大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島――   作:ぽんこっこ

24 / 39
第23話:限界突破! エロマンガー!

 

 僕らの中で「街の方」といえば、たいてい住んでいる街で駅前の商業施設が密集している都市中心部――あるいは、この音成市全体を意味するものになる。

 

「やっぱ、音成ってすげえよな」

 

 きれいに舗装された幅の広い歩道の上で信号待ちをしている時、幸田がやけにキョロキョロと周りを見回しながら淡い感嘆を漏らす。

 

 音成市は青白くそびえたつ連峰と海に挟まれるようにある街だ。

 県庁所在地で経済の中心ということもあり、この県の市町村で一番人口が多い。国立大学や色んな美術館に博物館。僕らの住んでいる街にはない全国チェーンの店だってたくさんあるし、ガラス張りの駅周辺にはランドマークの高層ビルをはじめとして、大きなホテルや百貨店、商業ビルが立ち並んでいる。いつもの親の車と違って自転車で回ってみると、街並みもきれいで城下町なのにちょっとヨーロッパみたいな雰囲気だなんて考えてしまう。

 

 だけど、駅近くにある大きなアーケード商店街を抜けて少し裏手の道へと入ると、人通りが一気に少なくなって、ちょっと寂れた感じだった。家族と一緒に来る時は中心部ばっかりだからわからなかったけど、これも不景気や少子高齢化の影響ってやつなのかもしれない。

 

 だが、今日僕らはそんなふうに観光しに来たわけでも、社会科見学をしに来たわけでもない。

 世間的にはお盆休みの人もいるせいか。普通の平日よりも人通りが多い夏の街を一気に駆け抜け、僕らは市郊外にある真の目的地へと急いだ。

 

 そして、30分後。

 

「来たな……!」

「ああ」

「ついに」

「ここが……」

 

 駐車場の隅に自転車を停め、エロえもんが学校でプリントアウトした地図と店の看板を見比べ「間違いない」と断言する。

 

 ジリジリと焼きつく日差しの中、僕らは顔を上げ、その黒い外装の平屋を見た。陽ざしを跳ね返す白地に赤色の文字の看板には、確かに『みんなのジパング ガンダーラ音成店』と書かれている。

 

 そう。僕らはついに、あのエロ漫画が売っているであろう宝島へとたどり着いたのだ。根性論とか嫌いだったけど、これまでの道程を思うとさすがの僕もちょっと泣きそうになってくる。

 

 だが、決戦はここからなのである。挑むような目つきで『深夜2時まで営業』、『半額セール実地中! 下取り強化!』、『成人向け美少女漫画・同人誌・ゲーム 豊富な品揃え! どこよりも安く!』という心強い言葉が並ぶ文言をにらみつける。

 

「成人向け美少女漫画ってエロ漫画のことか?」

「成人向けって書いてあるからそうじゃね?」

 

 幸田の質問に細川が「……たぶん」と付け加えて答える。

 成人向け――その言葉に少しだけ不安が生まれるが、『18歳未満立ち入り禁止』とはどこにも書かれていない。

 

 僕らがそうやって腕組をして直立不動の仁王立ちで立っていると、すぐ傍を通り過ぎた二人組のお兄さんがぽつりと「ガイナ立ち……?」と漏らした。それに隣のお兄さんが「ガイナ立ちってなんだ?」と聞くと「おぅふ、ストレートな質問キタコレですね~!」と急に笑い始める。僕は去っていく二人の背中を見た。

 

 一人は背が高くてすごくガリガリで、もう一人の人は対照的に背が低くて太っている。共通しているのは二人とも眼鏡で、サイズ感が合っていないチェックシャツにジーパンという装いのところだ。『電車男』で見た人たちのような……いわゆるちょっとイケてない雰囲気がある。

 

「たぶん……あれ、オタクの人だな」

 

 と僕が思わずつぶやくと、エロえもんと細川も頷いて同意する。

 

「でも、お前らもオタクじゃねえか。自分でもマンガ描いたり、ゲームクリエイターってやつ目指してんだから」

 

 すると、幸田がにやりと笑いながら指摘した。僕らは思わぬ指摘にポカンとしたが、「そういえば……そうだな」と納得してしまう。

 

 そうだ。今までちょっとは自覚あったけど、僕らも、まあ、オタクと言えばオタクなのか……幸田の言葉に、僕らは考えを新たにして、もう一度その店構えを見てみる。

 そう考えると、先ほどの二人のように――ここはなんだかオタクのプロたちが集合している魔窟というか甲子園というか本選トーナメント会場というか……うまくいえないけど、自分たちより先輩でレベルが高い人たちがいるようでちょっと気が引ける。

 

「とにかく! ここでぼーっと突っ立ってても何も始まらん! 行くぞっ!」

 

 ちょっと及び腰になる僕らをエロもんが叱咤し、それに幸田が続く。僕と細川もちらりと視線を合わせ、遅ればせながら二人の後に続いた。

 

 ずっと日差しが強い室外にいたせいもあるのだろう。自動ドアをくぐってどことなく薄暗い店内に入った瞬間、周りの風景がやたらと暗く感じた。だけど、その光景とは反対に店内はなんだか明るい音に溢れていた。

 天井に設置された冷房からゴォォーと寒いくらいの風が流れ込んでいたけど、その騒がしい音も打ち消すくらいのBGM……たぶんアニソンだろう。やたらとハイテンションで明るい曲調だ。

 

 よく見ると、すぐ近くにその音源であるテレビモニターがある。クレジットがあるので、たぶん何かのアニメのEDだ。録画を流しているらしく、教室の黒板を背景にして高校生っぽい男女5人で軽快なダンスを踊る映像が、8月の店内でエンドレスに流れ続けていた。

 

「すげえ! これがアキバってやつか!」

「しーっ……!」

 

 幸田がわりと大きな声で言うので、じろりとした視線がこちらに集まってくる。僕らは少し背を縮こませがら、そそくさと店内の奥のほうへと入っていく。

 その時――ふと、こちらを一瞥してきた店員の一人と目が合った。ぼさぼさの髪の下に底が厚いメガネをかけ、店のエプロンをした中肉中背のおじさんだ。

 

 なんだろう。単に幸田が悪目立ちしてしまったのか。それとも小学生がこんなところに来てるし、万引きでも疑われているんだろうか。

 

「おい、はやく行くぞ」

「う、うん」

 

 僕は少し気になりながらも、エロえもんに促されて店の奥へと進んだ。

 

「しかし、すげえとこだな……」

 

 奥に進めば進むほど視界を侵食し、濃くなっていくオタクワールドに幸田のそんなつぶやきが漏れる。

 

 一言で言うと、この店は純粋なエロ漫画屋というわけではなく、普通の漫画やアニメのグッズだったり、中古ゲームやカードなんかも売っている……オタク系に特化した本屋とホビー屋とリサイクルショップの総合店舗という感じだった(こういう店のことなんていうんだろ?)。

 

「東……き……きょ、京とかだと深夜にもアニメやってんだな……」

「それ、誰が見るんだよ?」

「そりゃあ、オタクの人でしょ」

 

 店内のいたる所にところ狭しと貼られているのは、やたらと肌色の面積が多いアニメキャラの女の子たちのポスターだ。その左下の枠に記載されている放送時間を見て、僕と細川が小声でそんな会話する。

 

 だが、周りの人たちは僕らのことなどあまり視界に入っていないようで、じっと棚で漫画やグッズの吟味をしたり、背中のバッグに丸めたポスターを何本も差して出口の方を指さしていたり、何かのオンラインゲームの話をしているらしく「最近は……ノージョブです」、「あの装備、グッとくる」と笑いながら雑談をしていた。

 

 なんだか……そうやって大人が自分の好きなゲームやアニメ、マンガのことについて話している光景は新鮮だった。ドラマとかニュースの映像では見たことがあるけど、実際に目の当たりにするのは初めてだったからかもしれない。

 でも、みんな誰かと比べたりするんじゃなくて、大人になっても純粋に自分の好きなことしているという感じで、なんだか楽しそうだった。

 

 その姿に感化されたかは、わからない。

 だけど、僕も情報量に尻込みしつつも、漫画雑誌の本棚のところで立ち止まり、ふとそのラインナップに目を移す。

 

 そして、度肝を抜かれた。

 

 そこには週刊誌から月刊誌にいたるまで、僕が見たことのない雑誌がいっぱいあった。世界にある漫画雑誌はコロコロとボンボン、ジャンプとサンデーとマガジン、ガンガンの6つくらいだと思っていた僕は、包装されていないそのうちのひとつをぱらぱらと読む。

 

 その漫画は僕らが読んだバトル漫画やギャグ漫画とは違って、ひたすらかわいい女の子たちが学校や部活で楽しくおしゃべりして、ちょっと子気味いい掛け合いをする日常を過ごすという漫画で、ずっとそんな感じで続いていくのだ。他の雑誌でも同じような漫画が多かった。どうやらオタク界隈では、こういう漫画が流行っているらしい。

 

 そして、その中には……成人向けとは書かれていないが、グラビアアイドルの人が表紙を飾っているものもあり、例によっておっぱい星人の僕は思わずそれを手に取る。

 

 たぶん青年漫画ってやつなんだろう。僕がページをぱらぱらとめくっていくと、『新連載!』と銘打たれた巻頭カラーの漫画で僕は目を見開く。新連載開始1ページ目、そこに描かれていたのは主人公っぽい高校生が女の人の乳首を吸っている場面だったからだ。

 

「おい、これ18禁じゃねえのかよ」

 

 それを横から見ていた幸田が僕と同じように目を見開き、驚愕の声を上げた。

 

「でも、成人向け漫画って書いてないし……」

「嘘だろ。これ、ガチでエロ漫画だろ」

「いや、でも――」

「おい」

 

 僕と幸田、それに細川がそうやって不毛な議論をしているところで背後から鋭い声が飛ぶ。エロえもんだ。

 

「今日の私たちの獲物は……こんなもんじゃないだろ」

 

 僕らはその言葉で当初の目的を思い出し、「わかってるよ」と開いていた漫画雑誌を平積みされていた棚に戻す。

 気を取り直し、店内に入った時に確認したフロア案内図を思い出しながら、「そこ」へと足を進める。さながらラストダンジョンに挑む勇者一向の気分だった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。