魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ 作:soranora
「ねえ!これはどういうこと?」
夕刻の商店街。人の往来が激しい雑多音の中、マミは表情を引きつかせながらある一点を凝視して尋ねた。
「どういうことって、あなた達は喫茶店をやるのでしょう?これが必要じゃないのかしら?」
両脇にボブヘアーの女生徒と、茶髪の女生徒、二人と肩を並べて腕を組んだ瑠美が答えた。
「あなた!」とマミはキッと瑠美を睨み、凝視していた方を指でさしながら「これと喫茶店と何が関係あるのよ!」と強い口調で訊いた。
マミの指し示した場所には、多彩なメイド服が飾られたメイド服専門店があった。一見可愛らしいお店に見えるが、個々が持っているフィルターによっては見え方が違うのだ。魅了されて愛好する人がいれば、ハレンチで卑猥さを感じる人もいる。マミにとっては後者のようだ。目を釣り上げるマミを対照的に和美は浮ついた声を出した。
「マミ!メイドさんだよ!メイド喫茶だよ!早く入ろ、入ろ」マミに手招きして和美は嬉しそうにお店に入っていった。
「メイド喫茶」和美が落としていったワードを拾うように言ったのは姫野だ、「それはメイド服を着たウェイトレスが使用人のように振る舞い、客となる主人はその待遇を受ける。客にとって重要なのは萌えという概念。虚構のメイド性格の現実の現れと、相互に共鳴できる物に、萌えがある人々はその魅力に惹きつけられる。なんと不埒な!」
そう吐き捨てるように姫野は語尾を切った。
当然の事よ―――マミは心の中で呟く。
いつも厳粛に毅然と接する委員長が、このような低俗なものにかまけることなどまずあり得ない。そう確信するマミは敬服な目を姫野に向けた―――
ところがそこにいたのはいつもの委員長ではなかった、照れたように顔を赤くして、まんざらでもない様子がクレープを焼く甘い匂いのように伝わって来た。マミは放心した。
「ま、まあ、これも社会見学の一環ですよ」自分を説得するように頷くと、だらしのない顔で姫野はお店の中へと消えていった。マミは唖然とした表情で姫野を見送った。
「あなたのお友達は素直でいいわね」
ニヤリと笑う瑠美。王手を指した棋士のようだ。
「何をたくらんでいるの?」マミは瑠美を探るように見た。
「たくらむ?」そう溢すと瑠美は静かに笑って「別にたくらんでいるつもりはないわ、ただあなた達の喫茶店をメイド喫茶にしたいだけ、私たちが出店するメイド喫茶の姉妹店として」
この人はまた自分勝手なことを!腹を立てたマミは言葉を熱くした。
「そんなこと承知するわけないでしょう!」マミは声を荒げながら以前にも同じような場面があったことを思い出した。あれはたしか初めて瑠美と対峙した時だ。私は瑠美の要求を突っぱねた。
「あら、あなたは私に言ったわよね?」
「?」
「視点を変える勇気を持てと、これが私の勇気の形よ、あの言葉は嘘だったのかしら?」
瑠美の要求は以前とは全く違う意味合いを持っていた。それは体の中をスカスカと風が吹き抜けるような軽いものではなく、中身を濃密に詰め込まれた重さを含んだ。その瞳の奥底には、暗く濁った感じはなく、透き通った気持ちのいいものがあった。瑠美に詰まれてしまったマミは投了するように表情を緩めると、観念したように鼻を一つ鳴らして言った。
「私が着て喜ぶ人がいるとは思えないけど?」
マミは首をすくめると、不承不承といった感じでお店に足を向けた。
◆ ◆ ◆
店内にはハンガーに掛けられた色とりどりのメイド服が、縦に整列するように並んでいた。その列の単位が更に数列あり店内はカラフルでポップな明るさがあった。フリルやリボン等の小物装飾が壁を彩るその空間は珍妙な愛くるしさをプラスする。
マミはおとぎの森に迷い込んだ少女になった気分で店内を彷徨い歩いていると、マネキンの影からメイド服に身を固めた可愛らしい小動物が目の前に飛び込んできた。
「マミ!どお?」
小動物は着ている衣装を回って見せる和美だった。猫耳バンドを頭に付けたあどけない表情と小柄な容姿が思わず抱きしめたい程の衝動をかり立たせた、マミはその感情をなんとか堪えて自然と緩んだ顔で答える。
「と、とってもお似合いよ」
「本当に?」和美はそう言ってはじけるような笑顔ではしゃぐ。
「ところで制服はどうしたの?」
マミの質問に「へへっ」と舌を出すと和美は更衣室に視線を向けた。更衣室の中には制服が乱雑に脱ぎ散らかされていた。
「あ、あなたねぇ………」マミは唖然とした。
「キャー!かわいい!」
悲鳴のような甲高い声で和美に抱きついたのは、メイド服に身を包んだ瑠美が連れ添っている二人の女生徒だった。
「お人形さんみたい!」
二人は大きなぬいぐるみでも抱えているように、和美に頬ずりして頭を撫でた。マミは和美を可愛がる二人を見て、そのお人形さんを地面に転がして遊んでいたのはどちらさんでしたっけ?と心の中で皮肉を言ってみた。
「巴マミ、その様子だとまだ決まっていないようね?」
振りかえるとすっかりメイド服に着替えた瑠美が歩み寄って来た。
向かって来る瑠美はマミの背後に何かを捉えたように、おっと言うような表情を浮かべると、
「どうやら取り残されたのはあなただけのようよ」と顎をしゃくる。
マミはしゃくった方向へ目をやると、トレードマークのメガネを外してメイド服姿になった姫野が立っていた。マミは目を疑った。いつもの質素で落ち着いたイメージが吹っ飛び、どこぞのアイドルのような華々しさがあった。姫野はモジモジと恥ずかしそうに訊いた。
「どうですか?」
「へー結構さまになっているじゃないのあなた、これは意外ね」瑠美は感心するように答えた。
「あ、ありがとうございます」姫野は顔を赤らめて丁寧にお辞儀をする。
その振る舞いからその人物が姫野であると確信したマミが訊いた。
「委員長、メガネは?」
「ああ、メガネを取った方が偏狭な世界観から飛び出したような、不思議な解放感があったので思い切って外してみました、変ですか?」
「い、いいえ」マミは委員長が妙な方向へと路線を変えないか少し不安になった。
「安心しました」姫野は安堵して「しかし視界がボヤけてしまうのが玉にキズのようです」と目を細めた。
「さあ!あなたはどれを着るの!巴マミ!」瑠美は追い込むようにマミに言った。
「マミ~、早く決めてよ~」女生徒二人にまとわり付かれて迷惑そうに和美が言う。
「巴さん!私たちと一緒にこちらの世界へいらっしゃい!」調子に乗って手を差し伸べる姫野。
そちらの世界へ行ったのはあなただけよ!と胸の中で姫野に毒づくと、いよいよ着ること以外に選択肢が無いマミは焦りの色を浮かばせる。
「まさか怖気づいているわけじゃないわよね?それとも私達みたいに可愛く着こなせる自信がないのかしら?」突っかかるように瑠美が言う。
ムッとしたマミが噛みついた。
「別にそういうわけじゃないわ!ちょっと待ってなさい!目にものを見せてやるわ!」
ムキになったマミは店内をそそくさと歩き回り、真剣な表情で掛けられたメイド服を物色する。すると整列するメイド服の中に光り輝く一点ものがマミの目を止めた。そのメイド服からほとばしるシンパシーにマミは引き寄せられるように手に取った。それは黄色をベースとして作られている、不思議とマミが魔法少女へとトランスフォームしたコスチュームに近いデザインだった。
これしかない!
そう思ったマミは更衣室へ飛び込んだ。
数分後―――
「どお!少しスカートの裾が短い気がするけど」
着替えを済ませたマミは気恥ずかしを隠すように胸を張り腰に手を当てて五人の前に姿を見せた。
その姿を視界に捉えた五人は目を丸くしてマミを注視した。しばらく静まり返った店内から5人の生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
マミのメイド服姿には萌えるという概念は少なからずあったが、その年頃には似つかわしくない豊満な胸囲と抜群のスタイルが艶めかしさを際立たせて五人を悩殺していた。
「マ、マミ、エロい」顔を真っ赤にした和美がその言葉を口にすることさえも恥ずかしそうに言った。
「巴さん、本当に中学生ですか?」姫野も顔を赤らめて恥ずかしそうに言う。
瑠美の女生徒二人は羨望の眼差しでマミを見ている。
「目にもの見せるって、あ、あなたそれじゃあ歩く媚態じゃない!」瑠美もあたふたして顔を赤くした。
「ビタイ?」瑠美の言葉の意味を聞き手の見当をつけずに和美が訊いた。
「殿方に色っぽい振る舞いで取り入ることです」姫野が返答する。
「やっぱり、スカートの裾がちょっと短いようね?」気恥ずかしそうに仕切りにスカートの丈を気にするマミの仕草が、女性であるにも関わらず五人の奥にある性的衝動を刺激した。
たまらずボブヘアーの女生徒がマミの腕にしがみつくように寄り添って言った。
「いいえ、とってもエロっ」出かかった言葉を言い直し「素敵よ巴さん」マミを色目で見た。
マミはキョトンとしている。
すかさずもう片方の腕へ茶髪の女生徒が寄り添って言った。
「ねえ、どうしたらこんなにいやらしい体っ」言葉を言い直すように「スタイルのいい体になるのかしら?」
マミは言っている意味がよくわからない感じだ。
「ねえ、ちょっと触ってもいいわよね?」
ボブヘアーの女生徒がマミのマシュマロのように柔らかい豊満な胸へ、とってもやらしい手つきを伸ばす。その手がマミの胸へ触れるか触れないかの刹那、
「ダ、ダメ!ズルいわよあなた達!」息を荒くして淫らな行為を制したのは瑠美だった。
マミは無防備な表情で瑠美を見た。瑠美は何かを振り払うように大きく首を振ると、
「と、とにかく各々今着ている物でいいわね!」瑠美は気を取り直すように腕を組んだ。
「でも、私達お金持ってないよ」和美がトーンを落とす。
「私が買ってあげるわ、くだらない心配しないでくれる」瑠美の頼もしい一言。
「本当ですか!」和美は目を輝かせて訊いた。
無言で肯く瑠美。和美はうれしそうにはしゃいだ。
「しかし、瑠美先輩はどうしてここまでしてくれるのですか?」姫野が尋ねる。
瑠美はマミに顎をしゃくって「そっちの人にも言ったけど、私は唯あなた達と一緒にメイド喫茶をやりたいだけ、それ以外に理由が必要?」
はしゃいでいた和美が突然あらたまったように瑠美に訊いた。
「ねえ瑠美先輩、もう一着選んでもいいですか?」
「和美さん、調子に乗り過ぎです」姫野は和美を窘めるように言った。
「そうよ、遠慮しなさい」マミも優しく制する。
けれども二人を無視して和美は続けた。
「もう一人、どうしても一緒に着てほしい人がいるんです。その子は当日着ることができないかもしれないけど、一緒に喫茶店をやりたいんです。どうかお願いします!」
和美の言葉にマミと姫野は言葉を窮した。
もう一人の友達―――
和美の思いは二人にとっても同じ事だった。二人はそれ以上和美を止める余地を失った。まっすぐ懇願するように瑠美を見据える和美。ほどなく瑠美はゆっくり口を開く。
「たしか、あなたには二つ借りがあったわね」しばらく間を置いてから思い及んだように「もう一着好きな物を選ぶといいわ」と口元をニヤリとさせた。
和美は目を震わせて「ありがとうございます!」と瑠美に頭を垂れた。
マミは瑠美の振る舞いをひとしきりに眺めていた。その仕草や態度に大きな変化はない。しかし瑠美は変わった。高槻瑠美という世界の中に愛しみが湧現し、本来備わっている誇り高い精神が、バランスよく混ざり合うことで、頼りになる安心感のリズムを周りに刻んでいく。マミは自然とそのリズムが好きになっていた。
◆ ◆ ◆
夕暮れの中、購入した品物を手提げ袋に持ったマミは瑠美と対峙するように立っている。瑠美はマミに忠告するように言った。
「あなたに一つだけ言っておくわ」瑠美は連れ添っている二人の女生徒に目をやって「あの二人は私の下部でも、取り巻きでも、ましては腰巾着でもない。私の大事な友達よ」
女生徒の二人は照れたようにほくそ笑んだ。
瑠美の目は誇らしげな強さがあった。今度はマミの背後にいる和美と姫野を見ながら「あなたがその二人を思う気持ちと何ら変わらない」そう言ってマミに意味深長な視線を送る。
マミは真剣な表情で返した。
「そんな事、百も承知よ」
マミと瑠美は無言の会話をしているかのようにしばらく見合っていた。ややあって緊張を緩めるように瑠美が言った。
「わかっているのなら結構よ、さようなら、巴マミ」
瑠美は振り返ると、二人の友達と一緒にマミ達に背を向けて帰って行く。
「瑠美先輩ありがと~!」大きく手を振って見送る和美。
その横で姫野は深々と頭を下げて見送った。
瑠美の背中は夕暮れが射す西日のように眩しかった。マミは敬愛を込めて去って行く瑠美に深々と頭を下げた。