大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島――   作:ぽんこっこ

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第7話:200×年 エロえもん誕生

 

 裸。ヌード。丸出し。すっぽんぽん。おっぱい丸見え。裸体。

 全裸、ぜんら、ZENRA……

 

 突然の衝撃で思わずYAWARAみたいな言い方してしまったが、僕はうろたえながらもそこから目を離すことができなかった。

 

 僕が、その、なんというか、女性の裸について記憶していることは少ない。まだ小さな頃、テレビでやっていたバカ殿様でおっぱい丸出しの女の人たちが出ているのを観ていたくらいだ。

 ただその頃はエッチな気持ちというか……「ちんちん!」とか「うんこ!」と同列のギャグとして見ていたという感じで、エロいとかそういうことはあまり考えていなかったと思う。

 

 ……いや、嘘だ。正直に言うと、幼いながらにちょっとは考えていた。

 確かいつかのバカ殿の放送回を今や懐かしのビデオテープに録ろうとして失敗し、まったく興味のないNHKのニュースを録画してしまったことがあった。

 ちなみにそのビデオに姉ちゃんが録っていたドラマは僕がダビングしたことで消えてしまい、犯人が判明した際にはそれはもう凄まじい暴力の嵐だった。僕は同じ時間帯にあるアニメを録ろうとしたと咄嗟の弁明を繰り出し、おっぱい目当てだったことが発覚するのはぎりぎり回避できた。

 

 これが後に僕の中で語り継がれつつも、日野家の歴史の闇に消えた『バカ殿おっぱい録画失敗事変』の真実である。

 

 とまあ、話は逸れたが、そろそろ目の前の現実に帰る頃合いだろう。

 

 僕は、改めて両手の中にある紙束に視線を這わす。柔らかい曲線を描く上半身。こちらに向かって微笑むお姉さんの口元。まっすぐこちらを見つめる瞳。

 生まれたままの姿をあらわにしたその絵は写実的? というのだろうか。先ほど見せてもらった漫画の絵より少し現実的で、数ページめくっていくとモデルとなっているであろうグラビアアイドルの人たちの水着写真が出てきた。

 

 紙質的に……たぶん雑誌の切り抜きとかじゃなくて、普通のA4用紙に印刷されたもののようだ。小学校低学年くらいの頃から……だったと思うけど、巨乳のグラビアアイドルの人たちがよくテレビのバラエティに出るようになっていたので、僕もその人たちを知っていた。

 

 だけど、古き良き時代ならまだしも、時は21世紀だ。近頃はテレビでおっぱいなんてお目にかかれないし、このお姉さんたちのヌードなんてものも当然見たことがない。

 

 ということは、これは――

 

「どうやら君も……おっぱい星人のようだな」

 

 戸惑いを隠せないまま顔を上げた視線の先には、満面の笑みが広がっていた。

 

「君は巨乳と貧乳、どっち派かね?」

「えっ……?」

「いや……やっぱりいい。何も言うな。先ほどの飢えた狼のような目を見れば、言われずともわかるさ。最近は、『貧乳はステータスだ』などと世迷いごとをいうやつも多いらしいが、やはり巨乳こそが至高……デカパイこそこの世の真理であり、絶対正義だよな……!」

 

 狼どころかまるで今日初めて外界に出た子犬のように――冒険心と恐怖心の境目にいる僕をよそに彼女は「ウヒヒヒヒ」とヤバい薬をキメちゃってる人みたいに笑っている。僕、まだ何も言ってないんだけどな。

 

 そうして僕がその豹変っぷりに唖然としていると、当の本人はどこか怪訝そうに眉をしかめた。

 

「どうした? ボケっとして。もしや、君……隠れヒンニスタンか!?」

「いや、そりゃあ……どっちかって言われると、大きい方が好きだけど」

 

 詰問染みた問いに僕がしどろもどろで応えると、「彼女」は「やはり、私の目に狂いはなかったな」と満足げに頷く。

 いや、ごく自然にスルーしちゃったけど、隠れヒンニスタンってなんだよ。踏み絵でもさせられるのだろうか。信仰の自由は日本国憲法で保障されてるんだぞ。というかなんの会話なんだ、これ。

 

 困惑するこちらを尻目に僕が敬虔な巨乳信徒であることを確認した「彼女」は、ズボンのポケット――家に入る時、鍵を取り出したファスナー付きのあそこから何かを取り出す。

 

「テストを見事にクリアした君には……この秘蔵コレクションを見せる権利を与えよう」

 

 そう言って「彼女」が掲げたのは、車のキーほどの大きさをした長方形の物体。たぶん、USBっていうやつだ。黒色のそれをおもむろにパソコンに差し込んでパスワードを打ち込み、フォルダが開かれる。マウスポインタ―が砂時計に置き換わり、しばらくたつと……目を疑うような光景がディスプレイに映し出された。

 

 そこにあったのは、画面を埋め尽くす肌色、肌色、肌色……やたらと露出が際どい水着のお姉さん方のオンパレードだ。しかも、ほぼ全員巨乳。

 僕は思わず窓際に行き、部屋のカーテンを閉めそうになった。だけど、すんでのところでここが人の部屋だということを思い出し、踏み止まる。

 

 僕だって……おっぱいは、まあ、嫌いじゃない。いや、むしろ好きだ。大好きだ。

 だけど、こいつはまずい。実にまずい。ヤバい。ついでにいうと、所狭しと並べられた画像を見てますます得意げな笑みを深くするこいつは、たぶんもっとヤバい。

 

「見てみろよ、これ。やっぱたまんねえな~」

 

 僕は度肝を抜かれた。女の子でそんなエロオヤジみたいなこと言うやつは、後にも先にも初めてだったからだ。

 斜め後ろで戦慄する僕のことなど気にも留めず。ディスプレイの青白い光の中でニヤニヤしながら、「彼女」は画像をクリックして拡大表示していく。僕はデジタル画面に映し出される胸の谷間に視線を奪われつつ、「彼女」におそるおそる尋ねる。

 

「その……デッサンとか、漫画の練習のために見てるんだよね?」

「いや、おっぱいが好きだからだけど?」

 

 即答だった。

 一切の迷いがない即答だった。

 

 たじろく僕に構わずしんちゃん顔負けのニヤケ面をさらして鑑賞を続ける「彼女」を見て、もはや変な笑いが込み上げてくる。下品な顔してるだろ? 女子小学生なんだぜ、これ。

 

 僕はどこか遠い風景を見る目で彼女の後ろ姿をぼけっと見る。そして、ふとこれまでの「彼女」の言動を走馬灯のように思い出して、あることに気づいた。

 引き出しの中から飛び出してきた漫画とヌードデッサン。プリントアウトされた水着のお姉さん。ポケットから取り出されたUSBにぎっしり詰まったエロ画像。

 

 ……引き出しの中から飛び出して、ポケットから取り出し、PCとインターネットという僕にとって、少し不思議な道具を使う。

 

 そう。その姿はまるで――あの猫型ロボットみたいだ。

 

 

「……エロえもん」

 

 

 自分でもなんとなしに、そんな単語をつぶやいていた。

 その刹那、僕はハッと我に返り、聞こえていないことを願いながら「彼女」の後頭部を見る。

 

「えっ?」

 

 だが、先ほどまで後頭部があったはずの位置にあるのは、まるで起動したてのロボットのように少し驚きを含んだ顔だ。どうやら願いも虚しくばっちり聞かれていたらしい。

 

「あっ、えっと……ご、ごめん! つい……」

 

 無意識に放ってしまった言葉に、僕はあくせくする。

 不可抗力とはいえおっぱいを触ってしまった痴漢に恐らく不法入手されたであろうエロ画像の閲覧。そして、たった今、自分でも大好きな漫画を文字った名誉棄損をしてしまった。

 

 今日だけで三つも罪を重ねている。な、なんでこんなことになってしまったんだ。例えクラスで浮いている一人ぼっちの変人だとしても、罪を重ねるつもりになんてなかったのに。

 

 そうして、じいちゃんごめんよぉ。あんたの孫は小学六年生でこんな重犯罪者になっちまったよぉ。などと懺悔にふけりながら、冷や汗をかいて、今にも逃げ出しそうになっていた時だ。

 

「それ……いいな!」

 

 僕の口から「へ?」と情けない声が漏れる。

 

 「彼女」から返ってきたのは、またもや予想の斜め上をいくリアクションだった。

 だが、ぽかんとする僕を差し置いて、「彼女」は今日一番のスマイルをこちらに向けて見せた。

 

「君、私のこと今度からそう呼べよ!」

 

 薄々感じてたけど……たぶん、というか絶対、こいつは変人だと思った。

 

「い、いやだよ……」

「おっぱい」

 

 拒否した瞬間、「彼女」の口から出た単語に、僕はフリーズする。そのニヤケ顔が指し示す意味は、先ほど揉み合いになって胸を触ってしまったことだろう。

 

「私って、なんか昔から友達にあだ名で呼ばれたことないんだよ」

「……友達?」

 

 そもそも脅迫する、される関係って、友達と言えるんだろうか?

 

「おいおい、傷つくぜ? 自作漫画とエロ画像を見せ合った仲じゃないか」

 

 と、僕が「友達の定義」などという太宰の時代から受つ継がれている極めて普遍的かつ抽象的で走れメロス的なテーマについて考えて現実逃避していると、「彼女」は「……まあ、君が死ぬくらい嫌だってんならいいけどさ」と少し拗ねたような顔をする。

 曇ったその表情を見ると、なんだかこちらが悪いことをしているような気がしてきて……僕はやれやれとため息をついた。

 

「わかったよ」

「おっ! 本当に!?」

「ただし、君と二人でいる時だけ。他人がいる前では言わない」

「えぇ、困ったやつだなぁ」

 

 そりゃこっちの台詞だよ!

 

 などと言いたくなったけど、僕は困惑しながら……少し嬉しかったのも事実だった。

 教室で孤立してからあだ名で呼ぶ合う友達なんていなかったし、こんなふうに漫画のことや……ましてや、エッチなことについて話す相手もいなかったから。

 

「君って……いつも友達とこういう話してんの?」

「こういう話?」

「その、漫画とか、インターネットとか……エロいこととか」

「まさか。女子相手に言う訳ないだろ。そのくらいの社会常識は身に着けてるさ」

 

 ……一応、君も女子なんだけどね。あと、君は数分前の自分の発言省みたら社会常識語れる立場じゃないだろ。

 

「君、失礼なこと考えてるな。私だって話題合わせくらいはするんだぞ」

 

 そんなことを思っていると、「彼女」――改め「エロえもん」はどこか得意げな様子でふんと鼻を鳴らし、僕の背後を顎で指す。

 

 僕が振り向いた先にあるのは、壁際の本棚だった。部屋に入った時に見たやたらと少年漫画が多い本棚だ。そして、彼女の目線を追うと、そこには数ある漫画の中で肩身が狭そうにしているファッション誌が置いてあった。

 

「あれのこと?」

「そっ。まあ、あとはゴールデンタイムにやってるドラマとかアイドルが出てるバラエティとか見とけばなんとかなる。本当は……その時間も、漫画に使いたいんだけど」

 

 あっけらかんとしつつも最後に本音を滲ませた言葉に……僕は、なんとなく、こいつも僕と同じ小学生だったんだなと思った。

 教室でたむろしている女子みたいに……横目でちらちらと誰かを見て、こそこそ話すようなタイプとも思えないが、きっと無理して話を合わせているところもあるのだろう。

 

 そういや、前から気になってたけど、あれってどういう話してんだろう。

 

「本当に聞きたいかい?」

「……遠……ぅ……り、慮しとくよ」

「賢明な判断だな」

 

 僕もたまに嫌な視線を向けられるから気になっていたが、そんなことを言われると聞く意欲も失せる。ということか、僕に関してはだいたいどんな悪口を言われているか想像に難くない。そんなことを打ち明けると「君は変なところで正直なやつだな」とエロえもんは苦笑した。

 

「……裏で誰かの悪口言うのも、誰かから言われるのも、本当は嫌なんだ」

 

 苦い表情のあと、今までとは違い――伏せ目がちなエロえもんの声は、静かなものだった。

 

「同じ意見に頷いて、同じ雑誌買って、同じ番組観て、同じ曲聞いて……それが本当に好きなら全然構わないけど……それが好きじゃないとおかしいとか、普通じゃないって言われるのは、正直、馬鹿みたいだなって、時々思うことはあるよ」

 

 思うけど、誰にも言う勇気なんてないんだけどな。

 と自嘲気味に付け足した後、エロえもんは力なく笑う。僕はその表情を見て、ふと教室での彼女を思い出した。

 

 確かにエロえもんは誰とでもうまくやるけど、誰と一番仲がいいかと言われると、パッと思いつかない。それは僕がクラスの内情をイマイチ把握していないだけかもしれないけど。

 もしかしたら、クラスの「友達」ではなく、今日初めてまともに会話するような仲で、他のクラスメイトとは交流のなさそうな僕だから、彼女も本音をぶちまけているのかもしれない。

 

「女子ってのも、大変だね」

「男子はどうだ?」

「……似たようなことは、あるかもしれない」

 

 男子は女子と違ってバカで羨ましいなんてこと言われるけど、僕からしたらあんまり変わらないように思える。

 

 男子だって裏で陰口叩かれるし、悪口を言っていい奴と言っちゃダメなやつが決まっている気がするし、僕みたいな運動神経悪い変人は体育の授業のチーム分けでハブられるし。女子と違ってそれを嫌がらせだと自覚していないぶん、余計たちが悪い気がする。まあ、なんというか陰湿さではあまり変わらないということだ。

 

「時々、君らライアーゲームとか人生逆転ゲームやってんの? って気分になるよ」

 

 ぼそりとつぶやいた僕の言葉にエロえもんはぶっと吹き出し「言い得て妙だな」とケタケタと笑う。そんなにツボに入るとは思わなかったので、僕は急に数秒前の稚拙な例えが恥ずかしくなり、慌てて弁明した。

 

「あっ、いや、去年転校してきてから、教室の端っこでボケっとそんなことばっかり考えてて。僕……友達いないし」

 

 自分でもかなり痛々しい発言なのに後から気づき、ごまかすために乾いた笑いを含ませる。だけど、エロえもんはそんなこと気にも留めず「そういえば……君も転校生だったね」とどこか――それは僕の気のせいかもしれないけど――親し気な笑みを見せた。

 

「私も……同じようなこと、考えたことあるよ。前の学校で思い知ったからね。あまり普通から外れると、次第に大人がちょっかいを出してきて、クラスの人間関係まで崩れて、何もかも壊れちゃう。

 だから、こっちの学校に来てからは、現実世界での人間関係で心の友なんて作ることをあきらめて、とりあえずクラスのやつらとはうまく付き合えるようになった。その代わりだんだん苦しくなって……その時、インターネットに上がっている漫画を見て、私も、描こうと思ったんだ」

 

 一息に告げられたエロえもんの話に、僕は何を言うべきかわからずしばらく黙り込んでいた。考えて、考えて……結局「そっか」という毒にも薬にもならない一言をひねり出すのが精一杯だった。この時ばかりは、希薄な人間関係に裏付けされたコミュニケーション能力の低さを後悔した。これがいわゆる『KY』ってやつなんだろ。

 

 KY。少し前からテレビが流行らせている言葉でK=空気、Y=読めないの略である。

 

 たぶん……普通の子どもは、色んな同世代や大人とコミュニケーションを取って、自分の言葉に他人がどう反応するかを見て、どこまで自分を出せばいいのか。何をすれば、何を言えば、「空気が読めないやつ」になるかを学んでいく。

 そうやって学年が上がっていって、中学生になって、高校生になって、大人になる。

 

 でも、僕には、その「普通」ってやつが、よくわからなかった。

 何をすれば普通なのか。どう振る舞えば普通なのか。そもそも普通ってなんなのか。それって本当に正しいのか。僕の親はちっとも毎日が楽しそうじゃないし、教師たちは気にくわないことがあるとすぐ癇癪を起こすし。周りの大人たちを見ていると、そんなにいいもんだとは僕には思えなかった。

 

 なんで――なんでなんだろう。

 好きなことを好きっていうのは。

 嫌なことを嫌っていうのは。

 他のみんなや普通と違うのは。

 なんでそんなに……悪いことなんだろう。

 

 じいちゃんと話していた世界の不思議なできごとのように――この世界には、僕が理解できない常識や事象ばっかりだ。

 

「まあ、そんな辛気臭い話はいいとして!」

 

 なんだか重苦しくなってしまった空気を切り裂いて、エロえもんの明るい声が耳に届き、僕はハッとする。見ると、エロえもんは腕を組んで、インターネットやエロ画像の話をしていた時みたいな――あの得意気でシニカルな笑顔に戻っていた。

 

「君に任務を課そう。これから……毎日、放課後私と待ち合わせすること」

 

 だが、唐突に告げられたその提案に僕は「ええっ!?」と柄にでもなく素っ頓狂な声を上げた。

 

「せ、せっかくのお誘いだけど、お断――」

「おっぱい」

 

 そうして断ろうとすると、またしても絶対遵守を誓わされる無敵の単語が僕に投げかけられる。

 

「……毎日はちょっと、塾あるし」

「なんだ中学受験でもするのか?」

「そういう訳じゃないんだけど……成績悪いから」

「学校のテストなんて、教師の匙加減を除けば教科書の範囲しか出てこないぞ? 授業聞いて復習してれば十分だろ」

 

 僕はその発言に唖然とするが、確かにこいつが塾に行っているという話は聞いたことないから事実なのだろう。

 

 まあ、僕は最近授業も真面目に聞いてないし、塾の課題も適当にこなして漫画を描き始めてから成績がぐんぐん下がっているので、彼女の理屈は正しいのだろう。いやはやまったくもってその通り、ザッツライト、いかにも大正解のおっしゃる通りでございます。

 

 でも、例えそうでも、自分がそうだからといって僕までそうだとは思わない欲しいものである。学年が上がるごとに実感させれるけど、やっぱり生まれ持った地頭の良さや要領の悪さというのはあるものなのだ。

 

 などと僕はひねくれた考えを巡らせているが、エロえもんはそんなこと一切介さない。白い歯を見せて薄く笑った後、未だに猥褻物陳列罪なノートパソコンの画面をこちらに向け、おまけに片手には高々と印刷されたグラビア画像を掲げる。

 

「私たちは共犯者だろ? んー?」

 

 眼前に突き出されたおっぱいに僕は顔を背けながらも、しっかりと横目でその谷間だけは凝視する。ふとその先にあるエロえもんと視線が重なり、胃袋をくすぐられている気分になった。

 

「……わかったよ。犯罪以外なら付き合う」

 

 僕はなんだかムズムズするその状態からいち早く解放されたくて、仕方なくそうつぶやく。

 

 すると、エロえもんは「そうか! よく言った!」としてやったり顔。その満面の笑みを見ていると、さてはこいつ僕の反応を見ておもちゃにしているだけじゃないかという気もしてくる。

 

「いやー、漫画の話できる友達がほしかったんだよ。ありがとな」

「う、うん」

 

 だけど――例えそうだとしても。

 僕は、その言葉に。満面の笑みに。「友達」という単語に。ただドギマギしながら頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 横断歩道の白いところ以外は溶岩になっていて、黒を踏んだら落ちて死亡。

 石ころ蹴って、家まで運ぶまでに溝とか排水溝に落ちたらゲームオーバー。

 

 低学年の頃、僕は学校からの帰り道にいつもそんなことをして帰っていた。六年生にもなるとさすがにもうしなくなったけど、それでも、心は少し浮ついていて。

 いつもより薄暗いエロえもん家からの帰り道、無意識に昔『ポンキッキ―ズ』で主題歌だった『歩いて帰ろう』を口ずさんでいた。

 

 僕は、今日もどもりのせいで先生から怒られて、日直の仕事を押し付けられて、教室の隅で一人自由帳をマンガノートに変えているはずだった。

 そんな――後からカレンダーを見返せば、素通りしてしまうようないつも通りの一日のはずだったのに。明日からの毎日と、昨日までは毎日は決定的に何かが違うように思えた。そんな予感がした。

 

 僕は漫画を描いていて、あいつも漫画を描いている。

 

 そして、この世界には、僕ら以外にも色んな人が漫画を描いている。漫画家を目指すということは自分とは無関係な世界じゃない。確かにこの世界に存在している目標で、僕も漫画家になれるかもしれないんだ。

 そう考えると、こんな僕でも、ドラえもんみたいに3ミリくらいは浮足立った気分になり、思わず走らずにはいられなかった。

 

 

 それはゼロ年代――すこしむかしの話。

 

 ノストラダムスの予言の成就も、セカンドインパクトもなく、21世紀が何事もなく始まった頃。

 世間では郵便局が国営じゃなくなったり、同時多発テロが起こってアメリカとイラクが戦争を始めたり、どこかのIT企業がテレビ局を買収しようとしたり、イナバウアーが流行ったり、総理が短い間に何人も辞めたり、ドラえもんの声優が代わったり、色んなことが起こっていた。

 

 だけど、どこか遠くで社会を動かすそんなことは、僕らの世界にとってどうでもよくて。

 もっと重要なことは、他にあった。

 

 確かに、あったんだ。

 

 

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