大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島――   作:ぽんこっこ

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第22話:夏に食うラーメンはどう作ってもうまいのだ

 

 

「あれ……」

「学校だな」

 

 そうして、道程を進めること1時間ほど。

 

 車道を挟んだ僕らの左手には、緑のバックネット越しに嫌というほどよく見るくすんだ白い壁が見える。知らない学校……しかも、中学校だ。

 他の風景は素通りしていたけど、その校舎が目に入ると来年から中学生になるという現実が頭の中を占領し、僕らは思わず立ち止まってしまう。

 

 たぶん中学になったらやる「部活」ってやつだろう。グラウンドでは野球部らしき丸坊主の生徒たちが大声をあげながら百本ノックをやっている。ここからだと小さく見えるその風景は、なんだか野球盤や箱庭を連想させた。

 

「見とれてないで早く行くぞ」

 

 そうやってボケっと突っ立ていると、エロえもんに再度せっつかれその場をあとにする。

 だけど、僕は一度だけ振り返り、小さくなっていく中学校の景色を見る。

 

 僕らの学校も……全く見ず知らずの人から――外側から見れば、こんなふうに小さく見えるのだろうか?

 僕に嫌な思いをさせていたあの教室も、体育の授業も、何もかもちっぽけなことなんだろうか?

 

 僕にはとてもそうは思えなかったけど、もしかしたらそういう可能性もあるのかもしれない。ちょっとだけ、そんなことを思った。

 

「僕らも来年から中学生かぁ」

 

 そんなことを考えていると、横合いから感慨にふけった声が聞こえる。細川だ。

 その言葉で……僕らは、低学年の頃と少し違ってきているとあらためて思う。前ほど「うんこ」や「ちんこ」で爆笑もしなくなったし、コロコロやボンボンを読むやつも今や少数派だ。

 

 けど、だからといって僕らの毎日にも、夏休みの宿題の進捗具合にも、残念ながら驚くくらい変化はない。周囲の大人たちの態度だって「もう六年生だぞ」というありがたーいお説教のフレーズが増えただけで、結局ああしろこうしろと命令してくることには変わりないのだ。

 

 大人になるってことは、あの教室の強化版みたいな息苦しい世界を生きていくことなのかもしれない。僕は……それに耐えられるのだろうか。タイヤを走らせながらちょっと不安になる。

 

「もし細川が受かったら、中学は別々だな」

「うん。まあ、受かるかどうかわかんないんだけどね」

 

 幸田のつぶやきに細川が頷く。

 細川の志望校は県内にある中高一貫の進学校だ。とある大学付属の学校で偏差値も高く、ここら辺ではそこに受かれば胸を張れると言われている(子供じゃなくて親の方がだけど)。そのせいで、細川は僕らと一緒に遊ぶ時以外は、ほとんどと言っていいほど毎日塾に通っていた。

 

 だけど、それでも模試の判定はあまり芳しくなくて、母親からの小言が増えていると、よくぼやいていたのだ。

 

「……昔は、70点でも80点でも、褒めてくれたんだけどね。ママ」

 

 それは今にも蝉しぐれにかき消されそうな小さな声で。

 僕らは何も言えなかった。

 

「なーに女々しいこと言ってんだよ、オカマ! お前よりエロえもんの方がよっぽど男らしいぜ!」

 

 幸田がそう言って細川の背中を思いっきり叩くと、細川は自転車のバランスを崩しそうになりながら「いったいなぁ~。君、加減ってもの知ってる?」と少し涙目で怒る。

 

「まあ、でも……そうかも」

「おいおい、そいつは心外だなぁ」

 

 僕がのっかると、エロえもんが乾いた笑いを見せる。そんなやり取りをしているうちに僕らはまた普段通り笑い始めた。細川も笑っていた。

 

 たぶん……小学六年生にもなって「ママに褒められたい」なんて言うやつは、その後マザコンの烙印を押され、まともな学校生活を送ることはできないだろう。

 だけど、僕らは――笑顔だったたけど――細川のことを本気で笑っているやつは、誰もいなかったと思う。

 

 

 

 

 

 それからさらに道を進むと、見たことのある風景が消えていき、僕らは県道を少し外れて均質的な住宅街に入り込んでいた。

 

 影絵になった木々や家、子供の嬌声。立ち並ぶ民家と電柱。少し細い路地裏。なんの変哲もない、日本のどこにでもありそうな町並みなのに少しだけ異世界に迷い込んだ気分になる。僕らは行ったことのない手段で、行ったことのない場所に来ているのだと、その時初めて不安に駆られた。

 

 夏日に照らされた無機質な通りを走っている時、そういえば……と、僕は小さな頃のことを思い出した。

 小学二年生の時、これまた父親の仕事の都合で関西のある県にいた時のことだ。

 

 

 

 当時から覚えが悪かった僕は、どの転校先でも1週間くらいは母親に描いてもらった地図をもとに登下校していた。ただその日、僕は初めて家から学校に地図を見ないで行けたことで調子に乗り、あろうことかそのメモを学校に置いて帰ってしまった。

 当時は気づかなかったけど、行きと帰りというのは物の見え方や道順が違って見えるもので、当然の結果として迷子になり、泣きべそをかきながら不安と共に重くなるランドセルに耐え切れず、市街地の道の軒先に座り込んでいた。

 

 子供に対する声かけ事案などと疑われたくなかったのだろう。僕の前を通りすぎる人たちはちらりと一瞥するだけで、誰かが何かしてあげるだろうというか感じで通り過ぎていくだけだった。

 

「ぼっちゃん? どないした? 迷子かいな?」

 

 だけど、その時、唯一僕に声をかけてくれる人がいた。全然知り合いでもない、一人のおじいさんだった。

 そのおじいさんはよれよれのジャンパーに少し汚れたステテコを来て、黄色みがかった歯を見せて笑った。目にはぼろぼろの眼鏡をかけていて、禿げ上がった頭の上に野球帽みたいな帽子をかぶっていた。

 

 その姿は僕のじいちゃんとは違い、失礼だけど、お世辞にも綺麗とは言えない身なりだったと思う。当時は北朝鮮の拉致被害者のニュースが頻繁にテレビで流れていて、学校でも知らない人について行ってはいけませんと教わっていた。

 

 ただ――他に依るすべがない僕は、おじいちゃんのいくつかの質問に答えていくうちに少し落ち着いて、母親から困った時の電話番号を控えているメモがランドセルに入っていることに気づいた。それを見せるとおじいさんに「電話使えるところ行こうや」と手を引かれ、なぜか入ったのは近くの眼鏡屋さんだった。

 眼鏡屋さんは客でもない僕にも親切で、母親が迎えに来るまでジュースを出してくれて、おじいさんは僕の話相手をずっとしてくれたのだ。

 

 その時、テレビに出て偉そうに正義を説くコメンテータや周りの大人たちより、そのおじいさんや眼鏡屋さんの方が、なんだかすごく立派な人のように僕には思えたのだ。

 

 

 

 そうやって若かりし頃の思い出に浸っていると、やがてほとんどの建物が消えていき、一面殺風景の広々としたところに出た。民家すらなく、田んぼがひたすらに続いている広い土地だった。

 

 真っ白な入道雲を背景に小さな鉄塔たちが並んでいるのが見えた。

 山の上まで連なる鉄塔は僕たちが向かう方向の田んぼにも突っ立っていて、まるで大昔からそこにある遺跡のようだ。なんとなくナウシカに出てくる巨神兵みたいだと思った。

 

「こういうのも人間が作ってるんだよなぁ」

 

 あらためて見ると思わず感心してしまい、そんな呟きを漏らしてしまう。笑われるかと思ったけど、みんな意外と「だな」、「確かに」と真剣な顔で同意してくれた。たぶん旅のテンションってやつだろう。

 

 ガタガタの歩道を進み、知らない畑の畦道を通り抜けると、先ほどまで遠かった鉄塔がすぐ近くにあることに気づいた。当たり前だけど、鉄塔たちはこの日差しにジリジリ焼かれても身じろぎひとつしない。上に伸びる電線の下を潜り抜けて、再び県道に復帰すると夏の日差しを反射して光るアスファルトに吹き飛んだ汗が染み込んでいった。

 

 

 

 

 

 あんなに遠いと思われていた道のりも半分以上を切ったところで、僕らは昼休憩を挟むことにした。水筒の中身も尽き、タイミングよく通りかかった『小池商店』というコンビニでお茶やジュース、昼飯を買うことになった。

 

 ただ、そこはコンビニといってもおばあさんとおばさんの二人でやっているような古いタイプの店で、近くの農家から卸した野菜の直販所だったり、おばさんの作ったと思われる自家製パンが置いてあるような店だ。店の表示を見ると夜の8時には閉まるらしい。

 

 飲み物はあまり他の店と変わらないくらいだったけど、駄菓子やアイスは安かった。僕らは誘惑に負け、エロ漫画購入資金に手を出す。昼飯に加えブ〇メンとバラ売りで売っていたチ〇ーペット、ダブ〇ソーダを一本ずつ買い店の外に出た。

 

「あっち! ケツ焼けた! コンクリクソあちい!」

「やべー、超やべー、クソやべー」

 

 おばあさんに断りを入れてから、店前のコンクリートに座ったはいいが、その瞬間ケツが熱せられる。僕らは仕方なく、バックを座布団代わりにしてブ〇メンの麺をすすり、すぐに溶け始めるチ〇ーペットを僕とエロえもんで、ダブ〇ソーダは幸田と細川で分け合い、かじった。

 

「シ、シミテクト……」

 

 舌の上で広がっていく甘い冷たさに口をすぼめると、みんなが「チカクカビンかよ」と笑う。その後、残ったブ〇メンをのびないうちに空きっ腹に収めていく。朝から何も食べていないので、思わず鼻でラーメンを食べる勢いだった。

 

「あんたたち、ちゃんとお水も取りなさいね」

 

 そうやって僕らが思わずダラダラとしてしまっていると、思いがけないことが起こった。店内からおばあさんがお盆に麦茶を載せて持ってきてくれたのだ。僕らは「ありがとうございます!」と柄にもなく素直に礼を言い、ごくごくと喉に流し込んだ。

 

「あまり見ない顔だけど、どっから来なさった?」

 

 空いたグラスを下げた後、水を店の前に撒きながらおばあさんが尋ねる。

 僕らが街の名前とともにガッツポーズをして「チャリで来た!」ということを告げると、「はぁ、遠いところからよう来なさった」と目をしばたたかせる。

 

「なんか……いいよな、こういう店」

 

 おばあさんが中に戻った後、店のドアに吊るされた風鈴や軒先に並べられた朝顔を見て、幸田が少し寂しそうにつぶやく。

 

 幸田の家も以前は個人経営のコンビニで、似たような昭和チックな店構えだった。でも、数年前に大手のコンビニとフランチャイズ契約を結んで、看板も中身も一気に差し替えたのだ。

 

「儲かってるみてえだけど……なんか今は売上目標とかロイヤリティ? がどうとかこうとかで、余裕ないっていうか。親父もお袋も……昔の方が、楽しそうだったな」

 

 いつもとは違う煮え切れらない態度と言葉だった。

 たぶん……どの家でも同じだと思うけど、大人の「そういう話」に子供は入れてもらえない。例え本人が当事者だとしても、だ。幸田にも、そういう悩みとか不満があるなんてことは、数か月前にはまったく思いもしなかったことだろう。

 

「じゃあ、幸田がそういう店に戻せばいいんじゃないの? 大人になってからさ」

 

 僕がそう言うと、幸田は一瞬だけ目を丸くして「お前! コンビニのケーエイなんてそんな簡単じゃねえの!」と頭を叩いてくる。痛い。

 

「まあ……でも、そうだな。いっちょやってやるか」

 

 でも、その後、幸田はいつも通りの不敵な笑みを浮かべて「お前もたまにはいいこと言うじゃねえか」と今度は肩を殴ってきた。痛い。

 だけど――確かに痛いのだけど。その痛みは、数か月前、幸田を殴った時とは少し違う痛みで。

 僕は……あの時、幸田と喧嘩をしてよかったと、ちょっとだけ思うことができた。

 

 

 

 

 

 再び県道を走り続けると、家、工場、コンビニ、田んぼと畑、パチンコ屋、風化して広告の意味を成していない看板、テーマパークにありそうなお城みたいな謎のホテル……しばらくそういうのが次から次へと現れては、消えていった。そのどれもが似たような建物で、有り体に言えば退屈だった。おまけに日差しは午後になり鳴りを潜めるどころかますます強くなっていく。

 

 だけど、僕らは目的地が近づくにつれ、誰も文句は言わなくなっていき、ただ一心不乱にペダルを踏みこみ、タイヤを回し続けた。

 

 僕らを突き動かすのは、すごくシンプルな理由だ。

 

 セックスが……見たい。

 セックスが見たい。おっぱいが見たい。ちんこをどうすればいいのか。男と女が裸で抱き合って何をするのか。布団の中でおっぱいを揉んでその後どうするのか。

 

 知りたい。読みたい。見たい。

 

 セックスが見たい。セックスが見たい。セックスが見たい。セックスが見たい。セックスが見たい。見たい。見たい。見たいみたいみたいみたい。

 

 体の内から湧き上がる衝動に身を任せ、自転車を繰る姿勢も思わず前のめりになる。

 

「あっ!」

 

 そうしてさらに進んで大きな公園のわき道に出ると、エロえもんが何かを発見し声をあげた。

 その指さす先にあったのは、突如現れた道路の真ん中を割るような線路。音成市にある路面電車の軌道だ。

 

「ということは……」

 

 僕らはちょうど目の前に迫っていた道路の案内標識に視線を移す。陽光に照らされた青の下地には白色で『音成市街 直線』と書かれており、僕らは「おおおーーー!!!」と声を揃えた。

 

 

 

 やがて……少し高いところから見えてきたのは、あんなに遠いと思っていた僕らの目的地。

 

 積乱雲が積み重なった青空の下。陽炎で少し歪んだビルの群れが僕たちを待っていた。

 車で何度も来たことはあるはずなのに。地方都市特有の駅を中心に高い建物が広がっているその光景は、どこかアニメで出てくる基地のようにも見えて。自転車でこここまで来たという達成感もあいまって、僕らの胸は大きく高鳴っていた。

 

 

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