リバウの若鷲(ストライクウィッチーズ×大空のサムライ) 作:小山の少将
時は1940年8月。
扶桑皇国海軍の若きエース・ウィッチ、笹松一子中尉が分隊長に抜擢されてから、早くも半年以上が経過した。
その間に彼女の中隊は史上稀に見る大戦果をたたき出し、その武名は零式艦上戦闘脚の活躍と相まって無敵の零戦伝説まで誕生した。
しかし、その戦果も攻勢を強めるネウロイの物量の前には蟷螂の斧に過ぎず、彼女らは次第に心身共に消耗を強いられていたのである。
そんな折、カールスラント国防軍より台南航空隊に、オラーシャ最大の都市――旧モスクワの街にネウロイが集結中であるという情報がもたらされた。
『第十一話』
―― 龍の顎は開かれた ――
リバウ基地の待機所には、基地に駐留する全てのウィッチが集められていた。
現在のリバウ基地の戦力は、台南航空隊の3個中隊とカールスラント空軍の1個中隊の合わせて4個中隊。
だが部隊の充足など望むべくもなく、人数にして20人余にまで損耗していた。
「ここも寂しくなったな……」
一子がポツリと呟いた。
美緒は辺りを見回した。
部屋の中には空席が目立ち、物寂しさを漂わせている。リバウに進出してきたときは、もっと溢れるほど人がいた気がする。
「本田も山口中尉も、もういない」
いつの間にか、台湾以来の士官は、隊長陣を除けば、一子ひとりになっていた。彼女と共に来た新任中尉たちも、誰ひとり残っていない。
下士官も、美緒を含めて数人が残るのみである。
この半年で、何人もの戦友が戦線を離れた。
ある者は怪我で、ある者は病気で、ある者は魔力を喪失し、そしてある者は戦死という悲劇で。
戦死者の数が片手で足りるのが、唯一の救いだった。
カールスラントのウィッチたちはもっと悲惨で、本国からの増援が来ないために1個中隊と称しながらも実態は半個中隊6人に過ぎない。
長くヴァルガの副官を務めていたハンナ・デュッケ少尉も、先日負傷してブリタニアに後送された。
ひとつ、またひとつと増えていく空席に、誰もが次は我が身だと覚悟した。
「起立! 中島隊長に敬礼!!」
号令が掛かって、皆一斉に敬礼する。
待機室に入ってきた飛行隊長の中島少佐が答礼して、全員に着席するように指示を出す。
中島少佐は軍人口調で重々しく口を開いた。
「カールスラント国防軍より情報が入った。敵の有力なる機甲部隊が、旧モスクワに集結中である。これは本格侵攻の予兆であるという分析である」
本格侵攻と聞いて、待機室の中が騒がしくなった。
「我が方は、この集結地に対し、カールスラント空軍による爆撃を敢行することを決定した。我々はその護衛として出撃する。史上に類を見ない長距離爆撃だ。各員、魔力の節約を心がけ、不必要な行動は一切禁物とする」
「質問!」
一子が手を挙げた。
「ウィッチではなく、通常兵力で爆撃するのですか?」
「その通りだ。先日より当基地にHe111爆撃機が配備されたのは知っての通りである。カールスラントのウィッチたちにはこの爆撃機隊に乗り込んでもらい、乗務員を瘴気から守ってもらうことになる」
大戦初期の頃は、そうした爆撃も行われていた。
加えて、カールスラント空軍のBf109は航続距離が短すぎて、どう足掻いても爆撃には参加出来ない。
妥当な判断だった。
質問が無いか見渡してから、中島少佐が号令した。
「気ヲ付ケ! これより司令より訓辞を行う」
斉藤大佐が待機室に入ってきて、壇上に立った。
「昨日、カールスラント国防軍の情報により、旧モスクワ市内に敵の有力なる機甲部隊が集結中であることが確認された。我が隊はこれに対して全力出撃する。一部のウィッチ隊は制空隊として先行することになっている。リバウからモスクワまでの距離はおよそ560浬、扶桑の巫女がいままでに経験したことのない戦闘行動であるから、とくに油断のないように」
訓辞が終わり、ウィッチたちは一斉に敬礼した。
訓辞の後は、各中隊、各小隊ごとに分かれて最後の打ち合わせをする。
今回出撃するのは、リバウ基地の戦力全て。
台南航空隊3個中隊18人。He111爆撃機が6機。
美緒は、一子率いる第三中隊の第二小隊長になる。
「大変なことになったな……」
顔面を蒼白にして一子が呟いた。
弱気になっている一子を美緒は笑い飛ばした。
「何をおっしゃいますか。これしきのこと、なんともありませんよ。何より、私がついていますから、分隊長には敵の指一本触れさせません」
「そうか……そうだな」
一子は弱々しく微笑んだ。
「だが、何かイヤな予感がする。貴様も十分に注意してくれ」
「もちろんです」
美緒は大きく頷いた。
出撃の時間になり、美緒は装具の点検をした。
長距離の爆撃とあって、普段にない念の入れようだ。
用具袋には航空弁当の巻き鮨と、喉が渇いたときのためにサイダーが入れられていた。
「よろしくお願いしますよ!」
整備兵の言葉に、美緒は笑みを見せた。
「もちろんだ。ネウロイなど一捻りにしてやるさ」
最後に巨大な機関銃を受け取って、美緒は手を振り払った。
「止め払え!」
戦闘脚を止めていた拘束が解かれ、美緒はタキシングしながら滑走路に出た。
すでにHe111隊が離陸を開始しているのが見える。扶桑皇国の航空機とはひと味違う美しい流線型を描く機影に美緒はしばし見惚れた。
滑走路には地上勤務員、整備兵が総出で帽振レをしている。
爆撃隊の離陸が終わり、ウィッチ隊の番になった。
先頭に立つ中島少佐の右手がサッと上がった。
午前7時50分、護衛隊の離陸開始である。
ウィッチ隊18機は素早く離陸を終えると、先行していた爆撃隊の上空を守るように位置に着いた。
爆撃隊からは、命を預ける護衛隊にさかんに手を振っている。
美緒はその中にヴァルガの姿を見つけて手を振り返した。
『今日はよろしく頼むわね。絶対守ってよ』
「お任せください。私たちの零戦と台南航空隊は世界最強ですよ」
『豪毅ね。呆れすぎて安心しちゃった』
ヴァルガはくすくす笑う。
美緒は敬礼すると定位置に戻って警戒を再開した。
200浬以上進み、旧ロジッテンの上空に差し掛かった頃、一子が美緒のそばに近づいてきた。
「そろそろ弁当を食べておけ。警戒は私たちが引き継ぐ」
「わかりました」
美緒は小隊の部下達に弁当を食べるように言い、自分も用具袋から巻き鮨を取り出した。
もうずいぶん前からネウロイの支配地域に入っているが、道中は平穏そのものだった。
途中、引き込み足の不良で一機のウィッチが引き返した以外、なんの問題も発生していない。
美緒は帰りに食べようと思って巻き鮨を半分残し、喉の渇きを覚えたのでサイダーを飲むことにした。
ところが、肝心の栓抜きがない。失敗である。
美緒はどうしたものかと悩んで、携帯用の缶切りを代用してあけることにした。
これも失敗だった。
長い敵地の飛行に緊張が続いたためか、美緒は妙なところでヌけていた。
こんな低気圧の高々度でサイダーなぞあけたらどうなるか、美緒はつい失念していた。
「うわっぷ!」
迂闊にあけたサイダーが大爆発をおこして、美緒の顔に吹き付けてきた。
美緒は堪らずよろめいた。
幸いサイダーの水気は吹き付ける風ですぐさま乾いた。
しかし、水気が飛んだ後はどうしようもない砂糖のベタベタが残ってしまった。
美緒は服の袖で必死に顔をぬぐうが、どうもうまくいかない。服もベタベタなので不快感が溜まり続ける。
ベタベタとの格闘に専念するあまりフラフラと飛ぶ美緒に、一子が心配そうに近づいてきた。
「大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫ですとも。ちょっと……このッ!……ベタベタがッ! 頑固なだけです……!!」
一子は深くため息をついて、持っていたハンカチーフに水筒のお茶を染みこませて美緒の顔を拭いた。
効果は絶大で、美緒の顔から不快感が一掃された。それだけでだいぶ気が楽になった。
「ありがとうございます」
「まったく。坂本兵曹はどこかヌけているからな」
一子はしょうがない、とでも言うように苦笑すると、元の位置へ戻っていってしまった。
さらに数時間飛行を続け、美緒たちは旧ボロコラムスクの上空を通過した。
旧モスクワまであと100㎞ほど。全員が戦闘に備えて気を引き締め直した。
美緒の眼に、モスクワ上空で煌めく銀翼と黄色い火線の束が見え始めた。
先行した制空隊が空戦しているのだ。
美緒は魔眼を開いて空戦を観察した。
敵味方入り乱れて大混戦だ。中島少佐が率いて先行した制空隊は、寡兵ながら数十機の敵を向こうに回してよく戦っている。
やがて崩れゆくモスクワの旧市街が見えてくる。
「あ……」
飛び込んできた光景を見て、美緒は思わず声を上げた。
黒。
黒。
黒。
黒。
そこは、犇めくネウロイによって真っ黒に染め上げられていた。とてもではないが、たった6機の中爆の爆弾だけでどうにかなる量の敵ではなかった。
ジグラットだけでも数十、いや、数百はいる。
それは、今まで美緒たちの心の底に、こびりついて離れなかった不安が具現化したような光景だった。
人類のどこを見渡しても、あれに対抗できるような戦力は残されていない。
美緒は敵のあまりの物量に怖気を覚えると共に、この戦争が人類にとって今まで以上の、想像を絶するような地獄となることを予感した。
「弱気になるな!」
美緒は両手で頬を張った。気合いを注入し、萎えそうになる心を必死に奮い立たせると、敵を求めて視線を巡らせた。
美緒は上空の太陽が気になって注意を向けた。
……いた!
十数機のラロス改が太陽の中から真っ逆さまに落ちてくる。
美緒は機関銃を振り上げ、敵めがけて引き金を引いた。美緒の行動に他のウィッチたちも敵に気がついて機関銃弾を浴びせかけた。
何機かのラロス改が火を噴いて墜ちていったが、残りは弾丸のような速さで美緒たちの間を抜けていった。幸いにも、爆撃隊に被害は出ていない。
その後も、美緒たちは断続的に襲いかかってくるネウロイを追い払いながら爆撃隊を守った。
その甲斐あって、爆撃隊は一発の被弾もなくネウロイの大軍団の上空に到達した。
He111の腹が同時に開き、ポロポロと爆弾がこぼれ落ちていく。
投下された爆弾はだんだんと小さくなり、地上で次々と炸裂した。ネウロイの中心で爆炎が閃き、土埃が巻き上がる。
『やった!』
ウィッチの誰かが戦果を確信して歓声を上げた。
爆撃は予想通りの成果を上げ、地上に犇めくネウロイを薙ぎ払った。爆撃された所だけ、黒い海に浮かぶ島のように地面の色が見えた。
しかし。
『嘘……』
ウィッチたちは絶望に呻いた。
黒い海の島はすぐに別のネウロイに埋められ、何事もなかったように再びネウロイの犇めく大地に戻ってしまったのだ。
こんな爆撃、何度やったってネウロイを殲滅できない。
彼我の圧倒的な物量差に、攻撃隊の全員が打ちひしがれた。
攻撃隊は消沈して旧モスクワ上空を離脱した。
その帰途につく攻撃隊に、ネウロイの航空兵器が何度も襲いかかってきた。
再び太陽の中から逆さ落としに突撃してきたラロス改に、攻撃隊の編隊が散り散りに乱された。
ウィッチたちはすぐさま中隊長を中心に編隊を再度組もうとするが、美緒はそこで自分の列機がどこにもいないことに気がついた。
急速な散開で飛ばされたのか、はたまた撃墜されてしまったのか。
美緒は必死に列機の姿を探した。
そこで美緒の眼は、下方でラロス改に追い回されているウィッチの姿を見つけた。
あれが美緒の列機に違いない。
美緒は新しい敵を見つけて増速する一子に近づいた。
「分隊長! 私はあの味方を助けにいきます! 私に構わず行ってください!!」
「あ、待て!」
一子が何か言ったが美緒の耳には入らず、美緒はまっしぐらに急降下した。
美緒の目の前で、零戦の一機がラロス改の射程に入ろうとしている。
美緒は無理を承知で機銃弾をそのラロス改に撃ち放った。距離は数百mも離れているので有効弾にはなり得ない。
それでも、敵を驚かせて決定的なタイミングを逸らすことはできた。追われていた味方は何とか空戦から離脱する。
だが、その代償として、美緒は勢い余って敵機の前に飛び出してしまった。
美緒と敵機はぐるぐると水平の旋回を続けた。
美緒は体を締め付けるGに歯を食いしばって耐えた。
旋回を続けているために敵機の姿は見えず、強烈なGに美緒の精神と肉体は苦痛にされされる。
しかし、ここで苦痛に耐えきれず別の操作をした瞬間、空戦では負けが決まるのだ。
技術ではない空戦の極意は、何ものにも耐える強靱な精神力と負けん気に他ならない。
美緒は必死に耐える。耐えて、耐えて、耐え続けた。
痺れを切らしたのは敵だった。
旋回の輪からラロス改が外れ、速度を付けた宙返りで美緒から逃げようとした。
それが、空戦で負ける瞬間だった。
斜め宙返りは零戦のもっとも得意とするところだ。
瞬く間に美緒は敵の後ろにつき、機銃で粉々に打ち砕いた。
気がついた時には、敵機はどこにもいなかった。味方も、美緒が助け出した2機を除いて見あたらない。
取り残された3機は編隊を組んだ。
案の定、追いかけ回されていた2機は美緒の列機だった。
ピンチの時に颯爽と現れた美緒に、彼女たちは感動で喜び踊っていた。
「ありがとうございます!」
「なに、たいしたことではない。今度はちゃんと私の後ろについて来いよ」
「はい!」
元気のいい列機に美緒は苦笑して、進路を帰路に合わせた。
そんな時に、美緒の魔眼が再び敵をとらえた。遙か1万mも先に、芥子粒のような敵機が一塊りに飛んでいる。
「敵機だ。着いてこい!」
美緒はバンクを振るとスロットルを全開にした。
美緒の膨大な魔力に応えて、零戦はぐんぐん加速する。美緒ほどの魔力を持たない列機のウィッチは徐々に遅れだした。
敵機までの距離が半分になる頃には、美緒はその一群が4機ずつの編隊に分かれた小型の飛行兵器であることがわかった。ラロス改だろう。
敵は暢気なもので、まさか後ろから天敵のウィッチが迫っているとは夢にも思わず、編隊を組んだまま飛び続けている。
絶対優位の後ろ上方を占位できる。美緒は確信した。
美緒は右の編隊を列機に残してやり、自分は左の編隊を狙うことにした。
1000m、500m、300m、100m――――
敵機はどんどん近くなる。
それにも関わらず、敵機は編隊をくずどころか美緒に気づきもしない。
美緒は逸る心を抑えながらさらに接近した。
90m、70m、50m――――
今だ!
「しまった!!」
美緒は引き金を引こうとした瞬間、目の前にいるそれを見て叫んだ。
16挺の鈍色の銃口が美緒をのぞき込んでいた。
敵はラロス改ではなかった。
別の、爆撃機型の小型飛行兵器だったのだ。
その後部機銃が全て美緒に狙いを定めていた。敵機は美緒に気づいていなかったのではなく、冷然と迎え撃つために編隊を維持していたのだ。
何という失態。
長距離飛行の疲労が――――集中力の低下が最悪の形で露呈した。
美緒はかつてない危機に絶望しながら引き金を引いた。
同時に、敵機も猛然と撃ち返してきた。
17条の火線が交錯する。
美緒の銃撃で2機の敵機が火を噴いた。
しかし、美緒のシールドも猛火に曝されて瞬く間に砕け散った。
やられる!
瞬間、美緒は激しい衝撃を受けた。
突然美緒の視界が真っ赤に染まり、サァっと意識が遠のく。
美緒は血の帯を引きながらくるくると落下して行った。