魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ 作:soranora
奇跡なんて言葉を信じられますか?私にとって奇跡とは大きな対価を代償に得られるものであり、その対価はあまりにも大きく、一つの人生で起こせるのは一度きり。それは選ばれた人間にのみ与えられた特権である。私はそう思っていた。少なくとも対価を支払ってしまった私には二度と縁のないものだったはず。しかし目の前で起こっている現実は何?これを奇跡と言わずに何と言うのか?
マミの中で構築された魔法少女の常識は、目の前の現実によって見事に否定されていた。マミの料理教室に集結したクラスメイトの数、一人も欠けることのない全員参加。実習室は以前の有志メンバーに加え、塾や部活動で不参加をしていた生徒達も、全ての事象を蹴って駆けつけた。部活動を蹴った生徒はきっと先輩や顧問に非難を浴びるだろう。塾に行くはずだった生徒はきっと両親に叱られることだと思う。そこまでしてこの場に集まる事には意味があるのだ。
どんなに小さな組織においても空気は存在する。この学校に蔓延った空気、それは高槻瑠美という絶対的影響力を持った人間への服従。彼女が作り出した空気とは、制裁による恐怖で体験的学習を生徒たちに植え付けた。体験的学習とは理論よりも先に正解を導き出す力がある。瑠美はその体験的学習を意図的に誘導し、合理的な判断や議論自体をそこで締め出したのだ。そうしてできあがった独裁的空気、反抗した生徒は非国民として爪弾きにされた。
歴史を見ても空気からの脱却は容易なものではない。多くの血が流されたこともある。しかし決起した闘争者たちの手により歴史を開いてきたのもまた事実なのだ。歴史にたらればはない。今旗をあげずしていつあげるのだ。仲間が傷つけられ、侮辱された。クラスが一丸となり戦う時は今なのだ。仲間たちは心中を期して立ちあがった。その眼差しからは決意の思いが溢れた。
このことは恐らく彼女の耳に入っているはず。表だっての反抗を示されているとわかったあの独裁者はどう動いて来るか?きっとその傲岸な影響力を居丈高にひけらかし、意気揚々とこの場に現れるに違いない。それは制裁の恐怖をちらつかせては仲間たちをふるいにかける為に―――
マミは調理実習の準備を進めながらこれから起こるであろう出来事を予期していた。
そしてそれは突然現れた―――
調理実習室の扉が大きな音を立てて開く。
騒がしかった室内は一揆に張りつめた緊張の空気によって静まり返った。
マミの予想は的中した、居丈高に腕を組んだ瑠美が側近二人を従えて現れたのだ。薄い笑みを浮かべた瑠美はクラスメイト達を一瞥する。仲間たちは気圧される様子は少しあったが、視線を逸らさずに迎え撃った。
「困ったものねぇ、ここまで表だって反抗するとは、こんなにコケにされたのは初めてよ」
瑠美は思案するように目を閉じて効果的な間を置くと、突然つんざすような大声で叫んだ、
「一人残らず追い込んでやるわ!私に刃向った事を必ず後悔させてやる!謝ったって許さない!お前たちには一生消えることのないトラウマを刻みつけてやる!」
自尊心を侵された独裁者が本性を現した。その表情には心胆を寒からしめる迫力がある。マミ以外の生徒達は一瞬怯んだように顔を強張らせた。瑠美はその凶器に満ちた視線をマミにロックオンすると、肩で風をきりながらゆっくり歩み寄って来た。マミもそれに鋭い視線で迎え撃つ。室内に異様な緊張が走った。
突然、二人の間に割って入る影があった。その小さな影は瑠美の進行を妨げるように両手を大きく広げて立ちはだかった。影の正体は和美だ。
「何よあなた?」
ちょっと面食らったように瑠美が睨みつける。和美には怯む様子は微塵もなかった。腹をくくったその眼は迷いなく瑠美を見据えていた。膝のバンソコを見て口元を緩めた瑠美が言った。
「まだやられたりないみたいねぇ、この腰巾着は」
「私は腰巾着じゃない!」和美は全力で否定した、そして、「腰巾着はその二人よ!」と瑠美の取り巻きを見た。
二人は少し困惑した表情を浮かべる。
和美は更に続けた、「私には倒れた時に手を差し伸べてくれる仲間がいる!傷つけられた時に一緒に怒ってくれる仲間がいる!励ましてくれる仲間がいる!あの二人はどうかな?あなたがそうなった時に手を差し伸べてくれるかな?きっと手は差し伸べてくれないよ!だってあの二人はあなたの影に怯えて、ただくっつくだけの腰巾着だもん!」
瑠美の表情はみるみる険しくなる、
「言ってくれたわね!この雑魚が!」
怒りを爆発させた瑠美が叫び、和美の左頬に平手打ちを食らわせた―――
室内に悲鳴にも似た声が響き渡る。和美は床に転がった。憤慨する仲間達は息を巻いた、一触即発の雰囲気となるその瞬間、音源をリピートさせたように平手打ちの音が再び響いた―――
左頬を叩かれて倒れたのは瑠美だった、叩いたのはマミだ。
「巴さん?」驚いた姫野は小さく呟きマミを凝視していた。
左頬を抑えて目を丸くした瑠美は、我に返ったようにマミを見上げて、立ち上がりながら、
「やってくれたわね、あなた大変な事に―――」
その刹那、マミは瑠美の言葉に被せるように、今度は右頬に平手打ちを食らわせた―――
瑠美は再び床に倒れ込んだ。
たまらず側近の二人が割って入ろうとするが、マミが鋭い眼光で睨みつける。二人は石になったように固まって動けなくなった。マミの目は魔法少女として戦う時の凄味のあるものになっていた、この威圧に向かってこられるのは同じ魔法少女である杏子ぐらいのものだろう。
マミは瑠美を見下ろす。
瑠美は怯えたようにマミを見上げている。初めて味わう打ち負かすことのできない恐怖が瑠美を襲っているのだろう。そしてマミは悲しそうな表情で静かに言った。
「かわいそうな人」
それはかつての自分に言っているようにマミは思えた。
「あなたは一人ぼっちになることが怖いのよ、少し視点を変える勇気があればいい、そうすればきっとあなたにも素敵な仲間ができるわ」
私は良き仲間に巡り合った、魔法少女としての運命に翻弄され、孤立していく私を救ったのは仲間たちだった。瑠美は巡り合えなかったのかもしれない、そうして一人ぼっちになる恐怖が彼女を狡猾な暴君へと変えていった。偽りの輪に執着する彼女は依然として一人ぼっちのままなのだ。少し視点を変える勇気があればいい、少し歩み寄る勇気があればいい、たたそれだけでいい。
今なら香織の叫んだ言葉の意味が少し分かる気がする。表面的に見えているものではなく、その奥に潜む本質を見ることができなければ相手を見ることなど到底できない。
茫然とマミを見上げる瑠美はゆっくり立ち上がると、何が起こったのかわからないといった表情で辺りに視線を彷徨わせた。クラスメイト達は神経を尖らせてその様子を見守った。瑠美はそのまま黙って調理実習室を後にした。側近の二人は逃げるように瑠美の後を追った。
緊張から解かれたクラスメイト達は倒れている和美の元へ集まった。マミが和美に手を差し伸べる。
「和美さん、大丈夫?」
和美は「へっ」と一つ笑うと、ひとなつっこい笑顔で答えた。
「やっと下の名前で呼んでくれたね、マミ」
和美も初めて照れ臭そうにマミと呼ぶ。和美はマミの手を掴んで立ち上がった。
姫野が安堵の表情で口を挟んだ。
「無茶しすぎですよ、和美さんは」
「大丈夫だよ委員長、二回目だったから慣れたみたい」
あっけらかんと笑う和美に、みんなはドッと笑い声をあげた。
思えば香織の言葉が私たちに立ち上がる勇気を与えてくれた。香織の想いの火種は私達三人に飛び火して、クラスメイト全体へと燃え広がった。学校に蔓延る悪習を打ち破った影の立役者は香織かもしれない。
局所的に咲いていた花は太陽に照らされて一面の花を咲かせた。咲き誇った花たちは恵をくれた太陽へ、色鮮やかに描いた地上絵でその感謝の意を示した―――
後々マミ達が瑠美からの制裁を受けることは無かった。頻繁に行われていた瑠美の悪行も不思議と成りを潜めていった。
◆ ◆ ◆
病室のベットの上から、香織は窓から見える景色を暗い顔で眺めている。眼にはいつもの力はなく悲しみに満ちていた。その姿は、仲間から逸れてしまった渡り鳥が、捕われた籠の中で流れる雲を無意義に追っているようだ。
病室のドアをノックする音が聞こえた。肉体から離れた意識がどこかへ彷徨っていたぶん、少し反応が遅れて香織は我に返ったように返事をした。
「は、はい、どうぞ」
少し間を置いて病室の扉が開かれた。
「ヤッホー!来ちゃったよー!香織さーん!」
抜けるような明るい声で元気よく踊りながら入って来たのは和美だった。その後を馬鹿丁寧なお辞儀をして「失礼します」と入室した姫野。すぐにはしゃいでいる和美を窘めた。
「和美さんここは病院なんですよ、静かにしてもらわなければ困ります」
香織の暗い顔に光が射した。すると姫野の後を恐る恐る入って来る姿があった、マミは香織の表情を窺うように曖昧に視線を向けながら、気恥ずかしそうに入室してきた。喧嘩別れをしてからそれっきりとなっていた事が、マミを自然とそのような挙動にさせていたのだ。
マミを認識した香織は、一揆に曇っていた表情が晴れ渡り、満面の笑みを浮かべた。抑えられない気持ちが香織をベットから飛び立たせ、裸足のまま駆け寄ってマミを飛びつくように抱きしめた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!私はあなたにあんな酷いことを!」香織は泣いて詫びた「もう来てくれないと思った!もう会えないかと思った!許してマミ!あなたは私のことを思って言ってくれたのに!本当にごめんなさい!」
号泣する香織からは大切な物を失ってしまう恐怖から安堵に転じたギャップの大きさが窺えた。より深い所まで自分を追い込んでいたのだろう、マミは安心させるように背中を柔らかく擦りながら、生まれたての小鳥を手で包み込むように優しく囁いた。
「いいえ、大丈夫、大丈夫よ、あなたは何一つ間違ったことは言ってない。むしろあなたの言葉に救われたのは私達よ、本当にありがとう」
その感謝の言葉に偽りはない。心の奥底から出た清廉潔白の思いをそのまま言葉にした。和美と姫野は目に熱いものが溢れたのか目元を拭っている、二人も同じ思いなのだろう。
香織はしばらく泣き続けながらマミを離さなかった、大好きなおもちゃを掴んで離さない子供みたいに。