リバウの若鷲(ストライクウィッチーズ×大空のサムライ)   作:小山の少将

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第四話 君は願う

「原因不明! 分からないと言うのか!?」

 赤城の医務室で、一子は軍医より坂本の診断を聞いていた。

「ここの設備には限りがあります。陸の病院なら分かるかもしれませんが……」

「どうにかならんのか? ほら、こんなに熱を出して苦しんでいるではないか!?」

 一子は軍医に詰め寄るが、彼はゆるゆると首を振るだけだ。

 一子は悄然と丸椅子に座った。

「とにかく絶対安静です。静かに寝かせて、彼女の生命力を信じるんです」

「坂本……」

 滝のような汗を流しながら横たわる坂本を、一子は悲しそうな目で見つめた。

 

『第四話』

 

―― 君は願う ――

 

 その日から一子の看病生活が始まった。

 一子は自分の自由になる時間の全てを坂本の看病に費やした。

 その熱意たるや凄まじいもので、軍医や斉藤大佐を説き伏せて医務室での寝起きを認めさせるほどだった。

「坂本兵曹、しっかりしろよ」

「坂本兵曹、何か欲しい物はあるか?」

「坂本兵曹、喉は渇いていないか?」

 一子は高熱で朦朧とする坂本に声をかけ続け、献身的に看護を続けた。

 濡れ手拭が温くなれば新しいのに代える。掠れた声で水を求められれば抱き起こして飲ませてやる。

 寝汗がひどければ拭い取ってやり寝間着を着替えさせた。寝たきりの人間を着替えさせるのはそれはたいへんな重労働だったが、ウィッチの魔法力をも使ってやり遂げた。

 それどころか、果ては下の世話までしたのだから、同僚の士官たちにはひどく不思議がられた。

 彼女らにはどうして一子が下士官のひとりにそうも入れ込むのか理解できなかったのだ。

 それでも一子は看護を止めなかった。

 彼女の脳裏には、幼い頃病弱だった彼女を献身的に看護してくれた母と女中の姿がちらついていた。

 病弱のあまり生死の境すら彷徨ったことのある一子がここまで立派に育ったのは、他ならない彼女たちの愛があればこそだった。

 一子はその恩に報いようとするように坂本の看護に打ちこんだ。

「坂本兵曹、早く良くなれよ」

 一子はすっかりやつれてしまった坂本の目を見ながら言った。

 一方の一子も連日連夜の看病で目の下に黒々と濃い隈ができ、下手をすれば彼女も病人に間違えられそうなほどだ。

 だが目だけは爛々と強い力を込めて坂本を見つめていた。

「貴様、いつか言ったな。私には貴様らのリーダーになるために、もっと沢山覚えなければならない事があると。そして技術の世界には終わりがないと」

 一子は噛みしめるように言った。

「貴様は諦めるのか? 更なる高みを。今より強い自分を。私は諦めないぞ。ウィッチに生まれたからには世界最強を目指してやる。かのリヒトホーフェンすら越える最強のウィッチになってやる」

 それは一子の胸にずっと納められていた言葉だった。

「だが私はまだ未熟だ。私を導く師匠がいる。そう、貴様だ。貴様が私を世界最強に導く師匠だ。だから、貴様が死ぬことは許さん。いいか、絶対に元気になって私を鍛えろ」

 一言一言に全力を込めた。いつか坂本が一子にしたように。

 一子の熱意を受け取った坂本も全力で応えた。それは弱々しく小さな首肯だったが、一子には全て分かっていた。

 

 しかし、一子の身を削る看護にもかかわらず、坂本の容態は一向に好転しなかった。

 

「今晩が山でしょうな」

 坂本の高熱も四日目になった夜、軍医が言った。すでに赤城の医務室で行えるあらゆる手段が講じられていた。もはや軍医は無力だった。

「頼りになるのは坂本一飛曹の生命力だけです」

「あい分かった」

 一子は坂本の眠るベットの傍らで彼女の手を握っていた。

「軍医、頼みがある。今夜はふたりにしてくれ」

「分かりました。私は隣の部屋にいます。もしもの時は呼んで下さい」

「感謝する」

 軍医が出て行き、医務室は一子と坂本のふたりになった。

 一子は握った坂本の手を額に当てた。

「坂本、死ぬな……!」

 あぁ神様仏様。誰でも良い。この素晴らしいウィッチを死なさないでくれ。この偉大なウィッチを私から取り上げないでくれ。

 一子は生まれて初めて本気で神に祈った。ただひたすら、一念に願い続けた。

 壁着け時計の秒針がけたたましく無情に時を刻む。赤城の巨大な船体が、わずかに歪んで獣のような唸りを上げる。

「寒い……」

 坂本が掠れた声で言った。

 見てみれば彼女の肌には玉のように大きな汗が幾つも浮かび、身体が小刻みに震え続けていた。

「坂本」

 悪寒に震えていた。

 一子は必死に自分にできることを探した。

 その聡明な頭脳を使って、膨大な記憶を紐解いていく。

 程なくして答えは見つかった。

「坂本……」

 彼女の名を呼ぶ一子の声には今までに決意が込められていた。

 一子はやおら立ち上がると、一息に服に手を掛けた。一種軍装の白い詰襟が地面に落とされ、続いて身体に密着したアンダー・ウェアが剥けるように落ちる。

 生まれたままの姿になった一子は坂本の布団に身を潜らせ、彼女の纏う寝間着の中へ手足を進めた。

 母親以外で初めて触れる人肌に、滴るような冷たい寝汗に、一子は臆することなく身体を寄り添わせ四肢を絡める。

 そしてふたりの素肌が密着し、互いの体温が徐々に、徐々に溶け合っていった。

 一子は坂本の頭を胸元に抱き寄せ耳元に囁きかけた。

「死ぬな……坂本」

 その響きは慈愛に似ていた。

 

 * * *

 

 美緒は長いこと微睡んでいた。

 どこか温かく、白くふわふわとした世界で。浮遊感とも全能感ともつかぬ安心感の中で。

 誰かが必死に自分の名前を呼んでいた。

 その誰かは美緒の大切な人だった。

「死ぬな……坂本」

 囁きかけような小さな声は、しかし万の言葉より大きな力を美緒のココロに与えた。

 私は……死ねない。

 死んではならない。

 萎えていた精神が盛り返し、身体の力が戻ったように感じた。

 腕の中にある温もりが美緒に力を与えていた。

 私は死なない。

 美緒は再び深い眠りに落ちた。

 

 

 

 目覚めは緩やかだった。

 小さな衣擦れの音に薄く眼を開けてみれば、差し込む清々しい朝日の中に、雪のように白い背中が見えた。細くしなやかな、小さな背中だった。

 それからわずかに掛かっていた布が落ち去り、脇腹から臀部へのなだらかな曲線が露わになる。少女の青さを残す、未熟で危うげな稜線だ。

 さらに、それらを彩る子鹿のように伸びやかで躍動感溢れる太股。肉付きの薄い手足。細い首の上に頂かれた、妖しさを醸す白いうなじ。

 動かない頭で、美緒はただ、その光景を目に焼き付けた。

“それ”を“それ”と認識しながらも意識しない。そんな微妙なバランスの上で見つめ続けた。

 足下から薄いアンダー・ウェアが引き上げられ、シルエットだけ残して身体を包み込む。続く白の軍装は、か弱い少女を精強な皇国の軍人に変えた。

 彼女が常に手に持つ軍刀が凛とした音と共に刀身を覗かせ、朝日の中で冴え冴えとした光を放つ。その光は美緒の微妙な均衡を崩すに十分だった。

 刀を収めた彼女は、呆然とする美緒に微笑むと耳元に口を寄せた。

「あなたはもう大丈夫」

 それは今までに彼女から聞いたことがない、穏やかで慈愛に満ちた声音だった。

 それから、彼女ははだけられた美緒の寝間着を整え、滑らかで静かな歩みで隣の部屋へと消えていった。

 次ぎに軍医を引き連れて現れたとき、彼女はいつもの彼女に戻っていた。

「どうだ、坂本兵曹?」

「おかげさまで、気分は上々です」

「それは重畳」

 笹松一子中尉は軍医に目配せし、軍医が簡単な診断をした。

 結果、四日に渡る発熱で著しく体力を消耗しているものの、もはや命の危険はないということだった。ただし療養のために明日まで医務室で待機の命令がでた。

 それから二、三付け加えて、軍医は隣部屋へ戻っていった。

 美緒は一子を見上げた。彼女は美緒を見ておかしそうに笑う。

「どうした、坂本兵曹? 狐に化かされたような顔をして」

「いえ……」

 美緒は首を振る。

 聞きたいことはあった。

 だが、昨日のことは聞いてはいけない。そんな気がした。

 この夜の思い出は、そっと胸に仕舞っておくべきだ、と。

「そうか」

 一子は深く追求しなかった。

「では、坂本兵曹。明日までに体調を整えておけ。訓練だ。この四日間で鈍った身体を本調子まで回復させるぞ!」

「了解しました」

「うむ」

 一子は満足気に頷き、完爾と笑った。

 

 

 

「はぁぁぁぁ――――!!」

「ふんぬぅぅ――――!!」

 乙女にあるまじき声を上げながら、美緒と一子は赤城の飛行甲板を疾走していた。

 猛スピードで走る二人の少女に、甲板員たちの目は釘付けになる。彼らの目には、赤道の強烈な太陽以上に彼女らの健康的な太股が眩しかった。

 しかし、当の本人たちはそのことをまるで意に介さず、惜しげもなく太股を晒しながら飛行甲板を駆け抜けた。

 ゴールは間近。両者横並び。

 いや、

「だっしゃぁぁ――――!!」

 頭一つ分先行して、一子がゴールに飛び込んだ。

 無理な前傾姿勢をしていたために一子はバランスを崩し、軽い体も相まって面白いように甲板を転がった。

 それを追いかけるように、同じような態勢だった美緒もすっころびゴロゴロと前転していた。

「ぷはぁぁ――――!!」

 5mほども転がって、仰向けに止まった一子は清々しく息を吐いた。

 これだけ盛大に転倒してもかすり傷一つ無いのは、彼女がウィッチであるからに他ならない。

 一子は寝ころんだまま、同じく仰向けの姿勢で大きく肩で息をする美緒を見た。

「わはははは! どうだ見たか、坂本兵曹!!」

 年下の少女に勝ち誇られて、美緒は憮然とした顔になった。

「今回はわざと勝ちを譲って差し上げたのです。私が本気を出せば、あなたなど一ひねりです」

「わっはははは! この私にいつまでもそのような嘘が通用すると思うなよ! ゴール間際、私が一歩飛び出したときの貴様の悔しそうな顔! あれは傑作だった!!」

「く……」

 悔しげに呻く美緒。一子はなお大きく笑った。

「まったく。ふたりとも怪我はありませんか? あんなに転んで」

 荒い息を整えていると、美緒の顔を天地逆さまに覗き込む顔があった。

 親友の竹井醇子一飛曹だった。

「ほんと、このところ仲がよろしいですね、ふたりとも」

『いいや、向こうが突っかかってくるのだ!』

 異口同音に答え、美緒と一子は顔を見合わせた。

 その様子を見て醇子は笑う。笑われたふたりは不機嫌な顔になった。

 だが、それもすぐに元に戻る。

「さて、坂本兵曹。次は何で私に挑んでくる?」

 足を振った反動で飛び起きた一子が美緒を見下ろした。

 見下されるのが癪で、美緒も跳ね起きた。

「次は武術がよろしいと思います」

「うむ、いいな。何をする? 薙刀、棒、空手、柔道、相撲なんでもよいぞ」

 一子は自信満々に言う。

 それもそのはず。この若き中尉は幼少の病弱の反動からあらゆる武道に手を出して、その悉くで段位を取得した猛者なのだ。

 実家の自室には親の目を盗んで出場した武道大会の賞状が山と積まれている。

 一方の美緒は、喧嘩に自信はあれどまともな武道の経験はない。

「そうだ、坂本兵曹。貴様は刀を使わんのか? 皇国軍人たるもの、刀の一つでも振れなければ格好がつかんぞ」

 思い出したように一子が言った。

 確かに美緒は機銃による空戦技能は一子に伝授したが、皇国軍人の代名詞である扶桑刀の戦闘技能は一度も触れなかった。それどころか、美緒が刀を持っているところを一子は見たことがなかった。

「お恥ずかしながら、実は私はなかなか機会が無くて刀を振ったことがないのです」

「ふむ、それはいかんな」

 一子は顎に手を当てた。

「よし。欧州にはまだ二週間ほどある。その間、私が貴様の剣を見てやろう」

「は……?」

「うむ。我ながら良い考えだ。貴様に普段の“お返し”もできるし、貴様も皇国軍人として面目も立つ。うむうむ……」

 何やら“お返し”に言外の意味が込められているような気がしたが、満足げに頷く乗り気な一子の申し出を断れる美緒ではなかった。

 一子はすぐさま醇子に命じて竹刀(なぜか艦の備品)を取ってこさせ、一本を美緒に渡した。

「よし、まずは思うように振ってみろ」

「は……?」

「は、ではない。ほれ、早くしろ」

 まずは基本的な型を教えるとかもっとやることがあるだろう、と美緒は思ったが、口には出さずに竹刀を上段に構えた。

 いつか何かの機会に見た構えを、朧気な記憶の中から拾い上げる。

 それを見ていた一子の目つきが変った。

「はッ!」

 気合いと共に踏み込み、竹刀を振り下ろす。体中の力が無理なく竹刀に集中し、美緒自身が驚くほど鋭く切っ先が奔った。

 空気が引き裂かれ悲鳴を上げる。竹刀が軋む。

「まさかと思ったが……」

 振り抜いたままの姿勢で、美緒は一子を見た。

 そこには確信に満ちた笑みを浮かべる彼女がいた。

 

「貴様は刀を振うために生まれてきたようだな……」

 

 皇国遣欧艦隊が欧州に到達する16日前のことだった。

 

 * * *

 

「なんてこと……」

 カールスラント帝国のウィッチ、ヴァルブルガ・ツァンバッハ中尉は迫り来る敵の多さに戦慄した。

 空には中爆型飛行兵器ケファラスが列を成し、その周りを護衛のラロスが囲っている。その数は数百に届こうかという大編隊だ。

 対する人類連合軍の航空ウィッチは、10人にも満たない中隊が1つきり。とてもではないがネウロイの爆撃を阻止し、背後にあるリバウの街を守ることなどできない。

 しかも奴らには、ケファラスよりも恐ろしいものがいた。

 小山が動く。コンクリートの大きな建物に、蟹のような赤錆の浮いた脚。真っ赤な火線を幾つも吹き上げ、味方ウィッチの接近を許さない。

 移動要塞型巨大兵器、ジグラット。

 ヤツが現れる意味はただ一つ。

 

「ネウロイめ、リバウを占領するつもりなの!」

 

 地上軍の侵攻による、市街地の完全制圧に他ならない。

 未だ市街地には逃げ遅れた人間が軍民問わず大量に残されていた。もし彼らがネウロイが発する瘴気に晒されればたちまち死んでしまうだろう。

 何としてもジグラットを撃破しなければならなかった。

 ヴァルブルガは加速するとジグラットの脇を擦るほど間近に飛んだ。ついでに舐めるように満遍なくMG34の鉛弾をお見舞いする。

 自分を追ってくる火線を必死に躱して離脱しながら、ヴァルブルガは背後を振り返った。

「やっぱり。この程度じゃまるで効かない……!!」

 何事もなかったかのように進撃を続けるジグラット。

 ウィッチたちの持っている7.92㎜機関銃では、ヤツの分厚い装甲を抜いて有効打を与えることはできない。

 撃破するには、もっと大口径の砲で攻撃するか、人型兵器が犇めく内部に侵入し直接コアを破壊するしかなかった。

 時間は残り少ない。

 ならば採れる道は一つだ。

「ハンナ、ついてきて」

「了解……!」

 二機編隊のハンナ・デュッケ少尉は青ざめた顔で了解した。ジグラットの中に突入する。その意味の分からない彼女ではない。

「中隊各機はケファラスの侵入を何としても阻止しなさい」

『了解!』

 ヴァルブルガは自分の声が震えていない自信がなかった。

 彼女も帝国に忠誠を誓ったウィッチであったが、同時にわずか16歳の少女でもあるのだ。これから向う死地が恐ろしくないはずがなかった。

 それでも逝かねばならない。

「ハンナ!」

「はい……!」

 自分より幼いウィッチに呼びかけ、ヴァルブルガはジグラットに向って急降下を開始しようとした。

 

 その時だ。

 天の声はいつも唐突に聞こえてくる。

 

 

『あいや待たれよ!』

 

 

 同時。

 今まで体験したこと無い破壊の嵐が吹き荒れた。凄まじい轟音が響き渡り、巨大な土柱が巻き上がる。衝撃波がヴァルブルガの身体を容赦なく襲った。

「ジグラットが……!!」

 ハンナ少尉が叫ぶ。

 ヴァルブルガは我が目を疑った。あれだけ堅牢を誇ったジグラットが、跡形もなく吹き飛ばされてしまっていた。残されたのは、クレーターのように巨大な穴だけだ。

 ヴァルブルガは破壊の正体を一瞬で看破した。

「まさか砲撃!? ……でも、これは野砲じゃない。200㎜……いえ、もっと大きい。もしかして……そんな……」

 ヴァルブルガは振り返った。冷たい鉛色の海へと。

「……これは戦艦クラスよ!!」

 

 

 

「凄まじい物だな、戦艦の砲撃というのは」

「金剛は旧式です。新鋭艦はこの比じゃありませんよ」

 広い飛行甲板の中、エレベーターが徐々に迫り上がっていた。

 警告ブザーの音も、軋みを上げる昇降機の振動も、何もかもが心地よい。この一ヶ月、夢想した大地が目の前にある。

「ふむ。しかし戦艦にはもう休んでもらおう。次は我々の出番だ」

 純白のマフラーが翻る。

 傲岸不遜に腕組みして不敵に笑う。

「あぁ、待ちこがれた北欧の大地よ」

 エレベーターが止まったとき、溢れるような光が飛行甲板を満たした。

「巫女が来たのだ。そう、東洋の魔女が……鬼を屠り続けた女の末裔が……」

 その数、実に36。

 

「恐れよネウロイ。扶桑刀の切れ味は欧米のなまくらとはひと味違うぞ!」

 

 笹松一子中尉は獰猛な笑みを浮かべた。

 

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