大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島――   作:ぽんこっこ

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第14話:限りなくブラックに近いグレー

 

 

 ということで、幸田が観ている『大好き! 五つ子』と細川がボタンを連打する音をBGMにエロえもんが持ってきてくれた漫画を読み、時々すこぶるどうでもいい雑談をするというダラダラタイムに突入してしまい、またしても時間を無駄にしてしまった。

 

『いいですか? これから娯楽の主戦場はネットに移ります。とにかくネットとテレビ、つまり放送と通信によるシナジーです。シナジー効果のわけですよ』

 

 不意に耳に入ってきた「ネット」という言葉に僕は漫画から目を離し、視線を向ける。五つ子は終わり、いつの間にかお昼のワイドショーに番組は変わっている。どこかのIT企業の社長がテレビ画面の向こうではそんなことを語っていた。それは過去のインタビュー映像だったらしく、画面が切り替ってスタジオに戻るとどこか偉そうな態度のご意見番的なオジサンが何やら非難を繰り返していた。

 

 インターネットの急速な普及と発展。それを大人たち――特にこれくらいの年齢の人たちは、あまりいいものと捉えていないことは、なんとなく子供の僕たちも感じ取っていた。

 

 夏休みの開始前にもインターネットや携帯で遊ぶのは危険な事件に繋がる可能性があると言われたし、エロえもん曰くソフトではなくハードのモノづくりで成功体験を収めたこのご意見番くらいのオジサンたちは、「IT」とか「ソフト」とか「ネット」とか、そういうものやサービスを取り扱っている会社に対してなんとなく不信感だったり、楽して金を稼いでいるというイメージを持っているんじゃないかということだった。

 

「モノを作るっていうのも大変だろうけどさ。そういう頭を使って新しいサービスやらコンテンツを絞り出すっていうのも、同じくらい大変だと私は思うんだけどな」

 

 テレビのご意見番的な人――いや、彼だけじゃなくて、その向こうにいる誰かに突き付けるようにエロえもんはぼそりとつぶやき、どちらかというと難しい話が苦手な僕と幸田はボケっと聞いていて、細川がゲームをしながら大きく頷いていた。

 

 ゲーム好きな細川は前からゲームデザイナー? やプランナー? っていうゲームを作る人になりたいと言っていたので、たぶんエロえもんの話には共感するところがあったのだろう。

 エロえもんの家でインターネットをしている時も既存の名作ゲームをまとめている『おもしろゲーム大全集』というサイトを熱心に見てたり、『シフトアップネット』というFALSHを使ったブラウザゲームがたくさんあるサイトのすごさを興奮した様子で語っていた。

 

 そこ以外にもインターネットには様々なフリーゲームがあって、そのほとんどは任天堂やソニーが出しているゲームよりはるかにシンプルなものが多かったけど、見ず知らずの人とランキングで競い合ったり情報を交換するというのが面白く、ゲームを禁止されていた僕と持っていなかった幸田もけっこう夢中になっていたのだ。

 

「たぶん、これからゲームもそういうふうにオンライン? が主流になっていくと僕も思ってんだけどなぁ」

 

 と細川はウキウキした様子で語っている。だけど、一転少し暗い口調で「まあ……うちインターネット繋げてもらえないんだけどさ」と苦笑いした。

 意外なことに、細川のうちはかなり裕福な家庭にも関わらず、家にはインターネットの接続環境がなかった。

 

「そんなくだらないことやっている暇があったら受験勉強しろ、だってさ。それにゲームクリエイターなんて……不真面目で、しょうもない仕事なんて目指さないで、ちゃんとした仕事とか会社にしなさいって」

 

 いつものキザっぽい話し方はすっかり鳴りを潜め、細川はどこか力なく笑う。

 僕らはなんとなくかける言葉が見つからず、「まあ、ババアとジジイの言うことなんて気にすんなよ!」という幸田の雑な励ましにちょっと助けられた気分になる。

 

 細川のお母さんはPTA会長をやっていて、自他ともに認める教育ママだ。

 僕の家でも苦言を呈されたことがあるけれど、細川家では『クレヨンしんちゃん』と『ボボボーボ・ボーボボ』の視聴が「低俗だ」ということで禁止されているらしい(僕はそれを聞いて、おいおい北〇鮮かよと思ったけど)。

 

 たぶん、そんな家庭だからご両親ともに仕事以外に使われるネットなど子供に悪影響しかないと思っているのだろう。ゲームは受験勉強の成果報酬としてまだ難を逃れているみたいだけど、テレビや新聞では『ゲーム脳』とか『非行や引きこもりの入口』とまるで麻薬みたいな扱いをされているので、いつ取り上げられるかとビクビクしているみたいだった。

 

『こちらは箱根に来ている皆さんでーす』

 

 すっかりBGMと化していたテレビの中。先ほどまで連日の猛暑に冷房病の対策、芸能人の不倫、政治家のスキャンダルをまるでタイムリープしているみたいに繰り返していたワイドショーの内容は、いつの間にか夏の観光特集に変わっていた。なんの悪戯か。インタビューを受けているのは打ち上げ旅行に来ているゲーム会社の人たちのようで、中継先のリポーターがマイクを向けていた。

 

「ちゃんとした仕事って……なんなんだろうなぁ」

「さあな」

 

 僕が漏らした呟きにエロえもんがぶっきらぼうな返事を寄越す。

 時々テレビとかでCMをやっているような大きな会社や役所でも、不祥事とか事件とかで記者会見をやって謝っているのを見たことがある。でも、きっと、そういう会社でも、やっぱり僕らの親くらいの世代にとっては「ちゃんとした」会社なんだろうということだけは、なんとなくわかる。

 

 でも、大人たちが何を持ってちゃんとした会社であるかどうかを基準を作っているのかは、結局いくら考えてもわからなかった。

 

「そういやさ、お前ってピーエスピーってやつ持ってるか?」

 

 そんなことよりさ、とでも言いたげな幸田の明るい声に細川がしばらく考えた後、「ああ、あれ」と得心した顔をする。

 

「なにそれ?」

 

 携帯ゲーム保有禁止条例批准地域に居住している僕が尋ねると、細川が得意気に笑う。

 

「知らないの? ソニーが出しているプレステ版の携帯ゲーム機みたいなもん」

「そう、それ! 近所の兄ちゃんが持ってんだけど、それでもインターネットできるらしいぜ! あれなら親にバレずにネットやり放題じゃねえか!」

「あー、まあ、そうなんだけど……てゆーか、DSでもできるんだけど……」

「そもそもインターネット環境がなきゃできないんだよ」

 

 興奮した様子の幸田とは対照的に細川はどこか歯切れが悪そうで、エロえもんが話の続きを引き継ぐ。

 

「じゃあ、エロえもん()は?」

「説明書見た限りだと、無理だな。無線LANルーターかWIFIコネクタが必要なんだけど、うちにはないし。それに、細川のゲーム機には使用制限がかかってるみたいだから、たぶん仮にあったとしても接続できない」

「解除する方法とかねえのかよ?」

「設定されている暗証番号が4桁の数字だからな……試行回数は1万通りだ。不可能と思ったほうがいい。仮にそこを突破できても、次は合言葉のパスワードもあるからな」

 

 僕と幸田の質問にもエロえもんの淀みない回答が返され、僕らは思わず揃ってはぁとため息をついてしまう。

 

「それにしても……君って、やっぱりすごいな」

 

 エロえもんはあまりゲームしないタイプだから、そこまではよく知らないと思っていたけど、やっぱりインターネットのことになると頼りになる。

 幸田も「さすが毎日エロ画像を漁ってるだけあるぜ」とからかい半分に同意すると、「私だってゲームくらい知ってるよ。ドリー〇キャストが最高のゲーム機なんだろ?」とちょっと意地を張った感じで答えた。

 

「また渋いところをあげたねぇ」

「パ……父親がゲーム好きで、昔やってたの横で観てたから。あの(ひと)は……母親は、そんなくだらないものやってたらロクな大人にならないってよく言ってたけど」

 

 細川の言葉にエロえもんは一瞬だけ苦虫を噛み潰したような――なんだかいつものしたり顔とは違う、ほんの少し嫌悪が混じった薄い笑みを浮かべた。

 

 僕はそれを見て、ふと、エロえもんの家に僕らが行くときは、いつもご両親がいないことが気にかかった。それに思い返してみると、エロえもんと会話している時にお父さんの話はちょっと出てくるけど、お母さんの話題は今日初めて聞いた。

 

 人の家の事情はそれぞれだからあまり踏み込む気にはなれないし、勝手な想像だけど……もしかしたら、エロえもんはあまりお母さんと仲良くないのかもしれない。

 

「しかし、ドリー〇キャストなんてだっせー名前だよな! プレステの方が面白そうだぜ!」

「君、わかってないなぁ。確かに商業的にはあまりうまくいかなかったけど、21世紀に入る前からインターネット接続ができたり、当時としては凄いグラフィックだったり、時代を先取りしてたってことで、けっこうマニアからは評価高いんだぜ」

「だって、俺ゲームマニアじゃねえし」

 

 などと幸田と細川がどうでもいい応酬を繰り広げる中、僕は「へぇー、そんな昔からインターネットに繋がるゲーム機とかあったんだぁ」とこれまたどうでもいいことを考え……考えて、ふとあることを思い出した。

 

「そういえば、プレステでもインターネットって見れるんだよね?」

 

 僕は細川とエロえもんの方を見て、そんなことを尋ねる。

 

 僕が思い出したのは、前に観た映画――ドラえもんみたいに未来からやってきたロボットと現代の子どもたちが、地球を侵略しようとする宇宙人と戦うSF映画だ。その一幕にインターネットで情報収集したいとロボットが言い出し、パソコンがなかった主人公はプレステを代わりに使おうとする場面があったのだ。

 

「プレステならその無線なんたらってやつもいらないんじゃない?」

 

 僕が映画のことも交えながら説明すると、幸田は「お前、今日は珍しくさえてるじゃねえか!」と僕の背中を思いっきり叩く。痛い。

 

 だけど、エロえもんと細川の反応は微妙だった。

 

「そもそも親に見られないでこっそりやりたいっていうのが前提だからなぁ。君、そこらへんのとこ理解してる?」

 

 とは細川の話。

 

「据え置き型のハードだとリビングで見られる可能性高いし、リスクヘッジがやりづらいな。それにどちらにせよネット環境が必要であることに変わりはないから、画像のダウンロードとか印刷できるパソコン使ったほうがいいしな」

 

 とはエロえもんの談。

 

 二人の論理的な指摘を前に僕は「なんか……ごめん」と恐縮し、幸田は「お前、今日もやっぱりだめじゃねえか!」と僕の頭を思いっきり叩く。痛い。

 

「まあ、でも目のつけどころは悪くない気がする。君は、なんというか既存の作品とかモノとかからインスピレーションやアイディアを得て、新しいものを作るのが得意みたいだしな」

 

 肩を落とす僕を慰めるようにエロえもんが言ってくれる。それって遠回しにパクるのが得意ってこと言ってるんじゃないか……と思ったけど、彼女は笑って否定した。

 

「違うよ、前も言っただろう。これから全くイチからの新しいものは作られないって話。君の言っているその映画だって、確か……ドラえもんの二次創作から監督の人が着想を得て作ったらしいぜ」

 

 僕はそれに「ああ」とちょっと納得した声をあげる。

 

「ドラえもんの最終回ってやつ?」

「そっ」

「それ、俺も聞いたことあるぜ」

「僕も。のび太が科学者になって壊れたドラえもんを直すって話だよな」

 

 僕らの会話に幸田と細川も加わる。

 それはけっこう巷では有名な話で、確かドラえもんファンの人がインターネット上で公開した自分なりの最終回が評判となり、広まったものだった。

 

 それは自分でも本当に不思議で、インターネットはないし、僕は友達も少ないはずだからどこで聞いたかもわからないけど、そういう裏話とか怪談チックな都市伝説とか色違いのポ〇モンをゲットできる裏技とかは……なぜかいつの間にか知っていることが多かったのだ。

 

「でも……僕は、あれちょっと納得がいかないな」

 

 あの原案を最初に書いた人も……たぶん僕と同じ藤子先生とドラえもんが大好きな人なんだろうし、すごく優しくて感動できる結末だと思った。

 

 だけど、その最終回を聞いた時、確かに感動的なんだけど、個人的には少し違和感があるというか……なんだか納得がいかなかった。

 

 だって、のび太だってそりゃあ成長するだろうけど、僕みたいなダメな部分に共感するやつからしたらなんだかのび太にも置いて行かれた気分だし、あいつがそんなすごい立派な大人になっちゃあのび太としての……こう……なんというか、のび太らしさがないじゃないか。

 

「たぶん君が言いたいのは、アイデンティティっていうやつだね」

 

 僕がしどろもどろに説明したことを咀嚼して、エロえもんが一言でまとめてあげてくれた。なるほど。また一つ賢くなってしまった。

 

「でも、のび太って将来公務員になってるらしいぜ。近所の兄ちゃんが言ってた」

 

 とここで思わぬところから思わぬ情報が飛び込んでくる。幸田だった。

 というか、さっきから幸田の主な情報源になっている近所の兄ちゃんは何者なんだろう……妙にオタク臭いけど。

 

「公務員って市役……ぅ……所とかで働いてる人だろ?」

「いや、なんか環境なんとか局で働いているんだろ? 俺、よく知らねえけど」

「現実世界でいうところの環境省の官僚だな」

 

 幸田の説明にエロえもんが情報を加えると、僕はちょっと突き放された気分だった。

 なんだよ、のび太。全然落ちこぼれじゃないじゃないか。

 

「のび太も努力したってことだよ。まあ、君もせいぜい頑張りな」

 

 となんだか落ち込んだ気分のところに細川が追い打ちをかけてきた。まったく、持つべき者は友達なんてよく言うぜ。ありゃあ、嘘だな。

 

「でも、あれってなんか訴えられてんだろ? 裁判か何かで」

「たぶんそれ、お話をもとに漫画を作った人だよ」

 

 僕もその話は聞いたことがあった。

 確かそのお話の原案を作った人はちゃんとドラえもんには藤子先生が作られた最終回があるって明記してサイトに載せていたんだけど、それをもとに藤子先生そっくりの絵柄で漫画を作った人がいっぱいそのそっくり漫画を売ってしまって、小〇館に警告を受けたのだ。

 

「著作権問題ってやつだね」

 

 僕と幸田の話に「ただ……正確には、賠償して和解したから裁判までいってないけど」とエロえもんが割って入ってくる。

 

「欧米とかではパロディを権利で認めているところもあるんだけど、日本ではそういう法律ないからね」

「じゃあ、そういうのって描いたらまずいの?」

「グレーゾーン……ってとこだな、一応。そういう作品はいっぱいあるから全部摘発するのはコストがかかるし、君が言っていた映画みたいに商業作品やプロでもパロディを堂々とする人もいる。まあ、でも、あくまでその作品の権利を持っている人に見逃してもらっているだけだから、裁判起こされたらほぼ100%負けるようになってんだよ」

「じゃあ、なんでわざわざそんなことするんだよ?」

「そ……訴えられたら、やばいじゃん」

 

 細川の後に僕も続こうとしたが、訴訟の小さい「ょ」が出なくてとっさに訴えられるに変える。

 もちろん、僕だって藤子先生の作品やドラえもんのことは好きだし、パクリ……もといインスピレーションを受けた漫画を描いたことあるけど、それはなんというか僕個人やせいぜい教室のやつらが見るような小さな規模のものだ。

 

 でも……エロえもんの話にあるような本格的なパロディ漫画を描いている人たちは、僕とは違ってお金と手間をかけているだろうし、プロってわけじゃないから、会社や学校で褒められるわけでも、将来の役に立つわけでもないのに。

 

「何も考えていないか、申し立てがつくまでお金儲けできるとか……もしかしたらそんな理由でやっている人もいるかもしれないけど――」

 

 僕の話にエロえもんも腕を組み「うーん」と珍しく悩む素振りを見せる。

 

「たぶん……ほとんどの人は、その作品とかキャラが好きだから。好きってことを表現したいから、やってるんじゃないか」

 

 エロえもんが捻出した答えに幸田が「なるほど……まさしく愛だな!」と笑い、「からかうなよ。誰でも言えること言ってるだけだ」と照れたように口元を緩ませた。

 

 だけど、僕はその時……エロえもんのすごさは、こういうところにあるんだなと内心思った。こいつは確かに少し変なやつなんだけど、色々知っているだけじゃなくて、その知識から考えを整理して、「自分の意見」というやつを持っているように思える。

 それは、普段から「やれやれ」と言いつつ教師や親の言うことを無条件で聞いている意気地なしの僕には到底真似できないことで。恥ずかしくて言えないけど……ちょっと憧れる部分だった。

 

「まあ、そんなわけで、エロえもん。そろそろアレにしようぜ」

「……ああ、アレか」

 

 幸田がまるでオレオレ詐欺をしかけている最中の詐欺師みたいによこしまな笑みを浮かべると、それに呼応してエロえもんもニヤリと笑う。

 

 どうでもいいけど、「そんなわけで」ってどういうわけなんだよ。前後の繋がりがまるでないぞ。まあ、僕も幸田も国語の成績は5段階中の2で横並びだから、偉そうに接続詞の正しい使い方なんて言える立場じゃないんだけど。

 

 そんなわけで、僕が若者の日本語力低下を嘆く教育学者みたいな思考を巡らせている間に、エロえもんは持ってきたリュックをごそごそと探り、その中からいつも自分の家で使っているパソコンと印刷してきた紙の束を取り出した。

 

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