リバウの若鷲(ストライクウィッチーズ×大空のサムライ)   作:小山の少将

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第十話 明日は見えぬ

 時は1940年春。

 晴れて正式採用され、零式一号艦上戦闘脚一型と名前を改めた十二試艦戦は、優れた技量を誇るウィッチに操られて破竹の快進撃を続けていた。

 扶桑皇国海軍の若きエース・ウィッチ、笹松一子中尉も、初めて任される中隊を率いて試行錯誤を重ねながら数々の戦果を挙げていた。

 しかし、日々の新聞が連戦連勝に沸き立つのとは裏腹に、ネウロイの攻勢は留まるところを知らないのであった。

 

『第十話』

 

―― 明日は見えぬ ――

 

 時が経つに連れ、戦況はますます厳しさを増した。

 カールスラントの戦線では撤退が重ねられ、村が、街が、都市が、道が、街道が次々とネウロイに占領された。

 各地より発せられた悲鳴のような電波が幾つも錯綜する。

 西部戦線を側面から支えるリバウの街と台南航空隊も、それは変らなかった。

 ネウロイの占領地域は着々とリバウの街に迫り、台南航空隊の防空網を抜けた敵がバルト海に出没するようになった。

 そして神出鬼没のネウロイによってリバウへの輸送船が沈められ、物資が不足する事態が度々起こった。

 特に嗜好品の欠乏は深刻で、ウィッチを含め、皆の不満が高まっていた。

 嗜好品は生活必需品でないが故に嗜好の名を冠すが、それが無ければ人間の生活は立ちゆかない。

 欠乏するとすぐに危機的状況に陥るということはなくても、徐々に心労が溜り心身を蝕まれる。

 数々の便宜を図られているウィッチ隊でもそれは変らず、彼女たちが切望して止まないチョコレートや飴、ガム――――そうした甘い物はとりわけ貴重だった。

 甘味は女子に需要が高いが、しかし軍隊は男子中心。

 必然的に男性向けの嗜好品――――酒、煙草などの絶対量は多くなり、確率論的にネウロイの襲撃から免れた輸送船にはこれらが乗っていることが多かった。

 数少ない甘味の嗜好品は、さらに少なくなった。

 しかし、どんなに欠乏する物でも、存在ところにはそれは存在するもので、下士官には無くても士官たちはたくさん持っていることが多かった。

 士官宿舎の近くを通るたびに、もぐもぐとガムを噛む上官や、チョコレートの甘い香りを漂わせる士官を見て、下士官や兵のウィッチは不満を募らせた。

 その不満を解消する必要がある。

 彼女たちはある物に目を付けた。

 チョコレートは無いが別の嗜好品――――煙草はある。

 ウィッチたちには健康上の理由で自粛を求められていたが、彼女たちが煙草を覚えるようになったのは、ある意味当然の成り行きだった。

 

「坂本兵曹、いるか?」

 美緒を探して兵舎に来た一子が、驚愕の光景に出くわして入口で固まった。

 部屋中に濛々と立ちこめる白煙。

 すわ火災かと身構えそうになって、その原因を見つけて一子は眉を潜めた。

「はい、なんでしょう」

 美緒は吸っていた煙草を灰皿に押しつけて駆け寄ってきた。

 一子はなおも喫煙を続ける下士官ウィッチたちを苦々しげに見回した。

「坂本兵曹、煙草は身体に悪いから止めるようにと何度も言っただろう。それは他の下士官もだ!」

「分隊長、私たちは明日も知れぬ身です。中毒の私は尚のこと、他の兵・下士官も、身体に悪いから、という理由では煙草を止められません」

 日頃の鬱憤が溜まっていた美緒は、言葉こそ丁寧だが明らかに反抗的な態度をとった。

 それどころか、美緒は悪びれもせず、煙草嫌いの一子の目の前でこれ見よがしに煙草を着けた。

 これには一子も怒り心頭で、猛然と怒鳴りつけた。

「坂本、貴様! 止めろと言うのがわからんのか!?」

 あまりの剣幕に、思わず他の下士官たちが煙草を吸う手を止めた中、美緒だけは煙草を銜え続けた。

「分かりません!」

 美緒は一子の言葉に頑と反抗した。

 普通の士官と下士官の関係ではできない。一子と美緒だからこそ言えた言葉だった。

 美緒は振り返って後ろにいる下士官たちを目で示した。

「前線で一番命を張っているのは彼女たちです。そんな彼女たちから健康に悪いと言って煙草を取り上げて、何も与えないつもりですか? 彼女たちは甘い物に餓えています。なのに、士官方は皆いつも甘い香りを漂わせているではありませんか!」

「……!!」

 一子の顔が怒りで真っ赤になり、それから一転して無表情になった。

 美緒にはそれが、一子の怒りの極地であることが分かった。下から美緒を睨みつける黒い瞳の奥に、轟々と噴き上がる怒りの炎が透けて見える。

 一子は何も言わず、踵を返して兵舎から出ていて行ってしまった。

「よく言った、美緒!」

「それでこそ先任!」

「かっこいいぞ!」

 それから、美緒は大将首をとった英雄のように皆に揉みくちゃにされた。

 

 しかし、しばらくもしない内に、兵舎の前に甲高いスキール音を響かせて一台のくろがね四起が止まった。

 何事かと外に飛び出して来た美緒たちの前に、運転席から大きな箱を抱えた一子が降りてきた。

 一子は戸惑っている美緒たちを見てニヤリと笑うと、美緒たちの前にその箱を置いて、無言のまま車に飛び乗ってさっさと走り去ってしまった。

 一子の一連の行動を、美緒たちは呆気にとられたまま見つめ、しばらくポカンとしたまま動けなかった。

「なんだったんだ……?」

「さぁ?」

 美緒と醇子は顔を見合わせる。

 とりあえず、美緒はその箱を開けてみることにした。

 そして仰天した。

「チョコレート!?」

 箱の中には、夢にまで見たリベリオン製のチョコレートが、ぎっしりと詰め込まれていたのだ。

 その上には紙が一枚。

 走り書きの文字で、

『皆で食べるように』

 それを知った下士官・兵の全員が歓声を上げた。

 一子の面目如実だった。

 

 * * *

 

 一子はその足で格納庫に向った。

 格納庫はボロボロだった。窓ガラスは全て割れ、所々崩れた壁を木材や布で必死に補っている。

 爆撃の被害だった。

 バルト海にまで進出出来るネウロイがこのリバウ基地を見逃すはずもなく、奴らの爆撃は基地にまで被害をもたらしている。

 ネウロイの支配地域が迫るにつれ、各地に置いた監視所による早期警戒網はその意義を失いつつある。

 監視所で発見出来たとしても、その頃には敵は目と鼻の先に迫っており、迎撃隊は劣位での空中戦を強いられるか、ことによるとウィッチでありながら防空壕に避難するしかできないこともあるほどだ。

 敵の優勢は、口には出さずとも最早誰の目にも明らかだった。

 敵の爆撃が下手で、格納庫や施設への被害が局地的なのが唯一の救いだ。

 

 一子は歪んだ開けにくくなった鉄扉を潜って格納庫に入った。

 機械油に薄汚れた作業服の整備兵たちが、寝る間も惜しんで機体を整備している。

 補給物資が乏しい状況でも、とりうる最良の状態に機体を仕上げる整備兵たちには、一子も頭が下がる思いだった。

「整備班長」

 一子は鋭い視線で整備作業を監督している整備班長に近づいた。

「これは笹松中尉」

 整備班長の敬礼に答礼を返す。

「いつもすまないな。司令から労いがあったから、届けに来たぞ」

 一子は持っていた箱を整備班長に渡した。

 箱の中身を確認して、整備班長は無精髭の顔を綻ばせた。箱の中身は煙草だった。

「あと、これは私からだ。皆で飲んでくれ」

 一子はジョニ黒のボトルを置いた。

 それを見ていた整備兵たちが歓声を上げた。

「ゴラァ! 手ぇがッまってんぞ、ゴラァ!!」

 整備班長の鬼のような怒声でいそいそと作業に戻る。

 一子の向き直った時には、先ほどの鬼の顔はどこにも残っていなかった。

「ありがたく頂きます」

「うむ。戦いはこれからどんどん厳しくなる。私たちウィッチが戦うには十全に整備された機材がいる。よろしく頼むぞ」

「心得ています」

 その時、警報が鳴り響いた。

 

『ディオミディア型6機、当基地に向けて接近中!』

 

「凶悪な白鯨(ディオミディア)か!」

 一子は手近にあった戦闘脚に飛び乗った。

「回せ! 一機でも多く空に上げるんだ!!」

 警報を聞きつけたウィッチたちが格納庫に飛び込んでくる。

 一子はいち早く起動を終えると、滑走路に躍り出た。

 

 * * *

 

 美緒が格納庫に駆け込んだのは、一子が既に出た後だった。

「回せ、回せ!」

 美緒は足下で慣性起動機機(エナーシャー・スターター)を回す整備兵を急かした。

「点火(コンターク)!」

 美緒は待ちきれずに魔力を流し込んだ。

 魔導エンジンに息吹が吹き込まれ、一瞬起動したかと思われたが、すぐに止まってしまった。

 起動失敗。

 美緒は慌ててもう一度起動手順を繰り返した。

 しかし、また失敗してしまった。

 美緒の中で焦りが大きくなる。

「来たぞ!」

 格納庫の中に残っていた誰かが叫んだ。

 その指す先には、空を悠々と飛ぶ巨大な白い影があった。周りにまとわりつくウィッチをものともせず、一直線に基地に向っている。

 もはや起動は間に合わないと見たのか、まだ発進を終えていなかったウィッチやその整備兵たちが防空壕へ向って走り出した。

 美緒の慣性起動機(エナーシャー・スターター)を回す整備兵も逃げ腰だ。

「点火(コンターク)!」

 美緒はもう一度起動を試みた。

 だが無情にも魔導エンジンは美緒に応えない。

「くそッ!」

 美緒は脇に置かれていた九九式機関銃を掴んだ。

「逃げろ!」

 整備兵を逃がし、美緒も格納庫を飛び出した。

 その頃には、敵は美緒の頭上にまで到達していた。

「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 美緒は九九式機関銃を敵にめがけて発射した。

 しかし魔導エンジンの魔力増幅機能と、それに伴う筋力増幅機能を得られず、弾道はバラバラ。弾にも碌に魔力が込められていないので、威力もたかが知れている。

「馬鹿者! はやく走りなさい!!」

 防空壕から半身乗り出した飛行隊長の中島正美少佐が美緒を怒鳴りつけた。

 美緒は機銃を放り捨てると、一目散に防空壕めがけて走り出した。

 その時、直上から爆弾が空気を切り裂くキーンという甲高い音が聞こえた。

 美緒はいよいよヤバいと思って、最後の力を振り絞って防空壕の中へ頭から飛び込んだ。

 それと同時に爆弾が爆発する轟音が美緒を揺さぶり、辺りが真っ暗になった。

 美緒は訳が分からないまま闇の中でかき回され、静かな暗闇の世界に閉じこめられてしまった。

 それまでの爆撃が嘘であるかのように、世界は静かだった。

 とりあえず痛い場所もなく、違和感もないので無事だろう。

 ひとまず美緒は安心した。

 そのままジッとしていると、中島少佐の声がした。

「坂本! 坂本はいる!?」

「はーい、ここにおります!」

 美緒は声を上げたが、何故だか籠もっていて変な声だった。しかも口に大量の砂が流れ込んできた。

「これはいけない。坂本が埋められたらしいわ!」

 中島少佐の言葉で、ようやく美緒は自分が生き埋めになっていることに気がついた。身体が重くて息苦しいと思ったら、美緒は土砂の下にいたのだ。

 直ぐに美緒は掘り起こされたが、世界は真っ暗なままだった。

 実は防空壕にあった出入り口が二つとも潰れて、中島少佐も含めみんな生き埋めになっていた。土砂に埋められたのは美緒だけであったが。

「しっかりするのよ! 入口に近い者は爪ででも掘りなさい!」

 中島少佐が皆を鼓舞して地上目指して穴を掘る。

 すると地上の方からもスコップで穴を掘る音が聞こえてきて、生き埋めになった皆を勇気づけた。

 美緒も必死に穴を掘った。

 スコップの音もだんだん近くなる。

 やがてボロッと天井が崩れて、眩い光が美緒の目を焼いた。美緒は咄嗟に顔を庇う。

 ようやく地面への穴が空いて、生き埋めになった全員で万歳!と叫んだ。

「ひどい有様だな、坂本兵曹」

 スコップの主は美緒を見て笑った。美緒も笑い返した。

 美緒の身体は顔と言わず服と言わず、全身土砂まみれの真っ黒だった。泥人形のような有様だ。

 美緒は腕を掴まれて引き上げられる。

 魔力と魔導エンジンで増幅された筋力は、少女の細腕一本で美緒を軽々と持ち上げた。

「あぁあぁ、せっかくの美人が台無しだ」

 スコップを脇の地面に突き刺して、一子はマフラーで美緒の顔を拭った。

「どうです、男前でしょう?」

 美緒が悪戯っぽく言い返すと、一子はポカンとした後、声を上げて笑った。

「あっはははは!! 違いない! 思わず惚れそうになったぞ!!」

「それはたいへんだ!!」

 ふたりは顔を見合わせ、もう一度大きく笑った。

 

 

 

 その夜、美緒と一子のふたりの研究会が開かれた。

「坂本兵曹! 次はアイツを墜すぞ!」

 一子は息巻いた。

 同じ敵にやられっぱなしでは皇国軍人の名折れである。

 すぐさま美緒と一子はディオミディアに対抗するための秘策を考えた。

 ディオミディアの特徴は三点である。

 一つ、非常に大きい。一つ、重装甲。一つ、重武装。

 この恐るべきネウロイに対抗するには、従来の迎撃方法は不向きだった。

 従来の方法とは、敵機の後ろ上方700mくらいの所から反復攻撃をかけるというものだ。

 だがこの方法だと、ウィッチたちは目測を誤ってしまうことが多かった。敵が余に巨大で、自分が思っているよりもずっと遠方から攻撃してしまい、無駄弾が多くなるのだ。

 加えて、この後ろ上方は敵も意識しているのか、ディオミディアの火線の多くはこの向きを向いていた。

 ならば、と美緒たちは思い切った作戦を考案した。

 

「11時方向、ディオミディア接近! 数5!!」

 美緒は右の眼帯を下ろした。

 リバウ市に向けて進撃するディオミディアを迎撃するべく発進した笹松中隊は気炎を上げた。

「坂本兵曹、あれをやるぞ!」

「はい!」

 美緒たちは中隊長の一子を先頭に一列の槍となった。

 そして、敵の右前方から反航戦を仕掛けた。

 

 前方からの反航戦。これが美緒たちが導きだした答えだった。

 後ろ上方から接近すると距離を誤るが、反航戦なら思いっきり接近でできる。厄介な敵の火線も前方には少ない。

 その上、機銃弾に敵味方の速力が加えられて威力の増大も期待出来た。

 真正面から突撃しないのは、進路の軸を僅かにズラすことによって敵の照準を混乱させるのが狙いだ。

 

「全軍突撃!」

 一本の槍となって突撃する笹松中隊。

 さっそく一子が第一撃を加えて離脱した。それに続く二番機の第二撃。

 その瞬間、狙いを定めていたディオミディアが白い光に包まれた。

 大爆発。

 爆弾に誘爆でもしたのか、ディオミディアの巨体は跡形もなく吹き飛んでしまった。

 突然の爆発に慌てた三番機は煙の中に突き抜けてどこかへ行ってしまった。

 続く四番機の美緒は軌道を修正して新しい敵に狙いを定めた。

「今だ!」

 絶好のタイミングで美緒は引き金を引いた。

 しかし、手応えがない。機銃弾が出ていなかった。

 美緒は慌てて自分の機銃を確認した。なんと、安全装置が掛かったままである。

 美緒は自分に腹立たしいやら恥ずかしいやら、仲間に申し訳なくなった。まさか今頃こんな新兵のようなミスをするとは。

 しかも、ミスは重なるもので、本来ならこんな敵の至近で悠長に機銃の安全装置を確認するのは危険極まりない行為だった。

 美緒の身体に衝撃が走り、シールドが見る間に削られていく。

 美緒は慌てて敵機のそばから離脱した。

 

 遠目に、一子の第一小隊が敵をまた仕留めたのが見えた。

 大爆発と共に、敵機が砕け散る。

 美緒が攻撃の位置に着こうしている間にも、もう一機が第一小隊の攻撃で爆散した。

 美緒は自分が攻撃する頃には敵が全部墜されてしまうのではと気を揉んだ。

 だが世の中よくできたもので、遁走を始めた敵がちょうど美緒に顔を向けた。絶好の攻撃位置だ。

 美緒はしっかりと安全装置を解除すると、小隊を率いて突撃した。

 美緒の機銃弾が敵の鼻面で閃光を散らせ、呆気ないほど簡単に大爆発を起こした。あれだけ手こずっていたディオミディアだけに美緒も驚いた。

 

 美緒は戦闘空域の上空で戦場を俯瞰した。

 最後の一機が一子によって追い詰められている。あれも遠からず墜ちるだろう。

 そこで美緒は、一機の味方が飛行脚から薄い煙を吐きながら基地に向って飛んでいくのを見かけた。なんだかフラフラして危なっかしい。

 美緒は一瞬ついて行こうかと考えたが、止めることにした。

 あの様子だったら基地までは帰れると思ったし、なにより最後の敵機に気をとられているうちに見失ってしまった。

 そのフラフラとした味方は美緒の頭の中から流された。

 それから間もなくして最後の敵機も見事撃墜された。

 

 ディオミディア全機撃墜の報は基地を湧き立たせた。

「報告、敵ディオミディア型超重爆5機全機撃墜!」

 指揮所で斉藤大佐に報告する一子も、興奮で頬を紅潮させていた。

 カールスラントの主戦線でも苦戦が続く難敵相手の大戦果に喜びを抑えきれない。

「よくぞやってくれたな。これも日頃の研究の賜だ。これからも精進するのだぞ」

「はい!」

 斉藤大佐はじめ、隊長陣から功績を讃えられて一子も胸を張った。

 

 

 

 しかし、この日、一機の未帰還機が出た。

 ウィッチ総出で捜索されたが、ついに彼女は発見されなかった。

 後日、木吉良美三飛曹に戦死判定がなされ、基地に暗い影を落とした。

 

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