大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島――   作:ぽんこっこ

32 / 39
第8巻 Emotion
第31話:ノスタルジック爺


 

 

202×年 8月

 

 

 

 

 

 

「駅前の店、畳んでるとこ多かったなぁ」

「テナントもどんどん抜けてるし」

信郎(のぶろう)はインドに赴任して何年になるんだ?」

「武蔵はまだ練馬で俳優目指してんのか?」

 

 

 

 並べて繋げた居間のテーブルとキッチン前のダイニングテーブルでは、県の内外から集まった親戚たちが勢ぞろいし、雑談に花を咲かせていた。大人たちは互いに瓶ビールや日本酒を注ぎ合い、その周りではチビッ子たちが叫びながら駆け回り、テーブルに置かれたパーティ用のオードブルや寿司をつまんでいく。

 

 祖父母はすでに亡くなっているが、親戚の集まりといえばリフォームしたこの家と昔から決まっていて、毎年お盆や正月は親族たちがこの手の宴会を開くのが子どもの時から恒例だった。

 

 だけど――この光景もずいぶんと久しぶりだなと思う。2020年の初頭に起こったコロナウイルス騒動のせいで県内の親戚はともかく、遠方や海外に住んでいる親族とはなかなか一堂に会する機会がなかったのだ。

 

「どうだ!? 東京の暮らしは!?」

 

 部屋中を走ったり、寝転んでタブレットを見る子供たちを避けながら姉の指示のもと料理を運び、誰かが溢した酒瓶の後始末をしていると、ふいにそんなことを横合いから言われた。普段は北海道に住んでいる叔父だ。基本的に楽しい人なのだが、酔うと顔が真っ赤になって声が大きくなり、何度も同じ質問を繰り返すのが毎年の風物詩になっている。この質問も、大学時代に東京に出てから毎年されていた質問だった。

 

「あっ、はい。満員電車に慣れるまでは大変でしたけど、もう長いですし。悪くないですよ」

「で、結婚は? 彼女いねえの?」

 

 ……ああ。そういや、この質問も毎年恒例だったな。

 

 僕は後ろ頭をかきながら苦笑いを浮かべ「あっ、はい。ちょっと仕事に追われて……」と追われる仕事もない無職のくせに、堂々と嘘をつく。

 

「お前なぁ、仕事なんて何年たっても落ち着かないもんなんだよ。帰ったらすぐ彼女作れ! すぐにだ!」

「酒も飲まねえ、タバコも吸わねえ、女も抱かねえ……お前、何が楽しみで生きてんだ!?」

「いや、ははは……」

 

 そうやって曖昧な笑みを貼り付けてごまかしていると、周りに話を聞きつけた年配の叔父連中が集まり「女を抱けえっ!! 抱けーっ!!」と騒ぎ始めるので、僕は空いたビール瓶を片付けるフリをしてその場を後にする。

 時は令和だというのに平成を通り越してノスタル爺な昭和空間から逃げるように台所にビール瓶を置き、ふと先ほど叔父からかけられた言葉が脳裏を過ぎった。

 

 

――お前、何が楽しみで生きてんだ!?

 

 

 その問いを思い出し、誰も見ていない台所の暗がりでひとり卑屈に片頬を持ち上げる。

 

 ……正直言うと、今の僕には、特に生きる上での目標とか楽しみとか、そういった類のものはない。ただ、なんとなく死ぬ理由もないから生きている。そんなところだ。

 

 こんなふうになったのは、いつからだろうか?

 

 再会を祝う親戚たちの明るい声色から逃げるようにリビングを遠回りし、避難場所にしようと昼間目星をつけていた元自分の子供部屋へと向かっていた時、胸の内から湧き上がってくるる自問自答に気づく。

 

 だけど、そんなことも、もう覚えていない。いや、今の今まで考えもしなかった。小学生のあの頃と比べ、うまくなったのは小さな「ゅ」と「ょ」の発音をなんとか詰まらないように喋ることだけで、毎日の過ごし方や時間の使い方は下手糞になっているからかもしれない。

 

「あれ?」

 

 足音を殺して暗い廊下を歩いている時、子供部屋から漏れる明かりに気づいた。ドアを遠慮がちに開けると、イヤホンを両耳にさしてベッドの上で甥っ子がスマホを見つめている。

 そういえば、よく考えたら最初のうちはリビングの方にいたけど、途中から姿が見えなかったな。なんてことを思い出していると、こちらに気づいたのかピクリと顔を上げ、スマホを一度タップして片耳を外す。

 

「ゲームしてんの?」

「……別に」

 

 そっけなさすぎる返事に「君はエリカ様か」と思わず突っ込むと「誰それ?」と返されてしまった。自分もジェネレーションギャップってやつを突きつけられる世代になったのかと密かに震撼しつつ、取り繕った笑みを見せる。

 

「ちょっと避難させてくれよ。叔父さんたち、面倒くさくてさ」

「別にいいけど」

 

 不愛想な顔のままだが、どうやらここに置いてくれるようなので僕も「よっこらしょういち」とベッドを背もたれにして床に座った。

 

「最近の小学生ってさ、スマホで何してんの? 妖怪ウォッチ?」

「……フォトナとかマイクラとか」

「……ごめん。聞いといてなんだけど、全然わかんない」

「おじさん、ゲームやんないの? オタクっぽいのに」

「まあ……オタクにもいろいろあるんだよ。あと、年を取るとさ、だんだん新しいゲームに手を出したり、最後までやり切るのきつくなってくるんだ。人にもよるけど」

「でも、ユーチューブとかだと大人でも実況してるじゃん」

「うーん、あの人たちは趣味っていうより、あれが仕事だからなぁ」

「ふーん」

 

 甥っ子は興味なさげにそうつぶやくと、再び手元のスマホへと視線を戻した。ちらりと見えた画面では、ゲームをしながらSNSを一緒に開くという器用なことをやっていた。

 

「リビングの方、行かなくていいの?」

「えぇ……いいよ。こっちの返事、しなくちゃいけないし」

 

 廊下の先から聞こえてくる声に思わずそんなことを尋ねると、甥っ子は画面の方を顎で指した。どうやらチャットルームで返信を打っているようだ。クラスのグループか何かだろう。いきなり部屋に来たおっさんがウザイとか書かれてるのだろうか。

 

「なるほど。じゃあ、仕方ないね」

 

 いずれにせよ自分もかくまってもらっている立場だ。小学生には小学生の人間関係ってやつがあるのだろうし、ここは大人しく引き下がっておくのがいいだろう。

 そんなことを思いながら自分もポケットからスマホを取り出し、普段は閲覧ばかりでほとんど書き込まないSNSを開き、タイムラインに流れる投降やニュースを無意味に眺める。

 

 どうやら今日も不用意な発言として政治家の言葉がマスコミに切り抜かれ、どこかの誰かの不倫が発覚して、遠い外国では戦争が起こっているらしい。それに対してSNS上では絶え間ない中傷と正義の押し付け合いが繰り広げられ、有名人や身元不明のアカウントがプロパガンダっぽい発言と拡散を続け、それに扇動されたやつらがそういう話題とは距離を取っている人やコミュニティへ勝手に突撃して、燃やすだけ燃やして帰っていく。

 

 まあ、なんというか……ご苦労様という感じである。無職に言われたかないだろうが。

 

 見るのも億劫になりつつ、他にやることもないので下へスクロールしていくと、ふとあるニュースに目が留まる。コロナで明けで休校がちだった学校が再開した後、不登校になったり、自殺する学生の数が増えたらしい。

 この子は大丈夫だろうか――などといらぬ心配をしてちらりと視線を向けてみたが、それに気づいた甥っ子から「なんだこいつ? 大丈夫か?」と逆に心配そうな視線を投げかけられる。

 

「なに?」

「いや、なんでも」

 

 僕はそれに苦笑を浮かべながら、再び手元に目を落とす。記事の続きによると、最近は小中学生でもいくつもSNSのアカウントやチャットグループを持っていて、それぞれで本音と建前――自分を使い分けているらしい。そこでは、メッセージの着信はためない。既読無視はクズ。各グループのノリや会話の流れからずれたらダメ……など、有り体に言えばあのクラスという空間の延長上みたいなルールに支配されているようだ。

 

 僕らが学生だった時も学校掲示板と呼ばれるものやブログサービスはあったけど、やっぱり、インターネットは現実と切り離されたどこか別世界だった。

 こんなふうに良くも悪くもネットはリアルまで拡張されてなくて、画面の向こうにいるのは名無しのどこかの誰かで。だからこそ良くも悪くも、見栄とか自尊心とか必要なく色んなことをさらけ出していたのかもしれない。

 

……懐古厨ってやつだな、僕も。

 

 ニュース記事を読み終わり、そんなふうに一人自嘲した。学生時代にたいした思い入れなんてなかったはずなのに、最近、こうやって昔のことをふと思い出す機会が増えた気がする。大学を卒業してから学校という場所に一切関わり合いがないせいもあるのだろう。

 

 まあ、実際、今の子供たちっていうのは大変だと思う。少子化の影響でクラスが少ないから人間関係も固定されやすいし、自分でも原因がわからないやらかしで集団から疎外されれば、その後もずっとそれを引きずるのだ。もし僕が今の時代に生まれていたら、とっくに不登校になってるだろう。

 

 そんなことを考え、なんとはなしに今日の昼間甥っ子が使っていた――エロサイトを閲覧しようとしていたノートパソコンをぼんやりと見やり、あの小学六年生以降のことを思い出した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。