大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島―― 作:ぽんこっこ
次に四人全員が一日予定が空いたのは、その週の金曜日だった。
例によって三丁目の空き地、『落書きは決してしないこと!』と注意書きの貼紙が貼ってある看板の前で僕らは待ち合わせ、その足で学校へと向かった。
「はい! 夏休みの自由研究で調べたいことがあって……どうしてもパソコン室が使いたいんです!」
青空のもと、静かな夏休みの学校に細川のハツラツとした声が響いた。
場所は本校舎から少し外れた所にある用務員宿舎の入口。少し離れたところには、僕らが入学した頃にはもう使われずオブジェと化していた小型焼却炉が、錆びだらけの体を鈍く光らせていた。(ダイオキシンが発生するとかなんとかで使用禁止になったらしい)。
いつもと違い優等生然とした細川の立ち振る舞いに用務員のおじさん(というかおじいちゃんに近い年だが)は「あー! そうかい!」と威勢よく笑い、鍵を渡してくれた。
なんというか、細川はこういう「大人に好かれる子供」を演じるのがうまい。背後でこっそり「たした名役者だぜ」と幸田がおかしそうに笑う。
「しかし、おじさんネットってよくわかんねえけど、最近の子は自由研究にパソコン使うのかい!? 将来は科学者かぁ? ええ? なに調べんだ!?」
「ハハハ……ちょっと科学の実験方法の確認を……」
思ったよりグイグイ来るおじさんに細川が乾いた笑みを浮かべる。まあ、エロ漫画を読むというのはある意味生物学……つまりは、自然科学の勉強なので、嘘は言っていない。嘘は。「確認」するのがエロ漫画を入手する「方法」だなんてことは口が裂けても言えないが。
「そういりゃあ、孫が最近ケータイでネットのゲームしたいって言ってんだけどよぉ、ああいうのって大丈夫なのかねぇ!? 脳みそ壊れるんじゃねえのか!?」
「ハハハ……ちょっと僕ケータイ持ってなくて……」
嘘だ。僕らの周りでは携帯電話を持っているのは高校生以上の人が多かったが、確か細川はクラスで唯一持っていたはずだ。もっともそれはネットが使えない電話機能のみのものだが。
あと……少し気になったなんだけど、これくらいの年代の人たちって、なんで「ネット(⤵)」みたいな感じでちょっと語尾を下げるんだろう。僕らは「ネット(⤴)」と語尾を上げる発音なのに。
「じゃあ、僕らこれで……」
「おおっ! 頑張れ! 目指せよノーベル賞!」
残念ながら期待には沿えそうにない。イグ・ノーベル賞も怪しいところだ。
話が長くなりそうだったので折を見て細川が切り出すと、おじさんは豪快に笑い、「二時~四時の間は巡回と別の仕事あるから、鍵は勝手にこの中入って戻しとけ!」と指示した。
「なんか……巡回中とか、簡単に鍵盗めそうだな」
幸田の呟きに僕も同意する。なんともフリーダムに自由を掴めって感じであるが、まあ、あまり干渉されずに放任してくれるのはこちらとしてもありがたい。
僕らは普段より施錠されているドアが多い玄関扉から校舎内へと入り、あまり先生たちには会いたくないので職員室を遠回りするルートでパソコン室を目指す。人がいない夏休みの学校は静かで、まるで異世界みたいだ。音らしい音といえば、校庭で練習試合中のサッカークラブの掛け声くらいで、真昼間なのに小さい時に観た『学校の怪談』を思い出してちょっと怖い。
「なんだ日野? びびってんのかよ?」
「び、びびってないっすよ。僕をビビらせたら、たいしたもんっすよ」
途中で幸田にからかわれ、思いっきりキョドってしまい、残り二人にも「しっかりしろよ」と笑われる。
そうだ。今日の目的を考えれば、怖がってる場合じゃない。
エロ漫画を入手するにあたって僕らが考えたのは、まずここら辺で最も大きい街である音成(おとなり)市に行くことだった。
僕らが住んでいるこの街でも、エロ本が売っている店があることは噂で知っていたけれど、なんとなく知り合いに見つかったら気まずい。それに音成市であれば規模が大きい分、そういう店も多く、可能性が広がるだろうと考えたのだ。
だが、音成市は――親の車で連れて行ってもらったことはたいていあるけれど、誰も一人で行ったことがないというのが実情だった。それに県の中心的な市ということもあり、ここと比べ規模も大きいので、闇雲にエロ漫画屋を探したところで無駄足になってしまうかもしれない……そこで事前に店の場所や安全に買う方法にリサーチをかけることにしたのだ。
エロえもんの家でネットを使えれば一番良かったのだが、まだ無理だそうなので、仕方なく学校のパソコンを借りることになった。ちなみに本当は安全性の観点から、公民館と駅前に一店舗あるネットカフェという店も候補に上がったけど、その二つは小学生だけでは利用できず、結局理由を偽って学校のパソコン室を使う許可を得たのだ。
「でも、学校のパソコンもフィルタリングかかって見れないんじゃないかな?」
「それに関しては……まあ、試行錯誤してみるしかないな」
パソコン室のドアに鍵を差し込むと、ムアッとした空気と熱気が一気に肌を滑り、僕らは「うへぇ」となる。細川が思わずバックからペットボトルのジュースを取り出し、口に含んだ。
「おい! パソコン室でジュース飲んでじゃねえよ、ハゲ! こぼしたらどうすんだ!」
「ま、まだハゲてないよ~。てか、いきなり叩くなよ。本当にこぼしちゃうだろ」
それを見た幸田が細川の後頭部をはたき、「何やってんだ」と僕とエロえもんは呆れた目を向けながら窓際へと移動する。
ずらりと並んだ筐体とブラウン管テレビみたいなディスプレイのうち一つに座り、前の窓を開ける。相変わらず蒸し暑いが、入ってくる風と幸田が部屋の隅に置いてあった扇風機を見つけ、それも合わせるとずいぶんマシになった。
「よし……やるぜぇ~、やるぜぇ~、超やるぜぇ~」
エロえもんが威圧感のあるモニターの前に座り、気合を入れながら電源を押す。
僕らは適当にキャスター付きの椅子を持ってきて、ゲームセンターで格ゲーの対戦を観戦するように後ろからそれを見守る。
まずはエロえもんがネットでエロ漫画を買う方法を検索し、ヒントになりそうなサイトを見つけたらクリック。もしフィルターに引っ掛かったら、以前家でやってみたいくつかの方法を試してみる。もしそのうちのひとつでも成功すれば、後は四人フル稼働で調査していくという段取りだ。
「……クソ遅いな、こいつ」
――のはずなのだが、パソコン素人の僕らから見ても古い学校のパソコンは、父親のお下がりだと言っていたエロえもんのノートPCを下回る起動スピードの遅さで、僕らは出足をくじかれた気分だった。
「六十度の角度で叩いてみたら? ブラウン管テレビはそれで直るけど」
僕がドラえもんで覚えた豆知識を冗談交じりに告げると「そんなことしたら壊れちゃうだろ!」とわりとマジでエロえもんに怒られた。それを見て細川に「君、冗談も馬鹿っぽいなぁ」と苦笑される。
やれやれ。こんなブラウン管の前でそんな評価されたくないぜ。
しばらくして画面に『Windows 98』と出たが、また暗転し、その2分後くらいにブルーになるとようやく起動音が鳴った。
だけど、その後も解像度が低い画面の端にちょっとうるさいイルカが出てきたり、やたらとカクカク動くアプリケーションがいっぱい出てきて時間がかかったりと、エロえもん家のパソコンに慣れてることもあり、かなりじれったくなってしまう。
「だいたい、こんなに余計なアプリケーション詰め込む必要ないのに。日本のメーカーって必要ないものまで入れようとするからなぁ」
よくわからないけど、そういうのっていっぱいあった方がいいんじゃないの? とエロえもんに聞くと「ユーザーが使うのであればな」と返ってくる。
「必要のないもの載せて、それがバックグラウンドで動いてたりするとその分にリソース――処理する能力が割かれて、動きが遅くなっちゃうんだよ……クラウドとかが普及すれば、あんまりアプリケーションを入れないのが主流になるかもしれないけど」
「クラウド?」
なんだそりゃ? 自称元クラス1stのソルジャーか?
解読不能の言語にポカンと半口を開ける僕らにエロえもんは、グーグルという会社の偉い人が提唱した――ネットを通じて必要なソフトとかサービスの機能を使いたい時だけ使えるようにする、という考え方だと教えてくれた。まあ、結局よくわからなかったのだけど。
「しっかし、こいつエロえもんのパソコンとえらい違いだぜ。こんなに図体でかいのによ」
幸田がモニター横の筐体に手を当ててぶつくさ言うと、エロえもんが電話線の確認をしながら苦笑する。
「ムーアの法則っていうのがあるんだよ」
「ムーア?」
「コンピューターの性能は1.5年ごとに倍になって、2020年くらいまでシスーカンスー的にどんどん上がっていくっていう話。だから、後になればなるほど数年前のパソコンとは性能に差が出てくるんだ」
「へえ~」
じゃあ、僕らが大人になる頃には小学生も一人一台携帯型のパソコンを持って、自分のネットナビでバトルしてるのかもしれない。
「『電脳コイル』でやってみたいに着脱式のウェアラブルカメラを使って、ゲームとかもできるかもしれないな。そこらへんの公園背景にポケモンバトルとか」
エロえもんの言葉に僕ら、特にゲームクリエイター志望の細川は興奮した様子で「すげー!」と叫ぶ。しかし……小学生っていうのは本当にバトルが好きだな。まあ、僕もそうだけど。
そんな会話をしながらもエロえもんは手際よく作業を進め、市外局番からアクセスポイントを選択する。
ピポパピー、ヒー、ヒョロロロピーガガガ、ザアァァァーーー
例によってあの音が流れ、『ダイヤルアップ中。電話をかけています。しばらくお待ちください』と灰色の枠内に案内が表示される。
「来たな……!」
「ああ」
幸田が鼻息を荒げ、エロえもんもそれに頷く。
無事接続が完了し、それからたっぷり3分ほどかけ、目の前には見慣れた検索エンジンの真っ白な画面が現れた。僕らは、「エロ本を安全に買う方法」と「音成市にあるエロ漫画屋を探す」という二つの目的のうち、まず前者から始めることにする。
「いざ!」
とエロえもんが意気込み、とりあえず「小学生 エロ本 買う 方法」とキーボードをクラッシュするような勢いで打ち込み、最後の仕上げと言わんばかりにッターン! とエンターキーを押した。
……のだが、またしても画面に現れるのは、カーソルが変化した砂時計のマーク。画面は固まるばかりで、数分たっても変化ゼロ。先ほどからどうも僕らのやる気とパソコンが反応してくれる速度が比例しない。
「ったく、エロえもんちのパソコンと比べて遅すぎるだろ。本当に同じ日本かよ」
「まあ、使えるパソコンあるだけマシじゃない。島根だったらパソコンないしな」
そりゃあ、島根に対する名誉棄損ってやつだろ。島根になんの恨みがあるんだよ。
などとエロえもんが腕を組み画面をにらんでいる間、戦力になれない僕らは後ろで無駄話を展開する。
「あっ」
そうしているとようやくページが切り替わり、画面には検索結果が表示される。先ほどまで井戸端ならぬパソコン前会議に興じていた僕ら三人は、エロえもんの横や後ろからディスプレイをのぞき込む。
検索結果の上の方に出てきたのは、有名な質問サイト。ネット上ではよく目にするのでわりと知っているサービスだ。
「しかし……」
このコンテンツ内だけでも、すごい量の質問である。
日本全国には、こんなにネットを使えるスケベな小学生がいるのか。やれやれ。この国の未来はどうなっちまうんだ。大人たちはカラオケで『LOVEマシーン』歌ってる場合じゃないだろ。
と僕が自分のことを棚に上げ、変態大国日本の将来を案じているとエロえもんが「まあ、一応覗いてみるか」とあまり期待してなさそうな声で一番上にある『小学四年生です。エ〇本こっそり買う方法ありますか?』という質問をクリックする。
「し……っ……しょ、小学四年生……」
「どんだけエッチな環境にいるんだ、こいつ……」
「エロの英才教育でも受けてんのか……」
フィルタリングに引っ掛からないか不安になりながらも、僕らは自分たちより年下のスケベエリートに恐れを抱き、再度ページが切り替わるのを待つ。
「よし。いったぞ」
「「「おおっ!」」」
やがて、何事もなくページを読み込みはじめ、エロえもんの言葉に僕らは感嘆の声をあげた。
しかし――
「……うーん」
出てきた回答は、『大人にならなければ買えません。下らない質問はやめてください』といった真っ当だが冷酷な反応や『親に相談すれば?』という無理に決まってんだろ言いたくなる答え、『条例って知ってる?』という直接的な回答になってないもの、『自販機探せ』、『祭りの射的』といった知ってたけど、自分たちの地域じゃ無理と結論が出たものばっかりだ。他の質問も覗いてみたが、どれも似たような感じだった。
「他のところいくか」
エロえもんが一度ページを戻り検索結果を下へとスクロールしていくと、同じような『女子小学生だけど、エロ本買う方法ありますか?』というタイトルで質問しているサイトがあり、そこをクリックする。
「くそっ!」
「ついに出たな……」
しかし、その数秒後僕がうめき、細川が息を呑む。『このページへのアクセスを制限しました』と地球儀にバッテンマークがついた絵と共に警告文が表示されたのだ。本日最大の敵になるであろうフィルタリング画面の登場だった。
「頼むぜ、エロえもん!」
「任されよ!」
幸田の激励にエロえもんが顔つきを変える。
エロえもんは一度ブラウザからデスクトップ画面に戻ると、事前に調べてきたらしい方法を次々に試していく。
一つ目、ブラウザ設定のプロキシサーバーやらIPアドレスやらポートやらを変更し、ブラウザ再起動
→ネット自体に接続できなくなってしまったので、ダメ。
二つ目、URLの変換サイトを使う
→サイト自体ブロックされるので、ムリ。
三つ目、タスクマネージャーからフィルターソフトを選択し、プロセスの終了
→「権限がない」というメッセージが出てアウト。
四ツ目、コントロールパネルからフィルターソフトのアンインストール
→以下同文。
「なんか……」
「もう……」
「ダメかもな……」
その他にも色々と手を尽くしてみたものの、どれも上手くいかず僕らの間には敗戦ムードが広がっていく。エロえもんだけは「まだだ! まだ終わらん!」とキーボードを叩き続けたが、やがて万策尽きたのか急に動きを止め、ガクリと頭を垂れた――
「フヒー、ヒヒヒヒ、こうなりゃWindowsのOSごと消去してやる……!」
のだが、マウスを持ちながら、まるで
「他に手は? もう本当に残ってないの?」
「あと一つだけは……あるけど。可能性は、あんまり……家のやつは弾かれたし……」
僕が冷静になってもらおうと尋ねると、すっかり自信喪失した様子で応える。それに幸田が「諦めたらそこで終了だろうが!」とげきを飛ばす。
それを聞いて、エロえもんは「まあ、ここまで来たらダメもとか……」とその最後のひとつである――翻訳サイトの『ウェブページ翻訳』機能を使って、先ほどブロックされた『女子小学生だけど、エロ本買う方法ありますか?』というページに入ってみる。
「えっ?」
数分後――僕らは目を見開いた。
「これって……まさか……!」
あっさりとディスプレイに映し出されたのは、これまで出たことのないページ。
そこは、この数時間で親の顔より見たほどの付き合いとなった警告画面の欠片もない――今までブロックされていたWEBページだった。