魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ 作:soranora
香織が落ち着くといつもの談笑になった。やはり瑠美との一件が話題となる。得意げに話すのは和美で香織は楽しそうにそれを聞いていた。大仰に膨らませた部分があったがマミと姫野は目をつぶってその話を聞いた。和美は本当に楽しそうに香織と話をしている。和美とフィーリングが合うのは香織なのだなとマミは思った。そう思うと少し焼き餅を焼いた。
話題は姫野のホームルームの事件にさしかかっていた。その時の様子を噛みしめるように姫野が言う。
「あの時は本当に参りました、まさか和美さんが食ってかかるとは思ってもみませんでしたから」
「へ?マミも気づいてたの?あれが演技だと?」
マミは黙って一つ肯いた。
「言うに及ばないことです、私が巴さんを本心から罵っていると本気で思いましたか?もしそう思っていたのでしたら心外です!」
姫野は少しムッとした表情を作った。
「だって演技が凄かったんだもん」
しょげたように和美が言う。
「たしかに凄い演技だったわ、私には委員長が瑠美さんそのものに見えたもの」
マミは感心するように言った。
「私なんてあれは瑠美先輩だったんじゃないかって、今でも思ってるぐらいだよ」
和美は語尾を落とした。
「和美ちゃんは単純なんだね」
香織の一言でドッと笑いが生まれた。和美は一人膨れた顔をしていた。
「凄いと言えば巴さんです」姫野が思い立ったように言った。
「マミが!マミがどうしたの!」
この話題にうれしそうに食いついてきたのは香織だった。
「平手打ちであの瑠美先輩をはり倒した時は衝撃でした」
姫野は腕を組み、記憶の引き出しを確認するようにしみじみと言う。
和美も姫野の動作に倣いながら言った。
「しかも二発」
「はり倒した?二発?」
香織は好奇心で輝かせた目を二人に見せながら話をせがんだ。マミは狼狽えてその話題を切り換えようとする。
「ちょ、ちょっと!その話はよしましょうよ!香織さんだってそんな話聞きたくないはずよ」
香織はマミをうれしそうに見て即答した。
「うん、聞きたい」その笑顔には悪戯っぽさがあった。
姫野と和美はかまわず続けた。
「いや平手打ちもさることながら、あの恐ろしい程の強烈な眼光はなんだったのでしょうか?」
「そうそう、止めに入った瑠美先輩の取り巻きたちも、あの眼を見た瞬間に震えあがって動けなくなったし」
「たしかチンピラにからまれた時にも同じようなことがあったような気がします。顔に傷の入った恐ろしい男でした。あのような男でさえ巴さんのメンチには勝てなかったようです」
目をランランと輝かせた香織がマミに訊いた。
「すごいよマミ!あなたチンピラを倒したことがあるの?」
マミは真顔で「そんなもの倒した覚えは一度もないわ」と全力で否定した。
「しかしこの学区内の不良たちを集めてもあのメンチに勝てる者は恐らくいないでしょう」
感心するように姫野が分析する。
「たしかクラスの男子が言ってたよ、瑠美先輩を倒したマミは次期見滝原中学の番長になるとか」
和美はしれっと誇張した。
間に受けた香織が目をランランと輝かせてマミに言う。
「マミ!凄いじゃない!番長になれるらしいわよ!どんな世界でも一番になれることは凄いことよ!」
マミは真顔で「そんなものになる気は毛頭ないわ」と全力で遠慮する。
すると我慢できなくなったマミは強い口調で言った。
「もういい加減にしてよ!私はそんなんじゃないんだから!」
「こわ~いマミ~」香織はわざとらしく怖がった振りをする。
和美も自分を抱きしめて震えるようなそぶりを見せながら「マミがこわいよ~」とからかう。
おちょくる二人を見て、思考を迷子にしたマミは、両手を頭に抱えて「ああ!もお!知らない!」とヤケクソになった声を上げると、香織たちに背を向けては腕を組んでそっぽを向いた。
「私はそんな恐ろしい女じゃないわ!」
怒ったマミはもう振り向いてやるもんかと箍をかけた。
からかった三人はマミの背後で舌を出して相槌を打った。
ややあって、まず和美が謝った。
「ごめんねマミ、だからこっちを向いてよ」
「言い過ぎました、許してください巴さん」
姫野も丁寧に謝ったが、依然膨れた顔で壁と睨めっこをするマミはこっちをむいてくれない。それとなしに香織が何かを呼び起こすように言った。
「マミ、私この間の紅茶をそのまま喫茶店に出すことに決めたわ」
「本当に!」
マミはひょいと振り返り、香織に確かめるように訊いた。簡単に箍を外した香織に手玉にされたような複雑な気持ちがあったが、無茶をしないと決心をしてくれた事に対する安堵の気持ちがそれを上回った。
「マミの言うとおり、もう無茶はしない」香織はきっぱり言った。
その言葉を聞いてマミは胸を撫で下ろした。
「ええ、私もそうしてもらえると安心よ」
香織の情熱を傾けた取り組みには脱帽するが、今置かれている香織の状況からその行為を続けることは賢明とは言えない。私は香織の病気が早く治ってほしい。マミは切に願っている。
「そのかわり名前を決めたの」と香織は折衷案を模索したようだ。
「名前?」マミは香織の言葉を反復した。
「紅茶のですか?」
姫野の疑問符に香織は「ええ」と肯き答えた。
「どんな名前にしたの!」和美が興味津々に訊いた。
「聞きたい?」と香織は焦らす。
「うん」和美は間を開けずに返事した。
「それじゃあ」と香織は人差し指を立てて、少し間を取ってから自慢げに言った。
「ティロ・フィナーレ」
「てぃ・ろ・ふぃ・なーれ?」三人は怪訝な表情でその言葉を棒読みでリピートした。
香織は「そう」と一つ肯くと説明する。「ティロ・フィナーレ。イタリア語で直訳すると究極の一射という意味よ。パンチの効いた紅茶にできなかったから、せめて名前だけでもと思ってね、一生懸命調べたんだから!」
胸を張って話す香織を横目に、ダサい!ダサいわ!とマミは思った。そもそも紅茶の名称にそんなふざけた名前を聞いたことがない。まずセンスを感じられないわ、ティロ・フィナーレ?まったくと言ってしっくりこないもの、中二病が付けそうな名前ね。私ならこう付けるわ、
アルティマシュート………
きっとゴールネットを突き破るわ。マミはほくそ笑むと反旗を翻す。
「ねえ!アルティ――」
「いいよ!凄くかっこいいよ!香織さん!」興奮した和美がマミの言葉に被さった。
「ティロ・フィナーレ!なんかゴールネットを突き破ってその先の壁とかにメリ込みそうだね!」
何を言っているの?ゴールネットを突き破って壁にメリ込むのはアルティマシュートよ!ティロ・フィナーレじゃない!マミは和美の主張に心の中で強く反論する。そんな名前ではせいぜいペナルティーエリアの外からゴールが決まるぐらいがいいとこよ!マミは気持ちを立て直して訴えた!
「ねえ、アルティマシュ―――」
「素晴らしいです!なんてセンスがいい!」今度は姫野が被ってきた。マミは口をすぼめた状態で硬化している。
「ティロ・フィナーレなら壁をぶち抜いてスタジアムの外へと花火を打ち上げることでしょう!」和美同様、興奮気味で姫野が評価する。
いいえ違うわ!マミは心の中で断固否定する。ゴールネットを突き破って、壁をブチ抜いて、更にはスタジアムの外で花火大会をして、露店のくじ引きでぼったくられるのはアルティマシュートよ!なんでそんなこともわからないのかしら!ティロ・フィナーレじゃあ顔面ブロックで死守されるのが関の山よ!マミは胸の内で息を荒げていた。自然と表情に口惜しさを滲み出させた。
「ねえマミ」咄嗟に香織がマミを呼んだ。
マミはちょっとムッとした表情で香織に視線を向けた。
笑顔の香織は手で作った銃をマミに構えて「ティロ・フィナーレ!」とおどけたように一射した。
「…………」
マミはキョトンとする。
それを見た和美は私もとマミに銃を向けて「ティロ・フィナーレ!」と一射する。
マミは(え?何?)と心の中で呟く。
姫野も続けとばかりに「ティロ・フィナーレ!」とマミに一射した。
(嘘でしょ?)
そして三人は相槌を打つと、せーの!で声を合わせて「ティロ・フィナーレ!」とマミを射止めるように撃った。
マミは曖昧に口の両端を少し横に広げて、頬をピクピク引きつかせながら、愉快に笑い合う三人を見て思った。
もう勝手にしてくれ………
◆ ◆ ◆
悪夢は終わらない、あっちでもティロ・フィナーレ!こっちでもティロ・フィナーレ!調理実習室の真ん中で頬杖を作って座るマミは、額に浮き出た血管をピクつかせる。
香織の考案したティロ・フィナーレはマミのクラスで大流行していた。ティロ・フィナーレの掛け声と共に一射するパフォーマンスは様々な所で見受けられた。挨拶の時はもちろんのこと、会話の決め台詞、おちゃらけた場面でのネタとして、挙句の果てには二連射すると貫通力が増すなどのデタラメな理論が横行するしまつ。今この場に至ってはティロ・フィナーレの気合の掛け声と共に、ボウルの素材をかき混ぜる生徒や、生地を叩きつけて捏ねる生徒、紅茶を注ぐときに唱える生徒までいる。
強張った顔を引きつかせて黙っていたが、とうとうマミの大きな器から水が溢れた。そして心中にある太いしめ縄が大きな音を立てて千切れた。勢いよく立ち上がったマミは、両手を調理台に向けてティロ・フィナーレを炸裂させた―――
「!!!!!」
地響きのような轟音が室内に轟き、参加していたクラスメイト達は目を剝いてマミを注視した。しーんと静まり返った実習室。マミはできるだけ朗らかに作った笑顔で言った。
「みんなぁ!今日からその掛け声は禁止ね!」
誰もがそのトーンのニュアンスからその裏にある恐ろしい陰を拾い上げた。顔はお花畑のように笑顔だったが、花畑の少し奥へ目をやると、今にも噴火しそうなグツグツと煮えくり返った火口が口を開けていたのだ。クラスメイト達は瑠美の一件で知ったマミに対する体験的学習から即座に服従を選択した。その結果この流行は衰退の一途を辿る事になる。
張りつめた空気はしばらく続いた。その空気を切ってくれたのは意外な人物だった。ノックもなしに実習室のドアが突然開いた―――
現れたのは、居丈高に腕を組んで笑みを浮かべた瑠美だった。その笑みは嘲笑のようなものではなく不適というようなものになっていた。偉そうなところはいつもと変わりはないが、取り巻きは従えずに一人で来たようだ。
「やっているようね、巴マミ」
マミは先ほどの感情の名残をそのままに瑠美を睨んだ。
マミの表情を見た瑠美は「い!」と戦くような表情を一瞬見せて、気圧された気持ちを押し返すように言った。
「あ、あなたどうしたの?みんな怯えているわよ」
「あなたが来たからじゃないかしら?」マミはさらりと返す。
瑠美は鼻を一つ鳴らすと、腕を組んだままマミに歩み寄って来る。
「相変わらず上級生にかける言葉使いではないわね」
瑠美はあの一件以来、よくマミの元に姿を現すようになった。あの時の出来事をお互い一切口にしていない。報復どころか謝罪を述べることもなかった。瑠美はあの一件をどのような形で消化させているのかはわからない。鎖でがんじがらめに縛って心の奥底へと深く沈めたのかもしれない。それは誰にも知る術はない。ただ以前のように他人を中傷するような振る舞いは成りを潜めていた。強腰な振る舞いには棘があるけれど、振り撒く香りがいいバラのように、何か気強い頼もしさを放つようになった。瑠美はとりとめのない理由でよくマミに接触してきた。喫茶店の運営方法に難癖をつけたり、調理方法に余計なアドバイスをしたりと、そのほとんどに上から目線の皮肉を込めた。マミはあえて言葉使いを変えなかった。それがいいと何となく思ったからだ。それは瑠美も同じなのだろう、暗黙の裡にそのライバルのような切磋琢磨する関係をお互いに築いていった。
マミに歩み寄った瑠美が言った。
「今日の放課後ちょっと付き合いなさい」
「今が放課後よ」
「フン、この私に上げ足を取るとは大したものね」
「あなたが浅はかなだけよ」
「なら、この実習の後でいいわ、どうせ時間をもて遊ぶのでしょう?相手にしてくれるような彼氏もいないのでしょうから」
「あなたのようにくだらない事に使う時間はないのよ」
そのまま睨み合って黙り込む二人。周りの生徒は二人のやり取りを固唾を飲んで見守っている。少し間があって瑠美がゆっくり口を開く。
「一緒に来るの?来ないの?それとも怖い?」瑠美は挑戦的に言う。
「別に怖くはないわ」マミは負けじと返す。
「それじゃあ決まりね。それと―――」と瑠美は何かを探すように辺りに視線を彷徨わせると、和美を見つけて、
「あなたと―――」
「へ?」和美はビクっとする。
「あなた」瑠美は姫野を見て呼んだ。
「?」姫野は私ですかというような表情を浮かべた。
「巴マミと一緒に来なさい」
瑠美の誘いに困惑する二人。そんな二人を尻目にマミは動じない様子で瑠美を見据えている。瑠美は意味深長な笑みを見せた。
「あなた達には、とっておきのプレゼントをあげるわ」