってたんだし」

 

 姉も若い頃は会社勤めをしていたはずだが、どうもサラリーマンというのを書類ならなんでも作れる仕事だと勘違いしている節がある。最近まで勤めていたメーカーでやっていたのは生産管理の仕事なので、企画書ならまだしも会計報告書など専門外だ。

 

「いやぁ、やろうと思えばできるんだけど――」

「いいからさっさと働け、万年ニート」

「まだ無職になってから二か月だよ……」

 

 あと、一応働く意思はあるから定義上ニートではないはず。たぶん。

 

「私、パート行ってくるからよろしく~。あと、忘れてるかもしれないけど、今日の夜親戚一同集まるから逃げないように」

 

 思わず「げっ」と昭和の漫画みたいなリアクションを取りそうになったが、声をあげる間もなく姉はドタバタと出て行ってしまう。クーラーの稼働音が響くリビングに一人取り残された僕は、押し付けられた書類へ仕方なく視線を落とす。

 ベッドタウンというかもはやゴーストタウンのように歯抜けになった町内の名簿リストが最初に目に入り、ここもずいぶん人が少なくなったと一抹の寂しさを覚えつつ書類をめくっていくが、やはり会計報告書の方は自分の手に余りそうだった。

 

 ネットで調べるか……。

 

 そう思いたち、ノートパソコンがある元自分の部屋――今は甥っ子が使ってる部屋へと向かう。スマホでもいいが、なんとなくそのままネットサーフィンに興じてしまいそうなので、家で事務的なことをする際はPCを使うことが多い。あと、確かこの家には、あそこしかプリンターはなかったはずだ。

 

伸助(しんすけ)君、いる――」

 

 一応声をかけてから部屋のドアを開けた瞬間、机に向かう小柄な背中がびくりと震えた。

 

「……なに?」

「ごめん、ちょっとパソコンとプリンター使いたいんだけど……ダメ?」

 

 小学六年生。思春期に差しかかっている姉の長男坊は、それまでPCのディスプレイへと向けていた不愛想な視線をこちらへ移す。

 

「……別にいいよ。大したことしてないから」

 

 そっけなく言うと同時に、細い肩越しに見えたブラウザのタブを消しているのが遠目に見て取れる。確かこの子はスマホを持っていたはずだけど、なぜわざわざPCを使っていたのだろうか。

 

「悪いね」

「別に」

 

 だが、その疑問を訪ねる前に甥っ子は立ち上がり部屋をあとにする。なんだか迷惑そうだったので声はかけられなかったが、まあいいやと思い直し譲ってもらったPCへと向き合う。

 

「ん?」

 

 しかし、ブラウザのアイコンをクリックして立ち上げた瞬間、連続したいくつかのタブが目の前に現れた。バグか設定ミスのせいか。先ほどまで甥っ子が調べていたものが再度表示されてしまっているようだった。

 

「……ははーん」

 

 そして、なんだか一抹の申し訳なさを感じつつも、そのタブに表示されている検索結果を見て思わずにやけてしまう。

 

 『〇〇 裸』、『〇〇 おっぱい』『エロ 無料 大丈夫』、『セックス 動画』

 

 最近流行りの芸能人、アニメとセットになっているものから単純なものまで……姉夫婦から見れば悩みの種になりそうだが、僕から見ればなんだかかわいらしくも思える努力の跡がそこにはあった。

 たぶんスマホにフィルタリングがかかっているのでこちらを使ったのだろうが、結局、このPCにも設定されているため見ることはできなかったらしい。最後のタブでは『フィルタリング 解除 方法』と検索されており、とあるサイトを閲覧している途中だったようだ。

 

『フィルタリングで必要な情報を得ることできず、困っている方もいるのではないでしょうか?』

『そもそもフィルタリングとはなんなのでしょうか?』

『フィルタリングを解除する方法はいくつかあるようです』

 

 となんだか不確定でどうでもいい文章が並ぶ長々としたページをスクロールしていくと、最後には『フィルタリングを自力で解除する方法はわかりませんでした! お近くの携帯ショップに行くのが確実でしょう!』とそんなことわかっとるわい! と思わずツッコミたくなる結論が示されており、しまいには『いかかでしたか? よろしかったら高評価をお願いします』と真理の扉もびっくりな等価交換を要求された。

 

「なるほどね」

 

 今の子供はその手の情報もスマホを通してすぐ手に入れられると思っていたが、案外、苦労しているらしい。昔と比べてうちのネット周りの環境もずいぶん変わったので、エロに対してどういう感情や考え方を持っているのかわからないと思っていたけど、十数年くらいだと、まだ人間の根本的な価値観というところにあまり変化はないようだ。

 

「こういうこと……」

 

 うろ覚えだが、確かドラえもんの作者も、同じようなことを言っていた気がする。

 登場するキャラクターたちは自分の子供時代がモデルであり、連載開始当時でも古臭かったのにそれが受け入れられたのは、人間の根本的なところは変わらないことが要因かもしれないと。

 

 どこで聞いたんだっけ?

 

 確か社会人になる前、いや、大学よりも前……たぶん、インターネットやテレビではなく、人づてに直接聞いた気がする。だが、いくら思い出そうとしても、中学、高校の頃の記憶はおぼろげで、小学校時代ともなると、どこか他人のホームビデオを眺めている気分になる。

 

 その時、家の外で近所の子供が遊ぶ声が聞こえてきて、北向きで少し薄暗いこの部屋を照らす日差しを――その光を迎え入れる窓、そして、その向こうに広がる住宅街を見た。

 

 自転車を押して帰った夏の夕焼け。白い日差しに染まった大気を揺らす蝉の声。夕立ちの後の地面の匂い。立ち並ぶ鉄塔とそびえたつ入道雲。汗でベタつく背中とTシャツ。木の下にできる濃い影法師。溶けかけたアイスとぬるい麦茶。くぐもった冷房の稼働音。青空の下で少し歪んだビルの群れ。

 

 過ぎていった時間のひとつひとつが、切り取られた漫画の一コマみたいに静止して、忘れていたはずの記憶まで掘り起こされていく。

 そして、そのコマの最後のひとつ……少し遠くなった赤いランドセルと得意げでシニカルな笑みが、頭の中でひらめいた。

 

「……ああ、そうだ」

 

 やっぱり、君か。

 小学六年生の時のクラスメイト――エロえもんだ。

 

 懐かしさに染まる夏の窓を見て、ふと今は甥っ子が使っている――昔は、自分が使っていた子供部屋を見渡した。

 この小さな空間に切り取られた夏の景色が、僕に何かを求めていた。だけど、その正体が自分でもわからず、甥っ子が去っていったドアの向こう側に目を向ける。

 

 故郷の風景やあの頃の友達、抱いていた夢は、僕の人生にとって、もう通り過ぎた過去のはずだった。

 

 それなのに。

 どうでもいいネットのページから。ふと見上げた景色から。脳のどこかに仕舞い込まれていた記憶に連れ出されることがある。

 

 どんなに時間がたっても慣れない感覚に、少しだけ、身を任せることにした。

 

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