大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島―― 作:ぽんこっこ
僕ら四人はこれまでの夏休みでも予定が合う日に集合して遊んでいたけど、その内容といえば海水浴やプールに夏祭り、花火大会、キャンプ――といった爽やかな青春ドラマ染みたものじゃなくて、なんとなく誰かの家に集合して漫画を読んだり、ゲームをしたりと……まあ、せっかくの夏休みをダラっと使うものだった。現代っ子、ここに極まれりである。
そして、何より――
「科学の力ってすごすぎる……」
「知ってるか? 技術の発展は、争いとスケベによってもたらされるんだぜ」
「こいつは……とんでもないツァリーボンバーだぜ……」
「みんなわかってないな。大きければいいってもんじゃないだよ。やっぱり僕みたいに繊細な教育を受けてると、慎ましやかなおっぱいの魅力や趣ってのもわかるようになるんだ」
何より、僕らが一番夢中になったのは、エロえもんがインターネット経由で入手するエロ画像の鑑賞会だった。
目の前に山積みになった学校の宿題に塾の課題。外に出るのも嫌になるくらいの猛暑。小学校最後の夏だというのにたいしたイベントもない毎日……僕らは何か行動を起こすわけでもないけれど、どこかそういう空虚な夏に焦りに近い何かを感じていたのかもしれない。
その「何か」っていうのは、来年から始まる中学生活への不安とか、家庭や学校といった今の自分たちを取り巻く環境とか……一言では表せない複合的な社会への反抗心だったのかもしれない。
そんなふうにせっかくの夏休みに鬱屈とした毎日を過ごしていた僕らは、この日々を食い破って変えてしまう「何か」を待っていた。
そして、そのヒントになり得そうと期待を寄せていたのが、エロえもんを通して数か月前に知ったインターネットとエロの世界だった。
「なあ、もっとエロい画像ダウンロートできねえの?」
しかし、いささかそれもマンネリ気味になりつつあるのが実態だった。
悲しいかな。人は与えられることに慣れてしまうと、現状に満足せず、その先の進化を求めてしまうものなのだ。
「もっとエロいって……どういうの?」
幸田の問いに僕が聞き返すと、幸田は珍しく「お前、そりゃあ――」と言葉を詰まらせる。
「あれだろ……その、セックスとかだろ」
幸田がそう言った瞬間、さっきまでエロ画像を見ながらギャーギャー言っていた僕らの動きがピタリと止まった。
窓向こうから相変わらずの蝉しぐれに混じり飛行機が遥か上空を突っ切る音が聞こえ、テレビではワイドショーの終わりを告げる流行りの歌手の歌が鳴り響いていた。
「セックスって、あれ、だよね。授業でやってたみたいな――」
「うるせぇな、セックスはセックスだろ! 近所の兄ちゃんが言ってたぜ」
一瞬の沈黙がけっこう恥ずかしかったのか。僕が尋ねると幸田はムキになったようにソース元である「近所の兄ちゃん」を出してきた。なんだかウィキペディアみたいだな。
ちなみに僕が言っていた授業というのは、去年やった理科の内容だった。
そこでは「セックス」という言葉は出てこなかったけど、雄と雌がある動物は精子が卵子に入ると受精というものをすると習ったのだ。その時の授業は――僕も含めて――普段授業を真面目に聞かずに寝ている男子も、プロフィールメモを回している女子も、みんな不思議と食い入るように教科書と教材ビデオを見つめていたのは、今でも覚えている。
その後の休み時間でも、クラスの女子たちは教室のいろんなところでコソコソ話をして、男子のお調子者の誰かが「セックスー、フォーーー!!!」とか叫んでいて。確か僕はそこで「セックス」という言葉を知ったのだ。
「うーん……厳しいな。このコレクションだって、ひっかからないサイト探し当てるのにかなり時間かけたんだぞ」
ただ。さすがのエロえもんもそれには難色を示す。ただそれはやりたくないというわけではなく、難易度の問題だった。
エロえもんのパソコンにはフィルタリングがかかっていて、閲覧できるサイトには制限があった。
ヌードや……セックスとかの18禁のエロサイトにはもちろんアクセスできなかったし、ネットショッピングの類もダメ。エロえもんが搔き集めたグラビアの画像も、たまに運よくフィルタリングをかいくぐったサイトに貼られていたものをコピペしたものがほとんどだった。
「頼むよ。一生のお願いだから」
細川の一生のお願いを聞いたのは今月で2回目だ。何回転生してんだ、君は。
僕らの視線にエロえもんは思案顔で「うーむ」とパソコンをじっと見て黙考する。
「……ダメだな。結局、そこらへんの権利を握っているのは親だし。それに、悪いんだけど……うち、ちょっとの間ネットが使えなくなりそうなんだよ」
エロえもんからの衝撃の通達に僕らは「ええーーー! なんでだよ!?」と口を揃えて愕然とする。
「まあ、ちょっとな」
「インターネットが使えないエロえもんなんて、ただのおっぱい星人の小学生じゃないか」
「失礼だなぁ。まあ、しばらく我慢しろよ」
ショックだったけど、いつもと違い皮肉にもなんだか歯切れの悪いエロえもんの様子を見て、僕らも仕方な引き下がった。
しかし……インターネットが使えないとなると、僕らのエロ……とりわけセックスという未知の存在に関する捜査は難航を極める。
「なんかエロ本を捨てるための白いポストがどっかにあるみたいだけど」
「でも、近所の兄ちゃんそれをなんとかこじ開けれないかってしてたら、警察に捕まったらしいぜ」
「十過(とおすぎ)駅の裏にはまだエロ本自販機があるって噂で聞いたことあるな」
「それ他県だろ。僕たちの小遣いじゃあいけないよ」
「前は裏山の駐車場にゴールドラッシュがあったけど、今は掘りつくされてるらしい」
「くっそ~! 圧倒的に全滅じゃないか!」
あとは昔ながらの――互いに持っている情報を寄せ合うアナログ手法しかなかった。
ちなみにゴールドラッシュとは、成年向け雑誌――いわゆるエロ本がなぜか捨てられまくって堆積している場所のことだ。
他にも、祭りの射的では高校生以上限定でエロDVDやビデオが景品として出てるとか。金曜日の深夜に特命〇長というおっぱいが見れるドラマがやっているとか。近所の兄ちゃんが通う中学校の図書館では人体図鑑で外国人の全裸が見られるとか。
僕らの耳に入る情報はすべて断片的で、「らしい」や「みたい」という伝聞の域を過ぎなかった。
「そういえば……幸田ん
ふと思い出して、僕は幸田に尋ねる。
幸田のお父さんは、学校の近所にあるコンビニのオーナーだ。幸田が家事をして妹の世話を焼いているところなんて想像できないけど、両親が不在の時は妹さんの分まで食事を用意して、犬の世話もしていると以前言っていたのだ。
「ダメだな。学校の近くだからクレーム? が来るんで置いてねえみてえだ」
あと、そもそも売れなかったものはどっかに返品されるから勝手に捨てれないらしい。
「ダメかぁ~」
最後の希望も絶たれ、僕らはクーラーの稼働音響く部屋の中でうなだれ、沈黙があたりに垂れ込む。事態はまるで昨今の日本経済のように八方塞がりの様相を呈しているところだ。
ガチャリ。
だけど、その時――その沈黙に割って入るかのように、玄関の方で音がした。
同時に「ただいま~、あっちぃ、マジ死ぬ、ざけんなよ」と若者言葉の見本市みたいな声と廊下を歩いてリビングへと近づいてくる足音が聞こえる。
マズい。よりによって「ヤツ」だと……!
「やべえぞ……オイ!」
「隠せ! はやくはやく!」
「ハリアップ! ゴー! ゴー!」
僕が目配せで第一種警戒体制を告げると、まるで予告なしのガサ入れを受けて悪あがきをする人たちみたいにエロえもんがパソコンをしまい、残りの三人はそこらへんの床に散ったエロ画像とネットから印刷したのが一目でわかる読書感想文の例文を片付ける。
「あー、ツカレタ。おい、メガネ! アイス持って――」
となんとか証拠隠滅が完了した直後に廊下とリビングを繋ぐドアが開いた。
「……あれ? 友達?」
「こ、こんにちは……」
ヤツ――黒のリクルートスーツに身を包んだままドアを蹴った姉ちゃんは、リビングを見渡すと目を白黒させ、しばらく動きが止まった後「ふーん、あんた友達いたんだ」とどうでもよさそうな顔をする。一瞬で興味を失ったようだが、一応同級生の前でパシリを控えるくらいの気遣いは見せてくれ――
「……ちょっとあんた! また勝手に私の部屋の本棚いじったでしょ!」
――と安心したのも束の間。
瞬歩のように一瞬で間合いを詰められ、背中を蹴られた。僕はその衝撃で前につんのめり、土下座みたいな格好になる。そして、その体制のまま視線の先――リビングに転がっている少女漫画に気づいた。
それらは『神風怪盗ジャンヌ』とか『のだめカンタービレ』とか『NANA』とか……僕が読んでも面白かった名作少女漫画の数々で、本来なら姉ちゃんの本棚に差さっているものだ。エロえもんに読ませるため、留守中にちょいと拝借していたことを忘れていた。
まあ……確かに僕が悪いのだけど、わざわざお姉ちゃんキックを食らわせなくてもいいじゃないか。こういう時は、あれだ。前、ニュースで聞いたあれだ。
「……ぅ……しゅ、集団的自衛権の行使を――」
「あぁ?」
言葉が喉の奥に絡まる。しまった。小さな「ゅ」だ。何も考えてなかった。
いや、そもそも背中を擦って起き上がる僕を見下ろしてくる目は、一切の発言を許可していない。やはり、パワーこそ力。圧倒的な強者を前にすれば、弱者はひれ伏すしかないのだ。
「誤魔化しても無駄だから! あんたのことは一応生まれた時から知ってるからね。いい! 二度と部屋入んなよ!」
と声高々に勝利宣言をすると、大きいストラップをジャラジャラつけた携帯をパカッと開いて電話をかける。たぶん彼氏だろう。二階に上がる頃には、嫌になるくらい聞き飽きた姉ちゃんの声が少しだけ変わり、まるで知らない女の人のようになっていた。