魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ 作:soranora
文化祭だ―――
見滝原中学で年に一度開催される文化祭は、在学中の生徒達が自発的に催し物に携わり、仲間たちと絆を深めていく行事である。催し物の種類は模擬店や演劇の公演、音楽会やダンスなどさまざまあった。生徒達がこの日の為に作った装飾や看板が学校中を祝祭的空間にする。催す側は腕によりをかけた企画で来場者の一喜一憂に心躍らせ、訪れた人々は生徒たちの熱と力に感動の息吹を感じる。その相乗効果は高揚した不思議な一体感を生んだ。
マミもその高揚感に包まれた生徒の一人である。その中にあって他の生徒とは比べ物にならない気持ちの高ぶりを覚えていた。困難な壁を乗り越えて到達した達成感と、香織との誓いを果たした充足感。マミの描いた理想が瞭然たる形として目の前に表れていた。ここに至るまでには紆余曲折があった。仲間たちの料理指導に悩んだこと、瑠美の妨害によって窮地に立たされたこと、仲間たちとの結束でその悪弊を打ち払い、絆を深めたこと。そして何より香織と過ごしたかけがえのない日々。その全てがマミにとって金の思い出となった。
今日だけは魔法少女であることを忘れよう―――
全てのウエイトを外して普通の女の子に戻る。この絶頂までに集積された黄金の日を満喫する。マミは寒風にすぼめた蕾を春の息吹で広げた花のように気持ちを解放した。
マミは紅茶のレシピが書かれたノートを香織から受け取っていた。その書かれたレシピを元に誰にでも作れるように教授して、香織のオリジナル紅茶ティロ・フィナーレをメニューに載せた。
喫茶店の名前は『メイド喫茶、ティロ・フィナーレ』
それはいつとはなしに瑠美が出店するメイド喫茶の姉妹店となった。彼女の独断と偏見からお店の内外装は瑠美が勝手にプロデュースした。教室を開放して作った喫茶店なのだが、隅々まで妥協を許さない凝った造りがクオリティーの高いものにしていた。外目からは否が応でも人目を惹き、店内はお洒落なデザインテーブルとイスが並んだ。可愛らしい装飾が施され、小物一つにとってもその世界観に掲げられたテーマの配慮が行き届いていた。そこにはもう教室の名残はなかった。
瑠美の甚だしい程の顕示力は皆を脱帽させるほどだ。それを遺憾に思う生徒は不思議と一人もいない。それどころか皆は進んで瑠美の我がままに付き合った。それは瑠美が作り出していく世界観に魅了されたことに他ならない。加えて瑠美の叩く太鼓の音頭には、安心して身を任せられる頼もしさのようなものがあった。マミも黙って瑠美に従った。瑠美がやろうとしていることにメリット以外のものを感じなかったからだ。
お店が完成すると「あなた達は所詮私の手の内で転がされる存在なのよ」と依然支配的な言葉を並べていたが、誰もが瑠美に感謝の言葉を述べた。瑠美は威張りながらも少し照れくさそうにしていた。そんな構図はこれまでに何度かあった。彼女は頼れる先輩になり、私たちの仲間になった。いつのまにかマミの中でも一目置いた存在となっていた。
開店前、瑠美の作り出したクールさと萌えを兼ね備えた店内に、メイド服を着た和美が姿を現した。猫耳バンドがとっても似合う幼気な少女は、純粋無垢な可愛らしさを振り撒く。その属性を嗜好する男子生徒にはたまらなかったのだろう、鼻息荒く色めきだした。
「和美ちゃん、かわいいよな~」
「幼気な無邪気さがたまらないよ~」
「蹂躙したくなる衝動が抑えられない!」
「猫耳、萌える」
次にメイド服を着て現れたのは姫野だ。艶やかな漆黒の髪に、端正な顔立ち。すらっとした線のようなスレンダーは見る者を魅了する。しかしトレードマークのメガネは残存している。偏狭的世界からの解放を委員長としての責務がギリギリのところで踏み留まらせたようだ。自分を見失ってしまう事を恐れたのか、単に恥らっただけか。それでもその可憐な姿で男子生徒達の視線を釘づけにした。
「あれ、本当に委員長なのか!」
「委員長がこんなに魅力的だったなんて知らなっかた!」
「俺、委員長のファンになりそうだ!」
「可憐すぎる………」
最後に現れたマミのメイド服姿。中学生とは思えない抜群のスタイルにはグラマーな色気がある。方位磁石の針が必ず北を指すように、両目が自然と二つの大きな山脈を指し示す。男女隔てなく感染する官能の陽性反応が悩殺という言葉でクラスメイトたちを次々と打ちのめしていく。鼻の下を伸ばした男子生徒達は息使いも荒く言葉にする。
「駄目だ!脳内がバーストしそうだ!」
「俺もう死んでもいい………」
「あの二つのマシュマロ………たまらん………」
「マミ嬢!あなたに身を委ねて快楽のティロフィナーレを討ちたい!」
そんな下心たちを余所にマミ達は喫茶店の準備に勤しんでいた。
ケーキはあらかじめ作り置きしてある物を出すが、これから調理する分もそのあと提供する予定になっている。紅茶は店内で濾した出来立てを味わってもらう。香織のオリジナル紅茶をはじめ、数種類を用意していた。チェックシートにレ点を打っていくように最終確認を行い、それぞれが担う役割をお互いにレクチャーしていく。緊張感が高まり間もなく開店のところで急に姫野が声を挟んだ。
「ちょっと待った!」
役割の配置へ散って行く瞬間を足止めされた仲間たちは、姫野に注目した。
ややあって、めんどくさそうに和美が言った。
「もうこれからって時に何なのさぁ!委員長!」
「大事なことを忘れていました!」
姫野は思い起こしたように言った。皆は姫野の言う大事なことに疑問符をつける。
「大事な事?」マミは首を傾げて反復する。
「そうです」姫野は一つ肯くと、白い箱を繊細なものを扱うようにゆっくりとテーブルの上に置く。
ギクッとしたマミは狼狽えた様子で、箱に震える指をさした。
「こ、これってまさか………」
「ええ、私がこの日の為に作りました」
クラスメイト達に焦りの色が浮かぶ。
マミは狼狽えた表情で以前実習室を飛び出して行った男子生徒を思い出した。姫野はあの時と同じように何も知らない鈍感な顔でマミを見ている。姫野はあれだけ実習をしたにも関わらず、まったく調理の腕を上げられていなかった。そのことがマミに懸念の風を吹かせた。クラスメイト達は顔色を失っていく。姫野はその箱を開けてこともなげに言った。
「トリュフです」
箱の中には魔王のようなどす黒い塊が五つあった。どれも形が歪で不気味さを孕んでいる。本能が口に入れてはいけない物だと警鐘を鳴らした。
「限定五個って事でどうでしょうか?」
限定五個?これをメニューに載せる気?マミは姫野の感覚を疑う。
「日本人は限定という言葉に弱いんですよ。当然これもすぐに完売となってしまうでしょうね」
ドヤ顔で語る姫野に、
そうね、これは私の手によってすぐに破棄される事になるわね、
とマミは心の中で毒付いた。
重い沈黙が続いた………………
マミはみんなの目を覚まさせるように二つ手を叩き、姫野を無視して開始の音頭をとった。
「さあみんな!開店の時間よ!持ち場に散って!」
仲間たちはオーという掛け声と共に、離れなくなった足を剥いで行くように散って行った。一人取り残された姫野が徐に箱を手に取る。そして釈然としない印象で首を傾げた。
「五個では少なかったようです………」
◆ ◆ ◆
開店時は静かな立ち上がりだった。お客の入りもまばらで空席が目立っていた。マミ達はゆっくりとした時を噛みしめながら、美術館の絵画を鑑賞するように、この気品な静寂がこのまま経過していくのだと思っていた。
マミはそれで構わなかった。このなだらかに流れる時の中で仲間たちと喫茶店との思いに耽る。そしてこの至福のひと時に散らばった思い出のマキ拾いをするのだ。そうやって拾い集めたマキを心の暖炉で燃やす………
そんな悠長なことを思っていたのだが、およそ一時間も経過するとその心得は台風が上陸したように吹き飛ばされた。客が雪崩のように殺到し、あっという間に長蛇の列を作った。口コミで情報が広がり聞きつけたお客が次々と押し寄せる。その大半がマミを目当てに来た客だ。目を見張る程の女の子が接客してくれると知らされて、一目見ようと駆けつけた連中だ。マミは瞬く間にフラッシュの的となり執拗な写真撮影に応じる事に奔走しなければならなくなった。それに比例するようにケーキや紅茶も飛ぶように注文が入る。運営する側は猫の手を借りたい程の忙しさにうれしい悲鳴を上げた―――
過剰な接客を強いられたマミはヘトヘトになってしまう。そして疲労で重くなった体で引きずるように控室に入った。マミは砂漠でオアシスを見つけたような気分で椅子に座ると、目の前の机に突っ伏した。
何が思い出のマキ拾いよ、これじゃあ燃えすぎて火事を起こすわ!
自らが呈した安易な一考にマミは腹を立てた。
そんな事も知れず、和美が入室してきてマミに声を掛けてきた。
「ねえマミ、なんかマミに会いたいって人が来てるんだけど?」
先ほどからそういう連中を散々相手にしてきたマミは、少しうんざりしたように答えた。
「ごめんなさい和美さん、少し休ませてくれないかしら?」
「でもマミの知り合いだって言うから、その女の子が………」
和美はマミの疲労度を感じ取ったのか、申し訳なさそうに言葉を途中で切った。
「女の子?」マミは確認するように反復する。
和美は黙って一つ肯いた。