魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ   作:soranora

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文化祭(後編)

私に女の子の知り合いなんていたかしら?

この学校の生徒なら和美にもわかるはずだ、マミはその境界より外側にいる存在の記憶をまさぐった。けれどもまったく思い当たる節が無い。

 

喫茶店のドアを潜ると目の色を変えたお客が一斉にマミを見る。マミはそんな事には気にも留めない様子で店内を詮索した。そして注がれるご執心の中にズボラでガサツな感覚をマミは拾い上げた。したり顔で頭の後ろに腕を回し、粗暴さが伝わってくる赤のポニーテール。

 

「あの子なんだけど、知り合い?」和美が訊く。

 

マミは「ええ」とため息を含んだように言うと、腐れ縁の幼馴染に向けるように「知り合い」と面倒くさそうに言った。

 

佐倉杏子だった。

 

杏子はニタニタした顔でマミの姿を見ている。その表情からは悪戯っぽさがプンプン匂っていた。マミは仕方なく杏子に歩を向けた。歩み寄って来たマミのメイド姿を一瞥すると、杏子は吹きだすように笑い出した。

 

「なんだよマミその恰好は!ニュータイプの魔法少女か!」

 

腹を抱えて大笑いする杏子。マミは強張った頬を震わせながら黙って杏子を睨みつけている。横で和美が唖然とした表情で杏子を見ていた。

杏子はしばらく笑うと、周囲からの白い視線に気付いたのか、浮き上がった感情を抑え込むように言った。

 

「どうやら招かれざる客といったところだな?」

 

「そうよ」マミは冷たく無表情で言った。

 

杏子は実際招かれざる客だった。マミにとって今日は特別な日なのだ。魔法少女を感じる臭気を一切この空間へ持ち込んでほしくなかった。この空間は今、マミが普通の女の子として過ごす時間を刻んでいる。そこへ魔法少女の世界から杏子という異分子が入り込んだ。マミは異世界からの訪問者に酷く嫌悪した。杏子という人物はここではないまったく別世界の存在であって、この世界には存在してはいけない。マミは大事な領域を侵された面持ちになった。そして少なからずの苛立ちを覚えていた。

 

「何しに来たの?」マミは突き放すように言う。

 

「相変わらず、つれないねぇ」杏子はおどけたように「ちょっとご相伴にあずかろうと思ってさぁ」と不適に笑みを浮かべた。

 

「お金はあるの?私にまやかしは効かないわよ、わかるでしょ?」マミは淡々と言う。

 

杏子は調子よく言った。

「おい、おい、命の恩人に向かってその言葉かよ、この間の借りを返すってことでさぁ、一つうまいものをたのむぜ」

 

今日は魔法少女の気配を感じたくない。マミの魔法少女という気配を閉め出したい気持ちが、杏子の存在を煙たいものにしていた。さっさと帰ってもらいたい。マミは早急なお引き取りを思案した。しばらく置いてマミは応じた。

 

「いいわ、あなたには特別を提供してあげる」

 

そう言い残してマミは店の奥へ姿を消した。

 

数分後―――

 

マミはお皿に何かを乗せて戻って来た。

和美はそのお皿の上に乗せられた何かを見て泡を食う。

 

「あわわわわわ!マ、マミ!そ、それは………」

 

マミは鎮座する五体の魔王を乗せた皿を杏子の前に置いた。そして微かにシニカルな笑みを浮かべて言った。

 

「漆黒の魔王。限定品よ」

 

杏子は五体の魔王に臆する様子もなく言った。

「随分風変わりな食べ物だな」

 

「メニューには載っていない特別品よ」マミは機械的に言葉を並べる。

 

「いいのか?」

 

「ええ、あなたには借りがあるものね」マミはスープに毒を入れた殺人犯のようにほくそ笑む。

 

慌てふためいた様子で和美がマミの耳元で囁く。「ま、まずいよマミ!あの子死んじゃうよ!」

 

「きっと大丈夫よ」マミは清々しい笑顔で答えた。

 

天使のような悪魔の笑顔に和美は背筋を凍らせたようにブルブル震えだした。

 

「へへ、いつになく話がわかるじゃんかマミ!」杏子は腕まくりして唇を舐めると「本当に食っちまっていいんだな!」

 

「遠慮しないで」

 

「それじゃあ」と杏子はフォークで一体の魔王を突き刺し、口へ運ぶ。

 

和美は竦み上がって固唾を飲む。

 

マミは心の中で戒めるように叫んだ、これは人様の物を勝手に飲食した罰よ!天の配剤を食らいなさい!佐倉杏子!

 

杏子は大きな口を開けてパクリと魔王を含んだ―――

 

抜き差しならない緊張感が走る―――

 

突然杏子が奇妙な声をあげる。

「ん?………んん?………んんんんんんんんんんんん?」

 

杏子の瞳孔がみるみる膨らんでいくのがわかる。そして口の中の魔王を咀嚼した杏子は浮ついた声で言った。

「マミ!これいけるじゃんかよ!スゲェーうまいぞ!」

 

「へ?………」

和美とマミは鳩に豆鉄砲を食らった顔を並べた。

 

名立たる武将が豪快に食事をすように杏子は次々と魔王を口に運ぶ。杏子の食べっぷりに圧巻するマミは呟いた。

 

「よ、喜んでもらえてよかったわ………」

 

「おう!」杏子の会心の返答。

 

マミはおいしそうに食べる杏子をしばらく眺めると、拍子抜けしたように言った。

「そ、それじゃあ、私はこれで失礼するわね」

 

マミはそう言い残して立ち去ろうとすると、突然黒い布を被せるように杏子が言葉を漏らした。

 

「奴が風見野にいる………」

 

「!」

 

マミは思わず立ち止まってしまった。それは意思や概念という所から来るものではなく、魔法少女というこびり付いてしまった後天的本能がマミを立ち止まらせた。杏子の言う奴とは『均衡の魔女』だ。マミは瞬時に判断した。マミは隣にいる和美に陽和な笑みで頼んだ。

 

「和美さん、この子と少しお話しなければならないことがあるの、先に行っててもらえるかしら?」

 

「うん、わかったよマミ」

 

和美は笑顔の相槌を交わすと、その場から去っていった。

 

杏子は和美がその場から立ち去るのを待って続けた。

「すでに二人犠牲者が出てる………」

 

マミは杏子に背を向けたまま静かに訊いた。

「結界に入ったの?」

 

「まさか、あたしはあんたほど物好きじゃない。勝てる見込みの無い相手に剣を交える程ジャンキーじゃないよ」

 

「私は中毒者扱い?心外ね」

 

「似たようなものだろう、正気の沙汰じゃあ魔法少女なんてやっていられない」

 

「このまま、だんまりを決め込むつもり?」

 

杏子は嘆息して、「キュウべえの奴も言ってたろ、あたし達には均衡を崩すことはできない、運命みたいなものだと。これは決められていることだ、放っておくしかない」

 

「その様子だと私に助けを求めに来たわけじゃないようね」

 

「フンッ、あんたと組んで倒せるぐらいならとっくにそうしているさ」杏子は小さな間を置いてから言った。「ただ、少しおせっかいをしたくてね」

 

「おせっかい?」マミは訝しげに訊く。

 

杏子は焦らすように黙ったままだ。マミは聞き耳を立てながら杏子の言葉を待った。杏子は徐に口を開く。

 

「マミ、あんた随分と楽しそうだな」

 

「ええ、今は最高の気分よ、魔法少女に身を置いてからこんな気持ちになれるなんて夢にも思わなかった。佐倉さん、あなたも仲間を作るべきよ」

 

「冗談、同じ魔法少女ならともかくそんなもの作る気には到底なれないね。私達は魔法少女だ、それ以上でもそれ以下にもなれない。この決められたゲーム盤の上から弾き出されないように必死にしがみついて生きるしかないんだよ。こんな形容しがたい世界を普通に生きている人間に理解できるはずもない。私達はどこまでいっても一人ぼっちだ。華やかな衣装で身を包みその奥にある孤影をごまかす………まあせいぜいその仲間たちをこの危険なゲーム盤に招き入れないように注意することだ。あんたは毅然とした強さを持っている反面、過敏で繊細だ。儚くて脆い。思わぬ闇に気をつけな………」

 

「言いたいことはそれだけ?無用な心配よ。私はこの仲間達がいればどこまでも戦って行ける」

 

マミの迷いない返答に杏子からの反応は無い。怪訝に思ったマミは振り返る―――

しかしそこに杏子の姿は無かった………食い散らかされた食器が杏子の痕跡を残しているだけだ。神隠しにあったかのような見事な暗ませぶりだった。

 

杏子は不吉な言葉を添えて消えた。それは少なからずマミの心に小さなかかりを残していった。マミはしばらく食い散らかされた空席を見つめながら、杏子の言葉を回顧していた。

 

(私達はどこまでいっても一人ぼっちだ………)

 

胸の奥で何かが疼いた。忘れかけていた古傷が痛み出すような感覚………。

 

突飛に和美の高ぶった声が響いた。

「香織さん!」

 

香織!―――

 

マミの霞かかった心の霧が一陣の安寧の風に晴らされる。マミは思わず声のする方へ目をやると、車いすに座って白いマスクをしている香織が、和美と花を咲かせていた。香織はマミに気が付くとおどけたように手をあげて悪戯っぽい笑顔を見せた。マスクの上からでもわかる悪戯っぽい笑顔。杏子のような煙たさを感じない光があった。マミは会心の笑顔で香織を迎える。車いすを押す香織の母がマミに小さく会釈した。マミはあっという口を作ると倣うように小さな会釈で返す。

 

マミは歩み寄って行き、心配そうに香織の姿を一瞥する。

「香織さん、大丈夫なの?」

 

香織は何かに気が付いたように「ああ、これね」とマスクを引っ張り顎に掛けると、仏頂面で言った。

「ママがオーバーなだけよ、こうでもしないと外出許可をくれないの」

 

香織の母が窘めるように言う。

「お医者様があなたの体の事を思って言ってくださるの。我慢しなさい」

 

「お母さんの言うとおりよ、お医者様の言う事はしっかり聞いて香織さん」マミが香織の母の言葉に念を押した。

 

「もう、マミまで同じようなこと言わないでよ、ママが二人いるみたいじゃない」香織は膨れた顔を作る。

 

一部始終を見ていた和美がキャッキャとおもしろがって笑った。

「香織さん、なんだか子供みたい」

 

ムカッとした香織がお返しする。

「和美ちゃんの幼児体型には言われたくないわよ」

 

すると和美がムッと顔を膨らませた。

 

香織の母が言葉を挟む。

「あら、とっても素敵じゃない。子猫ちゃんみたいで可愛らしいわ」

優しく微笑む香織の母に、和美はなついた猫のような顔を向けた。

 

「ところで凄い人気ね!マミ」香織は店内を見渡しながら感心する。

 

「おかげさまで」笑顔で肩をすくめるマミ。

 

「で、どう?」

 

「え?」

 

「わたしの紅茶は?」香織が訊いた。

 

「その質問には私が答えましょう!」

 

姫野の声だ。帳簿の数字の操作に深い喜びを感じる有能な税理士のようにノート片手の姫野が颯爽と姿を見せた。

 

「委員長!」思わぬ登場に和美が騒ぐ。

 

「たった今売り上げの途中経過が出たところです」メガネを光らせる姫野。その素行は明らかにメイド服を台無しにしていた。歴史的景観をぶち壊すビルのように。

 

「売り上げはうなぎのぼりです。この分だとケーキは小一時間で完売するでしょう」

 

「まだお昼回ったところだよ!」和美は驚きの声をあげる。

 

姫野は確信的に一つ肯くと「売り上げがあまりに素晴らしい………」と思いに耽るような素振りを見せて「そこで私は各メニューごとの売り上げランキングなるものを作ってみました」

 

「おお!」と香織が感心の声を漏らす。

 

「この忙しい時によくもそんな暇が………」マミは小声で複雑な声を漏らした。

 

「香織さんの紅茶の順位、聞きたいですか?」姫野が訊く。

 

「もちろん!」香織が目を輝かせる。

 

「もったいつけないで教えてよ」和美が焦れたように言う。

 

「では」と姫野は一つ咳払いすると、得意げに抑場つけた言葉で始めた。「香織さんが作ったオリジナル紅茶。ティロ・フィナーレの順位は!」

 

ここで効果的な溜めを作り出した。

香織は咄嗟に両手を顔の前に組んだ。そして目に見えない畏敬の念を抱いた対象へお願いごとでもするように祈る。和美も香織と同様に手を組んで祈った。

 

「第ッ!」姫野はここでも効果的な溜めで焦らしてくる。

 

マミは姫野の必要以上な焦らし方に某バラエティー番組を重ねて何だかムカついてきた。どうせここでCMを挟んでくる気よ。マミはあきれたように推測する。香織と和美の祈りに力が入る。奇妙な緊張感が漂った。マミも無意識に固唾を飲んでいることに気が付く。そして重大発表をするように姫野が叫んだ。

 

「3位ぃぃぃぃぃぃー!」

 

結果を聞いて香織と和美はガクッと肩を落とした。3位では及第点とはいかなかったようだ。

 

「嘘よ!」突然異を唱え出したのはマミだ。

 

「嘘ではありません、既成事実です」姫野が職業的に返した。

 

「そんなはずないわ、計算し直して!」マミが目くじらを立てて言う。

 

なぜかムキなったマミをなだめるように香織が言う。

「ちょ、ちょっとどうしたのマミ?落ち着いて」

 

「私の計算に落ち度があるとでも?」姫野がキラリとしたメガネをマミに向ける。

 

「そうよ、何かの間違えよ」マミは尚も食い下がる。

 

姫野は「フンッ」と鼻を一つ鳴らし、瞑想に耽るように目を閉じる「数字は嘘をつきません、数字は全てを語るのです………え?」突如自分の身に起こった出来事に姫野は言葉を窮した。

気が付けばマミは姫野の胸ぐらを掴んでいた。

 

「ちょ、ちょっと、巴さん?」姫野は少し慄いた様子でマミを見た。

 

マミの目はマジだ。掴んだ手を揺すり始めマミは執拗に訴える。

「香織の紅茶が3位なわけがない!計算し直しなさい!」

 

マミの揺する力がみるみる増していく。姫野の首は大きく縦にガクガク揺れる。

「数字は嘘をつきません!」それでも頑と引かない姫野、首の振り幅、スピードが増々大きくなる。

 

見かねた和美が「ち、ちょっとマミ!委員長が死んじゃうよ!」

 

「マミ!落ち着いて!」香織も制するように呼びかける。

 

それでもマミの揺する手は留まる気配がない―――

 

たまらず姫野が口を開いた。

「し―――しかし―――香織さんの紅茶は――――時間を追うごとに―――売り上げを―――伸ばしています―――」

 

姫野は白目をむきだして、気を失いかけている。その朦朧とした意識の中で最後の言葉を絞り出した。

「閉店時には―――必ずトップとなって―――いるはず―――」

 

マミはその言葉を聞くと姫野の胸ぐらからパッと手を離した。姫野は白目をむいてそのままぶっ倒れた。

 

素早く和美が介抱に向かう「しっかりして!委員長!」

 

マミはいつもの優しい笑みを浮かべて、何事もなかったように香織に微笑んだ。

「終わるころにはトップになるそうよ、良かったわね香織さん」

 

香織はたじたじで複雑な笑みを作ると、ぎこちない言葉を口にした。

「あ、ありがとう、マミ………」

 

姫野の推測は的中した。香織の紅茶は時間経過と共に売り上げを伸ばして行き、喫茶店の一番人気となった。スタート時はマミを目当てに来店した客層が大半だったのだが、閉店を迎える頃には香織の紅茶を求めて訪れる客層がそれを上回っていた。聞いたこともない紅茶の名前に好奇心を抱いて口にした客が、その思ってもみない存在感のある味覚に驚嘆した。芋づる式に広がった情報がその味覚を求めてマミ達の喫茶店に足を向かわせた。下心を見え隠れさせた客層に加え、話題の味覚に誘われたミーハーな客層が入り混じる。手作りケーキは正午過ぎには完売という異例の事態にも関わらず、香織の考案した紅茶ティロ・フィナーレの人気が功を奏して喫茶店は絶えず長蛇の列を作り続けた。閉店まで満員御礼状態を維持し続け、スープが無くなりやむなく閉める人気ラーメン店のように、定刻よりも随分早い閉店となった。

 

 

 

午後二時、喫茶店ティロ・フィナーレ閉店―――

 

 

 

閉店した店内では、大成功の歓喜でお祭り騒ぎになっていた。やり遂げた生徒達は互いに労をねぎらい、感激のシンパシーを交わした。感動のあまり涙する生徒もいる。その輪の中心にいたのは企画のリーダーを担ったマミ、委員長という立場からクラスメイト達を牽引した姫野、企画発案者にして功労者の和美、そしてその三人を影から支え大成功の立役者となった香織。

 

香織はお店を訪れてからマミ達と共に楽しいひと時を一緒に満喫した。香織は終始笑顔を絶やさずその奥から放たれる光は衰えという言葉を知らずに輝き続けているようだった。香織の体は病気ではなく、私をびっくりさせる為のお芝居で、ある日突然悪戯っぽい笑顔であれは嘘でしたとおどけて見せるのではないか、マミの行き過ぎたポジティブがそんな虚構の錯覚を覚えさせた。

 

歓喜でさんざめいた店内に突飛にドアが開かれる―――

 

現れたのは今ではお馴染みとなった居丈高に腕を組んで不適な笑みを浮かべた瑠美。そしていつもつれ添って歩く二人の友人が一緒だ。三人ともメイド服を着ていた。どうやらマミ達の様子を見に来たようだ。瑠美は入って来るなりいつものように高い物腰で言った。

 

「大成功と言ったところかしら?」瑠美の視線は自然とマミに向いた。

 

「ええ、なんとかね。そっちの方はどうなの?」マミが訊く。

 

「野暮な質問しないでくれる」瑠美は自信たっぷりの顔だ。

 

マミはその表情から何かを読み取ったようにニヤリと笑い、「言うに及ばずね」

 

瑠美はフンと鼻を鳴らし、「そのとおりよ、珍しく理解できているようじゃない、巴マミ」とニヤリと笑う。

 

そこへ姫野が口を挟む。

「ところで瑠美先輩、その恰好………もしかして接客をせれたんですか?」

 

「もちろんよ」瑠美が抵抗なく答えた。

 

「!」返答を聞いた一同は、驚きの顔で一瞬時を止めた。

 

瑠美は本当にこのメイド服を着たまま、来店した客をもてなしたのか?生来から持ち合わせたような生粋のクイーンが、物腰も低く下々の世話をしたのか?その似つかわしくないイメージは真夏に降る雪のようにそぐわないものを感じさせる。誰もがそのイメージを構築することに難儀した。

 

「その子が噂の瑠美さんね?」

 

誰もが超難問クイズに頭を悩ませている中、涼しい顔で答えを導き出す柔軟な思考を持った解答者のように、香織は車いすから顔をほころばせた。

 

和美が忘れていた事を思い出したように慌てた様子で紹介する。

「あ、瑠美先輩!紹介するね、この子私たちの友達で坂巻香織さん。うちの生徒じゃないけど今回私たちの喫茶店に協力してくれたんだ。前にメイド服店で言った、一緒にメイド服を着せたかったお友達です!」

 

「メイド服は着てないけどね………」香織は複雑に笑う。

 

「あれ?どうしたの瑠美先輩?」和美は瑠美の不可解な挙動に疑問符を打った。

 

瑠美は想像世界の生物を現実に目のあたりにしたように大きく目を見開き、震えた指で香織を指さしながら、金魚のように口をパクパクさせている。言いたいことがあるにも関わらずあまりに突飛な出来事に声帯が反応してくれない、そんな感じだ。瑠美はどうにか声帯を反応させた。

 

「あ、あ、あ、あなた!も、も、も、もしかして、さ、さ、さ、さ、さ、坂巻香織!」

 

「さっきも言ったじゃないですか、坂巻香織さんですよ」和美は少しあきれたように言った。

 

「そうじゃない!あなた氷上のダイヤモンドダスト!坂巻香織でしょ!」

 

「あら、よく御存じで」香織は隠していた事がばれてしまったかのように舌を出した。

 

「瑠美先輩、香織さんを知っているのですか?」姫野が訊く。

 

瑠美は息も荒く答える。

「知っているも何も、フィギュアスケートの世界じゃあ超有名人よ!」

 

クラスの仲間たちは目を剝いて瑠美の続きを聞いた。

 

「彼女の演技は見る者を次々と魅了して行く。風のように流れる繊細なスケーティングから、ダイナミックな躍動感のジャンプは万有引力を無視したようなスケールがある。名刀のように研ぎ澄まされた切れ味鋭いステップに、高速回転のスピンが氷上に一輪の花を咲かせる。力強いブレードさばきで舞い上げられた砕氷がリンクにダイヤモンドダストを作りだす。氷の女王に愛された申し子なんて言われる程に、その世界では未来を嘱望された人物よ………でもたしか重病を患ったとかで………」

 

香織はおどけるように両の掌を見せて瑠美の言葉に付け加えた。

「今ではご覧の通りよ」

 

瑠美は少し顔をしかめて適切な言葉を探すが見つからないようだった。一同にすっかり沈んでしまった時間が流れる。香織は瑠美の言葉を待たずに力強い決意を込めて仲間たちに約束する。

 

「でも心配しないで、私は必ずカムバックする!今日マミ達の一生懸命な姿を見てあらためてそう思った。みんなから伝わって来る熱と力が私に病気と闘う勇気をくれた!だからみんなに約束するわ!もう一度あの氷上で舞うことを!」

 

「香織さん………」マミは感激で言葉を震わせた。

 

「そうだよ!香織さんにかかれば病気なんていちころだよ!」和美が元気よく言う。

 

「和美さんの言うとおりです、香織さんなら必ずカムバックできますとも!」姫野が励ますように言った。

 

マミのクラスメイト達も香織に励ましの言葉をかけていく、沈んだ天候が晴れ渡り虹をかけたように明るくなった。

 

瑠美は「フンッ」と一つ笑うと「さすが坂巻香織と言ったところね、それにこんな子と知り合いだなんて巴マミ、あなたはやはり只者じゃないわ」

 

「ええ、私達は只者じゃない。強い絆で結ばれた最高の仲間よ!」

内側から湧き上がる確信のマグマが揺るぎない山脈を築くようにマミに堂々とした佇まいをさせた。

 

その絆の強さを嫌と言うほど味あわされたのは他でもない瑠美であろう。この絆の前に傲慢で醜悪な自尊心を砕かれ、いい意味での敗北を喫した。清々しいほどの受容が瑠美を包み込み、自然と表情を緩めさせる。

 

「そうかもしれないわね」

 

そう言って、人を認めることなど滅多にしない瑠美は稀に無い笑顔を作った。

 

 

 

教室はそのまま至福の時を刻み、マミに最高潮の時間をもたらしていた。姫野が取り出したデジタルカメラで、みんなで記念写真を撮ろうという流れになった。撮影者は香織の母親に頼む。マミたちの強い懇願により半ば強制的に促された瑠美が面はゆい表情で撮影の輪に入った。マミが座った位置を中心に仲間たちが集まると、和美が焦れたように言う。

 

「もう何やってるのさ香織さん!マミの横が空いてるよ!」

 

マミの隣に空席の椅子が用意されていた。仲間たちは言葉を交わすことも無く示し合わせたようにその席を残した。そこに座るべき人間は決まっている。

 

香織は車いすに座ったまま澄んだ瞳で仲間たちの顔をひとしきりに見つめていた、巣立っていく生徒を見ながら思い出に耽る教師のように。

 

香織のいる場所は被写体から大きく外れている。仲間たちは笑顔で香織を急かすように呼んだ。マミも香織を誘うように微笑む。カメラを持った香織の母が車いすの娘に陽和な笑みで促した。

 

「香織、みんなを待たせたら悪いわよ」

 

香織はニッコリ微笑むとゆっくり車いすから立ち上がり、マミ達のいる輪の中へ歩み始める。その一歩一歩は何か重要な事柄を確認するように確実にゆっくりと踏み出されていた。

 

 

マミはふと杏子の言葉を思い返した、

 

(私達はどこまで行っても一人ぼっちだ………)

 

佐倉さん、私は一人ぼっちじゃないわ。だって私にはこんなにも素敵な仲間がいる。この仲間たちがいればどんな苦難も乗り越えて行ける気がするの。きっとこの先も戦い傷つく体を癒し、枯渇していく心に恵の水を与えてくれる。だから私は魔法少女としての運命を受け入れ、この宿命づけられた戦いの中で生き続けようと思う。そう、この香織と一緒に!香織とならどこまででも永遠に力強く羽ばたいて行ける気がする!

 

マミが確信を得た呪文を心の中で唱えると、目の前に光り輝く道が現れる。その道はマミがこれから歩んでいくバラ色に輝いた道だ。マミにとっては最高に見透しが良く明るく照らされた道。マミはその道に確実な一歩を踏み出した、その瞬間!!!!!!

 

「!」

 

突如目の前に突き付けられた悪夢のような現実がバラ色の道を一瞬でいばらの道へと変えた。更に追い討ちを掛けるようにいばらの道は大規模な地盤沈下により深い闇の底へと消えて行く。それは道と言う概念を根こそぎ奪うように。

 

目の前に闇が覆った………

 

確実な歩を進めていた香織が、突然根元から動力源を引き抜かれたロボットのように、力強い輝きを失い地面に崩れた。

騒然とした仲間たちは倒れた香織の所へ駆け寄る。香織の母もカメラを放り出し娘の介抱へ向かう。

 

「香織!」

 

「誰か!救急車を!」姫野が叫ぶ。

 

顔をしかめた瑠美が舌打ちを一つすると、一目散に教室を飛び出した―――

 

「香織!」

 

「香織さん!しっかりして!」

 

「香織さん!」

 

香織は仲間たちの呼びかけにまったく反応する気配を見せない。

マミはその様子を座視したままどこにも結ばれていない焦点を彷徨わせていた。その姿は香織同様に力を根こそぎ引き抜かれたように輝きを失っている。マミの光を失った部分へ鈍色のドロッとした液体が流れ込み、色彩を欠いていく。しだいに忘れかけていた精神のウエイトがマミに圧し掛かり動悸を急速に早めた。呼吸が圧迫されたように重い。心の古傷が悲鳴を上げだした。光を失った香織の姿にマミはとてつもなく重要な何かを失う恐怖に駆られた。マミの精神を支えている何かが引き抜かれ、大きな音を立てて崩れ落ちて行く。その恐怖は絶望という方程式に代入されて確実な足音を奏でた。とても気色の悪い音を立てながら………

 

杏子の不吉な声が聞こえる。

 

(思わぬ闇に気をつけな………)

 

シャッターを切ることができなかったカメラが床に転がっている。

 

闇は今、マミを覆った。

 




これから後半です、それは少し悲しいお話。
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