大長編 STAND BY ME ゼロえもん ――僕の新世紀・新エロマンガ島――   作:ぽんこっこ

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第2巻 恋するとぱんつ
第8話:ドラベース・ドラリーニョ


 

 

「いくぜぇ! 大回転背面満月大根シューーート!!!」

 

 クラスでお笑い担当の男子である安春が叫ぶと同時にサッカーボールが空高く蹴り上げられ、初夏の空に放物線を描いた。コートの外を大きく外れて飛んで行ったそれを見て「おい! 真面目にやらんか!」と千条先生が怒鳴り立て、クラスのやつらからドッと笑いが湧き上がる。ハーフウェイラインの向こう側で起きているその様子を、僕を含めた何人かの生徒はゴールポストの前でボケっと眺めていた。

 

 サッカーにおいては、コートを真っ二つに割るこのラインが、僕らとそれ以外を分ける境界線だといつも思う。

 

 なんの境界線かって? それは聞くまでもないだろう。

 

 この世界には、およそ二種類の人種が存在する。

 運動ができる者とできない者というベルリンの壁より厚く、根深い人種差別である。

 そして、後者の人間にとって体育の授業という義務教育で定められた時間は、運動神経によって人権の有無が決まる小学生男子にはとてつもなく困難な試練であった。

 

 まず前提として、リレー以外の陸上競技など個人種目はまだマシだ。衆目の晒し者になるだけで一時の恥として乗り越えられる。

 問題は、カリキュラムに毎年と言っていいほど組み込まれる運動会の練習とチームスポーツ全般である。特に後者はまずい。運動会の練習は期限付きのため苦難の終わりが見えやすく希望を持ちやすいが、野球やバレー、バスケ、サッカーといった球技は1年中満遍なく配置され、終わりが見えない。さらにそこでミスしようものであれば、スポーツが非常に得意であらせられるクラスの中心人物たちから陰口、舌打ちを叩かれること請け合いだ。

 

 それに加え、あろうことかうちの学校では、総合学習の時間さえ球技大会のための練習という時間に割かれることがあるのだ。

 

 球技大会に参加する種目をクラスで決める投票が行われる際、僕はいつも民主主義制とそれを生み出した古代ギリシャの賢人たちを恨みながら「野球は嫌だ……! 野球は嫌だ……!」と頭上で祈っている。打順が回ってくるので全員必ずバッターボックスに立たなきゃいけないのと一人あたりに割り振られる守備範囲が割と広いので、運が良くても数回はこちらにボールが飛んでくるから絶対に嫌だった。

 

 まったく。球技大会なんざなんかのボールを10回壁に当てて終わりでいいだろ。野球なんてつまんないことやめてさ。

 

 今年こそはなんとか回避したいところだが、根回しできるような人脈など持ち合わせちゃいないので、結局昨年と同じく運命に身をゆだねる他ないだろう。

 そんな未来予想図を描きながら、爽やかな初夏に行われる体育の背景と化していた僕は周囲をちらりと伺う。

 

 僕の周りにいるのは、同じような運動音痴あるいはスタミナがない太っているやつだ。自分を含めてこういう連中は漏れなくゴール前でディフェンスという名のカカシになるのが通例だった。それこそカカシ先生みたいにかっこよければいいけれど、中忍試験どころかアカデミーに入学すらできなそうな僕らに運動神経がいいやつのコピープレイなどできないので、こうやって突っ立って、ボールが来たら邪魔する素振りだけ見せるように務めていた。

 

 僕は晴れ渡った青空を見上げ、きゃあきゃあ言っているクラスメイトたちをあたたかーい目で見守っていた。ああいうクラスのお笑い担当グループがミスっても大爆笑になるだけど、運動神経悪い根暗がミスると空気が白けるし、場合によってはジュニアクラブとかに通っている競技経験者がイライラし出すこともある。ゆえに、僕らのようなのは大人しくしておくのが正解なのだ。

 

「お前らー! ちゃんと授業に参加しろー!」

 

 ところが、そうしていると、千条先生の咆哮がこちらへと飛んできた。やつの中ではふざけているお笑い担当は授業に参加していて、形だけでもディフェンスに徹している僕らは授業に参加していないらしい。

 どうしてこう教師というのは「全員が参加している感」にこだわるんだろう。みんな参加して幸せになるなんて、オリジナルベイブレードが買える応募者全員サービスぐらいだろ。

 

 普段大して仲がいい訳ではない僕ら運動音痴組。だが、そう言われここはどうすべきかとお互いに目配せをし、特に言葉を交わしたわけではないが、「聞こえなかったことにして現状維持に努めよう」という無言の同意が僕らの中に流れる。

 

「おい! 後ろいるやつら……日野! 前に出ろ! 前に! FW(フォワード)やれ!」

 

 と、そんなことをしているとしびれを切らした千条先生に目をつけられて、名指しされた。

 

 FWと僕。それはハム太郎とやたら怖いゴジラの同時上映くらい斬新な組み合わせの気がするが、ついに千条先生がこちらに走り寄ってきたので、僕をはじめとして名前を呼ばれたディフェンスに徹していた運動音痴組が前に出始める。こんなに嬉しくないドラフト指名もありゃしないな。

 

 やれやれと浅いため息をつき、前線に出るまでの時間稼ぎのためノロノロと走り出す僕らを見て「お前ら! なんでベストを尽くさないんだ!?」とまた千条先生の雷が落ちた。

 

「パス回せ! パス!」

 

 こちらにやってきた運動神経がいい人権保有組――その中でも非常に人がいい優等生の出久杉と一瞬、目が合う。彼が先生の言葉を受けこちらにパスを回そうとする。僕はそれにさも気づいていないような振りをして、明後日の方向を見てやり過ごす。

 

 若人が接待プレイなんかしてんじゃないよ、まったく。子供はもっと伸び伸びプレイしなさい。

 と思って無事回避できたと思ったら、タイミングが悪かったのだろう。僕が顔を背けたのに気づかず、出久杉がこちらにボールを蹴り出してしまった。

 

 僕は慌ててそのボールを受け止め――受け止めたはいいが、周囲に同じチームのやつがいないためパスができないことに遅れて気づき、仕方なくホンダのASIMOみたいなぎくしゃくとした動きでドリブルを始める。そして、ものの数秒で後ろから来た敵チームのやつに取られてしまった。

 

「何やってんだよ! クズ! ノロマ!」

 

 すると、今度は横合いから怒号が飛んできた。千条先生ではなく、クラスでも気が荒い幸田だった。

 やれやれ。あんまり強い言葉を使うなよ……泣きたくなるぞ?

 

「まあまあ、幸田。いばんなよ~」

「は? いばってねーっつの」

 

 その隣でいつも金魚の糞みたいに引っ付いている細川がニヤニヤ笑いながら僕と幸田を交互に見た。言葉では僕をかばっているが、なんとなくバカにされていることはわかる。

 

 僕はそれに悔しさを感じることすらできず、こういうジュニアクラブがあるスポーツって大抵そこに通っているやつが偉そうにし出すから嫌いなんだよなぁとか、素人相手に本気になるなよどうせ授業なんだからとか、色々と不平不満を心の中でぶちまけつつも、千条先生の監視があるので最低限のやる気を見せながら走り出した時だった。

 

「おい! ボール行ったぞー!」

「へ?」

 

 誰かの声が聞こえたのと振り返ったのと――振り返った先、すぐ眼前にボールがあることに気づいたのは、ほぼ同時だった。

 

 誰かがふざけて思いっきりロングシュートを決めたらしい。それはとてつもないスピードのはずなのに、映画のスロー再生みたいにゆっくりと僕には見えた。

 まるで目の前に暴走トラックのヘッドライトが迫っている野生動物みたいに僕の体は硬直する。僕は死にましぇーんなんて言う暇もなく、当然の帰結としてサッカーボールは僕の眼鏡をぶっ飛ばし、顔面を一瞬押しつぶした後、跳ね返り地面にバウンド。僕はその反動で後ろ向きに倒れ、ガンと頭を打ち付ける。

 

 一瞬、周囲で千条先生のホイッスルの音と大声が聞こえた。しかし、そのざわめきも遠くなり、暗くなっていく視界には初夏の澄み切った青空と流れていく雲がうっすらと見えた。

 

 いやぁ、本当にいい天気だよ。体育の授業は最高だね、まったく。

 

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