大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島――   作:ぽんこっこ

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第35話:Last page of Juvenile

 

 

 実家に帰ると、すでに親族の集まりはお開きになっており、姉からは「あんたどこまで行ってたの?」と恨みがましい目を向けられた。僕はスマホの充電が切れて道に迷ったとそれをごまかし、数日前に帰省してから使わせてもらっている客間へと早々に退避する。

 

 さすがに親戚の集まりを抜け出してエロ本を持って帰るのも気が引けて、僕はあのエロ漫画雑誌をコンビニでは買わず、実家に帰りスマホで名前を検索してみた。

 

 結果の上の方に出てきたのは、イラストや漫画を投降できる有名なサイトにSNSのアカウント、何年か前に改名した成人向け書籍の通販・電子書籍の販売サイトだ。ちょくちょく無料をうたった海賊版の違法エロサイトも出てきたが、なんとなくそちらには行く気はなれず、検索ページの後ろの方に出てきたwikiのリンクを選ぶ。成人向け漫画家の情報をまとめたデータベースのサイトだ。

 

 

 

『21ゼロえもん殿下』

 

 

 

 性別、年齢、出身地不明。

 成人向け漫画家としての活動は2010年代中盤からで、出した単行本は三冊。それらに未収録の雑誌掲載作や同人誌を含めると、読切作品は30作近い。件の名前を販売サイトに移動し作家名で検索すると、何度か掲載誌の表紙も飾っているみたいだ。エロ漫画業界にはあまり詳しくないが、年数的にたぶん中堅どころといったところだろうか。

 

 少し調べていくと、エロ漫画というのはかなり入れ替わりの激しい世界らしく、単行本1、2冊――あるいは、それすら出さずに作品を発表しなくなる人が多いらしい。

 

 その多くが一般の方に行ったり、同人活動に場を移したり、漫画家自体を引退したり……一般にも言えることだが、もともとの出版不況にコロナの影響で書店が苦しい中、実店舗での取り扱いも減り、稿料や単行本の収入が下がっているらしい。もともとニッチなジャンルゆえに大きく部数が伸びるということもないため、ずっと業界に留まっている人の方が珍しいようだった。

 

 なんだか……ストーカー染みて自分でも気持ち悪いなとは思いつつ、今度はページの上の方に出てきたSNSアカウントの方に行ってみる。

 

 『21ゼロえもん殿下』とアカウント名の後ろには『四時限ソケット発売中』と最新単行本の宣伝が続けられており、プロフィール欄の先頭には直近の仕事と『えっちな漫画描きなので18歳未満の方はフォローご遠慮ください』と記されている。

 

――あの本棚には……今の君たちにとって面白い漫画は、まだ置いてないよ

 

 僕はそれに――ふと、あの時の店長さんの言葉を思い出した。思わず画面を下へとスクロールしていき、最近の投稿内容を見てみる。もしかしたらあの子かもしれない――そんな思いももちろんあったけど、それ以前になんとなくこの漫画家の人となりを知りたくなったのだ。

 

 

 @21zeroemondenka・8月7日

『貧乳キャラを勝手に巨乳にするなんてことは、貧乳派・巨乳派の対立と分断をあおるだけ。その逆もしかり。緊急の国際法整備が必要(過激派)』

 

 @21zeroemondenka・8月7日

『それはともかく、ドラ〇もんズって……全員なんかちょっとエッチだよね』

 

 @21zeroemondenka・8月7日

『女体化ドラ〇コフは邪道。ドラ〇コフたんはそのままでいいのだ……』

 

 @21zeroemondenka・8月7日

『まあ、かわいいならどっちでもいいんですけどね』

 

 

「……」

 

 なんだろう、この人。情緒不安定なのかな?

 

 その他には最近観た漫画やアニメ、映画、オタク界隈で話題になった時事ネタなとの感想を中心に――時折巨乳キャラの画像と一緒に『おっぱい!おっぱい!』やら『ナイス……おっぱい』やら『思ったよりおっぱいだった』、『うひょひょこいつはお楽しみおっぱい』……とひたすらおっぱいに関する投稿ばかりで、人となりはそれ以外全くわからない。

 

 僕は少し悩んだ末に先ほどの販売サイトに行き、電子書籍の閲覧アプリをダウンロード。電子決済で21ゼロえもん殿下さんの最新単行本――『四時限ソケット』(定価1100円)を購入してみた。同じくらいの月額で最新作も読み放題のサブスクサービスもあったけど、とりあえず一冊試しに購入してみるだけなのでこちらを選んだのだ。

 

 決済完了画面からダウンロード中の表示に切り替わっている間、そういえば……とまたあの時のことを思い出した。

 

 みんなとエロ漫画を買おうとした時は、あんなに遠くに思えたところまで行って、自分一人では小遣いをかき集めても届かず、結局買えずじまいだったのに。今は――なんのためらいもなく、もののわずか数分で購入し、この掌に収めることができる。車が空を飛んだりはしないけど、あの頃と比べ僕も世界もずいぶんと変わったんだなと、ふと頬が緩んだ。

 

 そうしているうちにデータのロードが終わり、僕は閲覧アプリからその単行本『四時限ソケット』を開いた。

 

 最初に現れたのは、カラーの表紙。夕方の教室でこちらに手を伸ばし、顔を赤らめるショートカットの女の子だ。はだけたセーラー服から片方の大きな胸が丸出しになったその子を見て、僕の脳は自然と初めてエロえもんの家に行った日に渡された封筒――その中にあったヌードデッサンのことを思い出していた。もう記憶はおぼろげなのに、なぜかどことなく懐かしい気がしたのだ。

 

 画面をスワイプして次に行くと、目次があり、収録作品とページ数の一覧が載っている。この単行本のページ数は約200ページ。収録作品は10作品でおまけも含めてだいたい1作品20ページ前後で終わる単発読切となっている。

 

 これも先ほど調べたことだが――エロ漫画というのはベテラン作家でもない限り、1冊丸々同じ登場人物とストーリーが連続して描かれることはない。雑誌掲載時、その作品単体で行為を入れた起承転結を完結させ、「使える」ものではなければならないからだ。その結果、エロ漫画の単行本というのは、こういった短編集という形になるのが常のようだった。

 

 僕は意を決して、スマホの画面を手繰る。そうして、21ゼロえもん殿下さんのエロ漫画を読み始めた。

 

 『四時限ソケット』――そのタイトルのテーマに合わせているのか。

 

 収録されている作品に出てくるのは、文化祭のお化け屋敷をやっている最中に犬の妖怪に憑依された女性教師と男子学生。二人っきりの科学部で次々に惚れ薬を作り、後輩の男の子を実験台にする白衣の先輩部長。廃部を迫りに来た生徒会長に対し、全く意味とルールがわからないカードゲームで撤回を求め、最終的にセックスに持ち込もうとするメガネっ娘のボードゲーム愛好会員――と、どれも学校を舞台にしたものだ。

 

 ひとつのひとつの作品は全く別の独立した作品だが、注意深く読んでいくと前後の作品に出てきたカップルが背景としてコマの端にいたり、話の冒頭に友人として登場していたりと、これが同じ学校で行われているものだということがわかる。

 

 

『このおっぱい妖怪! おすわりっ!』

『あんたには……立派なおっぱいがついてるじゃねえか』

『5おっぱい!!!!!』

 

 

 作風として共通しているのは、最終的に行きつくのはセックスなのだが、どれも全体的にギャクやコメディが多く、おバカで明るい。時折出てくるパロディネタはどれも懐かしいもので、恐らく作者が自分と同世代だなということはわかる。

 出てくるヒロインもタイプはバラバラだが、そのどれもがエロさとかわいさが同居した魅力的なキャラデザだった。唯一属性として共通しているのは、巨乳ものが多い……というか、それしかない。

 

 さては、21ゼロえもん殿下……あんたもおっぱい星人だな?

 

 なんとなくそんな気はしていたけど、そのあまりにも徹底した姿勢に僕は苦笑を漏らす。自分でも後から気づいたが、それは普段よくする諦観に満ちた苦笑とは違う――子供の時、みんなといる時に「やれやれ」とついていたため息と、同じ類のものだった。

 

 僕は真っ暗な部屋の中、次々に画面をスワイプしていき、次の作品へと移っていく。

 

 コマ割りや話の構成も洗練されており、長方形の画面に切り出された女の子たちを形作る線は流行りの絵柄を取り入れつつも繊細で細く、全体を通してどこか少女漫画らしさを感じさせた。男性向けのエロ漫画でも女性作家は珍しくないそうなので、パロディネタこそ少年漫画が多いが、なんとなくそうかもしれないと思う。

 

 ただそういう作者自身への推測とは関係なしに――僕は、ただひたすらにその線に、その線が引かれるまでのことを考えた。

 

 この単行本を出すまでに――いったい何本線を引き続けてきたのだろう。いくつネームを切り続けたのだろう。どれほどの孤独な時間を……積み上げてきたのだろう。そんなふうに感嘆と単純に「……スケベだねぇ」というジェットコースターみたいな感情の揺さぶりを繰り返し、やがて最後の作品に辿りついた。

 

 単行本の大トリを飾っていたのは、『ジュブナイル』というタイトルの作品だった。

 

 出てくるのは今までと同じ学校の女子生徒だが、僕は読み始めてすぐにショートカットでセーラー服姿の女の子が――表紙の子だということ。そして、今までの作品とは、少し様相が異なることに気づく。

 

 

 舞台は、とある夏。放課後の夕方。

 地面に影絵を落としながら彼女が走って向かったのは、いかにも昭和然とした古ぼけた一軒の書店だ。

 

――おい! ロリコン! あんた東京の学校受けるってマジ?

 

 店番をしている学ラン姿の気の弱そうな男子学生が苦笑いする。

 

――軒先でそんなこと言わないでよ。

――いいだろ。どうせ客なんてめったに来ないんだから。

 

 二人は幼馴染で、男の子は二つ年上。少女は昔男みたいだとからかわれた時に「そのままでいいんじゃないか」と肯定してくれた彼に好意を抱いていることが、数コマで描写されている。

 

――やめなよ……あんたみたいなの、東京行ったら捕まるよ。

 

 男の子の方は、節々の描写から――いわゆるロリコンであることが示唆されていた。

 

――あんたのせいだよ? クラスでわたし、ゴリラ女って笑われてんだ。

 

 女の子は年々強くなっていく想いとは逆に、年を経る度に自分の体が彼の嗜好とはどんどんズレていくことに――どうしようもないやるせなさを噛み締め、本棚の物陰で彼を押し倒し、無理やり行為へと及ぶ。

 

――ごめんね。

 

 だけど、身体だけの繋がりを経ても、彼らはただすれ違うだけだった。彼女は何も言えずに逃げるように店から走り去っていった。

 

 

 僕は、そこまで読んで、心の奥底にしまってあった感覚を強く引きずり出された。

 あの頃、僕らが感じていた――自分を支えるための何かを欲していた感情とその危うさが、どこか儚さと切なさを感じるくらい画面から匂い立っていたのだ。

 

 まるで夢を見ているみたいだった。ずっと昔に置いていき、通り過ぎた時代の感情が、画面の向こうにある一コマ一コマに確かに存在していた。

 他とは明らかに違う――唯一、情緒的で切ないストーリーの最後のページは、桜が舞う春、彼がいなくなった書店を振り返り、何かが吹っ切れたように晴れやかな顔で微笑み、前へと歩き出す少女の後ろ姿。そして、最後のコマには薄汚れた店の看板で物語は閉じられていた。

 

「……あっ」

 

 だけど、僕は余韻に浸りながら次ページに移ろうと、そのコマを見た瞬間、大きく――ただ大きく、目を見開いた。

 

 

 

 

 

『みんなのガンダーラ ジパング』

 

 

 

 

 

 最後のコマに書かれていた煤けた看板。

 そこには、確かにそう書かれていた。

 

 わざと店の名前の前後を入れ替えたのか。記憶が曖昧だったのか。無意識のうちにつけた名前なのか。あるいは、それは単なる偶然の一致かもしれない。だけど、その1ページは、その1コマは、僕の心を決定的に揺さぶった。

 

 刹那、スマホの画面を滲ませたその水滴に気づいたのは、数秒遅れてからだ。

 

「えっ……?」

 

 正体に気づくのに時間はかからなかった。涙が出てきたのだ。無論、ちんこからではない。ちゃんとこの両目からだ。

 

 その数秒後、自分の喉から聞こえてきたのは、激しい嗚咽だった。

 止めどなく溢れる滴をぬぐいながら、自分でもなぜエロ漫画を読みながら泣いているのかわからなかった。まるであの夜にエロえもんと一緒に泣かなかった分まで『約束先取り機』を使った代償として泣いているような――今、この瞬間まで、空っぽの自分に溜め込んでいた澱みを吐き出すように、僕は泣き続けた。

 

 僕は……たぶん今まで辛かったのだ。年を取るばかりで空っぽのままの自分が。何もできずに会社をクビになった無力さが。すがりついていた社会に梯子を外され、この世界で普通をうまく生きれないことが。今更、辛いことを辛いと、そんな当たり前を自覚することができた。

 

 止めどなく溢れる涙をぬぐい、鼻水を垂れ流した汚い顔のまま。僕は、頭を垂れて、何かに耐えるようにじっとスマホの画面を握りしめていた。

 

 いつでも諦めずに前を向けとか。ちゃんと現実を生きろとか。どんなに力強い言葉も、まっとうな綺麗事も、僕の心には響かなかったのに。

 

 それは世間で公に語られる感動する話や何分で泣ける話みたいに――誰にでも理解できるものじゃないし、比較するには下劣で、あまりにも矮小な奇跡なのかもしれない。

 

 『21ゼロえもん殿下』があいつ――『エロえもん』かどうかは、定かではない。確かめる術もない。だけど、この漫画の中には、僕たちがいたあの夏の世界が、確かに生きている。そんな誰にも話せない秘密の確信があった。

 

 エロ漫画みたいな虚構に救われた気分になるなんて、安い人生だろうか。絶望ごっこも大概にしろよって、思われるだろうか。

 でも。僕は、今、確かに――このエロ漫画に、生きるのを助けてもらった。それは誰がどう言おうと、紛れもない本物で、この現実に存在する事実だった。

 

 いつか――日々大量に供給されるコンテンツの波に飲み込まれ、この『四時限ソケット』という単行本が、その中の『ジュブナイル』という20ページの短い作品が、記憶から忘れ去られて、消えていく未来があるのかもしれない。

 

 だけど、僕だけは絶対に覚えていよう。このエロ漫画を読んだ時の少年みたいなあの興奮を、高鳴りを、切なさを忘れないでいよう。ふと、そんなことを思った。

 

 僕はようやく頭を上げて、もう一度スマホの画面を見た。

 

 僕の手元には、今、望んだものがほとんど一瞬で手に入る四次元ポケットがある。膨大なエロい情報の海に、エロえもんのお下がりのパソコンより速く、より手軽に、周りの目を気にすることなく、アクセスできる。

 

 僕が子供だったゼロ年代とは違い、小学生ですら一人で手軽にインターネットを通じて何かを発信している時代だ。ほぼすべての人がクリエイターになれて、正しさや面白さ――そんな価値観の洪水が広がる世界で作品を発表し続けるのは、本当に大変だと思う。

 

――俺がやってきたことは、全部、無意味だった。俺の作品に、価値はなかったんだ

 

 いつか、あの店長さんのように夢が砕け散ってしまうことがあるかもしれない。自分の作ったものが無価値だと信じてしまうかもしれない。理解してしまうかもしれない。

 

 でも――違うよ。違うんだ、店長さん。

 

 何かを作るというのは、本当に救われなくて、くだらなくて、誰にも理解されないことなのかもしれない。

 

 でも。それでも。

 きっと、報われなくても、忘れ去られても、嘲笑されても、眉をひそめられても、世の中の正しさや普通に糾弾されても。何かを作ることは、何かを作ったということは、誰でもできることじゃない。本当にすごい。本当に……素晴らしいことなんだ。

 

 業界にいるわけでもない。何も作っていない元サラリーマンの無職に何がわかる。当事者からすればそういうふうに思われるかもしれない。

 だけど、少なくとも、僕は――21ゼロえもん殿下〟先生〟の『四時限ソケット』を読んだ僕は、そう思ったんだ。

 

 僕はこの気持ちを、どうにかして21ゼロえもん殿下先生に伝えたくて。あのSNSのアカウントのメッセージ欄を勢いのまま開き、その空白を見て、少しだけ思い直す。

 

 もし仮に21ゼロえもん殿下先生が彼女だったとしても――あの子は、子供の時の友達だ。

 『ジュブナイル』に出てきた少女がそうであったように。彼女にとって、僕がもう過去の場所であったならば。一方的な哀愁を持ち寄って押し付けたところで、たぶん迷惑なだけだろう。

 

 僕はSNSのアプリを閉じて、再びブラウザへ――あの販売サイトへと戻ると、『四時限ソケット』の感想と五段階評価が書かれたレビュー画面へと向かう。

 

 

レビュー投稿者:100日後にGカップになるJK

 絵のタッチがすごく好きで(続きを読むにはタップしてください)

 

レビュー投稿者:三山通

 イチャラブギャグ最後の砦。昨今のネト(続きを読むにはタップしてください)

 

 

 すでに二つほどレビューがされているのを横目に見ると、同じようにこの作品を好きでいてくれる人がいるという事実に少し嬉しくなる。僕は鼻をすすりながら、ユーザーレビューの右上にある『感想を描く』というボタンをタップし、表示された空白に文字を少しずつ、時間をかけて打ち込み始めた。

 

 この文章を21ゼロえもん殿下先生が見るかはわらかない。

 そもそも先生はあいつじゃないかもしれないし、こんな長文の感想など自分で言うのもなんだが気持ち悪いかもしれない。

 

 でも、僕は、今ようやく見つけたのだ。あの夜できなかった友達のために――そして、自分のためにできることを。こんなに長い時間をかけて、やっと、見つけたんだ。

 

 だから、このレビューを書ききらなきゃいけない。一円にもならないし、履歴書を埋めるのに役に立つわけでもない――そんな便所の落書きで、チラシの裏にでも書いておく程度のことなのかもしれない。

 だけど、何者にもなれなかった僕だけど、いつか電子の海に消えていく文章の連なりかもしれないけど、今の僕には、このエロ漫画の感想を書くことが、どうしようもなく必要だった。

 

 それから長い時間をかけて書き終え、天井を見上げて深く深く息を吐いた。もう涙は止まっていた。

 送信する前に僕はユーザネーム欄が空白だったことに気づき、適当に『ななしのエロ太』と打ち込む。

 

「……」

 

 だけど、少ししてなんとなく『ななしのエロ犬』と変えて、送信ボタンを押した。

 

 ブラウザを閉じると、現れたのは先ほど何も書かずに開きっぱなしにしていたSNSのアプリ。そして、メッセージ欄の空白だった。僕はそれを見て、自分でも不思議と晴れやかな気持ちで笑っていた。

 

 あの頃の僕らは、『普通』と折り合いをつけることも、現実のどこかに居場所を見つけることもできなかった。

 

 だから、僕には君が必要で、君も僕を必要としてくれた。

 だけど、何かを変える行動すらしなかった僕と違って……たぶん、君は、もうこの世界と戦い、仲直りする手段をちゃんと手に入れたのだろう。

 

 僕は――ただの21ゼロえもん殿下先生のファンだ。

 この空白を埋める言葉は、自分の中に。僕たちが一緒に過ごした季節の中に置いていこう。

 

 あの時代のインターネットの書き込みみたいに――何者でもないくらいの名無しの応援が、僕にはちょうどいいのだと思う。

 

 夢を描くこともないけれど、それなりに人生をこなしてきた僕。

 最初に目指した場所ではないけれど、夢に向かい続けているかもしれない彼女。

 どっちが正しいかなんてわからないけど、少なくとも僕は21ゼロえもん殿下先生のエロ漫画の中に、あの時の感情を思い出すことができた。それは、たぶん――先生が与えてくれたすごく些細で、贅沢な時間だった。

 

 それだけでいいじゃないか。

 だって、音成市からの帰り道で夜空を見上げた時、思っただろ? 人類はいつか滅亡して、地球は跡形もなく消え去ってしまうって。

 

 だけど――だから、何かを好きでいるのも、自分に絶望するのも、未来にわずかな希望を抱くのも。どう生きても、全部オナニーなんだ。オナニーだけが、人生なんだ。

 

 なら、僕はあと少しだけ、前を向こう。もう少しだけ、自分を好きになろう。そして、子供だったあの頃にお別れを言おう。

 

 あの夏の夜、彼女と約束した未来にはなれなかったし、のび太みたいないい人間にはなれなかったけど。それでも、それでいいと……今は思えるんだ。

 

 

 

 

 

 

 ……それはともかく。レビューを書き終わった後、僕にはやることがあった。

 

 もう一度閲覧アプリを開き、匂い対策のために窓を開ける。横にはティシュ箱を設置し、四時限ソケットの中から特にエロかった作品を一つ選ぶ。

 

 エロ漫画を構成する要素は色々あり、一般誌と比べて表現やテーマの制約も緩いが、唯一絶対入れるべきものがある。そこから生まれる実用性こそが、エロ漫画の根幹なのだから。

 どのエロ漫画も、そこに繋がるようにストーリーを集約させ、先生方は短いページ数で実用性とのバランスを考え、自分の描きたいものを入れようと苦心されている。

 

 ならば……やらないわけにはいかないだろう。

 ふーっと何があるわけでもないが悲観的なため息をついて、苦笑して、ズボンを下ろす。実家でやるのは主義じゃないのだが、まあ、今日は特別だ。

 

 

 

 やれやれ。僕は自家発電を開始した。

 

 

 

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