リバウの若鷲(ストライクウィッチーズ×大空のサムライ)   作:小山の少将

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第九話 戦いを知れ

 時は1940年1月。

 扶桑皇国海軍の若きエース・ウィッチ、笹松一子中尉は、ついに分隊長に抜擢された。

 中隊を率いることになった一子は、副官の坂本美緒一飛曹の助言を受けつつ、直ぐさま中隊の組織に着手した。

 後にこの中隊は、幾多の伝説と栄光を築き上げ、そして強大なネウロイの前に散った乙女たちの悲劇の記憶と共に、世界最強の零戦隊として長く人々の心の中に刻み込まれることになるのだった。

 

『第九話』

 

―― 戦いを知れ ――

 

 一子の分隊長就任が決まったその日の晩、ヴァルガの部屋ではささやかな祝いの席が設けられていた。

 車座になるのは本日の主役である一子、部屋の主であるヴァルガ、そして普段はアルコールを飲まない美緒も珍しく参加していた。

「ついにカズコも分隊長ね!」

「う、うむ」

 一子は照れたように頷いた。

 たった一文字違い。分隊士が分隊長になっただけであるが、戦友を率いる立場になった。

 前々から編隊の先頭に憧れていた一子は、面映ゆい気持ちだ。

「分隊長か……。この身は未熟だが、皆の期待に応えられるように粉骨砕身頑張るぞ」

「その意気よ!」

 ふたりはグラスを合わせて、琥珀色のそれを呷った。

 喉を灼けるような熱が通り過ぎていく。

「うまい!」

「良い飲みっぷりね。ほらもう一杯」

「これはすまん」

 グラスに新しいウイスキーが注がれる。

 凄まじい勢いでボトルを空けるふたりの傍ら、美緒はチビチビと酒を飲む。美緒の酒は嗜む程度だ。間違ってもウイスキーを一気飲みなどしない。

 それに加えて、美緒は酔わないように自制していた。

 目の前のふたりが酔っぱらったらどんな惨劇が巻き起こるか。翌日の朝を三人仲良くベットの上で裸の川の字を描いて迎えることになりかねない。

 止めるのは、美緒の役割だった。

 それが分かっているので、一子もヴァルガも美緒に無理矢理ウイスキーを飲ませるようなことはしない。

「しかし、なんだかんだと言っても、中隊長になるのは不安だ。ヴァルガは先達として何か助言はないか?」

「そうねぇ」

 カールスラント空軍のウィッチ中隊を率いる立場のヴァルガは、顎に手を当てて考えた。

「強いて言うなら、個人の戦績に拘らずに、部隊の安全を最優先にすることかしら」

「うむ、やはりそうか。坂本兵曹は?」

 一子は美緒にも水を向けた。

「私は中隊長になったことがないので詳しくは話せませんが、編隊飛行についてはそれなりに助言出来ます。

 分隊長は編隊空戦をどのようにお考えですか?」

「編隊空戦か……」

 一子は今までの空戦を思い出して言った。

「まず初動で敵に優位な位置――――例えば後ろ上方を占位することか?」

「その通りです。我々の機銃は敵機の真後ろについて軸線をぴったりと合わせたときが最もよく命中するのです。編隊空戦の初動でこういう態勢を作り上げるように持っていくことが大切です」

 美緒は両の手を敵と味方の二機に見立てて話し続けた。

「空中での照準は複雑です。自速、弾速、敵速、上下左右の角度、距離、さらにGや彼我の機の滑り、機の浮き沈み。このような算定基礎をひとつでも誤ることは、照準点――――敵機の未来位置へ送る弾丸の修正量を誤らせる結果となります。こうなっては、いくらベテランと言えども、十回に一回の命中率も得られません」

 一子は真摯な目で聞いていた。ヴァルガも興味深そうに耳を傾けていた。

「つまりですね、分隊長。大切なのは無修正で直接照準、至近の位置に敵機を置くことです。こうすれば戦いを単純化し、修正量をゼロに近くすることができるからです。一対一でも一対複数でも、これは鉄則です。

 そして、この態勢をとり得るかどうかは、初動時に戦いの主導権を得られるか否かで決定されます。この空戦の形が出来上がれば、あとは射距離の問題だけになり、命中弾を得るための他の要因をすべて打ち消すことができるのです」

 美緒は喋っている内に熱が入り、饒舌になっているのを感じた。

 椀の酒を少しだけ含んで、口の中を湿らせる。

 美緒は今まで経験した戦闘を思い浮かべた。

「私の経験からお話ししますと、ウィッチの空中戦というものは、例えるなら両手をひろげて鶏の群を鶏舎に追い込むようなものです。このとき、一羽でも自分の後ろに鶏を残してはならないのです。あるいは、広い草原で羊をまとめる誘導犬の動きに似ています。あの動きが編隊空戦の理想の姿です。先手主導権をとって相手編隊を味方編隊の前方に押し出せば、勝負はこちらのものです。しかも、一番気になる後方への見張が不要となります。

 ですから、これを成功に近づけるためには、指揮官だけに任せるのではなく、編隊の全員がその形を実現することに執念を燃やして行動することです。全ての条件をパーフェクトに持っていった結果の集大成が、敵味方の戦力差になり、勝負を分けることになります。このことを味方列機に周知徹底させ、実行させることが肝要です」

「なるほど牧羊犬。言い得て妙ね」

 ヴァルガは感心したように頷き、一子も美緒の言葉を咀嚼するように頷いている。

「ありがとうございます。しかし、あともう一つだけ言っておかねばならないことがあります」

「それはなんだ?」

 美緒は一子を見た。

「これからの空中戦の鉄則です」

「なに、これからの?」

 一子は身を乗り出して耳を傾けた。

「はい。現在の皇国のウィッチ隊では、空戦訓練の場合、一対一の格闘戦に強い人が空戦の達人のように言われ、さらには相手に追尾された不利な状態から秘術を尽くして巻き返し、挽回して逆転する技を名人芸といって讃える風潮があります」

 一子には思い当たる節があった。彼女自身、新任の頃は美緒に何度も頼み込んで秘術を見せてもらい、必死に盗んだ記憶がある。

 隊の多くも、今も格闘戦の技能を必死に磨いている。

「しかし、よく考えてみて下さい。弾丸の飛んでこない訓練では一見して名人上手のように見えますが、実戦では敵に追尾されて一時的にも不利な形になることは、挽回する前に墜とされてしまう確率が高いということです。

 実戦における理想の形とは、格闘戦になる前に、素早く相手を仕留める。敵がややこしい動きをする以前に、先手をとった最初の第一撃で、各機それぞれが第一機目を討ち果たすことです。

 これについては、カールスラントのウィッチの方が進んでいます。例えば、第五二戦隊のハルトマン少尉は編隊空戦の名手ですし、ここにいるツァンバッハ中尉も上手です。対して、我が軍では陸軍の加藤少尉など、極一部でようやく認知されてきているだけです」

「むぅ。我々は遅れているのか?」

「必ずしもそうとは言い切れませんが、このまま格闘戦にこだわり続ければ、いつか手痛いしっぺ返しがあるでしょう」

 美緒は訥々と語った。

「格闘戦は最後の手段です。ですが、この格闘戦でもファインプレーの末に勝つ、というのは感心しません。ファインプレーの影には必ずピンチがあり、したがってピンチから脱して逆転勝利するからファインプレーになるのです。それは危険な勝利です。ピンチから逆転して敵を仕留めると、自分自身はたいへんな勝利感を味わい、また端から見れば名人芸に見えるものです。しかし、これはやはり危険です……」

 一子は、先日の九六艦戦で美緒の十二試艦戦に敗れたときのことを思い出した。

 あの時、美緒は強い口調で言いつけた。ズルくて何が悪い、と。なるほど、美緒のこの言葉は、彼女の戦闘理念から出た言葉なのだ。

 その理念が正しかったことは、この二週間でいやと言うほど味わった。

「訓練では、手強い相手と遭遇して互角の戦いになったときを想定して格闘戦の技を演練するのですが、これは格闘戦における際どい運動の体得であり、実戦における最後の一手の研究です。

 しかし、この最後の極め技を、実戦においていつもいつも使わなければ勝てないということは、まだまだ自分が未熟であると考えなければなりません。相手に秘術を使う前に倒す。これが勝負の理想です」

 一子の脳裏に衝撃が走った。

 一子は知っている。

 美緒は、彼女の伝家の宝刀である左捻り込みを、実戦で一度も披露したことはなかった。

 あれだけの超絶技巧、一子も何度となく煮え湯を飲まされた極め技を、美緒は実戦で使わないのだ。

 美緒は有言実行を尊ぶ人であったが、ここまで徹底していたのかと一子は感心した。

「たいへん難しい至難のことと思えるでしょうが、これに近づく研究と努力をとことんまでやるべきです」

 訓練あるのみ。美緒は最後にそう言って言葉を締めた。

「そうだ、その通りだ」

 一子は感激した様子で美緒の手を取った。

「私はまだまだ未熟だ。よろしく頼むぞ、坂本兵曹!」

「もとよりそのつもりです!」

 ふたりは手を取り合い決意を新たにしたのだった。

 

「あぁ、美しい師弟愛ねぇ」

 ヴァルガは見つめ合うふたりを見ながらしみじみと呟いた。

 

 一子と美緒のふたりは、それから暇を見つけては編隊空戦についての議論を重ね、よりよい戦術の発明に心血を注いだ。

 昼間はお互いの立場があり弁えなければならないので、議論は専ら夜に行われた。ある時は一子の個室、あるときはヴァルガの個室、またあるときはあの桟橋。

 ふたりは疑問ができるたび、問題が浮かび上がるたびに集まり、階級を超えて激論を交わした。

 ある時は作戦が通用して大戦果を収めることもあったし、失敗して思わぬ苦戦を強いられることもあった。

 その度にふたりは集まり、改善点を探した。

 ふたりの研究で導きだした答えは、美緒を通して他のウィッチたちにも伝えられ、納得させてから実行に移された。

 ふたりの目標は唯一つ。

 いかに味方の損害を少なくし、かつ最大の戦果をあげるか。

 これに集約された。

 

 * * *

 

 ふたりの研究は、頻度を増す敵の攻勢もあって、実戦で試す機会には事欠かなかった。

『敵ラロス型の一群が接近中。数30余り!』

 今日も今日とてスピカー甲高く喚き、ウィッチたちが一斉に格納庫へ走った。

 美緒も直ぐさま戦闘脚に飛び乗ると、魔導エンジンに魔力を叩き込んだ。

 始めは不機嫌そうにしていた魔導エンジンも、美緒が出撃準備を整える頃には快調に回り出す。

 美緒は小隊の部下たちに目配せすると、滑走路に進み出た。

 滑走路では、すでに出撃準備を終えたウィッチたちが次々と空に舞い上がっており、上空で編隊を組み始めていた。

 今日は敵を遠方で捉えられてので、こちらも打って出ることになっているのだ。

 美緒も小隊を引き連れて離陸し、一子の小隊を見つけてその後ろに着いた。

 一子は長いマフラーが目印になるので見分けやすい。

 美緒に気がついた一子が手を振る。

「今日もよろしく頼むぞ」

「お任せ下さい!」

 集結を終えた編隊は、翼を並べて敵を目指す。

 

 会敵予想地点に到着して、全員が目を皿のようにして敵を探した。

 美緒も右の眼帯を持ち上げて、遠見の魔眼を露わにする。これを持つ美緒の見張能力は台南航空隊でも一、二を争った。

 そして美緒の魔眼はその能力を遺憾なく発揮して、12、3の芥子粒ほどの大きさの敵を捉えた。

「敵機発見!」

 直ぐさまその位置は指揮官に伝えられ、編隊は敵を左に見ながら大きく後ろに回り込もうとした。

 しかし、美緒は敵を探すのを止めなかった。

 情報によれば、敵機の数は30前後である。今見えている敵は12ほどなので、必ず別の敵機が近くにいるはずなのだ。

 もしも今の敵を攻撃中に後ろに回り込まれたら目も当てられない。

「いた!」

 美緒の考えは的中し、敵編隊の後ろに、各々かなりの距離を空けて、二つの編隊が続いていた。

 危なかった。

 このまま後ろの編隊に気付かずに先頭の敵編隊を襲っていれば、無防備な後方から逆襲されるところだった。

「敵編隊の後方に、さらに別の編隊を発見!」

 美緒は再び指揮官に無線を入れた。

「私には見えないぞ」

 指揮官は必死に目を凝らしているが、敵編隊を捉えられない。美緒の遠見の魔眼だけが見通せる距離だった。

 美緒は一気に加速すると編隊の先頭に躍り出た。

「私が誘導します!」

 バンクを振って、美緒は編隊の軌道を修正する。

 一度敵から離れ、大回りに最後尾の敵編隊へ近づく。

 徐々に徐々に敵編隊との距離が詰まる。敵はまだ気がつかない。

 もう少し、もう少し。

 美緒は逸る気持ちを抑えながら、慎重に間合いを計った。

「今だ!」

 美緒はバンクを振って、敵の第一群めがけて急降下した。

 美緒に続いて、迎撃隊が全機突撃する。

 美緒は敵編隊の、人類側で言う所の小隊長機の位置にいるラロス改に狙いを定めた。

 引き金を引く。

 打ち出された20㎜炸裂弾は、ラロス改を粉々にした。

 首尾良く敵機を撃墜した美緒は、急降下の勢いのまま敵機の頭上を抜け、頭を抑えた。

 振り返れば、敵編隊の半数が、火を噴いたり、錐揉みしながら落下していくの見えた。

 残った半数は、泡を食ったように四方にばらけ、デタラメな回避運動を開始した。

 美緒たちは散り散りになった敵機を追いかけず、態勢を立て直して次の敵第二群に狙いを定めた。

 再び同じ要領で後ろから近づき、必殺の間合いで奇襲をかける。

 今度は5機が火を噴き、あとは急降下して逃げていった。急降下勝負では、十二試艦戦は自重や機体強度の関係からラロス改に分が悪い。

 これも深追いすることなく、最後の第三群に狙いを改める。

 そこで、美緒はふと思いついた。

「笹松分隊長、昨日のやつをやってみませんか?」

「やるか!」

 一子はニヤリと笑って賛同した。

 昨日のやつ、とは、急降下して逃げてしまう敵をどうやったら追い詰められるか、を考えた末に出た新戦法だった。

 指揮官の許可を手早くとって、美緒と一子たちは流れるように陣形を入れ替える。

「いくぞ!」

 一子の編隊が今までよりずっと浅い角度で敵編隊に近づき、上方より一撃加えた。

 敵機たちは慌てて背面降下しようとした。

 だが、急降下で逃げる目論見は、脆くも崩れ去った。

 その先には、下方に潜り込んでいた美緒たちが手ぐすね引いて待ち構えていたのだ。

 背面降下のために大きく機影を晒した敵機に、美緒たちは狙い澄ました機銃弾を叩きつけた。

 

 戦術は単純である。

 本来は、最初の一撃をかけた後に、空戦の鉄則として上方を占位するために再度上昇する。敵機が反転してきて、格闘戦になるなら、それは正解だ。

 しかし実際は、敵は格闘戦に乗らずに急降下で逃げてしまう。

 だから、逃げ道を塞いだ。

 最初の一撃をかけた後、一隊が下方に潜り込んで、上下から挟み撃ちにするのだ。

 この方法は実は大きな危険と隣り合わせで、下方に潜り込む隊は、ひとつ間違えば敵機の目の前に飛び出す危険をはらむ。

 これを防ぐために、美緒と一子は何度も議論を重ねて、通常より大分浅い突入角度をとるという結論に落ち着いたのだ。

 

 この作戦は見事ツボにはまり、待ち構えた美緒たちは敵編隊の大半を叩き落とすことに成功した。

 美緒は溢れてくる喜びを飲み下しながら、次の戦いに備えた。

 そろそろ、第一群と第二群の生き残りが態勢を立て直して逆襲してくるころだ。

 案の定、敵は残存機を糾合して高度を上げてきていた。

 美緒たちは猛禽のように上位から躍りかかった。

 

「しッ!」

 美緒は裂帛の気合いと共にラロス改を切り捨てた。

 ラロス改は爆散し、飛び散る破片をシールドで防ぐ。

 これで4機目。

「次は……」

 美緒は次なる敵を求めて視線を巡らせた。

 だがもう既に敵の姿はなく、味方だけが空に残っていた。幾本か立ち上る黒煙だけが戦場の残り香だ。

 美緒は軍刀を鞘に収めた。

 空戦が終了して、味方が集まってくる。

 美緒は味方の数を数えた。

 全機いる。しかも、誰も被弾した様子がない。

「美緒、すごい! 大勝利だよ!!」

 喜び一杯の醇子が美緒に抱きついてきた。

 美緒も喜びが沸々と湧き上がるのを感じた。

 敵味方数十機が入り乱れる大空戦で、無傷の大戦果。これに勝る大勝利はない。

「新戦法、うまくいったな」

 美緒の横に並んだ一子も、頬を紅潮させていた。

「はい。これは使えますね」

「しかし、上から見ていると肝が冷えるな。下方の隊はベテランでなくては危ない」

「そうですね」

 そこは改善の余地が残されている。

「帰ったら反省会だな」

 一子は笑って言った。

 今日成功した作戦が、明日も成功するとは限らない。

 勝って兜の緒を締めよ。

 勝ちに驕らず日々研究を怠らないことが大切なのだ。

「はい」

 美緒も笑って頷いた。

 

「さぁ、基地に帰るぞ!」

 指揮官の号令で編隊が組まれた。

 勝利の余韻に胸を張り、自信に満ちあふれた大鷲のように。

 この時が、台南航空隊が最も輝いていたのかもしれない。

 

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