大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島―― 作:ぽんこっこ
第13話:時をかける夏休み
光陰矢の如し、歳月人を待たず、time waits for no one……どれも時間はあっという間に過ぎていくという意味合いの言葉だ。
同じような格言が世界中に散らばっているのを見る限り、昔の人はみんな時間が過ぎるのを早く感じていたのだろう。だけど、僕らにとって夏休みまでの日々はじれったく、いつもよりゆっくり時間が流れていて、まるで餌を前に「待て!」とお預けを繰り返されるパブロフの犬みたいな気分だった。
そんなふうにして待ちに待った――夏であり、夏休みだ。午前中の終業式で地獄の窯のように蒸し暑い体育館で校長の長話を聞いた後、教室に戻って、一部の成績優良児を除き親に見せたくない通知表と受け取りたくない夏休みの課題と守りたくない規則正しい生活スケジュール表を受け取った大半のクラスメイトは、「きりーつ! 気を付け! れいっ!」の号令が終わると同時に廊下へと駆け出していた。
僕はその光景を見て、ふと去年の終業式の日のことを思い出していた。確か去年は、誰の目にも留まることなく図書室へ向かった。そうやって下校時間のピークが過ぎるのを待って、何冊か本を長期レンタルし、重くなったランドセルとリコーダーやら雑巾やらが詰まった手提げ袋を持って猛暑の陽ざしの中で下校するだけだった。夏休みの予定も親戚の法事で集まる以外はまるまる白紙だった。
「日野!」
だけど――
「帰りに夏休みの予定話そうぜ」
今年の夏休みは、去年とは違う夏になりそうだ。
振り返った先で笑っているエロえもんと幸田に細川。いつもの三人に僕は少し戸惑いつつも「う、うん」と答えた。
「自由研究、どうするよ?」
「ダックスフンドの胴体はどうやったら伸びるのかとかでいいんじゃない?」
そんな遺伝子改造レベルの実験が小学生にできるか。それだったら僕はナマズにウ――(諸々の事情で自主規制)を生やす研究でもするよ。
「じゃあ、お前も何かアイディア出せよ。なるべく一時間くらいでパッと終わりそうなやつ」
僕が幸田と細川の会話にツッコミを入れると、逆に幸田から恨みがましい視線と文句を投げられた。僕はうーんと首をひねりつつ『創世セット』を使い、新世界の神になるという二人以上に現実感のない提案しかできなかったので、みんな「お前に聞いたこっちが悪かった」と呆れ顔だった。
ラジオ体操という極めて健全な風物詩的イベントにはとっくの昔に行かなくなった僕は、夏休みが始まってからというもの、いつもより遅い時間に起きてはお母さんに「夏休みだからってダラダラしないの!」と嫌な顔をされた。
だけど、お説教の効果はまるでなく、そのまま午前中は自分の部屋で漫画を描いたり読んだり、気分転換にリビングで寝転んでさして興味がない情報番組やらテレビショッピングやら甲子園を目指す高校球児たちの姿を観て、時折運悪く起きてきた姉ちゃんに「ちょっとジャマなんだけど」と蹴りを入れられる日々を過ごしていた。
まあ、つまり無為に貴重な小学生最後の夏休みを浪費していたわけである。午後はいつもの三人と遊んだり、エロえもんの家に行ったり、塾の夏期講習に嫌々行ったりしていたけど、基本的にはドラえもんに『タイムライト』片手にお説教をくらいそうなくらい時間を無駄にしていた僕は、結局八月まで何をするでもなくダラダラとしていた。
そんなことだから、当然「夏休みの友」という名の夏休みの敵には一ページも取り組んでいない。
だって、サバンナのシマウマとかガゼルだってわざわざライオンに近づかないのに、彼らよりひ弱な僕が大量に学習机に積み重なっている天敵の群れに近づく道理があるだろうか。いや、ない(反語)。
そう、これはれっきとした生存戦略に基づく極めて本能的な判断であり、あたかも日本海海戦で秋山
とまあ、僕がそんな自己肯定一点突破型の言い訳を長々と展開すると、「本能的かつ論理的って時点で矛盾してるよな」とエロえもんに的確な指摘された。ぐうの音も出なかった。
さすがに八月も第二週に入ると、宿題に関するお母さんの言葉は口頭注意レベルから絶対遵守の眼力へと切り替わる。
「丸写しはマズいだろ。途中の計算式とか変えたり、いくつか間違えないと」
「このメンバー全員が走れメロスはさすがに……」
そんなわけで。今日は珍しく僕の家で夏休みの宿題を持ち寄って、互いにできているところを写しあったり、エロえもんがインターネットから拾ってきたいくつかの読書感想文の例を自己流に改ざんすることに勤しんでいた。誰一人として真面目にやらないところがあれだが、幸田なんかは去年一ページもやってなかったらしいからかなり進歩していると言えるだろう。
それに、僕と細川はこれに加えて塾の課題まであるのだから性質が悪い(ちなみに細川が通うのは僕と違い、中学受験する人たちが通うレベルが高い塾だ)。前々から思ってたけど、今こそ僕は日本の画一的な教育に是非を問いたい。だいたいやらされる勉強っていうのは、結局身につかないものなのだ。
まあ、やらされなかったら自分では絶対にやらないんだけど。
「あちぃ……」
幸田が麦茶が入ったコップに口をつけながらうめき、集中力の切れた細川が扇風機に向かって「アーアー、ワレワレハ~、ウチュウジンデアル~」と変な声を出し始めた。なんとか机にへばりついている僕とエロえもんも、もはや手を動かすのも億劫になっていた。
僕らは今、日野家のリビングで勉強会……もとい夏休みの宿題写生大会を絶賛開催中である。
僕の部屋には、みんなで集まって宿題をできるような大きい机はないからリビングでやっているのだが、基本的にテレビの健康番組に全幅の信頼を置いているうちの両親は冷房病による自律神経へのダメージを過度に恐れており、僕の家では両親か祖母の同意が取れなければ勝手にクーラーをつけてはならないという謎のルールがあったのだ。
なので、僕は最初うちじゃない方がいいんじゃないかと提案したけど、幸田の家はおしゃべりな妹さんがいるのでこういった悪行をしている親にチクられるといい、細川の家も専業主婦の教育ママが常時在中。最初第一候補にあがっていたご両親が不在の時が多いエロえもん家も「あー……ちょっと今は無理なんだ」と珍しく断られてしまった。
ということで、消去法で父は仕事に母はスーパーのパート、祖母は老人会の旅行で姉も就職の面接という奇跡的なタイミングで家の人が誰もおらず、心置きなく写生大会を実施できるうちが会場に決定したのであった。
「地球温暖化ってやっぱあんのかねぇ」
とうとうエロえもんはペン回しをしながら、さして興味がなさそうにそんなことを言い始めた。僕も下敷きをうちわがわりにパタパタと仰ぎ、「温暖化ねぇ……」とやはり興味なさげにつぶやく。
藤子先生は環境保護を早くからテーマとして取り上げていたし僕もおおむね賛成だけど、それにしても暑いもんは暑い。昭和より平均気温だって五度くらい上がってるんだし、地球より僕らの命の方が先に干乾びてしまいそうだ。そうなる前にぜひともどこかの偉い誰かには頑張っていただきたいものである。
僕はどこか他人事みたいに地球の未来を案じながら、生ぬるい風ばかり提供してくる吐き出し窓を恨みがましく眺める。窓の外は何も描かれていないキャンバスみたいに真っ白で、外から聞こえてくるのは鳴き狂う蝉たちの声だけだ。
僕は最後の気力を振り絞って汗で少し湿った理科のプリントに目を落としたけど、宿題の文言も暑さのあまりおかしな単語ばっかりに見えてくる。重症だ。本気で『テキオー灯』か『水加工ふりかけ』が欲しい。『あべこべクリーム』ぐらいなら今の科学技術でも似たようなもん作れるんじゃなかろうか。
「ああ、もう無理だ。やめーた」
とエロえもんがついにペンを投げると、「中止だ中止!」と扇風機を陣取る細川も叫び、「なぁ、クーラーつけようぜ。バレねえって、どうせ」と幸田も倒れ込む。
「でも……」
と僕は躊躇するが、まあ、確かに誰もいないし律儀に守る必要もないだろう。お母さんが帰って来る時間の三十分前くらいには切って窓を開けっぱなしにすれば、元通りになるはず。僕はリモコンを手にピッと電源をつけた。
「おっ、来たぜ」
「ようやく無駄な抵抗をやめたか」
と幸田と細川が窓を閉めると、気温はすぐに下がっていく。科学の力様様である。
「おい、……し……ゅ……宿題はどうするんだよ」
だけど、ダレた気分は戻らず、結局誰一人として宿題の続きに取り掛かろうとしない。僕の問いかけに幸田は「俺、今日はパス」と後ろ手をついてテレビを観て、細川は手をひらひらと振り持ってきたDSを始めてしまった。
残るエロえもんと目を合わせるが、返ってきたのは「まあ、私は焦ってやんなくても大丈夫だからいいや」という謎の答えだ。
「え? なんでだよ?」
「いい女というのは……常に謎が付きまとっているものなのだよ、ワトソン君」
僕は思わず「何言ってんだ、バーロー」と言いたくなったが、なんだかもう怒る気にもなれず机に突っ伏した。
やれやれ。ぜひとも目の前に座っている21世紀のホームズに、コ〇ン君がいきなりパラパラを踊り出した謎も解決してほしいものである。
……だけど、まあ、立派すぎる決心というのは、3日坊主になるものなのだ。僕も明日の僕にやらせることにしよう。