リバウの若鷲(ストライクウィッチーズ×大空のサムライ)   作:小山の少将

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第五話 台南空の斗い

 時は1939年。

 謎の怪異ネウロイの侵攻により、人類は再び窮地に立たされていた。

 史上空前の犠牲を払って終結した第一次ネウロイ大戦から、わずかに二十年後の出来事だった。

 先の大戦終結からネウロイを監視し続けていた国際ネウロイ監視航空団は勇戦虚しくネウロイの圧倒的な物量に押し潰され、最前線の国家オストマルクはネウロイに蹂躙された。

 オストマルクと国境を接するカールスラント帝国は直ちに防衛戦を開始し、同時に各国からの援軍を広く受け入れネウロイに抗しようとした。

 これを受けて扶桑皇国も欧州派兵を決定し、陸海軍虎の子の機械化航空歩兵部隊を含めた強力な遣欧軍を組織した。

 扶桑皇国海軍の若きエース・ウィッチ、笹松一子中尉は遣欧軍の一員として、後にウィッチの墓場と呼ばれることになるラトビア防衛戦に、今まさに参戦せんとしていた。

 

『第五話』

 

―― 台南空の斗い ――

 

『制空隊急速発進せよ!』

 命令一下、制空隊の最前列にいた隊長のウィッチが弾かれたように発進した。それに続き彼女の列機が、小隊が、中隊が次々と発艦していく。

 彼女らはこの赤城本来の航空歩兵隊であり、その手際は鮮やかの一言だ。

 美緒の視線の先で、彼女の中隊長が右手を挙げた。赤城航空隊に続いて台南航空隊に発艦の順番が回ってきたのだ。

 美緒は飛行脚に魔力を流し込みながら前に立つ一子の背中を見た。威風堂々と腕組み立つ姿は、恐怖とも緊張とも無縁だ。

 美緒はふと思った。

 彼女の背中はこれほど大きかっただろうか。これほど頼もしかっただろうか。

 一子の列機となるのは、実に久しぶりのことだった。台湾にいた頃は別々の小隊として出撃することが多かったので、一子の後ろを飛ぶ機会はなかなか無かった。

 その間に、一子は初戦果をあげ、エースになり、病魔から美緒の命を救い、剣の手解きを与えた。

 美緒は腰に下げた軍刀に触れた。

 この軍刀も一子が隊長に直接掛け合って確保した上物だ。さらに彼女は本国から美緒のために刀を取り寄せてくれるという。

 ひとつひとつ、彼女の存在が美緒の中で大きくなっていく。

(あぁ、そうか……)

 美緒は理解した。

 この頼もしさは、信頼なのだ。一子はもはやヒヨッコの新任中尉ではなく、美緒と真に対等なウィッチになったのだ。この信頼感はその証だった。

 一子がチラリと振り返った。目と目が絡む刹那、美緒は一子の瞳に自分と同じ信頼の色を見た。

「行くぞ!」

 一子はマフラーを引き上げ、俄に発進する。

 だが美緒は当然のようにそれに続いた。

『赤城一番から制空隊各機へ』

 耳に填めたインカムから無線が流れる。

『艦隊上空にて中隊ごとに集合した後、戦闘空域に突入せよ。我々の任務は一に敵の爆撃阻止である。ラロスには目もくれるな。扶桑の巫女の恐ろしさ、ネウロイにしっかり教育してやれ!』

『応ッ!』

 36の巫女がネウロイに殺到した。

 

 美緒の中隊は大きな円を描く軌道で爆撃隊の上空を占位した。ネウロイは基本的に愚かであり、優位な位置に着くことはさほど難しくはない。

 中隊長が手を振った。

「中隊突撃!」

 それに合わせて一子が急降下した。美緒と三番機の醇子もそれに続く。

 視界の中で急速に大きさを増すケファラス。急降下するこちらに気がついたのか、ようやく反撃の火線が伸び始めた。

「遅い!」

 九七式7.7㎜機関銃を構える。

 美緒たち笹松小隊はまるで一つの意思に制御されているかの如く同時に引き金を引いた。

 タタタタ……と軽い音と共に、三条の火線がケファラスの編隊に吸い込まれた。閃光のように火花が散り、やがて火を噴く。

 美緒たちは勢いのまま敵編隊の下に抜けた。

 首をひねって敵編隊を確認すれば、中隊の攻撃によって何機ものケファラスが火を噴きながら編隊から落伍していた。

 美緒たちは急降下の速度で高度を買い戻し、水蒸気の尾を引いて反転。再び突撃する。

 ケファラスはウィッチに比べれば遙かに鈍重で、墜すのはさほど難しいことではなかった。

 ラロスも追いすがってくるが、優速の九六艦戦にはとても追いつけない。

「む!」

 一子が何かを見つけて急降下した。美緒と醇子も急降下する。

 その先では、二機のBf109がラロスの編隊に後ろを取られていた。本来なら九六艦戦すら凌ぐ高速のBf109だが、今は高度と速度を失い追い詰められていた。

 Bf109に夢中になっているラロスの背後から、笹松小隊が食らいつく。

 たちまちラロスは火だるまになり、地面に叩きつけられて四散した。

「大丈夫か?」

「危ないところでしたが、大丈夫です」

 問いかけると、Bf109のウィッチが言った。

 一子は鷹揚に頷いた。

「ここは我等に任されよ。貴官らの奮闘はしかと見届けた」

「ありがとう。そろそろ弾薬も魔法力も心許なくなっていたの」

 傑作機と名高いBf109であるが、航続距離が短いのが玉に瑕だった。

 設計思想の違いもあるが、その航続距離は扶桑で足の短いと言われる九六艦戦の、さらに半分ほどでしかない。

 Bf109のウィッチは目礼すると、僚機を連れて戦場を離脱していった。

「よし、次ぎに行くぞ!」

 それを最後まで見届けることなく、笹松小隊は戦闘に復帰した。

 

 幾度と無く突撃と離脱を繰り返している内に中隊はバラバラになり、戦場は小隊あるいは単機ごとの乱戦へと様変わりした。

 相手をしていたケファラスの編隊を撃滅した笹松小隊は、いったん高度を取るべく戦闘空域の上空に移動していた。

「流石は主戦線の欧州。ネウロイの戦力が凄まじいな」

 円を描いて旋回を続ける彼我の軌跡を見ながら一子が呟いた。それに美緒と醇子も首肯する。

 確かに、これほどの勢力を持った敵と戦ったのは初めてだった。既に敵は二波三波と次々に戦力を送り込んできており、その物量には怖気すら覚える。

 しかし、技量・機材共に皇国の最精鋭たる遣欧航空隊を相手取るには、まだまだ足りない。

 未だ味方に損害はなく、ラロスに背後を取られても悠々とひねりこんで叩き落とす余裕があった。

「む……」

 その時、美緒の目が何かを捉えた。美緒は右目の眼帯を上げて魔眼を露わにする。

 美緒の最大の武器である遠見の魔眼は、戦域に突入しつつあるケファラスの三機編隊を映し出した。

 高度は美緒たちよりいくぶん下。どういう訳か護衛のラロスも着けずに孤立していて、絶好の獲物だ。

「笹松中尉、ケファラス型三機が戦域に突入します」

「む」

 美緒に場所を教えられて一子も敵機を発見した。

 普通なら第一発見者が隊を率いて戦闘を優位に進めるようにするのだが、今日の美緒は少しばかりの茶目っ気を出した。

「中尉、あの敵機は全て差し上げます」

 一子は驚いた顔で美緒を見たが、すぐに美緒の意図を察してニカッと笑った。

「じゃあ、頂くとするかの」

 答えるや否や一子は身を翻して降下していった。少し遅れて美緒と醇子も続く。

 降下する一子はぐんぐん速度を上げながら、敵の背後から近づいた。ケファラスは一子に気がついていない。

 絶好のタイミングで一子の機銃が火を噴いた。豆粒のような光弾が最後尾のケファラスに吸い込まれ、たちまちの内に燃え上がり空中分解した。

 一子は破片を避けるようにまた上昇し、再び優位な姿勢からケファラスに突撃した。

 この期に及んでも、ケファラスはまだ一子に気がついていなかった。えてして、編隊の最後尾は死角になりがちなのだ。

 一子は冷静に狙いを定めて機銃弾を叩き込んだ。

 一子の機銃弾はケファラスの鼻先を強烈に打ち据えてへし折った。

 鼻先を失ったケファラスは突如として猛烈な空気抵抗に晒され、つんのめるように横転したと思うと、空気の壁にぶつかり一瞬で砕け散ってしまった。

 残るは一番機だけだ。

 みたび一子は右からひねり込んで照準器に敵を捉えようとした。

 しかし、あと少しのところでケファラスが一子に気付いた。

 ケファラスは出力を上げたエンジンに身を震わせながら逃亡しようとする。

 美緒は息を詰めて一子とケファラスの空戦を見守った。もし逃げられそうになったら、逃げ道を塞いで撃墜できるように身構えた。

 だが、一子はどこまでも冷静だった。絶好と思われたタイミングをわざと一拍はずして、ケファラスの挙動をつぶさに観察していたのだ。

 ケファラスがわずかに機体を振った。それは右旋回の兆し。

 一子の身体が爆発したように前進した。ケファラスの出鼻を挫くように先回りし、スラリと軍刀を抜きはなった。

 先回りに気付いても、もはやケファラスは止まれなかった。

「はぁッ!」

 北欧の空に銀弧が奔る。

 ケファラスの機体は二つに分かれ、思い出したかのように爆発した。

「お見事!」

 一部始終を見ていた美緒は、そこが戦場であることも忘れて拍手した。

 それは今までに見たことのないほど鮮やかな撃墜劇だった。わずか数秒の内に、たちまち三機を叩き落としてしまったのだ。

 一子は照れくさそうに笑っていた。

 その時、銃声と共に一子の後ろで小さな爆発が起こった。

 美緒はギョッと振り返った。そこには硝煙を燻らせる醇子の姿があった。

「気を抜きすぎです、ふたりとも。常に背後への警戒は怠ってはいけませんよ」

 呆れたように醇子は言った。

 そう、今の爆発は、気を緩めた一子に背後から近づいていたラロスを醇子が狙撃したものだったのだ。

 これには一子も美緒も恐縮して「すまんすまん」と空中で手を合わせた。

 

 それから間もなく、空の上から敵影が一掃された。

『全機集合せよ!』

 それから制空隊隊長から号令がかかり、36機のウィッチが集合した。

 美緒は編隊を組むウィッチたちを見回したが、大きな怪我をしている者はいなかった。皆いきなりの大規模戦闘、大戦果に興奮冷めやらぬ様子だ。

 誰も欠けることなく、負傷することもなく、遣欧軍航空隊の初戦はウィッチの完全勝利だった。

 敵地上軍も、田淵美津中佐率いる赤城攻撃隊のウィッチによって撃退されていた。

『これより帰還する』

 リバウの街は、上空にいても分かるほど歓声に満ちあふれていた。人々が通りという通りに溢れだして、上空を行くウィッチたちに手を振っていた。

 歓声を受けるウィッチたちは誇らしげに胸を張って綺麗な編隊を組んだ。完璧な雁形を描く編隊は、地上からはさぞ強そうに見えるだろう。

「おい、坂本兵曹、竹井兵曹」

 すると、小声で一子が話しかけてきた。

「私に良い考えがある。ちょっと耳を貸せ」

 そう言って、一子は“良い案”の内容を美緒たちに伝えた。

 全てを話し終えたあとに、一子はニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「どうだ、名案だろう?」

「面白そうですね」

「私も賛成です」

 美緒と醇子も口々に賛成して、同じような笑みを浮かべる。

「ではいくぞ!」

 一子の掛声で、笹松小隊はそっと編隊を離れた。

『おい! 編隊を崩すな!!』

 すぐに隊長に見咎められたが、一子たちは無視して高度を下げた。

 やがて街一番の目抜き通りの上空に差し掛かり、美緒たちはガッチリと編隊を組んだ。お互いの間隔は2mもない、手を伸ばせば届きそうな編隊だ。

 十分に速度が乗ったところで、三機は一機に上昇に転じた。そしてそのまま縦旋回を続け、ついには一周する。

 まるで糸で繋がれたように、寸分の狂い無く編隊を組んだままの見事な宙返り。それをを三回。

 水平飛行に戻ったとき、目抜き通りは割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。

「もう一回!」

 それで気分を良くしたのか、醇子が一子に言った。一子も満更ではなくすぐに承知した。

 今度はさらに高度を下げ、道に溢れる人々の顔ひとつひとつを見分けられるほど低空で。また完璧な宙返りを披露して、リバウの歓声を一身に受ける。

 通りの建物よりも低く飛びながら、道に溢れる人たちに手を振った。醇子など満面の笑みで手を振っていた。

『馬鹿者! なにをやっているか!』

 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか。隊長の怒声に、三人揃って首を竦める。

 それから先に行ってしまった本隊を慌てて追いかけて、まさに“飛ぶように”母艦に帰還した。

 もちろん、すぐさま斉藤大佐に呼び出されてこぴっどく叱られたのは言うまでもない。

 

 * * *

 

 その夜。

 遠く東洋から来た巫女たちを歓待すべく、リバウ市長主催の歓迎会が開かれた。

 戦時下とあって大規模な会は自粛されたが、初めて見る欧州の文化や料理は巫女たちを圧倒した。

『――――して、バルト海は西欧諸国の生命線であるのです。我がリバウにはバルト海を守る最後の砦としての義務が――――』

 ワイングラスを片手に、一子はリバウ市長の挨拶を聞き流していた。

 リバウの重要性は一ヶ月の航海の内に耳にたこができるほど聞かされている。今更市長に聞かされるまでもない。

 他のウィッチたちも同じ気持ちなのか、それぞれに談笑したりカールスラントのウィッチと親睦を深めていた。

 ひとりの一子はモソモソと料理を口に運ぶ。

 列機の美緒と醇子はここにいない。下士官の美緒と醇子はこの士官用の会場に入れないのだ。

 手持ちぶさたなので、一子は欧州の素晴らしい料理を食べながら、どうしたらこの料理を美緒たちへのお土産にできるか考えていた。

「もし……」

 声を掛けられて、一子は顔を上げた。

 そこには濃紺色のカールスラント空軍の軍服を纏ったウィッチが立っていた。襟の階級章は、事前の座学によれば中尉であると示していた。

 一子の顔を見たカールスラントのウィッチは、青色の目を細めて微笑んだ。

「今日の戦闘では危ないところを助けて頂きありがとうございました。私はカールスラント空軍中尉、ヴァルブルガ・ツァンバッハです」

「あぁ」

 一子も合点いった。彼女は一子たちが助けたBf109のウィッチだったのだ。

「扶桑皇国海軍人、笹松一子中尉です。大事ないようで何より」

 ふたりはしっかりと握手した。

「どうですか、欧州の感想は?」

「敵の数が扶桑とは比べ物になりませんね。いくら性能で優越しようとも、あれだけの物量で攻められては」

 それは一子の偽らざる所感だった。

 もしもネウロイがその物量に物を言わせて数百機、数千機単位で侵攻してきたならば、わずか1個航空隊程度のウィッチではとても戦線を支えきれない。

 リバウの街は、直ちに灰燼に帰すだろう。

 ツァンバッハ中尉も首肯した。

「ネウロイで何よりも怖いのはあの物量です。オストマルクの国際ネウロイ監視航空団も物量で磨り潰されました。今の欧州戦線ではそれの焼き直しが行われようとしています」

 つい今日までその破砕機の顎に晒されていた彼女の言葉は重かった。

 人類が未だに大陸で勢力を保ち続けられているのは、ネウロイでは飛び越えることのできない高い山脈と、やつらが苦手とする水――河川を用いた防衛戦を展開しているからだ。

 ウィッチは数が少なく、戦術的勝利は望めても戦略的勝利には貢献しがたいのが実情だった。しかも通常の兵力ではネウロイに対抗できない。

 

 果たして、人類はネウロイに打ち勝つことはできるのだろうか?

 

 一子は押し黙って、ふとそんな事を考えてしまった。

「まぁ、そのようなことは上の人間が考えれば良いんです。私たちは今日の出会いを祝しましょう」

 どこか辛気くさくなってしまった雰囲気を、ツァンバッハ中尉は殊更明るく振る舞うことで吹き飛ばした。

 先の見えない戦いに漠然とした不安を抱いた一子も、ホッとした表情で頷く。

「そうだな、その通りだ。――――今日の出会いに!」

「出会いに!」

 ふたりはグラスを掲げて飲み干した。

 空になったグラスを弄びながら一子が言った。

「そう言えば、欧州に来て嬉しかったことがある」

「何でしょう?」

「欧州は酒がうまいな! ブリタニアの寄港地で思わずジョニ黒を買い占めてしまったぞ。――――もちろん、上官には秘密だがな」

 最後に息を潜めるように付け加えると、ツァンバッハ中尉はおかしそうに笑った。

「飲むのが好きなんですか?」

「もちろんだ」

「それならウイスキーも良いですけど、ぜひビールも飲んで下さい」

「ビールか……」

 一子は難しい顔をした。

「ビールはちょっと苦みがな」

「その苦みがいいのよ! カールスラント・ビールを飲めば分かります」

「むぅ」

 渋い顔の一子を見て、ツァンバッハ中尉は彼女の手を引いた。

「着いてきて。本物のビールを飲ませてあげるわ!」

「いや、ビールはなぁ」

「カールスラント軍人の目に留まったのを不幸だと思うのね!」

 

 その夜、一子はカールスラント・ビールに嵌り、ツァンバッハ中尉と意気投合して飲み明かすことになった。

 翌日の朝には青い顔をした一子の姿が美緒によって目撃された。

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