リバウの若鷲(ストライクウィッチーズ×大空のサムライ) 作:小山の少将
時は明けて1940年1月。
扶桑皇国海軍の若きエース・ウィッチ、笹松一子中尉はブリタニアにいた。日々強化されるネウロイに対抗するために、新しい翼――――十二試艦上戦闘脚を受領する為だった。
最初は毛嫌いされていた十二試艦戦であったが、やがてその良さを理解されるようになり、皆惚れ込むようになっていた。
二週間の慣熟訓練を終え、一子らは熾烈さを増す北欧の戦場に舞い戻ろうとしていた。
『第八話』
―― 君を仰ぐ ――
視界は青い海で満たされていた。
ドーバー海峡。
ヨーロッパとブリタニアを隔てる狭き海。最狭部は僅かに34㎞にしかならない。
左手にブリタニアの白き壁を見ながら、美緒の駆る十二試艦戦は快調だった。
同じく十二試艦戦を駆る一子は、踊るようにクルクルと回っていた。
「この十二試艦戦、やはり脚の長さは素晴らしいな!」
「長く飛べれば、それだけ戦えますからね」
数ある十二試艦戦の優位性の中でも、美緒が感心させられたのは大馬力の魔導エンジンでも強力な武装でもなく、航続距離の長さだった。
美緒が前に乗っていた九六艦戦の二倍近く。全速で30分以上戦闘をしても悠々と帰還できる驚異的な航続距離だ。
陸軍国中心で、用途が要撃や近接航空支援に限定されている欧州の戦闘脚とは比べ物にならない。
空母を中心として広大な太平洋を戦うために生まれた扶桑海軍の戦闘脚ならではである。
「旋回性能も、慣れてしまえばそう悪い物ではない」
「それに関しては、九六が素晴らしすぎたのです」
すかさず九六信者の醇子が言った。
美緒の荒治療もあって、一子の十二試艦戦嫌いはすっかり治った。
もちろん醇子も更正した(九六艦戦への愛着は残っているが)。今ではふたり揃って「九六を含めた世界中のあらゆる戦闘脚でも落としてみせる」と豪語する程だ。
事実、ブリタニア空軍の厚意(?)で組まれた新鋭機スピットファイアMk.Vとの模擬空戦では、十二試艦戦を駆る台南航空隊の圧勝だった。
観戦に来ていた扶桑の駐在武官のしたり顔と、ブリタニア空軍将校の驚愕した顔が忘れられない。
「あぁ、はやくリバウに戻ってあのラロス改と戦いたいな」
「もうしばしの辛抱です。私も腕が鳴ります。やつらには大きな借りがありますので」
台南航空隊の誰もが、この十二試艦戦があればラロス改(先日公式に確認された)など鎧袖一触で粉砕できると信じていた。
「しかしこうも実戦から離れていると腕が鈍ってしまいそうだな」
「実戦に勝る経験はありませんからね――――ん?」
美緒は視界の端に何かを見た気がして、右目の眼帯を持ち上げた。
「どうした?」
「どうやら我々はついているようですよ」
「ん?」
「敵です」
美緒の魔眼は、今まさにドーバー海峡を越えんとするネウロイの姿を捉えていた。
戦爆連合10機の小集団だ。規模が規模だけに本格侵攻とは考えづらく、威力偵察あたりが妥当だろう。
しかし、ラロス改に守られる中爆は、普段見慣れたケファラスではなかった。ケファラスよりずっと速い。これも新型か。
それまでの遊覧飛行気分が吹き飛び、美緒たちはしっかりとした三機編隊を組んだ。
「こちら笹松一番、笹松一番。敵戦爆連合10機と遭遇。応援を要請する。現在地―――」
一子が喉頭マイクを抑えて応援を要請する。
その間にも、三人は戦闘を優位にすすめるべく敵集団の上を占位した。
「いくぞ!」
一子の号令一下、敵集団めがけて急降下した。
ぐんぐん迫る敵。
九九式一号機関銃を構える。照準器いっぱいに敵の姿が映し出された。
九七式機関銃とは比較ならない重低音と共に巨大な機銃弾が吐き出され、太い火線が敵に吸い込まれた。
威力は絶大である。
九九式機関銃の20㎜弾の直撃を受けたラロス改は、装甲板ごと粉砕され四散した。
その威力の秘密は、機銃弾にある。
何故ならば、この20㎜弾はただ口径が大きな鉛弾ではないのだ。弾頭に炸薬が仕込まれ、着弾と同時(あるいは着弾後)に炸裂して敵を撃破する炸裂弾だった。
その威力は見ての通りである。
美緒の視界の中で、一子の放った炸裂弾が新型中爆を仕留めた。
主翼を千切り取られたネウロイは真っ二つになって海面へ落ちていった。その撃墜劇は、まさに叩き折ると形容が相応しい。
美緒たちは最初の一撃で三機を撃墜し、返す刀で同じく三機撃墜した。
護衛のラロス改が美緒たちに追いすがろうとしたが、十二試艦戦は全ての性能でラロス改を優越していた。
瞬く間に後ろをとり、空の上から叩き落とした。
「新型が……!」
醇子が叫んだ。
唯一生き残っていた新型中爆が全速力でブリタニアを目指していた。
美緒たちも追いかけるが、初動が遅れたためになかなか追いつけない。
「やつの頭を抑えろ! 高度を奪え!!」
一子が九九式をぶっ放した。美緒と醇子も倣う。
初速の遅い九九式は距離が離れると命中率が著しく低下する。一子たちの弾も、敵の頭上を通り過ぎていった。
しかし、それで良い。頭の上を擦過する機銃弾を恐れて、敵は海面ギリギリまで高度を落とした。
その先に待つのは、切り立ったドーバーの白い壁である。
敵は衝突を避けるために高度を上げなくてはならない。つまり、そこで速度が落ちるのだ。
距離が縮まる。一子が弾切れした九九式を背中へ押しやり、軍刀を抜き放つ。
「しッ!」
裂帛の気合いと共にネウロイは爆散した。
* * *
初の実戦を終えた新たな愛機は、格納庫の中で静かに翼を休めていた。
薄暗い照明に照らされる十二試艦戦は相変わらず濡れた鼠色だが、もはや一子はそれを惨めだとは思わなかった。
認めなければならない。
「十二試艦戦は実戦でも十分に使えるな」
「はい。今日の戦闘で確信しました」
一子と美緒のふたりは腕組みして愛機を見上げる。
「今日の敵は、九六では逃していただろうな」
「間違いなく」
ネウロイの高速化、重装甲化は著しい。鈍足で軽武装の九六艦戦ではもはや立ち向かえないのだ。
頑迷にそのことを認めようとしなかった過去の自分。格闘戦至上主義の幻想から目覚めさせてくれた美緒。
まだまだ未熟だな、と一子は強く自分を縛めた。
「それにしても」
一子は武器庫の方を睨みつけた。
十二試艦戦には重大な欠点があった。
「あの機銃はどうにかならんのか? 弾は山なりだし、何より弾が少ない!」
ネウロイにトドメをさそうとしたその時に弾切れを起こしたのには、さすがに肝が冷えた。あれで仕損じたりすれば目も当てられない。
それもその筈。九九式一号機関銃の装弾数は、僅かに60発なのだ。下手をすれば二連射で撃ち尽くしてしまう。
威力は素晴らしいのに。
一子ならずとも苦々しく思ってしまう代物である。
美緒は笑った。
「照準器に敵がはみ出るほど近くで撃てば問題ありません」
「またそれか……。いつでもそれができれば苦労はしない」
空戦の初歩にして極意。ベテランでも難しい。
一子は九九式機関銃について意見書を書くことを固く心に誓った。
* * *
美緒は飛行船から雪化粧された大地に降り立った。
数週間ぶりに戻ってきたリバウは、身を切るような寒さだった。ブリタニアも寒かったが、ここに比べれば春のように温かだ。
思わず手を擦り合わせて息を吐きかけてしまった。
「なんだ? 寒いのか」
美緒の様子に気付いた一子が、首に巻いていたマフラーを解いて美緒の首に巻き付けた。
人肌に暖められていたマフラーで、首元が仄かに温かくなる。
「分隊士は……?」
「私はこれで十分だ」
そう言って、一子は私物のコートの襟を立てた。
高い襟は一子の首を覆ったが、風を遮る程度しか期待出来なさそうだった。
美緒は少し考えて、マフラーを巻き直した。
長いマフラーの中心からズレたところを首に巻き、片方を長く余らせる。
「?」
その長い余を、疑問顔で美緒を見ていた一子の首に巻き付けた。
一子の顔がボンッと赤くなる。
「ななな……!」
「こうすれば大丈夫です」
一本のマフラーでふたりが暖められ、ピタリと身体を寄せ合うので寒さも紛らわせる。
まさに一石二鳥。
美緒は満足げに頷いた。
「何と言うことだ……、貴様は天然か? 天然なのか!?」
絶望したような顔で訳の分からないことを言う一子を連れて、美緒は指揮所に向った。
その後ろで、やれやれ、と首を振る親友の姿には気がつかなかった。
指揮所の中は、さすがに暖房が効いていた。
同じマフラーを巻いて寄り添うようにして入ってきた美緒と一子を見て、斉藤大佐と小園中佐は苦笑した。
「仲が良いのはいいが、ほどほどにしておけよ」
「は、はい!」
火が出るほど顔を赤くしていた一子は、マフラーを解いてパッと美緒から離れた。
その初々しい仕草に、隊長陣は笑みを深くする。完全に孫を見守る祖父の顔だ。
生暖かい視線を受けて、居心地悪げに身じろぎした一子は、わざとらしく咳払いした。
踵を合わせて敬礼。後ろに並ぶ美緒と醇子もそれに倣った。
「機種転換部隊、ただ今帰還しました」
「ご苦労」
斉藤大佐が答礼する。
「十二試艦戦はどうだね?」
「はじめは九六艦戦に手も足も出なかったので落胆しましたが、先日の戦闘で認識を改めました。十二試艦戦はこれからの戦闘を想定された戦闘脚です。新たなネウロイの驚異にも見事に対応してくれることでしょう」
「そうか」
ブリタニアでの遭遇戦の報告は斉藤大佐にも入っている。それを見れば十二試艦戦が十分に強力な戦闘脚であることが窺い知れるだろう。
「強力な新鋭機の配備はありがたい。九六では対処に困るようになってきてな」
「この二週間で損害は?」
「軽傷6、重傷3。内、ブリタニアに後送された者が2。幸いにして死者は出ていない。だが、我が隊の作戦遂行能力は半減しておる」
一子は唇を噛みしめた。
ネウロイの攻勢はますます熾烈さを増していたのだ。
思い詰めた顔した一子を見て斉藤大佐は笑った。
「ともあれ、今は長旅で疲れただろう。ゆっくりと休みたまえ。以上だ」
美緒たちは敬礼して指揮所を後にしようとした。
「お、そうだ。笹松中尉と坂本一飛曹は少し残れ」
「は」
小園中佐に呼び止められて、美緒と一子は首を傾げた。
醇子に目配せして、彼女には先に戻ってもらう。
美緒は小園中佐の前に立った。一子は斉藤大佐に連れられて別室に行ってしまった。
「何でしょう?」
「他でもない、笹松中尉のことだ」
一子の名前が出て、美緒は佇まいをなおした。
「と言いますと?」
「うむ。実は、連日の戦いで指揮官が足りない。このたび、役不足だが、若い中尉の中から笹松中尉が分隊長に抜擢された。もちろん空中では中隊長だ。平時では考えられんことだが、やむを得ん」
美緒はついに来るときが来たのだと思った。
「そこで、先任航空歩兵のお前に頼みだが、お前にも第二小隊長をやってもらって、第二中隊が編制された。笹松中尉を中心に頑張ってくれ」
小園中佐は信頼した目で美緒を見た。
美緒は、小園中佐から一子のことを託されたのだと理解した。
まだ未熟な一子をもり立てて戦ってくれ、一子を守ってくれ、そして強いリーダーに育て上げてくれ、と。
美緒は力強く頷いた。
「頑張ってみます。副長の命令で、派遣前から空戦の指導をさせていただいた笹松中尉は、一番気脈の通じ合う方です。いつかはこの方を中隊長にと、じつは私も思っていました。さっそく新中隊長と打ち合わせに入ります」
「よろしく頼むぞ」
美緒は敬礼をすると、直ぐさま指揮所を出た。
「ついに……!」
美緒は胸が躍るのを自覚した。
「ついに来た!」
そう、ついに来たのだ。一子が中隊長になる日が。
気心の知れた――――日頃信ずる一子の下で戦える日が。
小園中佐の命令は願ってもないことだった。
すぐに一子に会わなくてはならない。明日ではなく、今晩会って、このことを伝えなくてはならない。
兵舎に飛んで帰った美緒は醇子を呼んだ。
「醇子、すまないが笹松中尉を呼んで来てくれないか? 大事な用があるのだ。先任航空歩兵の私が上官の笹松中尉を呼び出すなど失礼なことだから、こっそりと呼んでくれ。理由は適当に付けて……そうだな……星が綺麗なので、波止場で夜釣りでも如何ですか、とでも伝えてくれ」
醇子は美緒の様子から何かを察したのか、何も言わずに頷いて兵舎を出て行った。
ところが、今さっき出て行ったばかりの醇子が、あっと言う間に帰ってきた。しかも驚いたことに、その後ろには一子がいたのだった。
だが同時に納得もした。一子の方も斉藤大佐から話を聞かされ、同じ考えで美緒の兵舎にやってくる途中だったのだ。
美緒は気を取り直して言った。
「波止場へどうですか?」
「うむ」
一子も言葉少なく頷いた。
波止場への道は終始ふたりとも無言だった。美緒が一子を先導し、黙々と基地の施設群から離れた波止場を目指した。
そこは、いつか美緒とヴァルガが話をした波止場だ。
「……」
本当に星の綺麗な夜だった。夜空いっぱいにキラキラと宝石のような星々が散りばめられ、星が迫ってくるようにも見えた。
美緒は、この夜空だけは一生忘れないだろうな、と柄にもなく思った。
やがて波止場にたどり着き、突端にまで足を進めた。
真っ黒な海が見渡す限り続く。
美緒は兵舎を出てから初めて振り返った。
「“分隊長”、この辺に座りましょうか。今晩は格別星が綺麗ですね」
さりげなく美緒は言ったつもりだったが、一子は一瞬動揺した。美緒が一子のことを分隊士ではなく分隊長と呼んだからだ。
斉藤大佐にも聞かされていただろうが、やはり隊長から聞かされるのと美緒から聞かされるのでは別の感慨があるようだった。
「うむ、ここがよかろう!」
一子がドカリと腰を下ろした。美緒もその隣に座った。
波止場の浅橋に並んで座り、足を垂らす。波の音がふたりの間を流れた。
何だか気恥ずかしくて、ふたりは黙り込んでしまった。
普段は闘志満々、サムライ、軍鶏と厳めしい異名を取るふたりであるが、こうして一対一で話すときには照れて尻込みしてしまう乙女な一面があった。
話のきっかけがなかなか掴めないので、美緒は上着から煙草を取り出して一服つけた。
深々と紫煙を吐き出してから口を開く。
「笹松中尉、私はあなたが我が隊に着任された直後から、あなたと共に戦えたら……と思い始めました。そして、リバウへ来る赤城の医務室で、私が高熱を発して倒れ、あなたの看病を受けたとき、私はあなたの部下として戦うことを心に誓い、そう願い続けてきました」
そう、美緒はあの時、一子によって命を救われたのだ。
もし、独り船室に押し込められて寝かされていたら、美緒は快復しなかっただろう。ここで一子と話すことも無かっただろう。
「その願いを天が与えてくれ、斉藤司令が今それを実現してくれました。あなたは早くも分隊長になられたのです。第二中隊長に抜擢されたのです。私たちの指揮官です。平時の内地ならお祝いですが、ここでは明日からさっそく空中戦です」
美緒は一子の横顔を見た。
「失礼ですが、正直なところ、本当に自信がおありですか?」
「いや」
一子は首を振った。
「ちょっと早すぎだ。本当のことを言って中隊長としての自信はないのだ」
美緒はすかさず強く言った。
「ないんだ、じゃ困るのです。幸い司令は第二小隊長に私を選んで下さいました。それに強者の醇子や義子もつけてくれました。あなた自身にしても、何度も空戦の修羅場を体験され、ネウロイを何機も撃墜されています。立派なものです。それなのに、自信がない、じゃ困るんです。私たちの“大将”じゃありませんか! ウィッチ隊の“大将”たる者は、強くなければなりません。強くなって頂きたい!」
美緒は自分が興奮して紅潮しているのを自覚した。
「私をはじめ、第二中隊に今日決まった全員が、あなたを源氏の大将義経と仰ぎたいのです。私や醇子が弁慶となって、我が中隊を日本一の、いや、世界一の強いウィッチ隊に仕上げようじゃありませんか!」
一子は静かに海を見続けていた。
しかし美緒は構わずに捲し立てた。
「中隊長に一つだけ提案があります。編隊の先頭に立つ大将たるもの、後ろは見ないで下さい。ウィッチとして一番気になる、目のない後ろの見張は部下の全員が引き受けます。私たちを信じて下さい! そして当分の間は、列機に構わず暴れるだけ暴れ、敵機を撃墜して強くなって下さい。そして威張って下さい」
「坂本……」
「大丈夫です。敵に先んじて敵を発見する見張にかけては、我が台南空でも一、二を争う義子と私がついています。もちろん指揮官が第一発見者となることが理想ですから努力して下さい。しかもその点に関しては、先頭に立つあなたが最も有利なのですが、私も義子も負けるつもりはありませんよ。これからは競争です」
一子が美緒を見た。
「私に、できるだろうか?」
「もちろんです」
「私に中隊長が務まるだろうか?」
「もちろんです」
美緒は大きく頷いた。
「私は貴様らより早く敵を見つけられるだろうか?」
「そこは努力次第ですね」
美緒は意地悪く笑った。
一子は決心したように立ち上がると、美緒の手を握って一言だけ言った。
「坂本、頼む!」
「はい。やりましょう!」
美緒もしっかりと握りかえした。
この瞬間、後に世界中に武名を轟かせる笹松中隊が結成されたのだ。
「ところで、坂本兵曹」
「なんでしょう?」
「煙草は身体に悪い。吸うのは止した方が良いぞ。中隊長命令だ」
「……」
美緒は沈黙した。