大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島――   作:ぽんこっこ

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第5巻 シャイニング夏休み
第21話:Wild Flowers


 夏休みに早起きなどここ数年したことなかったのに――その日は不思議と早く目が覚めた。7時にセットしたはずの目覚まし時計は午前6時15分を指していた。

 

 このまま二度寝しようとタオルケットを抱き枕代わりにして瞼を閉じたけど、これまた不思議と目が冴えていつまでたっても眠気が訪れない。僕は仕方なく枕元に置いた眼鏡をかけてベッドから置き上がり、のろのろとカーテンを開けた。

 

「うわっ……」

 

 差し込んできた淡い明かりに、思わず目を細める。

 

 少し霧がかかった地面に白みがかった空から万遍なく朝日が振りまかれ、朝露に濡れた草の葉がきらきらと光を帯びている。

 窓を開けると、ノースリーブの寝巻で露出した肩にぶるりとくる冷たい空気が肌を滑り、どこかでヒグラシと鶏が鳴く音が聞こえる以外は、ただただ静かで。そんな霞みに沈む夏の早朝が、僕の前に広がっていた。

 

「……あれ? どうしたの?」

 

 リビングに向かうと、台所に立っているお母さんが僕を見て目を丸くした。少なくともこの夏休みこんな時間に起きた記憶はないので、よほど珍しい光景だったのだろう。脱衣所の洗面台で「オェーーー!!!」とゲロを吐き出す鳥みたいにえずいていたお父さんも、こちらに来ると「あれ? なんだお前?」とダイニングテーブルに座っている僕に目を見張った。

 

「出かけるから。その、自由研……き……きゅ、究でち……少し遅くなるかも」

「あら? そうなの」

 

 あまり余計な詮索はされたくないので短く最低限の情報だけ告げた。

 

 だけど、早起きに機嫌をよくしたのか。お母さんはそれ以上何も追及せず朝食の準備を進めている。お父さんも「どこ行く?」とも「何時に帰る?」とも聞かず、新聞を広げながら朝のニュースを見るという器用な行為に勤しんでいる。僕はそれを見て、ふと思った疑問を口にした。

 

「二人とも……いつもこんな早い時間に起きてるの?」

 

 それを聞いた両親は一瞬顔を合わせた後、僕の方を見て微笑む。

 

「お前くらいの年だとまだわかんないかもしれないけど、大人になるとさ、だんだん早起きになるんだよ」

「子供の時と比べて、寝る時間も少なくなるの」

「ふーん」

 

 両親の答えにあまり興味がなさそうに返事をする。それを聞いてお母さんはクスリと笑い「出かけるんなら、お父さんと一緒に朝食食べちゃいなさい」と言われ、僕は頷く。

 

 外から近くの公園でやっているラジオ体操の声が聞こえる頃。出てきた朝食は、ご飯と納豆と昨日の昼飯の残りのソーメンという絶望的に合わない組み合わせだ。それにいくらソーメンが「夏向きのすずしい料理だよ!」と言われても、3日連続で出されちゃ気が滅入る。

 

 だけど、僕は、何も言わずにソーメンをすすり、ご飯を納豆にかけて頬張った。

 エロえもんや幸田の家のことを知ってるから、作ってもらった料理にケチをつけるのが少し気が引けたというのもある。

 

 それに……お母さんも、お父さんも――堅苦しいし、時代遅れだし、僕の気持ちなんて全然わかってないけど、いつもこんなに朝早く起きてご飯を作って、仕事に出かけている。それは、すごいことだと、ちょっと思ったからだ。

 

 

 

 

 

 7時過ぎ頃に朝食を食べ終えた僕は、8時の集合時間には少し早かったけど、どこかはやる気持ちが抑えきれずにそのまま準備をして、集合場所であるいつもの空き地に向かった。

 

 蝉はもう元気でせっせと鳴き始めて、昇ったばかりの太陽は早朝に満ちていた冷たい空気を暖めている。それでも真昼よりはまだマシだが、自転車のペダルを漕いでいるとうっすらと額に汗がにじみ出てくる。

 

「あれ?」

 

 そうして、到着したのは集合時間の30分前。早く着きすぎたなと思ったけど、自転車を押しながら上げた帽子のつばの先には、見慣れた人影が立っている。

 

「よお」

 

 そこにいたのは、自分と同じようにキャップを被り、背中にはスポーツバックを背負ったいつもの三人だった。

 

「みんな早くない?」

「なんかパッと目が覚めちまってさ」

「私も」

「僕も」

 

 幸田の言葉に僕らは互いに顔を見合わせ苦笑いする。

 なんだ、みんな同じだったのか。

 

「よっしゃ! では、これよりチームドスケベ第1回エロ漫画入手遠征を――」

 

 と幸田が朝の大気を震わすジャイアンリサイタル並みの大声で、今日の宣戦を叫ぼうとした時だ。

 

「あー、にいちゃん! なにしてんのー!? きょう、ママゴトするっていったじゃん!」

 

 その間に割って入るかのように無邪気な声が聞こえた。

 僕らがビクリとして声の方を振り向くと、そこにいたのは幼稚園児くらいの女の子。周りには同じ年頃の男女が何人かたむろしている。「あれ幸田の妹じゃね?」と細川が声の主を指すと、幸田は顔を真っ赤にした。

 

「うるせぇな! さっさと消えろ、チビども!」

「あー、きえろとかいっちゃいけないんだー!」

「くそっ、無視して行こうぜ」

 

 そのままだとついてきそうな勢いだったので、僕らは各自持ってきた自転車に飛び乗り、ペダルを力いっぱい踏み込む。

 

「あーーー! ずるーーーい!」

「マテーーー! ルパン!!!」

 

 僕らの後をチビッ子たちが全速力で追いかけてくるが、彼らは……エロ漫画を買いに行くという過酷な戦場に連れていくにはまだ早すぎる。

 

「悪いね、ボクたち! この自転車一人用なんだ!」

 

 生ぬるい風を切って走る中、必死に追いすがるチビッ子軍団の方を振り向いて細川が笑った。たいていの自転車は一人用だろと思いつつ、体力に自信がない僕は余計なツッコミを入れず、ただ全力でペダルを回し続ける。

 

 

「走れ……ママチャリ……! 俺と一緒に走れぇぇぇぇっ!!!!」

 

 

 隣では体力の配分をまるで考えていない幸田が叫びながら、他の三人の前に躍り出る。

 こうして僕らの絶対に負けられない戦いは、少々慌ただしく始まったのだ。

 

 

 

 

 

「あちぃ……」

「死ぬ、マジで死ぬ……」

「……」

 

 

 結論から言おう。

 

 空き地を出発してから約30分後。僕らは今にもへばりそうになりながら、なんとか自転車を前進させている状態だった。最初のスピードはどこへやらである。

 

「おい……弱音を吐くな……」

 

 ぐったりとした男子三人を尻目に先頭を走るエロえもんは、肩で息をしつつまだ前を見え据えている。スケベなことになると人が変わるのはいつものことだが、今日の気合の入り方には鬼気迫る勢いがある。

 しかし、そんなエロえもんとは対照的に僕らは「次スーパーかコンビニ見つけたら入ろうぜ」と早くもダレたムードだった。

 

 僕らは今、すっかりお馴染みの夏日和を取り戻した太陽の下、音成市へと続く国道をひた走っていた。

 まっすぐに伸びるコンクリートの道は、容赦なく僕らの肌を刺す日差しを照り返し、さながら地面に黒い太陽があるようだ。これから夏にツーリングやサイクリングに出かけようと思っている人には、「君さぁ、コンクリートロードはやめたほうがいいと思うぜ」とアドバイスを送りたい。ちょっと嫌なやつっぽく言うのがミソである。

 

 県道沿いの道は、最近ぐっと増えた全国規模のコンビニやファミレスなどの飲食店、あとは車のディーラー、ドラッグストアにガソリンスタンド、パチンコ屋、レンタルチェーンと変わり映えのしない景色が続き、僕らはさっそく道程に飽き飽きしていた。

 

 だけど――

 

「おっ」

 

 炎天下の中しばらく走ると、ほんのり涼しい湿り気を帯びた涼風が前方から吹いてきた。

 目の前に大きな橋が見えた。僕らの街と隣町を隔てている川にかけられたもので、大人と車で音成市へ向かう際によく使っている見覚えのある橋だった。

 

「ここを渡ればあとちょっとだぞ!」

「おぉ! ……どれくらい?」

「10分の9くらいだな」

「……」

 

 エロえもんの掛け声に思わず喜びそうになったが、ここまででも1割という衝撃の事実に絶望する。

 

「まあ……少しずつでも進んでるってことだよ」

 

 河原を吹く風に流されていくエロえもんの激励に促され、僕らは『4.5m 頭上注意』という注意標識がある入口へと入っていく。

 橋の横にある歩道は狭く、しばらく1列縦隊を維持。まるで大きなジャングルジムみたいな鉄骨の網の中を通り抜ける。時折、車を運転してる人から物珍しそうな視線を投げかけられ、ちょっと気まずくて足元に目を落とした。

 

 橋を抜けた後は、また同じような退屈な景色が続いた。

 

 だけど、橋という区切りのポイントを見たことで、確かに進んでいるという実感を得られたのが大きかった。数分後に見つけたコンビニに駆け込んで休憩した後(節約のため水筒を用意していたので、飲み物は買わなかった。すんません)、体力と共に僕らのやる気も劇的な回復をみせていた。

 

 いくつかの錆びたバス停を抜け、歩道橋を潜り抜け、乾涸びたミミズの屍を超えていき、灼けたアスファルトから立ち上る陽炎の先へと向かう。メガネはダラダラと流れる汗で曇り、シャツやズボン、帽子と身に着けている全部のものが汗にびっしょり濡れても、風であまり気持ち悪さは感じない。

 

 肺に入る空気は熱く、粘着質で、息が詰まりそうになるけど、ちょっと楽しい。みんなも似たような気持のようで細川なんかは調子に乗って立ちこぎしたり、幸田は『Runner』や小さい頃流行ったサクラ大戦の有名なサビ部分の替え歌を永遠とリピートしている。

 

 僕が顎にしたたる滝のような汗をぬぐい顔を上げると、濃い絵具をこぼしたような抜ける青空が見えた。そのブルーを背景に飛行機が突っ切っていく。少し遠くにある空を震わす轟音が聞こえる気がした。

 

 役所前を抜けると徐々に民家やアパート、工場が増え始め、だんだんと道の勾配がきつくなってきた。まず最初に僕が「もう無理だ……」と音をあげて自転車から降り、それを見て細川が「情けないなぁ」と言いつつ数秒後に自転車を止める。

 すると、なし崩し的に残りの二人も降りて、果てしなく続くように思える坂道を自転車を押して進む。

 

 坂道を上りきると息も絶え絶えに自転車に飛び乗り、「ひゃっはーーーー!!!!」、「これが俺の自動運転や!!!」、「日本の自転車は世界一チイイイ!!」と思い思いに絶叫し、ひとりでに自転車が進んでくれる下り坂を満喫。これまでの汗を吹き飛ばす風が髪を後ろへ撫でる。

 

 そのまま速度を保ちながら駆け抜けて、線路の高架下にあるトンネルへと入っていく。暗い道を突き進む。陽光が差し込む出口の先には、どこまでも高い青空が広がっていた。光の窓のようなトンネルの出口を抜けると、強烈な陽光が僕らの目をさしてクラクラする。

 

「あー、目がぁー、目がぁー」

「おい! どこに行こうとしてんだ!?」

 

 僕がフラフラとしていると、エロえもんが「しっかりしろよ」と歩道側に引き戻してくれた。

 

 

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