リバウの若鷲(ストライクウィッチーズ×大空のサムライ)   作:小山の少将

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第一話 君に出会う

 時は1938年11月。台湾の空はどこまでも青かった。

 一台のトラックが砂埃を濛々と巻き上げながら大地を疾駆していた。整地されていない地面を、ボロボロのトラックは軋みをあげながら健気に走り抜ける。

 笹松一子皇国海軍中尉は、振動に尻を痛めながらも目を瞑り微動だにしなかった。

 女子にしては短すぎる黒髪に、冷たさを漂わせる細面の美貌。瞑想する様はどこか神棚に奉られた神刀を思わせる鋭さがあった。

 同じトラックに同乗する一子の同期の少女たちは忙しなく身じろぎしていた。

 緊張と期待を顔に浮かべて、これから自分たちが配属になる部隊のことを考えていた。

 だが瞑想する一子に遠慮して押し黙っていた。

 こんな調子でトラックの中は彼女たちが降り立った港から変らず静かなままだった。

 しかし、その静寂を破って大きく動く者が現れた。

 他の誰でもない。それは瞑想をしていた一子だった。

 俄に彼女の身体が淡く発光したかと思うと、尖った獣の耳とフサフサの尻尾が生えたのだ。

 灰色の耳が別々に忙しなく動き、尻尾は何かを期待するようにゆらゆらと揺れていた。

「来た……」

 何が?

 同乗していた少女たちは同じ事を思った。

 疑問顔で自分を見つめる視線をまるきり意に介さず、一子は立ち上がると開け放たれた幌から外を見上げた。

 やがて他の少女たちの耳にも、それがはっきりと聞こえるようになった。

「魔導エンジンの音!」

「え!」

 少女たちも荷台の後ろに詰めかけ空を見上げた。音の源を探そうと目を細めて周囲に首を巡らす。

 その中で一子は一点を見つめたままだった。

 一子の目はこちらに向って一直線に近づいてくる三つの影を捉えていた。その影はものすごい速さでぐんぐんとトラックに近づいてくる。

 ようやく周りの少女たちも接近する影に気がついた。

 その頃には影は人型になり、お互いの顔もしっかりと確認できるほどになっていた。

「ウィッチだ!」

 誰かが叫んだ。

 同時に、飛来した三機のウィッチはトラックの幌の上をすれすれで飛び抜けた。猛烈な風がトラックの幌を打ち鳴らし、少女たちは咄嗟に身を伏せていた。

 一子は食い入るように緩旋回するウィッチを見上げていた。その口は常の引き結んだ真一文字が歪み、堪えきらない三日月の弧を描いた。

 一子の視線と、三機編隊の長機を飛ぶウィッチの視線が絡んだ。猛禽を思わせる眼帯の隻眼が一子に注がれる。その視線は一子を推し量っているようにも感じられた。

(面白い……!)

 周囲の少女たちが立ち直って黄色い悲鳴をあげる中、一子は静かに胸の内に闘志を燃え上がらせていた。

 

『第一話』

 

―― 君に出会う ――

 

 三機のウィッチが、完璧な編隊を保ったまま滑走路に着陸した。まるで一個の生き物のような編隊飛行が、彼女たちの練度が如何に非凡なものかを物語っている。

 滑走路を緩やかに移動するウィッチは、指揮所の前にいる二つの人影に近づいていった。

「どうだね? 坂本一飛曹」

「共に飛んでみないことには明言致しかねます」

 長機を駆っていた坂本美緒一飛曹が答えると、二つの人影はうんうんと頷いた。

 何を隠そう、彼らこそ精鋭と名高い台南航空隊の隊長と副長である斉藤正久大佐と小園安名中佐であった。

 彼らは勿論ウィッチではなかったが、歴戦の戦闘機乗りで空を知り抜いた勇士だった。

 同じ空の戦士であるウィッチに理解があり、心中複雑であろうが幼い彼女らをよく可愛がっていた。

「たいへんだろうが、彼女たちをよろしく頼むよ。彼女たちはまだまだ学生が抜けきらないヒヨッコだ」

「心得ています」

 美緒は大きく頷いた。

 

 それから暫くもしない内に、ボロボロのトラックが飛行場に到着した。

 トラックから飛び降りてきた少女たちが、息を弾ませて斉藤大佐たちの前に整列した。

「笹松一子中尉以下三名、ただ今台南航空隊に着任致しました!」

「うむ。私が台南航空隊隊長の斉藤正久大佐だ。貴官らの着任を歓迎する」

 斉藤大佐は鷹揚に頷き、それから小園中佐が言葉を引き継いだ。

「私が副長の小園中佐だ。さて、さっそくで悪いが、貴様たちには先任航空歩兵の訓練を受けてもらう。彼女たちには階級の別なく遠慮無用と伝えてあるのでそのつもりでいろ」

 小園中佐の言葉に合わせて美緒以下の四人のウィッチが前に進み出た。それぞれが担当となる新人の前に立ち、失礼にならない程度に視線を送る。

 新人たちの多くは鋭い視線に晒されて居心地悪そうに身を竦ませた。

 美緒の前に立っていたのは、先ほどの飛行で目が合った笹松一子中尉だった。

 彼女は一歳年上で歴戦のウィッチである美緒の視線を受けても、萎縮するどころか爛々と目を輝かせて睨み返してきた。

「では、坂本一飛曹。あとは頼んだぞ」

「はッ」

 敬礼を交わし合い、隊長陣は指揮所に消えていった。

 美緒は新人たちに向き直った。

「さて、早速でありますが、編隊飛行の訓練を行います」

「なんだ、格闘戦の訓練ではないのか?」

 真っ先に異論を唱えたのは案の定笹松中尉だった。傲岸不遜に腕組みし、全身で不服を表現している。

 美緒は気取られないように溜息をついた。

 厳格な階級社会の軍隊にあって、下級の者が上官にものを教えるのはやはり不自然でやりにくいものだ。

 他の先任ウィッチたちも下級のものに教導するのと勝手が違うのでやりづらそうにしている。

「編隊飛行は全ての戦闘機動の基本であり、これを見ることで中尉殿たちの力量を計る意味もあるのです」

「なるほど了解した。ならすぐ飛ぼう。今すぐ飛ぼう」

 ごねられたら堪らないので丁寧に説明すると、意外にも笹松中尉は素直に引き下がった。むしろ早く飛びたくてうずうずしているように見える。

 身構えていた美緒はちょっと拍子抜けした。

 

 

 

 空に上がると、やはりと言うべきか、新人たちの力量はお粗末なものだった。

 地上で笹松中尉に説明したとおり、編隊飛行にはウィッチの気質や気迫、力量がこれでもかと反映される。

 民間機であれば数百mの距離であってもニアミスと言われる空の世界で、ウィッチは僅かに数十m、ことによると数mの距離で敵と渡り合い、列機と翼を並べるのだ。

 そこには繊細にして高度な技術が要求される。

 お互い会話ができる距離で編隊を維持しながら飛ぶのだから、少しでも気を抜けば接触し、下手をすれば墜落した。

 もちろん訓練隊でも編隊飛行の訓練を行うが、ほんとうに初歩の初歩だけである。

 美緒たちが緩旋回から左右への急旋回、急上昇に急降下と連続で“振ってやる”と、新人たちは面白いように乱れて列機の定位置から弾き飛ばされてしまった。

 それでも新人たちは必死に美緒たち先任ウィッチに追いすがり、列機の位置を維持しようとする。

 そこで問われる微妙なスロット操作や飛行脚の運動、体重移動で、だいたいの力量がしれるのだ。

 結果から言うと、新人四人の力量はそれほど変らなかった。特に笹松中尉については飛行脚の操作が雑で、何度か長機である美緒に接触しそうになった。

 しかし、食らいついてでも列機の位置を固持しようとする意気が美緒の背中越しにヒシヒシと伝わってきた。その並々ならぬ気迫は、新人たちのなかで飛び抜けていた。

 どれだけシステマチックに戦おうとも、最後は気合と根性に行き着いてしまう航空戦にあって、この気迫こそが空の戦士に最も必要とされているものだった。

(これはひょっとするかもしれんな……)

 美緒はそこに極めて荒削りな金剛石の輝きを見た気がした。

 

 その翌日から、すぐさま戦闘機動の訓練が開始された。

 数ある戦闘訓練の中でも重点が置かれたのは、一対一の単機空戦の戦技だった。

 何よりもまず、飛行脚を己の手足の延長のように操れるようにならなければ話にならない。その為には、より多くの飛行時間を経る以上の訓練は無かった。

 同じ高度、同じ速度。完全に同位の状態から訓練は始まる。

 もちろんのことながら玄人と素人ほども力量に差があるので、笹松中尉は美緒の後ろをとることすらままない。

 この時のふたりには、十機の笹松中尉が美緒を取り囲んだとしても逆に返り討ちにあうくらいの差があった。

 しかし、終始美緒が笹松中尉を追いかけ回しているだけでは訓練にならないので、美緒はわざと隙をつくって後ろを取らせたり、最初から後ろに着かせた状態から訓練を始めたりもする。

 笹松中尉はベテラン・ウィッチ特有の変幻自在の運動に幻惑されながら、それでも美緒にペイント弾を叩きつけようと必死に食い下がった。

「この! ちょこまかと!」

 先ほどまで美緒のいた空間を笹松中尉の銃撃が射抜く。

 美緒は幾条もの火線に晒されるが、機体を小刻みに振り、僅かに滑らすことで苦もなく潜り抜けた。

 端から見れば弾の方が美緒を避けているかのようだ。美緒の機動は、笹松中尉には舞い落ちる木葉のようにつかみ所無く感じられるだろう。

「そんな我武者羅な銃撃では百年経っても私は墜せませんよ」

「何を!?」

 美緒の安い挑発に笹松中尉の集中力が乱されたのを見計らって、美緒は左に最小半径でひねり込んだ。

 左ひねり込み。美緒の十八番だ。

 瞬く間に攻守が逆転し、間髪入れずに引き金を引いた。

 軽い発射音で放たれたペイント弾が笹松中尉の飛行脚をオレンジ色に染め上げた。

「集合」

 模擬空戦は終了し、美緒の二番機の位置に笹松中尉がついた。

 笹松中尉は自分の飛行脚に咲くオレンジの花を悔しそうに見た。

「むぅ、また完敗だ……」

「中尉は飛行脚の扱いは大分ましになりましたが、照準が甘すぎるのです。だから後ろについてもみすみす逃げられてしまうのです」

「しかし、どうすれば照準が良くなるのだ?」

 美緒は素知らぬ顔でしれっと言った。

「簡単な事です。照準器いっぱいに敵が見えるほど近づけばいやでも弾は当たります」

「それができれば苦労しない。さらりと難しいことを言うでない」

 笹松中尉は苦笑いした。美緒が言ったのは空戦の基本にして極意であった。

 訓練が終わった後には必ず反省会が行われ、新人たちは自身の問題点と改善案を指摘し合って技能向上に努めていた。

「――――であるから、上位をだな――――」

「――――いや、それはおかしいですよ! それじゃ徒に高度を――――」

 流石は海兵出(海軍兵学校出身)なだけあってその発表会は正鵠を射たものなのだが、空に上がるとそう巧くはいかない。正しく言うは易く行うは難し。

 だが悪戦苦闘しながらも、彼女らは着実に力量を上げていた。

 特に笹松中尉は闘志を剥き出しに一心不乱に訓練に打ちこみメキメキと頭角を現し、海兵時代の軍鶏の呼び名が隊にまで広がる程だった。

 笹松中尉は不遜な態度の少女だったが、美緒の言葉には素直に耳を傾け、真摯(?)に教えを請うていた。ともあれ、ふたりは良き師弟と言えた。

 

 そして新人たちが着任してから二週間が過ぎる頃には、彼女たちは一端に飛行脚を操るようになっていた。

「中尉、よろしいですか?」

「いつでも構わない」

 無線機を通して笹松中尉が了解を返してくる。

 美緒が斜め後ろを振り返れば、笹松中尉が張り付いていた。美緒が合図を送ると笹松中尉は徐々に加速し完全に並んだ。

「始め!」

 これが合図だった。

 二人は同時に左右に別れた。

 空戦開始。

 美緒は旋回を開始した。笹松中尉も同じように旋回をしていた。

(さて……)

 旋回を続けながら、美緒は笹松中尉を観察した。

 着任して始めの頃のように飛行脚を無駄に動かして速度を失うようなヘマはもうしないだろう。適切に足を振って、最小半径で旋回しようとしている。

 悪くない。

「悪くない。が、まだまだだ」

 美緒はそれよりさらに小さな円で旋回して、あっさりと笹松中尉の背後をとった。

 後ろをとられた笹松中尉は美緒を振り払おうと有らん限りの回避運動を開始した。

 緩急織り交ぜた旋回に急上昇急降下。しかしどれだけ複雑な機動をしようとも、美緒は噛みついたスッポンのようにまるで離れない。

 笹松中尉は美緒の射線を躱すだけで手一杯だった。

 美緒の前で笹松中尉が苦し紛れの斜め宙返りをしようとしていた。美緒はそろそろ空中戦に区切りをつけるべく追従した。

 やがて宙返りの頂点に差し掛かろうとしたとき、不意に笹松中尉がバランスを崩し左に沈んだように見えた。

(失速した? いや、違う!!)

 美緒は目を剥いた。

 一瞬のうちに笹松中尉の姿が視界から消えたのだ。

(まさか……!)

 美緒はその技を知っていた。何故ならば、それはつい一週間前に美緒が笹松中尉に見せた技だったからだ。

 故に、この後に続く攻撃も分かる。

 背後から殺気。

 しかし美緒は回避を行わなかった。そのままゆるゆると旋回を終える。

 発砲音。続いて軽い衝撃が飛行脚にはしる。見てみれば、美緒の九六艦戦に鮮やかなペイントの花が咲いていた。

「止め!」

 訓練終了の合図を送り集合する。

 美緒の横に並んだ笹松中尉は喜色いっぱいの顔で言った。

「見たか先任下士。ついに貴様に一泡吹かせたぞ!」

「いつの間にあのような大技を覚えたのですか?」

 美緒は純粋に驚いていた。あの失速間際の機動は、一朝一夕でできるほど柔な技ではないのだ。それこそ名人芸の名に恥じない高難度技である。

 笹松中尉は胸を張った。

「うむ。先日見せた貴様のあれに衝撃を受けてな。目を盗んではこっそりと練習しておったのだ」

「まさか、あの一回だけで技を見切ったのですか?」

「うむ、如何にも。――――それにしても、貴様のその顔を見れただけで苦労した甲斐があったというものだ。はははっ!」

 大笑いして笹松中尉は俄に増速した。まるではしゃいだ子供が早足になるように。

 そんな無邪気な姿に美緒は毒気抜かれて黙って速度を合わせた。

(まさか、本当にあれをやってのけるとは……!)

 美緒は密かに戦慄すると共に、笹松中尉に確かな才気を感じ取っていた。

 

 

 

 笹松中尉に遅れて基地に帰り着いた美緒は、ハンガーでペイントに染まった我が機を見て苦笑した。

 笹松中尉の成長ぶりには目を見張るものがあったが、まさかこれほどとは思ってみなかった。

「明日からはもっと厳しく行かんといかんなぁ」

 美緒がポツリと呟いた。

「美緒!」

 美緒は名前を呼ばれて振り返った。

「醇子か……」

 そこにいたのは美緒の親友である竹井醇子一飛曹だった。

「聞いたわよ。笹松中尉に一本取られたんですって?」

「あぁ、それは見事にな。さすがは海兵出の士官だ。我々もうかうかしてられんぞ。わっはっはっは!」

 それを聞いた醇子は疑いの目で美緒を見た。

「ほんとうに、そんなに強くなったの?」

「う……うむ。まぁ、その……なんだ」

 長い付き合いである友人の視線に、美緒は途端にしどろもどろになった。

「……いつも遠慮無く叩き落としていたからな。今日はちょっと花を持たせてやりたかったんだ。その方が笹松中尉の自信になると思ったしな」

「まったく……。美緒の事だから、そんなことだろうと思ったわよ。いくら何でもついこの間まで学生だったようなウィッチにあなたが墜されるなんて信じられないもの」

「いや……」

 呆れた目で見てくる友人を、美緒は静かに見返した。

「笹松中尉は本当に強くなられた。私もここまで見事に一本取られるとは思ってもみなかったのだ」

「美緒……」

 真剣な美緒の様子に、醇子は笹松中尉の実力が自分が思っていたよりも遙かに高くなっていたことを知った。

 醇子もひとり新任中尉の教導をしていたが、まだまだ後ろをとらせるつもりはなかった。だが、笹松中尉は美緒の後ろをとれるかどうかというところまで成長していたのだ。

 それは驚異的な成長速度と言えた。醇子が先任航空歩兵の後ろをとれるようになったのは、これより遙かに長い時間が掛かってのことだった。

 しかし。

「美緒、でも今日のはやりすぎ。今、笹松中尉が美緒を墜したと言い回っていたわよ。このままじゃ天狗になっちゃうんじゃないかなぁ」

「むぅ。それは本当か?」

 美緒は難しい顔をして押し黙った。

 醇子が言うように、本当に笹松中尉が天狗になっていたら、それは不味いことだった。彼女はまだまだ発展途中で天狗になるのは早すぎる。

「これは一つ締め直してやらんといけないな」

 

 次の日、笹松中尉は昨日とうって変わった消沈した様子で基地に帰還した。

 その日の模擬空戦で美緒に僅か三旋回で後ろに着かれたあげく、訓練終了まで一瞬たりとも射線から逃れることができなかったからだ。

 これが実戦なら、美緒に何回撃墜されたか分ったものではない。

 完膚無きまでの、ものの見事な完敗だった。

 この意味を分からぬ笹松ではなかった。

「笹松中尉」

 美緒が笹松中尉を呼ぶと、彼女は目をつり上げて美緒を睨みつけてきた。誇り高いこの中尉は、美緒に故意に手を抜かれていたと知って怒り狂っていたのだ。

「少々宜しいでしょうか」

 美緒は笹松中尉と連れだって滑走路横の芝生まで歩いてきてドカリと座り込んだ。笹松中尉も美緒の前に腕組み胡座をかいて座った。

「なんだ先任下士。貴様の小手先で滑稽に踊った馬鹿者に何を言う?」

「中尉……」

 完全に冷めた蔑みの目を見て、美緒は自分がとんでもない失策をしたことを知った。

 この中尉は今まで一度たりとも中途半端な態度で美緒の教えを請うたことはなかった。

 いつも全力で、美緒の全てを絞り尽くすかのように、一滴の取りこぼしもなく吸収してしまおうとする意気の塊のような少女だったのだ。

 それに応えるように、美緒も誠心誠意彼女を鍛えていたはずだった。

 昨日のあれだけを除いて。

 あんな小手先の褒美など、この中尉が欲しがろうはずがなかったのだ。

 それは美緒もよく分かっているはずだった。

 もはや、失った信頼を取り戻すには、自分から腹を割って本音をぶつけるしかない。

 美緒は意を決して口を開いた。

「笹松中尉、あなたは入隊以来、日に日に上達してきました。もう格闘戦だけなら、若い下士官たちと互角に戦えるでしょう。しかし、私たち古いウィッチに対しては、まだまだたいへんな差があるのです」

 笹松中尉は下唇を噛みしめながら美緒の言葉を聞いていた。まだ話を聞いてくれることに安心して、美緒はさらに言葉を続けた。

「ウィッチの技術には、これでよしということはないのです。上には上があり、私たちでさえ、まだまだと思っています。天狗になったら、技術の世界ではおしまいです」

「……」

「しかも格闘戦は、空中戦の技術の中の一項目です。格闘戦は将棋にたとえるなら詰め将棋であって、空中戦の最後の詰め技でしかないのです。本当は、この格闘戦にはいるまでの持っていきかたが大切なのです」

 美緒は笹松中尉の眼に有らん限りの力を込めた視線をぶつけた。

「あなたは、将来我々の指揮官となるかもしれません。編隊のリーダーとして空中戦は奥が深いのです。まだまだ訓練すること、覚えることが沢山あるのです」

「……」

 暫くして、笹松中尉は無言で頷いた。

 美緒の心は、無事に笹松中尉の心に入ったのだ。

 

 

 

 立ち去る間際、笹松中尉は美緒に背を向けたまま言った。

「初めて貴様の飛行を見たとき、この世にはこれほど美しいものがあるのかと私は感動した。それに近づくために全力で努力した。貴様はそれによく応えてくれたと思ってる。

 実を言うと、今日貴様に完膚無きまでに叩きのめされて、私は安心したのだ。あの日見た貴様は、まだまだ簡単に追いつけないほど遠い。そう確認させてもらった。だからこそ、やり甲斐があるというものだ」

 言葉を切って、笹松中尉は振り返った。

「これからもよろしく頼むぞ、“坂本兵曹”」

 挑戦的な視線で、笹松中尉の口がニヤリと歪む。

 それはまるで猛々しい猛禽のような笑み。夕陽を背にした“宣戦布告”は、あまりに鮮烈で美しかった。

 それを見た美緒は惚けたように動けなくなった。

 その表情が、美緒の脳裏に深く刻み込まれたのだった。

 

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